まさかの逆指名
「じゃんけんじゃんけん~たのしみだぉ~」
「おい、そっちのテーブル持ってこようぜ。あんまり広いと叩きにくいだろ?」
「お待ちになって。まずは食べ散らかしたお菓子を片付けてからですわ」
ギャル達が嬉々としてゲーム会場をセッティングしている間、拘束状態から解き放たれた俺とシゲハルさんは額をくっつけて話し合う。
「ちょ……シゲハルさん。な、なんで『叩いてかぶってじゃんけんポン』にしたんですか?」
「自信があるからに決まってるだろう?」
「でも、じゃんけんって、ほら、運に左右されるでしょ!?強いも弱いもないじゃないですか!」
「じゃんけんに勝った時は頭を叩く。負けた時は頭をガードすればいい。そうだろう?」
焦る俺とは対照的に、シゲハルさんはいたって冷静だった。
くそ、何でそんなに落ち着いていられるんだ?
「まさか、何か必勝法があるんですか?あれば教えて下さい!」
「こればっかりは反射神経の問題だからな……教えられる必勝法はない」
「ええっ!?」
「まぁ落ち着け、ケンイチ君」
シゲハルさんはその髭面にニヤリと強気な笑みを浮かべる。
「実はこれは俺の得意競技だ。いまだかつて相手の頭を叩けなかったことなど無い」
「え!?」
「じゃんけんは確かに勘も大事だが、先読みが出来ないこともないぞ。相手の手の握りこみ具合や目の微妙な動きから『ああ、次はコレを出すぞ』というのがなんとなくわかるんだ」
そ、そういえば、以前テレビで異様にじゃんけんが強いバーのママの特集を見たことがある……
そして、同じことを言ってた気がする……
「じゃんけんによる勝敗の結果が分かっているのだから、後の動作を相手より早く行えるのは自明の理だ。そう思わないか?」
じゃんけんに対する圧倒的な自信……この人は俺が考えている以上の勝負師なのかもしれない。
「しかし……」
「不安そうな顔をするな、ケンイチ君。俺たちのどちらか一人が勝てばゲームクリア……気楽に考えるんだ」
そう。それはさっきプラチナに聞いて確認した。
二人の勇者ということは、二人とも勝たなければいけないのか?という問いに「そんなバカな!一発勝負に決まってますわ」と、したり顔で返して来たのだ。
「俺がやる。君は後ろで見ていればいいんだ」
シゲハルさんの言葉は自信に満ち満ちている。
だが、この試練に失敗すれば、俺たちは永久にこの島からは出られない……
本当に人生を賭けたゲームなのだ。
俺はシゲハルさんを見つめる。
シゲハルさんも俺を見つめる。
「……本当にいいんですね?」
「任せてくれ」
「……分かりました」
そうだ。信じるしかない。
目の前にいるのは信じるに足る、男の中の男だ。
異世界で何年も善行を積みながら生き延び、妻と娘を愛しながら勇者の試練に耐え続けたモノノフだ。
この人には、命を賭ける価値がある……!
「俺の命をお預けします」
「ありがとう」
シゲハルさんは髭面を綻ばせて、俺の肩を抱いた。
「君は勇気のある人間だ」
「シゲハルさん……」
「見てろ。この島に囚われていた五年……その間に溜まりに溜まった俺のパトスを水着ギャルにぶつけてやる」
「ちょっと表現がエロイけど……頼もしいッス!」
俺たちの話がまとまったところで、ちょうどセッティングが終わったようだ。
「おい、準備はいいか?へへっ、楽しみだなー」
ポニーテールを揺らしながらウキウキと話す小麦に、シゲハルさんは苦笑で応えた。
「ふっ……いいだろう。俺が今からお前たちに『叩いてかぶってじゃんけんポン』のなんたるかを教えてやろう……!」
「んぁ!すごいじしんだぉ」
「自信……?違うな。これは確信というんだ」
か、かっこいいぜ……シゲハルさん!
