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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「新たなる旅立ち」篇
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メイド喫茶 『深夜から夜明けまで』

「覚悟はできておるな、ケンイチ」


 エスティ老師の言葉に、俺は力強く頷いて見せた。

 もはや退路は無い。

 俺の決意に、老師も満足そうな笑みを浮かべた。


「して、お主どうするつもりじゃ」

「?……と、仰いますと?」

「『呼び名』じゃよ」

「呼び名……?」

「『ご主人様』か『お兄ちゃん』かという事じゃろうがぁっ!!」

「!!」


 俺は身体に電撃が走ったように立ち竦む。

 同時に自分があまりにも迂闊だったことに気付いた。


(それは考えてなかったな……)


 そして、改めて目の前の建物がどういう施設なのかを思い出した。


 そう、ここは例のメイド喫茶の店前である。


 洋風のこじんまりとした一軒家だったが、決して貧乏くさくは無い。

 白塗りの壁に赤い屋根、という、森の中では一際目立つ外観である。

 ハート形にくり抜かれた窓から漏れてくる光は、周囲の夜の闇を暖かく和らげているようだった。


「わしは『ご主人様』でいこうと思う……」


 エスティ老人がそう呟いた。

 俺も思わず唸る。

 ベタではあるが、良いチョイスだ。

 相手がメイドである以上、それより他に最上と思われる呼ばれ方は無い。

 『ご主人様』か……男の征服欲と嗜虐心を満たす魔性の言葉だ。

 だが……


「俺……『お兄ちゃん』でいきます」

「な……!?」


 俺は『妹萌え』の錦旗を掲げ、茨の道を行く……

 単純にエスティ老人と同じ呼ばれ方が嫌だったというのもあるが、それ以上に『お兄ちゃん』という言葉の持つ神韻を踏むかの如き妙なる響きに抗えなかったのだ。

 主従の関係にあるはずのメイドに馴れ馴れしく『お兄ちゃん』と呼ばれるという、二律背反の精髄がそこにはある。


「ケンイチ……」

「『お兄ちゃん』でいきます」


 改めて言う。


「そうか……いや、何も言うまい」

「老師……」


 俺達は互いに頷きあって、扉のノブに手をかけた。

 木が軋む音をたてながらゆっくりと扉は開いていく……

 来い、メイド!


「よぉ、よく来たな」

「……」


 『おかえりなさいませ☆ご主人様♪』を期待していた俺達は、完全に凍りついた。

 罵声と怒号が飛び交い、むせ返るような酒の匂いと煙草の煙が立ち込める店内。

 そこで俺達を出迎えたのは、ツンデレでもドジっ子でもなく、ましてやメイドですらない。

 厳ついムキムキ男たちだったのだ。

 おまけに全員、恐ろしく人相が悪い。

 顔中にピアスを開けたジャンキー風のモヒカン野郎や、たった今地獄から生還したような傷だらけのスキンヘッド男、その他、様々なコワモテの博覧会だ。

 どいつもこいつも、その首にそこそこの賞金がかかっていることだけは間違いない。

 俺と老師はあまりの恐怖に、ドアの前に突っ立ったまま、互いの手を握り合っていた。


「まぁ、入れよ。そこに座って一服しろや」


 リーダー格らしき男が進み出て言う。

 黒革の眼帯をつけたノッポのマッチョだ。

 メイド喫茶で言うところのメイド長なのかも……って、んなワケあるか!

 毛皮を腰に巻いてはいるが、上半身はほぼ裸に近い格好だ。

 その毛皮の蔭からはおそらくは血であろう赤錆のこびり付いた鉈が見える。

 俺達二人は生きた心地もしなかったが、とりあえず言われた通り、席について身を固くする。

 向かい合って座った老師は、顔面が蒼白になっていた。

 口の中で何事かブツブツ呟き、現実逃避に取り掛かっている。


「あの……ここは……」

「あん?決まってるだろが。ハミ出し者の楽園、『冥土喫茶』だぜ」


 はーーーーーん!!間違えたぁ!!

 イメージしてたのと全然違うよん!!

 イ、イグナツィオの野郎……!


