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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「勇者を待つ村」篇
81/109

なさけむようの残虐行為手当

 海は万物の母だと言う。

 聞いたことがあるだろう?全ての生命の祖は海中を漂う微生物だったって話。

 だからだろうか。

 潮騒。

 磯の匂い。

 それらがこんなにも人の望郷の念を駆り立てるのは……


 海。


 母なる海よ。


 今は優しく、この身を抱いていてくれ……




「ぜってー死んでるって、コイツ」

「ちがうお。いきしてるお。むね、あっぷあっぷしてるお」

「あら、本当ですわ。では、その幸せそうな寝顔のまま止めを刺してさしあげましょう」


 頭の上で女達のかしましい声がする。


(う……)


 その声によって、俺は少しずつ、暗い深淵を漂っていた意識を取り戻していった。

 じりじりと肌を焼く太陽。

 そして押し寄せる波の音。

 指先に感じる、細かい砂の感触。

 足元を濡らす、水の飛沫。

 間違いない。

 ここはどうやら浜辺で、それも波打ち際。

 で、俺はそこに仰向けに倒れている。


(しかし、どうして海に……)


 俺は……

 俺は確か……


(そうだ、俺、異次元穴に飛び込んで……)


 ……それでどうなったんだっけ……?


「で、どーするよ?」

「どたまをこなごなにするお。とびちらせるお」

「まあ!野蛮!止めの刺しかたにも品位というものが……」


 なんだろう……?

 ド、ドタマ……?トドメ……?

 こりゃ、穏やかじゃないぞ……

 スイカ割りか何かの相談をしているのだと信じたい。


「じゃあ、オレがぶったたく」

「だめぇ、あたちがやるぅ」

「いえいえ、わたくしが……」


 声だけ聞けば、微笑ましき少女たちの語らいにも聞こえるんだが。


(どんなイケナイ娘ちゃんたちだ……)


 俺は強烈な日差しに目を焼かれるのを警戒しながら、少しだけ薄目を開けて盗み見る。


(ぅワオ!)


 なんと、まず目に飛び込んできたのは俺の頭もとに立つ少女たちの健康的な三組の脚。

 それを辿って目線を上げていくと、なんと、それぞれが水着姿じゃないか!

 しかもビキニ!

 ハイレグ!

 そして、く、く、喰い込み……!

 ぅごふっ……


「あ、このにーちゃん、はなぢだしはじめたお」

「おー、すげぇ、マグマみたいに溢れ出してらぁ。熱中症かな?」

「哀れな勇者。こんなところで鼻血にまみれて死んでいくなんて」


 勇者……

 勇者……?

 ああっ!勇者タイム!


「いかんっ!」


 俺は慌てて飛び起きた。

 勇者タイムを更新しないと!


『12:25』


 オワーオ、あと12分の命だった。カップ麺四つ作ったら終わりだ。カップうどんだったら三つ。

 それはさておき、ここは一時の色欲に心奪われている場合ではない……!


(で、どーするよ?)


 勇者タイムを稼ぐ。

 となると、水着ギャル達とまずはコミュニケーションしかないだろ!?

 もちろん、やましい気持など微塵も無い。微塵も。


「このっ、いきなり飛び起きやがって!」

「ねたふりだぉ!」

「小癪な!勇者のくせにっ!」


 俺の突然の覚醒に、少女達は面喰ったようだった。

 ワオ!よく見りゃ三人とも美少女揃い。ラッキィィィィィーーーーッ!!

 誤解して欲しくないのは、俺にやましい気持など微塵も無いってこと。


「おい!ヒョウタン野郎、死に損なって残念だったな」


 地獄のように口が悪いのは迷彩柄のビキニを身につけた健康的美少女。

 ほどよく日に焼けた小麦色の肌と、ポニーテールにした黒髪がとてもクールだ。

 出るところはしっかりと出ていて引っこむところはしっかり引っこんでいる、悩ましげなボディラインの持ち主だけど、スポーティな雰囲気がそのいやらしさをほどよく抑え込んでいる。

 だが、手に持っているそれは……釘バット?


「ねたふりなんてちょこざいだお」


 頬を膨らませてむくれるのは、白地に水玉模様の水着を身につけたつるぺた美少女。

 まるで西洋人形のように白い肌と、ツインテールに纏めた美しい金髪がとてもキュートで、そのあどけなさの残る幼い風貌と相まって、否応なく保護欲をそそられる。

 だが、手に持っているそれは……鉈?


