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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「孤島のデスゲーム」篇
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スニーキング・ミッション開始

 夜になった。

 シゲハルさんの語っていた通り、日中は常夏の陽気だった気温が、今は鳥肌が立つほど肌寒く感じる。

 俺とシゲハルさんは丸太を組んで造られた粗末な小屋の中で、焚火を挟んで向かい合っていた。


「そうか……五年も経つか……」


 ハスキーな声でシゲハルさんが呟いた。

 俺はつい先ほどまで、自分が何者でどうしてここに来たかを彼に語って聞かせていた。

 そして、話題がアリィシャのことになった時。

 シゲハルさんの表情に沈痛な色が浮かんだのを俺は見逃さなかった。

 やはりこの人はアリィシャとそのお母さんを捨ててここまで来たわけではなかったんだろう。

 俺が全てを語り終った後、しばらくはお互いに無言だった。

 だが、ようやくシゲハルさんが語り始める。


「ある日偶然、森の中で俺はあの生き物に出逢ったんだ……」

「あの生き物……?」

「『次元の狭間で遊ぶ猫』だ」


 あ、あの正体不明のシシ神様か!

 しばしば放ってくる『カーッ!』という衝撃波。

 あれを思い出すと、今でも肛門がキュウと引き締まる。


「あいつは俺に言った……『勇者の試練を受け、それをクリアーすれば勇者タイムの呪いが解ける』と」

「ゆ、勇者タイムの呪いが解ける……!」

「そうだ」


 シゲハルさんは自らの右手首についている勇者タイマーを撫でた。

 それは俺に巻きついているものと寸分も違わない同一商品だ。


「俺はこの世界に来てから妻を娶り、娘を授かって、幸せだった。もうこれ以上はないと思うほどにな。だが、この勇者タイムを更新することだけがどうしても重荷になってきたんだ。君になら分かってもらえると思うが……」


 俺は黙って頷いた。 

 この勇者タイマーは重荷なんて物ではなく、悪魔の作り出した拷問器具だ。

 安眠とは程遠い生活、強要される奉仕の精神、何よりもエロス禁止の罠……俺、思春期なのに!


「他人の家の補修、近所の公園の芝刈りや河川のゴミ拾い、子守り、炊き出し、挨拶状の代筆、宴会の幹事、結婚式の仲人、葬儀委員長に至るまで……色々なボランティアを続けてきたが、もう大体のことはやり尽くしてしまったんだ」


 シゲハルさんの多才ぶりには舌を巻くが、深く共感するところはある。

 善行というのはなかなかそのへんに転がっていない。

 勇者のくせに、時として『いつも誰かが困っていればいいのに……』と内心で思ってしまうという二律背反がそこにはあるのだ。

 

「次元の狭間で遊ぶ猫の言葉はまさに天啓だった。今思えばあいつは俺を試していたのかもしれない。欲が出てしまったんだ。何不自由なく妻と娘と暮らしたい、とね。そして、この村までやってきて……ごらんの有様だよ」

