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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「新たなる旅立ち」篇
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暗殺者、あらわる

 夜になった。

 昼間の喧騒が嘘みたいに静かだ。

 窓の外からは、傍を流れる小川の水音と虫の声だけが聞こえて、ちょっと風流なもんだ。

 追手の気配は無くなったが、念のため火は焚かないことにした。

 こういう時に馬車は便利だ。

 野宿と違って、火を焚かなくても獣に襲われる危険は無いし、ランプに火を灯すだけで、明かりが室内を満たしてくれる。

 その安心感からか、エスティ老人とアリィシャは早々にソファに横になって、寝息をたて始めた。

 ちなみに老師はやっぱり少し漏らしていた。

 勇者タイムを稼ぐためとはいえ、その下着を手洗いしたことは俺の人生に大きな爪痕を残しそうだ。


「もー、結局何だったのよ、昼間のあいつらは」


 プルミエルは不機嫌そうに頬杖をつきながら言う。


「どっかの国の辺境監視部隊らしいけどなぁ」

「ムウサか?」


 メイヘレンが眼鏡をくい、と上げて会話に加わる。


「おお、確かそんな感じだったような」

「なんか……キナ臭いわねぇ」

「いや、前から噂はあったんだ。ムウサがチャペ・アインの領土を少しずつ削りとっているという……」

「無粋だわ。辺境は辺境だからいいのに」

「都会人っぽい発言だなぁ。都心からちょっと離れた奴が『ここには我々が忘れてしまった大切な何かがある』みたいなことを言うようなもんだぞ」

「闘神?」

「都心です。どんな奴だよ、『闘神からちょっと離れた奴』って……あ、そうそう、そう言えば『ペーソス・モンジ』って知ってる?」

「『ペーソス・モンジ』?えー、超有名よ」

「そ、そうなのか……」

「私は兄の方が好きだな」

(兄……『すっとこどっこいだよ~ん』の方か……)

「ええ?私、家政婦の方が好き」

(え、対になるのは弟じゃないの?)

「でも、一番面白いのはあのキャラメルばっかり欲しがる奴かな」

「え、そんなのまでいるの!?」


 いったい何人登場人物がいるんだ『ペーソス・モンジ』!

 ていうか『キャラメルばっかり欲しがる奴』って……?

 もうシュールを通り越して不気味ですらある。


「お取り込み中に失礼します」


 ここで、イグナツィオが木製のバケツを手に提げて車内に入ってきた。


「水、置いときます。さっき汲んできたばっかりだから、飲んでも大丈夫です」

「おお、サンキュー。お疲れさんだったな、イグナツィオ」

「普通です」


 ほんっとに対応がイチイチ現代風な奴。

 『普通』って何だ。


「って、あれ?どこ行くんだ?」


 バケツをテーブルに置いて、また馬車を降りようとするイグナツィオに、俺は驚いて声をかけた。


「寝るんですけど」

「寝るって、どこで?」

「その辺で」


 何でそんな当り前のことを聞くのか、というような様子だ。


「いやいやいや、中で寝ればいいじゃん。スペースも余ってるし」

「は?」

「だって、お前だけ外で寝るのは変だろ。もう旅の仲間なんだし、一つ屋根の下」

「仲間ですか……」

「そうしなさいよ。ほらほら、ここ座って」

「それがいい。イグナツィオくん、君のことを色々と聞かせてほしいね」

「はぁ……」


 プルミエルとメイヘレンに促されて、イグナツィオは渋々といった様子でソファに腰を下ろした。


「いいぜいいぜ~、何かサ、こうして夜にヒソヒソ話すのって修学旅行みたいだよなぁ~。テンション上がってきた……」

「ソワソワしないの。猥談なんてしないわよ、エロスボーイ。下ネタは禁止ね」

「ちっ、違うッ!そのことでソワソワしたわけじゃない!」

「わ、大声出すんじゃないわよ」

「へぇ、ケンイチさん、エロスボーイなんですか」

「違うっ!言いがかりだっ!」

「もー、だから大声出さないのっ」


 プルミエルの握り拳が、ポカッと軽く俺の頭を叩いた。


「ううっ!」

「イグナツィオくん、話を君に戻そう。君はベデヴィアの豪商連合のお抱え御者なのかな?」

「いいえ」

「じゃあ、今回の為にわざわざ雇われたの?」

「そうです。まぁ、御者としてではないんですけど」

「?」

「僕、殺し屋なんですよ」

「へぇ、そーなんだ……」


 ・・・・・・


「って、な、何ィィィィィィィァッ!?」

「こら!また大声、もう!」

「いやいやいや、大声出るでしょ!?こいつ、今、サラッととんでもないこと言ったぞ!?」


 だが、俺の驚愕と混乱をよそに、プルミエルとメイヘレンは涼しい顔だ。


「殺し屋ねぇ……豪商連合が依頼主ね?」

「はい」

「私達を旅の途中で消すようにか」

「はい」

「やっぱりね」

「やれやれ、恨まれたものだな。それにしてもヒネりが無い」

「おいっ、何でそんなに落ち着いてられるんだよ……!」

「ん?何で君はそんなに落ち着かないんだ?」

「ええっ!?だって、こいつがその気になったら……えーと、例えば、アレだ、俺達は馬車ごと崖下に転落したり、暗い森の中にとり残されたりしてたかもしれないんだぞ!?」

「そうなんなかったから良いじゃない」

「えぇぇぇぇっ!?」


 あ、アバウトすぎないか?