「ここまでですわ。覚悟なさいまし」


 凛とした立ち姿で俺に挑戦的な眼差しを寄こすのは、鮮やかな緑色のパレオを身につけたお嬢様風美少女。

 陽光の中で煌めくプラチナブロンドを赤いリボンで綺麗にまとめて背中へ流している様は、さながらビーチサイドのヴィーナス、白銀の女王だ。

 熱いパッションを秘めているであろう美しい碧眼が、俺のノーガードのハートを容赦なく射抜いてくる。

 だが、手に持っているそれは……バール……のようなもの?

 はーん!それコンビニ強盗がよく使うヤツじゃん!


「オレにやらせろ」

「だめぇ、あたちがやるお。ばらばらだぉ」

「いーえ、わたくしですわ」


 ここで三人娘は手に持った得物を構えて、じりじりと距離を詰めてくる。

 そして全員、その異常ともとれる殺気を隠そうともしない。

 間違い無い、十中八九、俺を殺る気だ!怖っ!

 しかし、何故こんなことに……ワケわからん。


「待て、話せば分かる……いや、正確に言うと話してくれないとよく分からないというか……」

「何が聞きたいんだ?」

「えーと、まず、そうやってじりじり近寄るのをやめてくれないか?怖いんだけど」

「こいつ、ばかだぉ。ちかよらなきゃばらばらにできないぉ。みみずでもわかるぉ」

「……いいからストップ!そう、そこ!そこで、ちょっと止まって!おい、君も!……そうそう!はい、ストップ!……で、えーと、まず、何だ……ここは何処だ?」

「『ぱらいそ』ですわ」

「『ぱらいそ』?」

「試練の島」

「試練……の?」


 じゃあ、やっぱりここが……


「試練……異次元の試練か」

「もういいか?わかったら健やかにくたばりな!」

「ちょ!待っ……!」


 小麦色の美少女が、釘バットを振り上げた。

 やれやれ、不死身の俺にそんな物は……と、思いつつも、やっぱり怖いものは怖い。

 反射的に、俺は身を退いて避けた。

 ざん!と砂浜に釘バットが叩きつけられ、盛大に砂を巻き上げた。

 おお!手加減なしだな!

 その溢れんばかりの殺意はしかと受け取った。


「おっと、この野郎!」


 渾身の一撃をかわされたことでさらに逆上したのか、小麦(命名:オレ)は反動を利用して俺の懐に飛び込んできた。

 わお!頭突きか!?

 頭突き……?

 その時さ。

 俺の頭の中で悪魔が囁いたんだ。


『おい……ケンイチ、美少女の頭突きならいいんじゃないか……?なぁ……』


 馬鹿なこと言うなよ。いくら不死身とはいえ……


『きっと良~い匂いがするぜぇ……ストロベリィのよぉ……ケッケッケっ……』


 ケッケッケッて、お前……お前!

 よし!喰らってやろうじゃん!

 俺は鼻孔を全開にして仁王立ち、その時を待った。

 そして、衝撃!


「うごぁっ!」


 痛烈っ……!!

 目の前に星が飛ぶ!脳が揺れる!景色が歪む!

 それは久しぶりに味わう感覚だった。

 そう、『痛み』だ。

 俺は白目を剥いて上体を仰け反らせたが、何とか足を踏ん張って倒れそうになるのを耐えた。

 鼻から、血がぼたぼたと落ちる。


「おふぅっ……い、痛ぇっ!?くそっ、なんて痛みだ!!」

「おー、不死身だからって油断したか?バッキャロー」

「ゆ、油断……?」

「残念ながら、この世界ではあなたは不死身ではありませんわ」

「な、何だって……!」


 不死身じゃない?

 どういうことだ?


「ここは異次元ですの。勇者タイムは無効になりますわ。そして、不死身も」


 嘘だろ……

 『クマムシ並みの不死身っぷり』だけが俺のチート能力だったのに……

 『スキル:邪神殺し』や『漫画の主人公の能力全部』みたいな派手さは無いけど、それでもこれが無きゃ今までに十回以上は死んでるだろう。


「不死身、じゃないのか……」


 よほど落胆が顔に出ちまってたんだろう。

 ロリ子(命名:オレ)が、慌ててフォローしてくれた。


「おちこむことはないぉ。そのかわり『ゆうしゃたいむ』のちゃーじはひつようないぉ」

「な、何っ……」


 俺は慌てて勇者タイマーを確認する。


『12:25』


 おおっ、本当だ!さっきから進んでないぞ!


