のたうつ悪者たち
うーむ、この状況はマズイよなぁ……と俺の脳が判断するのとほぼ同時に、怒れるプラウボが祭壇の下から何かを取り出し、長大なそれを両手で振り上げた。
その恐ろしい光景を目の当たりにして、俺は背筋がぞっとした。
な、なんつー巨大な鎌だ……まるで死神が持っているようなアレだ。
「勇者、死すべし!」
「のぉっ!?」
ゴズドォン!と鉄同士の凄まじい衝突音が響いた。
俺が恐る恐る目を開けると、大鎌は俺の喉を掻き切るように振り下ろされていたが、当然、不死身のこの身体を傷つけることはできない。
だが、狙いの逸れたその刃は俺の首の代わりに、背後の鉄製の椅子の背もたれを易々と貫いていた。
おお、怖っ……
「勇者め!そのままくたばるがいい!」
「お、おっかねぇなぁ……だが、俺はこの程度で殺せないぜ!」
「ふふ……」
おっとぉ?な、何だ、その不敵な笑いは……?
「不死身であることに相当な自信を持っているようだが、私はちゃあんとお前の弱点を知っているぞ」
「何?」
プラウボはしたり顔で、俺の左手首の勇者タイマーを指さした。
「その勇者タイム……ふむ、あと5分少々といったところか?それが尽きた時が、お前の死ぬ時だ」
ば、ばれてるのか……だが、そう簡単には俺もくたばるつもりはない。
「甘いぜ、プラウボさん。俺の溢れ出る奉仕精神は誰にも止められないっ!」
「ふふふ……その状態で、果たしてどんな善行をするというんだね?」
「な、なにっ……」
俺は身体を動かそうとして、それがままならないことに気付いた。
なんと、さっきプラウボの振るった大鎌が俺の首根っこにがっちりと食いこんでいて、身体を鉄の椅子に固定してしまっているのだ。
俺はなんとかくぐって抜けようと身体を動かしたり、両手を使って大鎌を外そうとしたが、どれほどの力で打ちつけられたものか、びくともしない。
「ふふふ、そこでゆっくり死を待つが良い。だが、その前に……」
プラウボはゆっくりと振り向き、視線をアリィシャとイグナツィオのほうへ向けた。
「キミの御友人がズタズタになるところをお見せしなくてはね」
そう言って、ニヤリと不気味に笑う。
「アリィシャッ!イグナツィオ!気をつけろッ!」
俺は慌てて叫んだが、当の二人は周囲を武装した男達に取り囲まれながらも、全く慌てた様子無し。
「はぁ~……やっぱりこうなっちゃうんだねぇ」
「人間なんてこんなもんですよ」
「そうだけどさぁ、ボクは人間の温かい心の光を信じたかったんだよぅ」
「でも、その人間が世界を滅ぼすんですよ」
……ニュータイプみたいなこと言ってる……
「ほほぉ、余裕たっぷりですな、お二人さん」
「プラウボさんっ!ボク、こういうのは好きじゃないよ」
「ふふ、お二人とも年若いとはいえ、我々に慈悲を期待しない方がいいですよ」
「御託の多い人だなぁ。さっさとかかってくればいいのに」
アリィシャはプラウボに向かって正義の怒りをたぎらせ、イグナツィオは自分に突き付けられた剣の群れを見回して、ヘン、と鼻で笑う。
この二人には恐怖心というものが欠けているのかもしれん……って、そんな場合じゃないんだナ、今は!
「お二人さん!実は勇者タイムが残り少ないんですけどォ!」
「へ?そうなの?」
「いいなぁ、もっと醜くうろたえてください、ケンイチさん」
「テメェは黙ってろよ!アリィシャ!俺を助けてくれッ!」
「ほいほい」
アリィシャは必死の懇願に答えると、ピョーンと宙高く跳躍し、狂信者どもの頭上を軽々と飛び越して俺の目の前に着地した。
「えーっと、それじゃあ、まずこのでっかい鎌を……」
「うぬ!」
大鎌に手をかけたアリィシャに、プラウボが掴みかかった。
「わ」
アリィシャは素早く後ろへ跳んでその大きな手から逃れると、パッと真面目な顔で身構える。
「びっくりしたぁ」
「ほほぅ、なかなかやるではないですか、小娘の分際で」
「プラウボさんもね。掴まれてたら危なかったよ、多分」
「ふふ……久々ですよ、『熊爪魔壊拳』を人前で使うのは」
な、なんか凄い展開になってきたな……
だが、アリイシャなら勝てるはずだ!