「こんな夜中にこの辺をうろついてるってことは、テメェらもお仲間だろう?」

「は、はぁ……」

「ほれ」


 と、ここで眼帯マッチョはすっと一枚の羊皮紙を俺の前に広げた。

 そこには何やらミミズののたくったような字が書きなぐってある。


「こ、これは……?」

「喫茶だからな。何か頼めや」

「あ、あー、はいはい、メニューッスね……」

「オススメは『ガダラハランの葉巻』と『タングル・パオの純製酒』だ。キクぜ、こいつはよ……」


 ち、違うッ!!

 俺が期待してたのは『みっくちゅじゅーちゅ』とか、『萌え萌えオムライス』とか、『にゃんこの憂鬱パフェ』とかッ!!


「早く頼め」

「は、はいっ……えーと、じゃあ、『タングル・パオ』?それ一つ」

「ほぉ……若いのに豪気だな。気に入ったぜ」


 男はニヤリと笑うと、店の奥へゆっくりと引っ込んでいった。

 ううっ、何が出てくるんだ……?

 暗澹たる気持ちでその広い背中を見送る俺に、隣の席に座っていたジャンキー風の男が身を乗り出して話しかけてくる。


「へ、へ……こんなとこに何しに来たんだ、ボーイ」


 誰かにぶん殴られでもしたのか、そいつは前歯がごっそり抜け落ちていた。

 そんな面でヘラヘラ笑いながら身を乗り出し、長い舌をチロチロと動かしながら喋る。


「わかってるぜぇ。『冥土喫茶』の名前に惹かれてきたんだろぉ。本物のメイドに会えると思ってなァ?ヒッヒ、ホッホ、年に三人はそんな野郎が来るぜ」

「は、ははは……」


 悲しい事に、俺はその指摘を否定できない。


「見ろよ、あいつを……あいつもメイド目当てで来た馬鹿野郎だぜ」


 俺は指さされた方向を見る。

 そこには一人でグラスを傾けながら、寂しげな瞳を宙に彷徨わせている壮年の男がいた。

 日焼けした肌にがっしりとした体格の持ち主で、傍のテーブルには大きな斧が立て掛けられている。


「あいつの名は『千人砕きのジャガータ』。あの野郎が通った後はペンペン草も生えねえ」

「せ、千人砕き……」

「おおっと、あっちを見な」


 男の指先に促されるままに、俺はその奥のテーブルへ視線を移す。


「あそこだ。ほうら、あの黒髪の野郎だ。『鋼斬りのマナベ』だぜ。へっへ、話によると剣を持たせた途端、踊るような身のこなしで敵を切り刻んじまうってよ。あいつとは関わらねぇほうが身の為だ」


 枯草色の着物を懐手にして、思案顔で煙管を咥えているその男は、痩せてはいるが眼光鋭く、その佇まいには隙が全く無い。


「おおぅ、見ろよ。あっちにいるのは『有明のジーザス』だぜ。あいつに『ロマンス』されちゃあ、もうお終いよ……」

「ジーザス……?」


 その名前、どこかで聞いたことがあるような……


「!」


 俺はその男を見て、思わず立ち上がってしまう。

 ガリガリの身体に、分厚いメガネ。

 相変わらずきっちりとズボンの中に押し込まれたチェックのシャツの裾。

 ……そう、あいつの名前はジーザス!

 俺の心にトラウマじみた苦い回想が渦を巻く。


 『S・Y・S団』……


 あのイカレた軍団に属していたイカレ野郎の中の一人がジーザスだ。


「メイドがいないぃ!メイドがいなぃい!」


 そのジーザスは自分の席でメタル信者か駄々っ子のように長髪をブンブン振り回しながら叫んでいる。

 奴もおそらくこの冥土喫茶の罠にハマってしまったのだろう。

 あまりにもその様子が痛々しかったので、俺はあえて見て見ぬフリをすることを心に誓った。

 あの頭のネジが弾け飛んでた団長はどこへ行ったんだろう……?


