勢いONLYで言う
村の広場。
ポツポツと雨もちらつき始めたが、何故か俺達はその広場の中央に一列になって座らされていた。
別に罰ゲームではない。
「えー、ンでは、魔王教団を退治してくれた勇者御一行に感謝の意を表して、これより『大感謝祭』を開催いたスまス」
これだよ……
訛り気味の司会役の男の音頭に合わせて、いぇ~!と観衆から大歓声と拍手が上がった。
司会者の前述の通り、魔王教団を退治した俺達は、この『ショジャイの保存集落』に住む村人たちの尊敬と感謝の念を一身に集めるアイドルになっちまったってワケ。
「ンでは、村の長老から謝辞を一つ……おい!長老!寝てたら駄目だってヨォ!」
「んあ……!?……あー……?な、何が……?」
「ほれ、長老、勇者にアレ、ホレ、アレ言わねば」
「お?あー……」
棺桶に片足つっこんでるどころか、もう後は上から土をかぶせるだけ、みたいなじいさんが、小刻みにプルプル震えながら亀よりも遅い足取りで壇上に向かう。
こうなったら俺達はもう祈るしかない。どうか、そのまま天に召されませんように……
「あー……本日は好天に恵まれ……健やかなる日々の千秋に豊饒の……」
うわぁ~……もう、超長くなりそう……
おまけに好天に恵まれてもいないし……このままじゃ風邪ひいちまうっつーの。
「……スったらサカン賑々しスねば、魔王のごとゴンダクレばチョスだも……」
しかも何言ってるか全っ然分かんねーし……誰か通訳してちょーだい!
俺が苦りきって眉をしかめていると、隣に座っていたプルミエルが肘で脇腹を小突いてきた。
「ん?何だ?」
「あなた、私の知らないところで面白いことして……腹立つわね」
不満げに、というか恨みがましくそう言い、じろりとこちらを睨みつけてくる。
ああ、そんな顔も可愛いぜ、プルミエル……だが、俺の足の甲をゲシゲシ踏みつけるのはやめて欲しい。
「面白いって……結構な大立ち回りだったんだぞ」
「そーゆーのが面白いんでしょうが。もう、コマ切れになって鳥の餌になればいいのに」
「と、鳥の……だと?そんなに恨んでんのか!?」
「……ま、それはともかく」
「スルーかヨ!!」
「アリィシャに何かあったの?」
プルミエルは、端の席に座っているアリィシャのほうへ顎をしゃくって聞いてきた。
そう、問題はアリイシャのことだ。
いつもの快活さは完全に消え失せ、悄然とした様子で椅子に腰かけたまま、その視線は胡乱に宙を彷徨っている。
隣に座ったR-18の腕関節をあっちに曲げたりこっちに曲げたりで上の空だ。
ちなみにR-18はバチバチと火花をスパークさせながら粗末な目を明滅させて危機を訴えている。
「いやだわ、この一行の中で私以外に唯一マトモな娘なのに……」
「『私以外に唯一』ってのは聞き捨てならないが、俺もあんな状態のアリィシャは見ていられないよ」
「何か知ってるんでしょ?まさか、スケベな事でもしたんじゃないでしょーね。どこ触ったのよ?お尻?」
「するか!」
俺は手短に事の経緯を説明した。
身内に関することだから本当はあまりこういうことを話さない方がいいような気もするが、どう考えても俺一人の手に負えそうな案件じゃない。
プルミエルは俺の話をフンフンと黙って聞き、時々腕組みをして、むーんと低く唸った。
「お父さん、ねェ……」