「そっ、そのバケツの中の水も毒入りかもしれないじゃん!?」

「うう~~ん、うるさいのぅ……」


 と、ここで老師が目を擦りながらのっそりと立ち上がった。


「ふわぁ……あー、まだ寝れる……うー……お、水」


 そう言うと老師は無造作にバケツの中にコップを突っ込んで水をすくい、ごくごくと美味そうにそれを呑みほしていく。


「じゅるっ、ぷふ~……さ、もう一回寝よ……よっこらせっと……」


 寝起きならではのやけに説明じみた独白とともに、老師は再び元の位置に戻ると、ごろりと寝そべってまた大きなイビキをかき始めた。


「……」

「……ぐぅ……ぐぅ……ギリギリッ(歯ぎしり)」


 忌まわしい歯ぎしりとともにイビキは続く。

 どうやらバケツに毒は入っていないようだった。

 図らずも毒見役を務めてくれた老師に……敬礼。


「……でも、殺し屋なんだろっ」

「そうです」

「なら、いつかは狙うんだな、俺達を……ハッ!まさか、油断する時を待ってるのか?寝込みを襲うとか?それならさっきのは無し!やっぱ外で寝て!」

「いやだなぁ、命を狙うんなら正体は明かさないですよ」


 うーむ、それも一理あるんだけど……


「じゃあ、何で?」

「ま、正直どうでもいいかな、と思って」

「はぁ?」

「豪商連合に恩があるわけじゃないですし。報酬は後払いですし」

「あ、後払いなのか……」

「半金でも貰ってればちょっとは違ったんですけどね。だから、今回はそんなに仕事のモチベーションが上がらなくて」

「なんか現代風なうえに打算的だなぁ、お前……」


 だが、俺は心の中でホッとしていた。

 せっかく知り合えた人間が、いきなり敵に回っちまうなんていう少年誌的な安っぽい展開を避けられたからだ。


(でも、そうか……殺し屋だったんだ……)


 俺はしげしげとイグナツィオを眺めた。

 あの森をスイスイと駆け抜けた体術、ポケットに忍ばせた閃光玉、妙に人間らしさの欠落した人格……

 それら全てが、こいつが殺し屋だと考えれば、違和感無く、すとんと納得できる。


「ケンイチさん。エロスな目で僕を見ないでください」

「見・て・ねぇぇぇぇぇぇよっ!!」


 こいつ、一回殴ってやろうか!?

 だが、いきり立つ俺をメイヘレンが押さえた。


「ま、それはさておきだ。これから先、イグナツィオくんは私達の仲間。そう考えていいのかな?」

「『仲間』は言い過ぎですよ。僕も気が変わるかもしれないし」

「えー?めんどくさいヤツだなぁ、お前」

「殺し屋にしてみれば『殺しても死なない』あなたは魅力的なんです。挑んでみたい気持ちがあるんですよ、ケンイチさん」


 不死身の俺と、殺し屋のイグナツィオ。

 確かに、故事成語に出てくる矛と盾のような関係と言える。

 しかし『挑む』か。

 そう言われるとあまり悪い気はしないから不思議だ。


「ま、いいや。俺個人にならいつでも挑戦してこいよ。でも、他の連中は駄目だ。特に女の子達は巻き込まないようにしてくれ」

「考えときます」

「いや、考えるなよ……そこはさらっと『分かりました、男同士の勝負ですね』くらい言えよ」

「そんなに肩肘張らないでください。僕は気ままに仕掛けますから」

「気ままに仕掛けるって、お前な……」


 俺は苦笑してしまった。

 呆れたヤツだが、言うことがイチイチ殺し屋っぽくなくて憎めないところがある。





 朝になった。


「……」


 寝起きの俺の頭の中には『?』マークが飛び交う。

 いつの間にか外にいて、木に首を吊った状態で目覚めたからだ。


(……?)


 つい四十分ほど前に勇者タイムを稼ぐために、馬達に水を飲ませてやったのを覚えている。

 そして、次第に周囲が明るくなっていって、『何だよもう朝か、もう一眠りしようぜ』なんてことを考えて馬車の中に戻ったのも覚えている。

 だが、そこからどうやって今の状態になったのかはまるで覚えていない。

 俺はぶら下がったまま、ぼんやりと考えてみた。


(夢遊病の気でもあるんだろうか……?)