俺は彼女の勝利を確信しつつ、自分の勇者タイムをチラ見してみる。
『04:11』
……四分以内に頼むぜ!アリィシャ!
「ケンイチさん、僕のことはどうでもいいんですか?」
「お?おお、お前はお前で頑張れ。とりあえず死ぬなよ……って、おお!」
俺はイグナツィオの動きに目を見張った。
奴は一斉に飛びかかってくる狂信者どもの剣を優雅な身のこなしで悠々とかわし、的確な反撃で一人、また一人と殴り倒していく。
突きこまれてきた剣を相手の手から叩き落とし、その手首を掴まえて内側にひねり込む。
相手が悲鳴を上げると、その手首はだらりと曲がってはいけない方向へ曲がっていた。
背後から斬りかかってきた相手は足を引っ掛けて倒し、その喉元に親指を突きこんでのたうちまわらせる。
大きく振りかぶった相手にも隙があると見るや、無防備な脇腹にエルボーを叩き込んで横へ吹っ飛ばす。
表現するとそれぞれ何でもない動きなんだが、とにかく強い!
あっという間に白衣の男達は床に倒れていき、狂信者は最後の一人になっちまった。
そいつは明らかに狼狽していて、ついに自分から剣を捨ててイグナツィオの足元にひれ伏した。
「ま、待ってくれ!この通りだ……話せば分かる」
「残念、今は話したい気分じゃないんですよ」
そう言うとイグナツィオは何の容赦も無くパカンとそいつの顎を蹴りあげて昏倒させた。
「何だよ、弱っちいなァ。あーあ、あっちの親玉のほうをやりたかったなぁ」
唇を不満そうに尖らせながらイグナツィオは俺の前に立った。
「お前、何気に凄いじゃん!」
「いやぁ、それほどでもないですよ」
にっこり笑ってそう言うと、奴はドン!と俺の股間スレスレに足を乗っけた。
さっきプラウボが作った目玉焼きが股の間でグシャッと音を立てて潰れる。
「うぉぅ!何すんだ!あぶねぇな!」
「ケンイチさん、僕の靴紐を結んでも良いですよ」
「へ?」
確かに見ると、靴紐が緩んでいる。
ケンカ売ってんのか、この野郎……
と思ったが、おお!そうか、勇者タイムね!
「ほら、早く結べばいいじゃないですか」
くそ……言い方がメチャクチャ腹立つ……
だが、背に腹は代えられん。
俺は首を固定されたまま、手だけを動かして奴の靴紐を丁寧に結んでやった。
「ほれ、出来たぞ!」
「何かちょっと緩い気がします。もう一回結び直して下さい」
「てめぇ、後で覚えてろよ!」
言いながらも、また結んでやる俺。
だが、そんなことをしてる間にアリィシャとプラウボの戦いは佳境を迎えていた。
「ふん!」
気合とともに、プラウボの腕が唸りを上げてアリィシャの細い体に襲いかかる。
アリィシャはそれを潜るようにしてかわして、すれ違いざまにみぞおちにパンチを叩き込んだ。
おお!ナイスブロー!だが、プラウボは顔色一つ変えずにニヤリと笑う。
「なかなか良いパンチですね。ですが、残念ながら……」
そう言うと、プラウボはバッと僧衣を脱ぎ捨てた。
下から現れたのは、鈍く黒光りする、いかにも頑丈そうな胴鎧だ。
「この『黒鋼装甲』をどうします?ふふ、これは剣も斧も容易に弾き返す業物ですぞ」
き、汚い野郎だ……!