「シゲハルさん……」


 言葉も出ないとはこの事だ。

 なんとなく旅に出てきた俺とは違う。

 彼は未来を生きるために覚悟を持って旅に出たのだ。

 それならば尚更、こんなところに閉じ込められてはいられない……


「分かりました!早いとこ、この島から脱出しましょう!そしてアリィシャに会ってください!」

「ケンイチくん……」

「力を合わせて勇者の試練をクリアーするんですよ!」

「そうだな……そうだ。そうしないとな」


 シゲハルさんが力強く頷くのを見て、俺も頷く。

 勇者が二人いれば何も怖いことなど無いのだ。


「よし。ケンイチくん。ルールを説明しよう」

「ルール?」

「この孤島に来て、俺なりに発見したルールだ」


 シゲハルさんは真剣な眼差しで火に薪をくべた。

 パチッと水分を含んだ木が音を立て、火の粉が舞う。


「いいか。さっきも説明したが、この島は異次元空間になっている」

「はい」

「勇者タイムは無効。俺たちは今、不死身ではない。そのかわりに一時間ごとのチャージも不要だ」

「それも体験しました」

「この島では……まあ、端的に言うと『鬼ごっこ』をやっている」

「鬼ごっこ?」

「浜辺で出くわした三人の水着ギャルを見ただろう?あれが言うなれば『鬼』だ」


 俺は頭の中で三人の水着ギャルの姿を脳内再生する。

 一人は小麦色の肌が眩しいスポーティなギャル。

 もう一人はプラチナブロンドが眩しいツンデレ令嬢っぽいギャル。

 そして、最後の一人はあどけなさが眩しいロリっ子ギャル。

 全ての映像にスーパースローとキラキラしたハイライトのエフェクトがかかっているのは俺の脳内再生スタッフの技術の賜物だ。

 『水着って本当に良いわよねぇ?マメスケ?』というケンイチ総本家のナレーションもその映像に華を添える。

 いや、何だこれは……


「どうした?ぼうっとして?」

「あ、いえ、何でもないッス」

「とにかく、その三人は俺たちを滅殺するのが目的だ」

「な、なんでですか?」

「それは分からん……」

「でも、俺たちはその殺人ギャルたちから逃げるばっかりなんですか?永久に鬼ごっこをするだけじゃあ試練にならないじゃないですか」

「そうだ……俺もそれが分からなくて五年もこの島で彷徨っている」


 シゲハルさんは腕を組んで考えこむ。

 俺も同じような姿勢で考えるが、一向にいいアイデアが出ない。

 そもそもこんなデスゲームに何の意味があるんだ?

 水着ギャルには何の意味が?

 水着ギャルの水着には何が隠されているんだ?フヘヘ……

 いや、正気に戻るんだケンイチ。とりあえず思いついたことを片っ端から言っていくしかない。


「殺人ギャルはここまで追ってこないんですか?」

「彼女たちは日の昇っている間しか行動できないようだ。夜は安全だ」

「どうしてですか?」

「夜になれば入り江にある家に三人で帰るんだ。一回帰ると家からは出てこない」

「え!?家があるんスか!?」

「ある。前に尾行していったことがあってな」

「尾行って……で、家に帰って彼女たちは何をしてるんですか?」

「ソファーでテレビを見たり、ゆっくり風呂に入ったり、寝っ転がってポテチをかじったりしていた」

「……」


 本当に家じゃねーかっ!のツッコミが喉まで出てきたが、それはなんとか飲みこんだ。

 ここは異次元なんだから、多少は不可解なことがあっても仕方がない。

 いや……待てよ?


「家の中を覗いたんですか?」

「偵察と言ってくれ」

「お風呂って言いましたよね!?」

「見た……いや、見えたと言ったほうが良いかもしれん。半身浴だった」


 そのワードを耳にした瞬間、俺の目は鷹のように光った。

 半身浴……だと?

 それは上半身を晒した状態で下半身のみを湯船に浸すという、年頃の女子ならではの特殊な入浴法と聞く……!

 そして、その時。

 パッと頭に閃いたものがあった。

 俺に囁きかけてきたのは誰だ?GODか?


「シゲハルさん……」

「どうした?」

「俺も……その家に偵察に行ってみたいと思います」

「何だと?」

「敵を知り、己を知れば百戦危うからず。昔の兵法家もそのように言っています。俺も百戦を危うくない状態にしたいので彼女たちの家を見に行こうと思います。決してやましい気持からではなく」

「だが、危険だぞ?」

「承知の上です。ですが、このまま手をこまねいていても仕方がありません。彼女たちの入浴を覗く……もとい、動向を探ることが『勇者の試練』を乗り越える第一歩じゃないかと思うんです。もちろん、俺にはこれっぽっちもやましい気持などありません」


 まあ、やましい気持ちは置いておいて、だ。

 この世界に俺とシゲハルさんの他は水着ギャルたちしかいないというなら、このゲームをクリアする鍵を握っているのも間違いなく彼女たちだろう。

 それを探り出すのは決して悪いアイデアではないはずだ。

 ひょっとすると半身浴にも何か意味があるのかもしれない。

 それはこの目で確認する必要がある。


「ううむ、たしかに一理あるな……」


 シゲハルさんはしばらく考えこんでいたが、やがて意を決したようにこちらを見て、頷いた。


「よし。行くか!」

「行きましょう!今こそミッションスタートですよ!」


 俺とシゲハルさんは同時に立ちあがった。

 いざ、水着ギャルの住処へ!