「へっへ、可哀想にな」

「そうッスね……」


 というか、さっきまで紹介してもらってた『千人砕き』とか『鋼斬り』とか言われてた人たちも単純にメイド見たさにここに来てたってこと……?


「メイドはどこにいるんじゃ……」


 悲しげに老師が呻いた。


「メイド?メイドはもうすぐ出てくるぜ」

「え?」

「ま、楽しんで行けよォ」


 歯抜け野郎は気味の悪いウインクを残して、また自分の席に着き、でかい葉巻を吹かす。

 恍惚とした表情で虚空を見つめるジャンキーには、もう何の質問をしても無駄そうだ。

 それにしてもメイドがもうすぐ出てくるってのはどういうわけだろうか?


「老師、注文したのが来たらすぐにここを出て行きましょう」

「それがええ。それが吉じゃ。ここにはメイドはおらんかった。いや、本当はどこにもいないのかもしれん……」

「老師、諦めたら駄目だ。この世界のどこかに必ずメイドはいるはず……」

「そうじゃな……わし、膝枕してもらうんじゃ……」

「俺は耳掃除……」


 とどまるところを知らない二人の妄想に水を差したのは、前方からワッと起こった歓声である。

 それと同時に、ムーディなギターの音が店内に流れ出す。


「?」


 俺は歓声の上がったほうに目をやると――


「な、何っ!」


 大声を上げてしまった。

 そこにいたのは、メイド服に身を包んだ妙に色っぽい女が……


「ろ、老師!メイド!メイドですよ!」

「な、何じゃとォ!」


 と、ここで先程の眼帯マッチョが一段高い演台に上がった。


「てめぇら、よく見ろ!そしてひれ伏せ!妖艶なるメイドの中のメイドにして虚ろなる王……その名も『地獄のベロニカ』!」


 うおおっ!と地鳴りのような男たちの歓声が上がる。

 すると、演台に上がったベロニカはクネクネと淫らな腰つきで肢体を揺すり、踊り始めた。

 宙に振り乱す燃えるような赤い髪。

 むっちりとした量感を持つお尻。

 メイド服がはちきれんばかりの豊かな胸の谷間。

 真っ赤な唇からは時折チロチロと舌が出て、卑猥に蠢く。

 俺と老師はそのエロチシズムに釘づけになっちまう。

 こ、これってストリップ……?


「ワーオ、すっげぇ……う、鼻血が……老師、ティッシュ持ってますか」

「ほれ。まったく、ヤラシイのぉ……あ、もうちょっとでパンツ見えそう……」

「ノン!あれはメイドではないのデス。メイドの名を汚す紛い物ナリ!」

「うおぅ!ジーザス!?」


 い、いつの間に俺達の傍に!?


「んん??吾輩を知っているキミ達は吾輩の知っているキミ達ですかな?」

「い、いや……初対面……だぜ……」

「左様でござるか。それにしても嘆かわしいですナ同志」


 ジーザスは眼鏡をクイッと上げて、鼻息を荒げた。


「メイドとエロスは相反するもの……言うなれば水と油。そう、清楚、貞淑、従順こそがメイドの真髄!それをあのような……!吾輩は断固拒否する!抗議する!」

「うーむ、まぁ、その主張は分からんでもないかな」

「そうでしょう。そもそもデスな……」


 ジーザスのメイド講義が始まりそうになった時、前方で絶叫が上がった。


「うひぃぃぃぃぃぃぃぃあっ!!」


 それは断末魔に近い、魂が途切れるような悲鳴だった。


「な、な、なんじゃっ?」

「いや、俺にもさっぱり……!」

「アウチ!アレを見るデス!」


 ジーザスの指さした先にはなんと、先程まで踊りくねっていたベロニカが口から鮮血を滴らせながら仁王立ちしているではないか!

 その異様に赤い口がにっと笑い、それと同時にメキメキと音を立ててベロニカの身体が変形していく。


「う、うおっ、なんだありゃあ!?」

「『ナイトストーカー』じゃ!ここは奴らの巣だったんじゃあ!」


 老師の声とともに、その魔獣は雄叫びを上げた。

 まるで地獄の底から突き上げるような、凄まじい咆哮だった。



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