……とりあえず俺もこの会話の流れに乗っかっておこう。
「三人とも、シゲハルさんを侮るなよ?目の前にいるのは『叩いてかぶってじゃんけんポン』の神だぜ!」
「神を語るとは……ずいぶんと大きく出ましたわね」
「これから始まるのはゲームじゃない。シゲハルさんの伝説だぜ!カツモクして見てろ!っひょぉ!」
「こいつ、あほだぉ」
「おまけに童貞っぽいしな」
「ど、ど、童貞だから何だ!」
「いやですわ、見苦しい……」
「ケンイチ君……童貞でもいいじゃないか」
「そ、そっスよねぇ!?童貞なめんな!」
しばらくの間、両陣営がやいのやいのと口々に言いたいことを言いながら牽制し、挑発しあう。
そして、全ての言葉が出尽くした時。
とうとう重たい沈黙が訪れた。
決戦の時である。
「さて……では、席に着きましょうか?」
「ああ」
互いにテーブルをはさんで向かい合う。
凍てつくような緊張感が室内に張り詰めていた。
そして、シゲハルさんが椅子を引き、腰を下ろそうとした……その時。
「お待ちになって。そこのあなた……」
プラチナが俺を指さした。
「へ?お、俺?」
「あなたの名前を聞いていませんでしたわね?」
「ケ、ケンイチだ。ジン・ケンイチ」
「ケンイチ……」
プラチナは俺の名前を呟いてから、クスッと意地悪そうに笑う。
「この勝負には、そこのケンイチを指名いたしますわ」
「へっ!?」
予想外!
俺とシゲハルさんは驚きのあまり、顔を見合わせた。
「お、俺っ!?」
慌てふためく俺をかばうようにシゲハルさんが身体を割り込ませる。
「い、いや……いやいや、待て。勝負は俺がする。俺が提案したんだからな。これは俺の勝負だろう」
「ははっ!アンタはそこん所のルールを決めなかっただろう?」
身を乗り出して抗議するシゲハルさんを、小麦が手首をヒラヒラさせながら笑い飛ばす。
「勝負はもちろんフェアに行う。だから、アンタらはオレたち三人の中から好きな対戦相手を選んでいいぜ?」
いや、そんなこと言われても困るがなキミ……!
思わず心の声が関西弁になるほど動転した俺は、救いを求める目をシゲハルさんに向けた。
シゲハルさんは首を振る。
「こんなことになるとは……まさに大誤算だ。ザ・大誤算だ」
「なぜ二回言ったし……いや、それよりも!ど、どうします……?」
「くそっ……おい!別のルールで勝負しないか!?」
「ぷっ。やっぱりふたりともあほだぉ」
ロリ子は冷淡に笑った。
プラチナも髪をかきあげて笑う。
「あなたの提案したルールをわたくしたちは了承しましたわ。その時点でもうこの試練は始まっている……もう変更も棄権も不可能ですわ」
「どうしても降りたいっていうんなら、もとのルールに戻すぜ。つまり……」
小麦は釘バットを俺の鼻先に突きつけた。
「命をもらう」
「く……」
くそ……
これじゃあ、ニッチもサッチもどうにもブルドッグだ……
俺はもう一度、シゲハルさんと目を合わせる。
「シゲハルさん……」
「俺が迂闊だった……すまん、ケンイチ君」
彼は肩をがっくり落とし、落胆を露わにしていた。
「麻雀とか花札にしておけばよかった……そうすれば俺が親ッパネで……」
「シゲハルさん……聞いてください」
頭を抱えるシゲハルさんの肩に、俺は手を置いた。
もう覚悟を決めなければならない。
「俺に……命を預けてくれますか?」
さっきの問いの逆だ。
俺はシゲハルさんに命を賭けると決めた。
だから、こんなことになってもシゲハルさんを恨みはしない。
だが、シゲハルさんはどうだろう?
俺を信じるに足る男だと思ってくれるだろうか?
「ケンイチ君……」
「結果は約束できませんが……やるだけやってみます。いいですか?」
俺の負けはシゲハルさんにとってアリィシャとの永遠の別れを意味する。
それでもいいのだろうか?
「もちろんだ……」
シゲハルさんは、俺の手を力強く握った。
「もちろん信じるぞ、ケンイチ君!何も心配するな!思いっきりやるんだ!」
その言葉は力強く、俺の胸に響く。
「ありがとうございます。これで……」
俺は椅子を引き、テーブルに腰かけた。
そして、三人の水着ギャルを真っ直ぐ見つめる。
「これで覚悟が決まりましたよ」
もはや迷いは無い。
いざ……尋常に勝負だ!