 満月が照らす夜の海を、俺とシゲハルさんはゆっくりと泳ぎ進む。

 飛沫を上げたりしては気付かれるということなので、海面に顔を出し、手の動きだけで水を掻くようにした。

 外気は肌を刺すように冷たかったが、水温はそれほどでもない。

 むしろ海中のほうが暖かいくらいだった。

 そのことについてシゲハルさんに聞くと、


「ここが人工的に造られた空間だと考えるなら、不自然ではないな」


 と言って、控え目に笑っていた。

 そう、勇者を試す場所であるならば、誰かが造った空間なのだ。


「その『誰か』っていうのは、やっぱり神様かなんかなんですかね?」

「まぁ、そうかもしれん……だとすると、あの水着ギャルたちは神様の遣わした天使なのかもな」

「天使がバールのようなもので俺を撲殺しようとしてたんですか……」

「彼女たちの武器は日替わりだ。たまにチェーンソーだったりマシンガンだったりもする」

「もう殺人鬼でしょ!怖っ!」

「以前に一回だけ小屋が迫撃砲の直撃を喰らって粉々になったこともあるな」

「よく生きてましたよね!?」

「シッ!声がでかいぞ、ケンイチ君」

「す、すいません……」

「見ろ……」 


 先行していたシゲハルさんが水面から指をさす。

 その先には入り江があり、話に聞いていた通りに二階建てのレンガ造りの家があった。

 俺たちはさらにゆっくりと泳ぎながら入り江を迂回し、少し離れた岩場から上陸する。

 わざと距離を大きくとったのは、家の窓から目撃されるのを防ぐためである。

 水着ギャルたちは鬼ごっこの鬼役をやっているだけあってすこぶる五感が優れているそうだ。

 以前に海辺で釣りをしていたシゲハルさんの咳払いの音を聞きつけて、斧を持ったロリっ子が森の中から襲いかかって来たらしい。

 そう、夜とはいえ油断は禁物なのだ。

 だが、引き返すわけにはいかない。半身浴を見るために……いや、この理不尽なゲームをクリアするために。

 シゲハルさんは戦闘になった場合に備えて、鋼鉄製の巨大ブーメランを背負って来ていた。

 なんでも、森の中心部で拾ったものを磨き上げたらしい。

 非常に頼りになる武器だが、水着ギャルたちにそんなものが直撃したら目を覆う惨劇が待っているのではないだろうか。


「シゲハルさん……」


 俺は声を押し殺してシゲハルさんに耳打ちする。


「風呂場の窓はどこです?」 

「風呂場は海側に面した窓だ」

「まずはそこを俺が覗い……もとい、偵察してきます」

「ん?風呂場を偵察しても意味はないだろう?」

「意味はあります」

「どういう意味だ?」

「えーと、あれです。どんな石鹸を使っているかとか、コンディショナーの種類とか……そういうところを分析すれば、つまりは百戦も危うからずなわけですよ」

「そうか……気をつけて行けよ」

「はい」

「俺は玄関先で待機している」

「分かりました」


 俺はうつ伏せになった状態で這い進み、レンガの壁にはりつくと、身を低くした姿勢で素早く海側に面した窓へ向かった。


(こ、ここかっ……)


 そこからは明かりが漏れ、少しだけ開いた窓からは湯煙が昇っている。


(ギャ、ギャルの入浴……)


 俺は中腰の体勢になり、膝で窓辺ににじり寄る。

 窓の端からほんの少しだけ中の様子を窺うと、鼻歌まじりで、誰かが湯船に浸かっているようだった。

 誰だ?

 小麦か?プラチナか?ロリ子か?

 どれが来ても俺的にはOKだが、昨今の日本の世情を考えるとロリ子の入浴シーンは問題がありそう。


(うぶっ……くそっ、こんな時に鼻血が……)


 最近はすぐにこれだ……ムラムラとしただけで大量の鼻血が出る。

 俺はそれを必死に手で拭いながら、息を潜めて窓を……


「なんだ?血の匂いがすんぞ」

「!?」


 俺は目を見開いたまま硬直した。

 突然、ガタンと大きく窓が開き、そこから小麦が顔を出したのだ。


「~~~っ!?」


 俺は鼻と口を押さえて、慌てて窓の下の狭いスペースに張り付く。

 小麦はきょろきょろと周囲を見回してから、チッと舌打ちをして窓を閉めた。

 ホッ……どうやら気付かなかったらしい。


(何やってんだ、俺……)


 少しばかり体内から血が抜けたことによって、俺は少し冷静になってきた。

 この島から脱出する誓いを立てたはずなのに、いつの間に入浴を覗くということになったのか?

 大事なのはシゲハルさんを生還させることではなかったのか?

 しっかりしろよ!ケンイチ!


(いったん戻ろう……仕切り直しだ)


 そう思った時だった。


「良い度胸ですわね、勇者。私たちの入浴を覗こうだなんて」

「な、なにっ!?」


 頭上から降ってきた声に振り向きかけたが、それと同時に後頭部に強い衝撃を受け、俺の意識はそのまま闇の中に沈んでいった。


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