お粗末くん
壁に据え付けられた色とりどりのランプがテカテカと発光しはじめる。
すげぇぞ、昭和のスーパーヒーローの基地みたい!
キュインキュインだのピピピッだのという機械音が聞こえ、俺の期待はいやでも高まっていった。
『最終コンディション確認』
機械的な音声が聞こえ、手術台の上のマシーンが額のランプをテカテカと明滅させる。
天空の城を守っていそうなこのロボット兵士が、何らかの切り札だったのだろうか。
果たしてどんな能力を……ゴクリッ……
『起動シマス』
おおっ、よし、来い!
と身構えたところで、いきなり背後の壁がゴーン!と開いた。
そ、そっちかよっ!
じゃあ、何?ここに寝そべってるロボット兵はフェイク?
俺が慌てて振り返った時だった。
「……」
俺は見た。
そいつの姿を。
背の高さは2mくらいだろうか。
金色に輝くそのドラム缶のようなボディー……
光る大きな目……
中古のワイパーを繋ぎ合わせたような貧弱な手足……
「ぶふぅっ!」
俺は耐えきれず吹き出してしまった。
何コイツ!?クオリティ低ぅっ!!
中国製のトランスフォーマーみてぇ!!
「ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!な、何コレ……ヒーッ!ヒーッ!は、腹痛ッ……!」
俺は腹を抱えて笑い転げてしまった。
さっきまであんなに悲壮感漂う映像を見せられたのも、この爆笑を引き出す為の大いなる前フリだったとしか思われないほどにそいつの姿は素っ頓狂だった。
こいつが最後の希望だと……?ううっ!ま、また笑っちまいそう!
「問オウ……」
「は?」
「アナタガ私ノマスターデスカ?」
「……ぶっ!」
ア、アリアァァァァァァスッ!!お前、こんなものを託される予定だったのか!?
もう助けてくれッ!!
こんな痛々しい外見なうえに中身はサーバント気取り!?
もう異次元過ぎて腹筋がねじ切れるゥ……!
「マスターデスカ?」
「マ、マスターかそうじゃないかって言ったら俺はマスターじゃない……ヒャヒャヒャヒャ!」
「マスターデハナイノデスカ?」
「うん、まぁ、そうだ」
「デハ、撃退行動ヘ移行シマス」
「はぁ~面白……って、な、何っ!?」
俺は見た。
シャコッ!とロボット兵の股間部が開き、そこからにょっきりと小型のミサイルらしきものが顔を出したのを……
「お前、それは下品……!」
「『ハイペリオン・ミサイル』。発射シマス」
「うおおおおおおっ!?」
そのハイペリオン・ミサイルはボシュウ!という噴汽音とともにヘロヘロとこちらに飛んできて……
「ぬお!」
ドパン!と俺の目の前で爆発した。
しょぼい見た目のミサイルだった割には結構派手な爆発で、俺の身体は爆風で大きく吹っ飛ばされ、石の壁を突き抜ける。
「ぐっはぁぁぁぁぁ!」
「うわ、ケンイチ!びっくりしたぁ!」
気がつくと、俺は瓦礫とともにプルミエル達の足元に転がっていた。
腹のあたりからはまだブスブスと煙が上っている。
「もー、どうしたのよ?部屋の奥でアホみたいな笑い声が聞こえたかと思ったら……」
「や、やられたっ……ハイペリオン・ミサイルに……」
「はいぺりおんみさいる?」
「だが、気をつけろっ!奴の真の武器はそれではない……」
「さっきから何を言ってるんだ、君は?」
「あいつを見れば分かるぜ……そら、来た!」
もうもうと垂れこめる煙の向こうから、ガシャコン、ガシャコンとゆっくりとこちらへ向かってくる奴の足音が聞こえる。
おおやべぇ、思い出しただけで笑っちまいそうだが、厄介なのはあの猥褻物陳列ミサイルだ。
この狭い遺跡の中であんな物が何度も爆発したらエラいことになる。
やむを得ないな……
「待てッ!俺だ!俺がお前のマスターだっ!」
「!」
煙の向こうでロボット兵の動きが止まった。
「マスター……ヤッパリアナタガ私ノマスターダッタ」
「そ、そうだ」
ゆっくりとロボット兵は姿を現した。
俺はまた笑っちまわないようにしっかりと下唇を噛んでそのビジュアルショックに耐える。
金色のヤカン頭が見え、続いてくびれの無いのっぺりとした胴体、アメンボのような細い手足。
ぶふぅっ、やっぱり『変形金剛』(中国語でトランスフォーマー)にしか見えない!
