ヤる時はヤる、の心得
「俺はイヤな予感がするんだが……どうか」
と、どっかのスレみたいに主張してみたが、誰一人としてその意見に耳を貸してくれる者はいない。
かろうじてこちらを振り向いてくれたプルミエルも、眉間にしわを寄せて渋い表情を作っていた。
「何か言った?」
「いや……」
俺達は『ショジャイの保存集落』の入口に立っていた。
保存集落と謳うだけあって、崖沿いにポツンポツンと建っている質素な茅葺き屋根の民家は、そのどれもが古い歴史を持っていそうな佇まいだった。
だが、雰囲気としては歴史情緒漂う古都というよりは寂れた寒村といったほうがいいかもしれない。
おそろしく静かだ。
村の奥では焚火か何かをやっているようで、白煙がゆらゆらと空に向かって立ち昇っている。
ここからは人影一つ見えないのも、非常に薄気味悪い。
「……なんか雰囲気がヤダ」
「そう?なんでよ?」
「村の雰囲気もそうだが、極めつきはその看板……」
それは村の前に立っている看板のことだ。
俺には読めない文字で、かなり勢いよく書き殴ってあるが、その筆圧の強さには恐るべき情念、というか怨念めいたものまで感じる。
「なんて書いてあるって?」
「さっきも教えたでしょ」
「聞き間違えたと思いたいんだが……」
「『この先、勇者は立ち入り禁止。許可なく踏み入った場合は容赦なく抹殺する』。挑戦的だわねー」
「挑戦的っつーか、殺る気マンマンだろ!『抹殺』ってどーゆーこと!?それを聞いて不安にならない人間がいるか!?」
「何よ、バレなきゃいいだけでしょ」
「バレたら抹殺されちゃうんだゼ!?」
「抹殺されなきゃいいだけでしょ」
なるほどネ!俺の身の安全に関しては全く心配してくれていないことだけは分かったぞ。
「でもさ、この『ショジャイの保存集落』は勇者典範にも書いてあるくらい勇者と関係ある土地なんだろ?なのに何でいきなり『勇者KILL』なワケ?『抹殺』って……勇者に恨みでもあんのか?」
「さーねぇ……ま、そこのところは集落の中で聞くことにしたら?」
「本っ当に気が進まないんだが……俺だけ外で待ってるってのは駄目かな……」
「勇者典範には、この保存集落に『勇者たる証』が隠されてるって書いてあるんだから、あなたが来なくちゃ意味が無いでしょ」
「『勇者たる証』って?」
「知らない」
「知らないって……」
「くどい!(顎にアッパー!)」
「うべれぇっ!?」
プルミエルの強烈な一撃に俺は宙を舞った。
「何事も案ずるより産むが易し!(みぞおちにジャブ連打!)」
「ごはぁぁっぁぁ!おっしゃるとーりでッ!」
「『俺は殺られる前に殺る主義』くらいのポジティブかつアグレッシブな心意気がなくてどーする!(脳天にカカト落とし!)」
「おごぉッ!スンマセンッしたッ!」
地面に上半身メリ込んだ俺のほうが何故かワビを入れるという、この不条理。
痛むのは身体じゃない。俺のこの心……
「おい、置いて行くぞ」
愉快な俺達を尻目に、前方を歩くメイヘレンは悠々と村へ入っていった。
村の中は静まり返っていた。
だが、人の気配が全く無いわけではない。
物陰や窓の向こうから感じる、身体にまとわりつくような不気味な視線の数々。
風に乗って微かに聞こえる、小さく囁きあう声。
基本的には勇者に限らず、余所者は歓迎しない風習があるようだ。
「なーんか、静かな村だねぇ」
そう言ったのは俺の隣を歩くアリィシャ。
今は二人っきりだ。
とりあえず手分けして情報収集よ!というプルミエルの鶴の一声でもって、各自がバラバラに行動することになるはずだったのだが、彼女は不安がる俺を見かねてボディーガードを引き受けてくれたのだ。
マジ天使。
婚姻届の準備はいつでも出来てるぜ……
「あ、あそこにお店があるよっ。ケンイチ、何か聞いてみようよっ」
「え?」
「ほらっ、行くよっ」
返事をする前に、アリィシャは駆け出していた。
「お、おい!」
俺はとりあえず追いかけるが、メチャクチャ足が早い!
次の五輪が楽しみです……なんて思っている場合ではない。
慌てて彼女の後を追いかけて、その薄暗い店に飛びこんだときには、すでにアリィシャはカウンターの向こうにいる陰気そうなロン毛の親父にいつもの快活さで話しかけていた。
周りを見回すと、狭い店内には酒瓶がずらりと並んでいて、天井からは大きな肉の塊がぶら下がっている。
酒場かな?ま、何はともあれ、客が一人もいないのは幸いだ。
「ね、おじさん、勇者のこと何か知らない?」
な……!?
俺は思わず悲鳴を上げそうになる。
オイオイ、勇者をジェノサイドしようって連中に対して、その質問はストレートすぎるだろ!?