「五年前に突然、失踪しちまったんだってさ。もともと病気がちだったアリィシャのお母さんはそのショックで寝込んじまって……んで、アリィシャは父親を連れ戻す為に世界を旅して回ってたんだと。そんで、旅の途中で『シゲハル』という名の男が『ジャパティ寺院』に向かったって話を聞いたらしい」
「それで、偶然そこへ向かうという私達について来たワケね」
父をたずねて三千里……傍目から見れば『健気』としか言いようがないが、それを語るアリィシャの口調の中には父親への憎しみや怒りも相当に込められていた。
多分、実際に再会した時にはその感情が爆発しちまうんじゃなかろうか。
何も言わずに母親と自分を置いて蒸発しちまったんだから、まあ、当り前と言えば当たり前だ。
シゲハルさんには気の毒だが、思わず目を覆うような修羅場が待ってるはず……
「……そんなに良いもんかしらねぇ、父親って」
「え?」
「何でもないわ。で?」
「この村には何年か前に立ち寄ってるらしい。イグナツィオが教団関係者をネチネチいたぶって聞きだしたんだけど、シゲハルがその後、何処へ行ったのかは分からないってんだ。唯一、詳しく知ってそうな教祖は半死半生の体で、会話もままならないし……」
「じゃあ、村の人に聞けば分かるんじゃない?」
「え?」
プルミエルは椅子に座ったまま振り向いて、後ろに座っていたばあさんに声をかけた。
「ね、シゲハルのこと知ってる?おばあさん」
「シゲハル……?」
ばあさんはその言葉を咀嚼するかの如く、もごもごと口を動かしながらフガフガと首を振る。
だが、やがて何かに気付いたように顔を上げた。
「シゲハルってら、あのシゲハルだえ?」
「おおっ!知ってる?」
「あーあ。あたしゃ死んでもシゲハルをリスペクト……」
ばあさんは頷きながら言った。
おっと、結構な有名人?
だが、ばあさんだけにとどまらず、シゲハルの名を聞きつけて周囲の村人たちも突然ざわつき始めた。
「シゲハル?シゲハルってあのシゲハル?」
「シゲハル!奴は本物の勇者だったズラ!」
「あんな男はもう出てこないだろうなぁ」
すげぇカリスマの持ち主じゃん!シゲハル。
『シ・ゲ・ハ・ル!シ・ゲ・ハ・ル!』
いつの間にか、長老の長ったらしいだけの祝辞がかき消されるほどの大チャントが巻き起こっていた。
それを聞いて、アリィシャは驚いた顔をして立ち上がった。
「皆、シゲハルのこと……知ってるの……?」
「アリィシャ、シゲハルはやっぱりこの村に来てたんだよ。しかも相当リスペクトされてるみたいだ」
「そう……なの……」
と、ここで事態を収拾するために、司会進行役の男が慌てて壇上に上がった。
「えー……皆、エエから落ち着けっつの。御客人達、皆びっくりしてるでねェか」
「ね、シゲハルのことを聞かせて」
アリィシャは懇願の眼差しを向けた。
「へ?な、なして?」
「シゲハルは……シゲハルはボクのお父さんなんだ……!」
一瞬の沈黙――
そして、すぐ後に、村人たちから『お~!』と一斉に感嘆の溜息が漏れた。
「シゲハルの娘さん!……へぇ、そうかい、あんたがねェ」
司会役の男はまじまじとアリィシャを見つめて、うんうんと頷いた。
「たしかに、ちょっと似てるかもしれねぇズラ」
「そうかな……でも、ボクはよく分かんないよ、お父さんのこと……」
「お嬢さん、シゲハルは……お父さんは正真正銘の勇者ズラ。そこのケンイチさんと『同じ』、勇者だったんだよォ」
「へぇ~……って、な、何ぃッ!?」
大声を出したのは俺。
だって、驚きもするだろう。
俺と『同じ』……?
確かにそう言った?
それって、えーと、つまり……!