「おめでとさん、ようやくぐっすり眠れる夜が来るじゃねーか」

「そのまえに、えいえんにねむるぉ」

「まずはこれでッ!」


 プラチナ(命名:オレ)が『バールのようなもの』を大きく振りかぶって、風を切る音が聞こえるくらいのスーパースイング。

 俺にその危険な切っ先を叩きつけるつもりだ。


「ひぃ!」

「あ、こら!」

「きりきざむぉ!」

「おひょぉ!」

「叩き殺すぜ!」

「ああぅああわ!」


 俺は必死に逃げ惑う。

 水着の少女達とDEAD OR ALIVE。

 傍から見たらエクストリームなビーチだと思うだろうか?ベンチャーズの曲が似合う?

 だが、やってるほうはもう、命懸けだ。

 何せ、もう不死身でも何でもない俺が、凶器を持った殺し屋集団に囲まれているのだ。

 やましい心など湧き上がる余地も無い。

 むしろチビりそう!おふぅっ!


「うおぉっ!?」


 俺は焼けるように熱い白砂に足をとられて、尻餅をついてしまった。

 あはぁぁぁぁ、超やばいっ!


「ちゃーんす!だぉ!」


 よりによってぷち子!?

 うおお、撲殺ならまだしも鉈で切り刻まれるのは嫌だっ!

 人肉饅頭にされちまう未来が俺の脳裏をよぎり、より強く膀胱がきゅうと緊張した。

 と、その時だ。


「待て!!」

「!?」


 浜の向こうの、乱立するヤシの木陰から飛んできた一筋の光。

 それがぷち子の鉈を空高く弾き飛ばし、大きく弧を描いて、再びヤシの木陰へ消えた。


(ブ、ブーメラン?)


 

「あいつか!?」

「あいつだぉ!」

「シゲハルね!」

「シ、シゲハル……?」


 その名を聞いて、俺は自分の使命を思い出した。


「シゲハル……」


 アリィシャとの約束。


「シゲハル……!」


 彼女の父親、その名前。


「シゲハル!?シゲハルさん!?」


 生きてた!五年も経って!

 でも、どうやって……?

 いや、待て、本当に本人か?

 そんな俺の疑問に答えるように、木陰からすっと姿を現したのは長身痩躯の中年男だった。

 年のころは40代くらいだろうか?

 髪はぼさぼさで髭はもじゃもじゃだが、それらをきっちりと整えれば相当ハンサムであろう彫りの深い顔。

 ぼろぼろのシャツに、裾と膝のすり切れたジーンズといった漂流者のような出で立ちだが、顔色も良く、背筋はピンと伸びていて、衰弱した様子や悲壮感は微塵も感じられなかった。


「伏せろ!」


 シゲハルは大声で叫ぶと、その手に持った黒光りする大きなブーメランを振りかぶった。

 おおやべぇ、あんなのがドタマに当たったら粉々になっちまう。

 俺は指示通りに素早く地面に伏せた。


 ……


 ………


 …………?


 しばらく待ったが、何も起こらない。

 俺は不安になって頭を上げた。


(……いない?)


 血に飢えた三人娘はまるで煙のように姿を消していた。

 かわりに、男らしい、低くしわがれた声が頭の上から降ってくる。


「逃げたよ、あの三人は」

「……シ、シゲハルさん……?」

「うむ、そうだ」

「あ、あんたが……」

「うむ、そうだ」

「あんたを探してたんです……」

「うむ、そうか」


 シゲハルさんは手を貸して起こしてくれると、ばん!と力強く俺の肩を叩いた。


「おぅ!?」

「久しぶりだな!人と話すのは」

「シ、シゲハルさん、実は……」

「待て。もう日が暮れる。ここはすぐに夜になってしまうからな。そうなれば今度は凍えるほど寒い。俺の小屋へ行こう」


 そう言うとシゲハルさんはクルリと踵を返し、ヤシ林の奥へとスタスタと歩き始めた。


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