 それとも急に生きているのが嫌になったのか?

 乖離性二重人格?

 自分の深層心理がそら恐ろしくなる。


「う、わわわっ!!ど、どーしたのっ!?」

「おお……」


 朝一番で馬車から下りてきたアリィシャが、俺を見上げて大声を上げた。


「アリィシャ、おはようさん」

「お、おはよー……び、びっくりしたぁ……な、何やってるの?新しい健康法?」

「いや、朝起きたらこうなってた」

「ええ!?そう言えば、前も首吊ってたよねぇ……デジャヴだよ、ボク……」

「あの時は悪い奴らにしてやられたんだが、今回は何故こうなったのか……見当もつかないよ。俺はひょっとしたら自殺願望があるのかもしれない……」


 足元のアリィシャを見下ろしながら、俺は溜息をつく。


「そんなぁ……強く生きようよっ。生きていればいいことあるよっ」

「本当に君はいい子だな……俺……君に会えてよかった……」

「あ、ケンイチ、おはよう」


 シャコシャコと歯を磨きながら馬車から下りてきたのはプルミエルだった。

 ぶら下がっている俺を見ても、全く慌てた様子が無い。


「新しい健康法?」

「朝起きたらこうなってたんだ。俺はひょっとしたら封印された記憶の奥底に死にたくなるほどのトラウマを抱えているのかもしれない……」

「それはご愁傷さま」


 あっさりそう言うと、プルミエルは川べりに行って、口をゆすぐ。


「なんだ、冷てぇなぁ……」

「おはよう、皆。いい朝だね」


 続いて馬車を下りてきたメイヘレンに至っては、軽くスルーだ。

 俺、大変なことになってるのに!

 目も当てられないくらい大変なのに!


「メ、メイヘレン……」

「おはよう、ケンイチ。新しい健康法か。首が伸びて気持ちよさそうだね」

「朝起きてたらこうだったの!皆で同じ反応しやがって!大体こんなの普通の人間がやったら健康になる前に死ぬっつーの!」


 俺が木の上で喚いていると、今度はイグナツィオが馬車から下りてきた。


「おはようございます、皆さん。あ、ケンイチさんも」

「おはよう、イグナツィオ。ちなみにこれは新しい健康法じゃないぞっ」

「わかってますよ。僕が吊るしたんですから」


 ・・・・・・


「おっ、おまっ、お前かァーーーーーーーーッ!!」

「いやだなぁ、『いつでも挑戦してこい』って言ったじゃないですか」

「こんなにすぐだとは思わねーだろっ!」

「でも、やっぱり死なないんですね。すごいなぁ。殺したいなぁ」


 アブねー……こいつ、予想以上に危険な獣だ……


「ケンイチ、降りられる?ボク、手伝おうか?」

「あ、ありがとう、アリィシャ。大丈夫、自分で降りるよ」


 俺は縄からスポッと首を抜くと、そのまま地面に飛び降りた。


「よ……っと」


 華麗な着地。

 決まった!

 だが、誰も俺を見てはいなかった。


「ねー、イグナツィオ、あの建物は何?」


 プルミエルが突然、川の向こうに遺跡っぽい建造物を発見したのだ。


「あれは……何ですかね。僕にも分かりません」

「おいおい、道の途中に何があるかぐらい知っとけよ。御者なんだろ?」


 首吊りの仕返しだ。

 ここぞとばかりにイヤミを言ってやる!


「あんな立派な遺跡を知らないなんて、どうかしてるぜ!」

「いえ、実は昨日、がむしゃらに馬を走らせたせいで、本来のルートから大きく逸れてるんですよ」

「まぁ、あの投げ槍の雨から逃げるのに必死だったからな……っていうか、そういうことはもうちょっと早く言うべきじゃね?」

「今言ったからいいじゃないですか」

「お前って……」


 俺は呆れてしまうが、プルミエルはなんだか目を輝かせている。


「遺跡……未知の遺跡かぁ……」


 まるで恋する少女のように、キラキラしてる……

 ああ、可愛いなぁ……けど、嫌な予感がする……


「ね、ちょっと探索してみましょーか」

「やっぱり!」

「いいね。私も興味があるよ」

「あんたもかヨ!」

「ボクも!ボクも行ってみたーいっ!」

「でも、先を急がないと昨日の軍団がいつ襲いかかってくるとも……」


 だが、三人娘は俺の制止など全く聞かずに、意気揚々と遺跡へ向かって歩き始めた。


「い、イグナツィオ……何とか言ってやってくれ」

「あ、おかまいなく。僕は馬を見てますんで」


 そういう意味でお前に声をかけたんじゃねぇヨ!

 だが、女子達を放ってもおけない。

 俺は舌打ちをしてから、三人を追いかけた。



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