「ちょ、嘘、マジ?シゲハルは異世界から来たってことッスか!?」
「ンだヨ」
どうりで、なんか日本人臭い名前だと思ってたんだよ……
シゲハルはつまり、『重治』か『茂晴』か、ことによると『繁春』だったわけか。
「あれは五年前……シゲハルはこの土地にやって来たズラ――」
さあ、そこから長い長い話が始まった。
雨がちらつく中で、村人たちが一人ずつ立ち上がり、自分がシゲハルに何をしてもらったか、シゲハルが彼らに何を伝えたかということを事細かに教えてくれたのだ。
シゲハルは村に逗留している間、一度も勇者タイムのチャージに難渋しなかったという。
村の農作業の手伝いや、子供たちの遊び相手、用水路の設置、夫婦喧嘩の仲裁、チャリティーコンサート、運動会の場所取り、オモシロ一発芸……さらには当時は愚連隊のような非行集団だった魔王教団を『比類なき拳法』で村から追い出したりもしたらしい。
「この村の人間は何かしらシゲハルに恩があるズラ」
司会の男が遠い目をしながら言う。
村人たちは一斉に頷き、そうだ!と声を上げ、肩を組んで歌い出した。
『シゲハルは俺達の味方だ~♪シゲハルは俺達の味方だ~♪』
それを見ていたメイヘレンが、長い足を組んだまま、大きな溜息を吐いた。
「おい、大事なことを教えてくれないつもりかい?肝心のシゲハルはどこへ行ったんだ?」
「おおっと、んだんだ。シゲハルは……勇者の試練に挑んだズラ。つまり、『次元穴』に飛び込んだのら」
『次元穴』……そういや、魔教司祭プラウボが虫の息でそんなことを言ってたような……
「『次元穴』って何?」
プルミエルが訊く。
「次元穴は読んで字のごとく、異次元につながる穴ズラ。普通の人間は入れねぇズラ。そこには勇者が『ジャパティ寺院』で神様に願いを聞いてもらうための鍵が隠されてるらしいんだけんど……それを取りに行くのが、『真の勇者』になる為の試練なんだと」
「神の試練……?」
「詳しくは分からねぇズラ。もう何千年も前からこの村に伝わる言い伝えズラ」
「それをクリアして、真の勇者は神様に願いを聞いてもらうのね?」
「んだな。言い伝えでは」
「ふむふむ、これは興味深いわねぇ……」
「シゲハルはそこに行ったの!?」
学術的好奇心を発露しまくるプルミエルを押しのけるようにして、司会の男にアリィシャが詰め寄った。
男はその剣幕にあてられて、うっと言葉を詰まらせたが、すぐに頷いて見せる。
「行った……ズラ。何としてもそうする必要があるって、そう言ってたズラ。そんでも、そのまま戻ってこなかったズラ……」
「え……」
「次元穴に一度入ったら、試練をクリアするまでは戻れねェらしいだ。んだから、シゲハルは、その……まだ、試練をクリアしてねぇズラ……たぶん」
『試練をクリアしてない』と言うのは彼の優しさだろう。
だが、五年だ。
五年も経っちまってたら……あまり考えたくはないけど……
(勇者タイムだってあるし……)
シゲハルは試練に失敗した、と考えるのが普通だ。
だが、失敗したらどうなるんだろう?
異次元で遭難?
重くのしかかるのは『死』なんていう不吉極まりない一文字だ。
ああ、嫌な考えばかりが思い浮かんでくる。
アリィシャもそうなんだろうか。
彼女は口の中で何かを小さく呟くと、力無くうなだれ、すとんと椅子に腰を下ろした。
(アリィシャ……)
追いかけ続けた父親を見失った少女に、どんな言葉をかければいいのか。
その時、急に雨足が強くなってきて、広場にいた全員の頭上に大粒の雨が落ちてきた。
「うぉ、もうこの雨じゃあ歓迎会は中止ズラ。後は酒場で続きをやるだぇ。おい、コシールのとこ、開いてっぺ?おう、んだらそこで二次会をやるズラ。さ、さ、お客人達も早くこっち来るズラ」
村人たちもぞろぞろと移動を始める中で、アリィシャは雨に濡れながらまだ立ちあがる気配を見せない。
(アリィシャ……元気出せよ)
俺も濡れながら、そっと彼女のそばに立った。
「な、風邪ひくよ。行こうぜ」
「……知らなかった……」
「?」
「知らなかったんだよ……ボクのお父さん、勇者だったんだ……異世界の人だったんだ……」
「……そうみたいだな」
村人の話を聞く限りでは、多分、俺よりも何倍も勇者らしい人だ。
「ケンイチは……」
「え?」
「ケンイチは自分の世界に帰る為にジャパティの遺跡に行くんだよね?」
「うーん、まぁ……そうだな」
「お父さんも、そうだったのかな……?」
顔を上げたアリィシャの瞳が、熱く潤んでいる。
「ボクとお母さんを置いて、自分の世界に帰っちゃうつもりだったのかな……?」
「……」
そうか……
アリィシャの落胆の理由。
それは、父親が行方不明のままだってことだけじゃなくて、自分と母親が、父親に見捨てられたんじゃないかという不安もあったんだ。
(だがな、アリィシャ……)
俺はシゲハルさんに会ったことも無いし、彼がどんなことを考えてこの村を訪れたのかは分からない。
だけど……
「違うと思うぞ、アリィシャ」
「え?」
「シゲハルさんは、ここの村人全員にリスペクトされてる凄い人さ。そんな人が、自分の娘と奥さんを置いて自分だけ元の世界に帰りたがるかな?俺はそうは思わない」
「……」
「俺、自分の親父が好きさ。だから、たとえいきなり蒸発しちまっても何か理由があるんじゃないかって考えると思うよ。アリィシャもそうなんだろ?信じようぜ、お父さんを」
「ケンイチ……」
俺は気休めを言ってるのか?