「マスター、御命令ヲ」
「すっごーい!格好良いっ!」
アリィシャが突然叫んだ。
俺はその言葉に思わず耳を疑ってしまう。
冗談で言っているのかと思ったが、その目の輝きはマジだ。
「え?か、格好良い……だと?」
「すごいすごーいっ!ね、触ってもいい?いい?」
「ドウゾ」
「うわー、すごーい!おおっ、カッチカチじゃん!」
「ほう、これは大したものだ」
「待ちなさいっ、私にも見せなさいよー」
な……?
意外な女子人気……
俺は呆然とした。
「ま、待ってくれ、これのどこが……」
「これは魔芯兵器の中でもかなり異質だよ、ケンイチ」
メイヘレンがロボットの関節部を覗きこみながら言った。
「実に珍しい。こんな魔芯兵器は見たことが無い」
「ああ、分かるぜ。今までの奴らはもっとしっかりしてたけど……こいつはヤバいよな」
今までのマシーンは各部が胴体と足腰がガッシリ頑丈で、無機質なイメージだったが……
「あ、お前、名前なんていうんだ?」
「固有機体名ハ登録サレテイマセン」
「呼び名は無いのか……」
「登録ナンバーデスカ?」
「おお、それでいいや」
「『R-18』です」
「……ぷっ」
名前まで面白っ!
俺は口を押さえて必死に笑いを堪えたが、もう、腹筋が限界に近付いている。
『R-18』って……お前はポルノ映画かっ!
そういやさっきは股間からミサイル出してたし……確信犯か?
「R-18は何の為にここに?」
R-18の股下に潜り込んでいたプルミエルが、そこから這い出しながら尋ねた。
「マスターヲ待ッテイタノデス」
「?」
「私ハマスターニ従ウヨウニトダケプログラムサレテイマス。アトハ自律行動ニヨリソノ命令ヲ補完シマス」
マスターってのはアリアスって人の事なんだろう。
だが、この研究所の風化具合をみると、もうそいつも生きてはいないだろう。
「ケンイチ、とりあえずこの子を連れて行きましょう。馬車の中でじっくり検分させてもらうわ。自律した思考を持つ魔芯兵器ですって……?うおお、燃えてきたぁーッ!」
「おいおい、私にも見せてくれよ。素晴らしい素材だよ、これは」
「あ、ずるいっ!R-18は皆の物だよっ」
な、何だ……この敗北感は……
あんな粗末な見てくれのロボットがハーレム状態に?
俺はあのヤカン頭を思いきり引きちぎってやりたい衝動に駆られたが、そんなことをすれば女子連中からの激しいバッシングに晒されることは請け合いだ。
「マスター、御命令ヲ」
「あん?そうだな、さっさと表に出ようぜ」
「了解シマシタ」
「いいか?俺がマスターだぞ。忘れるなよ」
「ハイ」
「だから、ちょっと女子人気があるからって抜け駆けするなよな」
「……」
「だ、黙ってんじゃねぇよっ!」
俺達は出口に向かって歩き始めた。
外に出ると、最悪の事態が待っていた。
「よう、ケンビシ。いらねぇ道草を食ったもんだな」
「ア、ア、アガシッ!!」
「『サー』はどうした」
「サ、サー・アガシッ!!!」
そう、あのGOD姐ちゃんとその部隊が遺跡の入口を取り囲んでいたのだった。
「ケンイチさん、追いつかれちゃったみたいです」
イグナツィオが呑気に言う。
鎧兵によって喉元に剣を突き付けられながらも、奴は相変わらずだ。
「あちゃー、めんどくさいことになっちゃったわねぇ」
「執念深い女だな」
「ね、あの人、耳尖がってるよっ!エルフだよねっ?すごいよねっ」
……女達もいたって冷静だ。
ただ一人、エスティ老師だけが馬車の前で地面に額を擦りつけながら兵士達に命乞いをしているのが遠目に見えた。
「マスター、コレハドウイウ状況デショウ」
「おおっ、R-18!」
そういえばこっちには新戦力がいるじゃん!