「……」
ほら、聞かれたおじさんも困惑してるじゃん。
だがアリィシャも退かない。
「ね、勇者のことっ」
「……オメら、観光客か?」
「うーん、ま、そうかなぁ?うん、そう」
「んだら、教えとっけどよ。早くこの村を出たほうがええズラ」
「なんで?」
「まず、勇者の話はこの村では禁止ズラ。看板、見ねだか?」
わお、すっげぇ訛ってるぜ……
「看板?あ、村の外の?」
「んだ。勇者なんつー言葉だけでも、誰かに聞かれったら、タコ殴りズラ」
「えー?なんで?ここの人はなんでそんなに勇者のことが嫌いなの?」
「それは……」
店のオヤジは言いかけて止め、首を振った。
「言いたくねぇズラ」
「お願い、聞かせて」
「駄目ズラ」
「誰にもおじさんから聞いたなんて言わないよ」
アリィシャは誠心誠意をこめた瞳で、オヤジの手を握った。
相手は手を握られたまま、目をあちこちに泳がせて、しばらく逡巡していたようだったが、やがて諦めたように溜息を吐き、頷いた。
そういう心理的な駆け引きとは全く無縁そうなのに、いとも簡単に村の秘事を引き出すその手腕……
す、すごいぜ!
俺の知っている魔法使いたちは脅迫や賄賂みたいな非合法な手段ばっかり使ってた気がするから、なおさら新鮮だ。
「……ここは『勇者を試す村』だったズラ」
「試す……って?」
「勇者っつーのは異世界から送られてきた人間のことズラ。だども、奴らは命に制限があるズラ。ほっときゃ、すぐに死んじまう。命懸けで他人様に奉仕活動をしねぇと異世界の人間はこの世界では長生きできねぇズラ」
勇者タイムの事だ。
何回聞いても傍迷惑な話なんだけどな……
「だども、勇者が生き続ける方法がある。この村で、この世界に相応しい人間である証を立てっと、こっから先にある『ジャパティ寺院』で願いを叶えてもらえるんだ。そんな言い伝えがあるズラ」
そ・れ・だ!
俺が、俺達が探し求めているのはまさにソレ!
「あ、証って、何スか?」
俺は食いつくように店主に向かって身を乗り出す。
しかし、向こうはゆっくりと首を振った。
「そいは分からねぇズラ。だども、この村はずーっと昔からその言い伝えを信じて、異世界から来た人間を歓迎してきただ」
「え?歓迎?でも、『勇者は抹殺』って……」
「あれは……」
店主のオヤジは力無くカウンターの向こうの椅子にもたれ、天を仰いで大きく溜息を吐いた。
「あれは『魔王教団』の奴らが立てたズラ」
「魔王教団?」
おや?その名前には聞き覚えがある。
確か、貿易都市で……
「ああ、思い出した!魔王を崇め奉る、あのカルト教団……」
「しっ!そんなん聞かれたら八つ裂きにされるズラ。この辺は勇者の聖地だもんで、魔王教団にとっちゃ『異端の呪われし地』なんだと。奴らは五年ほど前からこの村に居座って好き放題やってるズラ……」
店主はがっくりとうなだれた。
よほど酷い目に遭ってきたんだろう。
「あいつらはひでぇ奴らだ。盗みや脅しは毎日のことで、立ち小便だってそこらで平気でするズラ」
「た、立ち……って、ええ!?う、うわわ……」
耳まで真っ赤にして、あわあわ動揺するアリィシャ。
おおっ、なんか、その反応は新鮮だなっ!萌えっ!
「えーと、と、とにかく、その魔王教団の人たちがいなくなれば、また勇者を歓迎してくれる?」
「当り前ズラ」
「ケンイチ……!」
アリィシャがこっちを見て、力強く頷く。
オーケイ、言いたいことは分かってるぜ。
そのカルト集団をボコボコにしてこの村から追い出そうってことだよな!
もちろん異議なし。
「その教団の人たちと話し合ってみようっ」
「へ?」
「それで、もうこの村から出て行ってくれるように頼んでみるっ」
おっと、そう来たか。
しかし、話し合い、か……うーん……
「どうかな?」
「どう、と聞かれてもなぁ……ううむ……相手はこっちを抹殺しようって物騒な相手だし……」
俺は気が進まない。
果たして話し合いの余地があるか?ということだ。
前に遭遇した魔王教団のオッサンは、こっちへの悪意も殺意もムキ出しだったし。
どう考えても穏便にコトが進むとは思われない。
そもそも俺個人の裁量ではどうにも決めかねるので、ここはプルミエルなりメイヘレンなりに相談したうえで……
「よしっ、決まりっ!じゃ、行こう!」
「え!?もう決まっちゃったの!?」
じゃあ、なんで俺に一回聞いたんだ……
「いやいや、でも、とりあえずプルミエルたちと落ち合ってからのほうが……」
「話すだけだもん、大丈夫だよ」
「話すだけじゃ済まないと思うけどなぁ……」
「その時は、拳で語り合うよっ」
おっと、この娘は思ったほど平和的な性格じゃないのかも。
だが、それはそれでいい事だと思った。
俺は好戦的な人間じゃないけど、こっちを抹殺するつもりで向かってくる相手に友愛を説くなんていうのはどうにも好きになれない。
相手の博愛精神に期待する前に、最低限の自己防衛だけはするべきじゃないか、と思う。
その点、アリィシャが『やる時はやる』という気構えを持っていてくれたのは良かった。
ま、俺は不死身だから、気楽なもんだ。
彼女は自分の身だけ守ってくれればいいんだからな。
「よし、それじゃあ、ちょっと行ってみるか?魔王教団の奴らに会いに」
「うんっ」
「お、オメさん達は、一体、何モンだ……?」
店主が顔を上げた。
「ま、まさか……勇者?」
その声を背後に聞きながら、俺達は颯爽と酒場を後にした。