もう知らん、そんなことは。
だけど……俺は決めた。
この雨は止ませられないが、目の前の女の子の涙は止められるかもしれない。
それが勇者の仕事じゃないか?
勇者はどこにいる?
はい、ここにいます。
「俺、行ってみるよ」
「ど、どこに……」
「『次元穴』。シゲハルさんを探してみる」
「だっ、駄目だよっ!一度行ったら帰ってこれないかもしれないんだよ!?」
おっと、確かにそう言われると、ちょっと不安だが……
「いや、ケンイチはやるよ」
「メ、メイヘレン……!」
いつの間に後ろに……いや、彼女だけではない。
旅の仲間全員が、雨に濡れながらも俺達を見守っていた。
「ケンイチは不可能を可能にする。私の妹も救ってくれたんだ……やると決めたらやる男さ。そうなんだろう?」
そう言って、メイヘレンはとびきり美しい笑顔を俺に向ける。
仲間たちもぞろぞろ集まってきて、俺を取り囲んだ。
「私ノマスターナラ、ヤルデショウ……デキル男デス、マスターハ」
「すごいなぁ、ケンイチさん。ガチで勇者だなぁ。思わず憧れちゃいますよ」
「けっ!まぁ、今回は主役の座は譲ってやるわい」
「……(汗)」
や、ヤバい。
なんか、後には退けない状況になってきたぞ……
「あなたっていっつもそんな感じなの?まったく、向こう見ずねぇ」
プ、プルミエル……
「ま、勇者の自覚が芽生えたってところかしら?ちょっと見直したかもネ♪」
「……(涙目)」
はーーーーんっ!!
『ネ♪』が憎いっ!
もうこんな状況では『いや、無謀だったかな。もう少し考えてみよう』って言えないよん!
「よし。善は急げだな、ケンイチ」
「え?」
「行きましょう!次元穴へ!」
「い、今から……か?」
「モチロンデス。我々ハマスターノ意思ヲ尊重シマス」
「いや、でも、次元穴が何処にあるか分からないし……もうちょっと調べてから……」
「それならさっき村人に聞きましたよ、ケンイチさん。教会のすぐ裏にあるらしいです」
「え!?近っ!ていうか、お前、そんならさっさと教えろよ!」
そうこうしているうちに、俺達のやり取りを聞きつけて、村人たちがぞろぞろ集まってきてしまった。
「何してるだ。風邪引くズラ。さっさと中にお入りなせぇ」
「でも、ケンイチはこれから勇者の試練に挑むから……」
「試練に!?」
雨の中で、村人が一斉にざわついた。
「すげぇ!やっぱり勇者だ!」
「あのシゲハルでさえ無事に帰ってこれなかったのに……すげぇ!」
「あ、はぁ~……あたしゃ、死ぬまでケンイチをリスペクト……」
さぁ、そして大合唱が始まった。
『ケンイチは俺達の仲間だ~♪ケンイチは俺達の仲間だ~♪』
俺はそれを聞きながら、自分の死を予感した……