動き出す宿命と老師の罠
夜になった。
俺はその間、炊事、洗濯、便所掃除と散々にジジイにこき使われた。
「試練じゃ」
馬鹿の一つ覚えみたいに言いやがって!
俺は全員が夕食を終えた後、食器を洗いながら、なんとか仕返しできないかと考えていた。
食い物に得体の知れないキノコを入れるとか。
真っ暗なトイレに閉じ込めるとか。
だが、何かしら小細工をして他人を困らせるような結果になったら、それこそ勇者タイムにどんなペナルティがかかるか知れたもんじゃない。
うっかりあの御老体が心臓麻痺でも起こしたらエライことになるだろう。
まったく、とんでもない時限装置だ!
「で」
プルミエルが食後の紅茶(それも俺が淹れた)に口をつけてから、一息ついて言った。
「どうするの?」
「へぁ?」
俺は鍋の底についている煤を擦り落とすことに必死になっていて、そこへ急に声をかけられたもんだから、うっかり間の抜けた声をあげてしまった。
「どうって?」
「これから」
「……」
これからどうするか?
俺はその問いを、頭の中で咀嚼する。
シンプルだが、大事な問題だ。
だが、それに対する明確な答えは頭の中に浮かんでこなかった。
(どうすればいいんだろう?)
この世界で何をすればいい?
俺は一応『勇者』だが、それはあくまでも記号的な呼び名であって、何の意味もない。
魔王もいない。
伝説の剣もない。
今のところ、この世界に『勇者』は必要ないんだ。
それとも、俺が気付いていないだけで、何か隠された使命があるんだろうか?
……何も無いよなぁ。
「元の世界に帰る……ってのは?」
「どう、エスティ?」
「フム……勇者が元の世界に帰還したという話は聞いたことがない」
アウチ。
「じゃが、一方通行かと言うとそれも疑問じゃな。前にも言った通り、勇者についてはまだ知られていないことが多いのじゃ」
「おおっ、じゃあ、『できないわけでもない』?」
「フム、『できないとはいえない』という程度じゃな」
「はっきりしないなぁ……」
「ふーん」
プルミエルがニヤリと微笑む。
お、その小悪魔的な笑みは前にも見たぞ。
「手掛かりがあるとすれば、やっぱり……」
「『ジャパティ寺院跡』じゃろう」
「決まりね」
「?」
あのー、当事者が蚊帳の外なんですけども?
「と、いうわけで『ジャパティ寺院跡』があなたの次の目的地ね」
「え?」
「なによー、今の話、聞いてなかったの?」
「いや、聞いてたけど……」
「あなたが自分の世界に帰る手掛かりは、そこにあるかも知れないってことよ」
「おおっ!新展開!」
俺は思わずガッツポーズを作った。
この世界に来て、初めてといっていいほど希望の持てる情報だ。
「で、それってここから近いの?」
「海を一つと山を三つ越えたくらいの場所じゃ」
「国境で言うと四つ」
「ふうん……って、メッチャ遠くね!?」
「もー、うるさいわね」
プルミエルは俺の絶叫に顔をしかめた。
おおっと、いかんいかん、少し冷静になろう。
「でも、そんな遠距離移動に俺の寿命が保つかな……?」
「気合じゃ」
「はぁん!?」
俺はKYな発言をしたジジイを思いきり睨みつけた。
相手は俺の鬼気迫る圧力に少しビビったようだ。
「う……そう興奮するでない」
「頼むぜ。こっちは命がけなんだ」
「まー、とにかく距離がどうのと言ってる場合じゃないでしょ。行くの?行かないの?」
選択肢は二つ、か。
だが、答えは一つしかない。
「行く」
このままここにいても、ジジイにいいようにパシらされて終わりだ。
元の世界に帰る望みがあるなら何だってやってやる。
プルミエルは俺の答えを聞いて、満足そうに微笑んだ。
「んふふっ、面白くなってきたわねー」
「そう?」
「そ。エスティ、『術戦車』を使うわ。出しといて」
「ほう、この小僧と一緒に行くのか?」
「稀に見る研究対象でしょ」
『研究対象』、か。
この娘らしいといえばそうだが、もう少しこっちに気を遣った言い方をしてくれればいいのに。
(でも、一人旅よりはずっと楽しくなりそうだな……)
もっとも、『誰かの為に何かをする』というのが前提の勇者タイム。
俺一人ではそれを稼ぎようもないから、プルミエルの申し出はまさに渡りに船だ。
旅を続ける中で『研究対象』から『気になる異性』に格上げされる可能性も無いわけじゃないしな。
おおっと、ニヤけてはいかん。クールに行こうぜ、ケンイチ。
「い、いいのか?」
「駄目なの?」
プルミエルの大きな瞳が、まっすぐにこちらを見つめてくる。
うう……また、鼓動が速くなった。
その宝石をも霞ませるような輝きは、類まれな何かを秘めているようだ。
何というか、即座に相手の心に入り込んできて、情熱の炎をパッと燃え上がらせるというか。
いや、ここはあえて正直に、率直に言おう。
つまり……『萌える』!
イエス、ウィ、キャン!(訳:はい、私たちはそれができます)
「全然、駄目なこと、ない……」
俺は内心のハイテンションを必死に押し殺しつつ、プルミエルにぎこちない微笑みを送る。
それを見たジジイが、ヒゲをさすりながら不機嫌そうに咳払いをした。
「気をつけることじゃ、プルミエル。そやつ、稀に見るエロス・ボーイ……」
こ・の・や・ろ・う。
今すぐ棺桶に詰め込んでやろうか、ジジイ。
「そうなの?」
「はっ!」
「……エロス?」
「ううっ……!」
「エロス・ボーイなの?」
「うううっ……!いや、そんなことはないっ……」
俺は狼狽した。
そんな風に無垢な表情で聞かれると、逆にこっちのほうが気恥かしい!
だが、完全に否定できないところも悲しい!
「俺は……それほどエロス・ボーイじゃないっ!」
「まー、どうでもいいけどネ」
……俺、遊ばれてるのかな?
「じゃ、ケンイチが次に勇者タイムをチャージした時に出発ね。そっちのほうがキリが良いから」
「お、おう」
「最後はお風呂掃除、お願いね」
「風呂……」
俺はぼんやりと昼間のことを思い浮かべる。
プルミエルの入った風呂か……
(……残り湯!)
ワァァァーオ!
なんだか知らんがテンションが上がってきたぜ!