「おあー、そうか。どうりで手が痛いと思ったよぉ、もぉ」
相変わらずアリィシャには動揺無し。
プラウボはそれに少し苛立ったようだ。
「私をそこらに倒れている愚か者たちと一緒にしないことだ。私は……」
「えい」
いつの間にそこまで近付いたものか、アリィシャは長口上を始めようとするプラウボの額をペチンとはたいた。
「隙だらけだよぉ、プラウボさんっ。あと三発は入れられたね」
「ぬ……く……!」
プラウボは額を押さえながら後ろへ跳び、間合いをとる。
「おのれ……!貴様も『シゲハル』と同じだな!私を愚弄するか!」
「シゲハル?」
誰それ?ってな感じで俺とイグナツィオは目を見合わせてから互いに首を傾げたが、アリィシャの様子だけがどこか変だった。
目を見開いて、明らかに動揺している。
「シゲハルを……シゲハルを知ってるの……?」
構えた手が力無く下がり、呆然と立ち尽くすその姿は素人の俺が見ても隙だらけだと分かる。
プラウボはそれに気付いて、ニヤリと不敵に微笑んだ。
こ、このままじゃ、ヤバい!
「イグナツィオ、この鎌を外せ!助けに行くぞ!」
「大丈夫だと思うけどなぁ」
そう言いながらも、イグナツィオは「せい」と簡単に大鎌を引き抜いた。
こいつ、百万馬力か……?
っと、それどころじゃねぇゼ!
「今行くぞ、アリィシャ!」
「もう遅い!このお嬢さんは私が……」
勝ち誇ったプラウボの言葉は最後まで続かなかった。
獣のように素早く跳んだアリィシャの拳が、奴の装甲に叩きつけられたのだ。
凄まじい破壊音がした。
だが、その音に反して装甲にはヒビ一つ入った様子が無い。
(ど、どうなったんだ……)
答えはすぐに出た。
「……けはっ……!」
プラウボは天に向かって鼻と口から血を噴き、力無く膝から崩れ落ちた。
「こ……これは……小娘……」
「『不壊点芯功』っていう技だよ。知らなかった?胡桃の殻を壊さないで中身だけ粉々にすることもできるよ」
うずくまるプラウボを冷たい目で見下ろして淡々と語るアリィシャには、いつものおおらかさや天真爛漫さは欠片も無かった。
胡桃の殻の例え話は逆に、なんか怖い。
「シゲハルは?」
「シ……シゲハル……」
「シゲハルはどこに行ったの?」
「シゲハル……は……次元……穴に……」
「『次元穴』?『次元穴』って何?」
「次元……穴は……裏に……」
「ハッキリ言ってよ!」
「待て待て、アリィシャ、このままじゃコイツ死んじまいそうだ」
俺はこんな殺意の波動に目覚めたようなアリィシャを見てられなくなって、間に割って入った。
「イグナツィオ、こいつらを縛り上げておいてくれ。アリィシャ、向こうで話そう」
「やだ。ボク、まだあの人に聞きたいことがある」
「これ以上は聞いても相手が答えられないって。ほら、白目剥いてるじゃん。いいから一回、外に出ようぜ」
「でも……!」
「いいから、いいから」
いまだ興奮冷めやらぬ様子のアリィシャの腕を強引に掴んで、外へ出る。
彼女はさして抵抗しなかった。
空模様は少し曇り気味だが、まあ涼しくてちょうどいいや。
「なぁ、一体どうしたんだ?アリィシャ、君らしくないよ」
「……」
「あー……ま、イライラすることもあるよな。人間だからしょうがない。けど、どーだろう。そんな時は俺を殴ればいい。不死身だから遠慮はいらないぜ!さぁ、カモン!スカッとするよ」
「そんなんじゃないよ……」
そう呟いてうつむくアリィシャには、俺の捨て身の気休めも通用しない。
うーむ、これはやっぱりアレか。
単刀直入が吉と見た。
「……『シゲハル』って誰だい?」
「……」
「言いたくなければ良いけど、言えば楽になるかもしれないよ……っていうか、俺はすっげー聞きたいんだけどな」
「シゲハルは……」
「ああ」
「シゲハルは……ボクのお父さんなんだ」
「お、お父さん?」
「そう。五年前にボクとお母さんを捨てて出て行った、お父さん……」
「……」
雨の予感を孕んだ、湿った風が吹いた。