よし、ここはこいつに働いてもらおう。
「今、けっこう困ったことになっている。お前、この状況を何とか打開できるか?」
「具体的ニドウスレバイイデショウカ」
「全員が無傷で、なおかつ火急的速やかにあの馬車に乗り込んでこの場を脱出できれば百点満点だ」
あのハイペリオン・ミサイルでも敵陣の中に一発放り込んでくれれば、それだけでも大チャンス到来だ。
馬車にさえ全員が乗り込んじまえば、何とかなるだろう。
「ミサイルは?」
「ハイペリオン・ミサイルハ残弾ガアリマセン」
「ええっ!?」
何コイツ!
そんな貴重な一発を俺に使ったの!?
後先考えろよ、もう!
「ほ、他に何か武器は無いのか……?」
「『デストロイド・モード』」
「おおっ!そっ、それだっ!今すぐデストロイしてやれ!」
「シカシ、コレハ禁断ノモード……」
「俺は大丈夫、さぁ、いけ!」
「ケンビシ!おい!テメェ、何をコソコソと話してやがる!」
俺達の内緒話に、アガシは眉をひきつらせていた。
怒り心頭といった様子だが、そんな態度も今のうちだ。
「アガシ、不運だったな。この最終兵器R-18が、あんた達に優しい眠りの旅をプレゼントするぜ」
「あん?」
「さぁ、今こそ見せろ!『デストロイド・モード』!」
「発動シマス」
ペカッ!とR-18の目が光ったかと思うと、その体が大きく天に仰け反った。
「アパウゥゥゥゥゥゥッ!!」
ぶわっと巨体が宙を舞い、ズシンと大地を揺らしてアガシの前に降り立つ。
「な!?」
「スキャン開始……」
「な、なんだっ?」
アガシは完全に面喰ったようで、目の前に立つロボット兵に圧倒されて、二、三歩後ずさった。
R-18は目をピカピカと明滅させて、アガシを素早く分析しているように見える。
「スキャン完了」
「お、おおっ」
そして、R-18はこちらに振り返ると……
「身長182cm、体重66kg、B91、W63、H88……経験人数……ゼロ」
「……」
「……」
「……」
「へぇ、意外だなぁ」
最後に間抜けな感想を洩らしたのはイグナツィオだったが、その他の人間達は完全に凍りついていた。
やヴぁい、これはやヴぁいよ……
「ちょ、おま、何してんだよッ……!!」
「『デストロイド・モード』デス」
「はぁぁぁぁ!?そ、それが!?」
「プリントアウトシマショウカ?」
「い、いらねぇぇぇぇぇぇぇよっ!!」
スリーサイズに関してかなり思うところはあったので、ちょっと気になったが、今はそれどころじゃねぇ!
「アガシ様……結構あるな……胸」
「経験人数、ゼロ……だと……?ア、アガシ様って、確か今年で30……」
「す、すげぇ……アガシ様すげぇ……いろんな意味で」
兵士達がざわつき始めた。
当のアガシはというと……
「……」
俺はその時、彼女の後ろに、揺らめく鬼の影を見た。
あ、あれは魔闘気……
僕達は多分、殺されるだろう……
「逃げるわよっ」
と、ここで突然ぐいっとプルミエルに腕を掴まれ、俺達は馬車に向かって走り出した。
アリィシャは軽やかに飛ぶと、ひょいとR-18を担ぎ上げて走る。
イグナツィオは大きく後ろに倒れ込みながら、気の逸れた兵士の剣先を蹴り飛ばすと、クルリと宙返りをして素早く御者台に飛び乗った。
メイヘレンはその長い足で二人ほど兵士を薙ぎ倒してエスティ老師を救い、そのまま老師を馬車の中へ押し込む。
「す、すげぇっ……な、なんつー好連携!」
彼女らの一連の動きはまるで何度も練習してきたかのように手際が良く、かつ、迅速だった。
「てめぇ!逃がすかよッ!!」
うお、怖ッ!
乙女の秘密を公衆の面前で暴露されたアガシが、鬼の形相で剣を抜き、こちらに迫ってくる!
兵士たちも我に返って、それぞれ手槍を掴み、こちらに向けて勢いよく投げつけてきた。
それがブスブスと足元の地面に刺さっていき、まさに槍畑だ。
「おわぁおっ!」
「ほれ、早く乗る乗る!」
思わずのけぞった俺を、プルミエルが馬車の中へと押しやった。
「うへぇ」
「アリィシャも!」
「出していいよっ!屋根に乗るからっ」
「イグナツィオ!」
「はい」
ぴしぃっと鞭の音がして、馬車は森を猛然と駆け出した。