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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「新たなる旅立ち」篇
65/109

まんじゅう こわい

「こんな森の中だ。一つや二つの酔興が無いとやってられねぇだろう?」


 俺の前に立ったアガシが、お楽しみを目の前にした子供のような顔で言った。

 ヒョン、と振るった細剣が、宙に銀光の弧を描く。


「頭でっかちのジジイどもに命令されて、こんな辺境に押し込められて、もう二カ月。二カ月だぜ?全く、やってられねえ」


 ヒュヒュン!とさらに細剣が風を切る。

 彼女の目には、どうやら憎むべき敵――頭でっかちのジジイども――が見えているようだった。


「それは、大変でしたねぇ……サー。心から同情します。でも、自分は本当にただの旅行者なんです」

「駄目だ駄目だ。てめぇ、タマついてんのか?求婚までしといてトンズラか?アタシに恥をかかせようってのか?」


 その切れ長の目から発せられる光が、全く退く気が無いことを伝える。

 ああ、エライことになったもんだ……

 俺は途方に暮れて、天を見上げた。

 一面に広がる青い空が、俺の心を少しだけ落ち着かせてくれる。


(だが、まぁ、相手が悪かったな、サー・アガシ……)


 不死身の人間をどうやって殺すことができる?

 答えは不可能、そう、不可能なのだ。

 間違いなくこの勝負は俺が勝つ。


(しかし、問題はその後だ……)


 ヘタに勝ったら、このゴッド姐ちゃんを嫁にしなければいけないフラグが立っちまう。

 俺は目の前に立っているコスプレイヤー然とした軍服女を見つめた。


(……どうだ?)


 自分に問うてみる。

 粗雑で高慢ちきな女ではあるが、黒髪でエルフで、おまけに美人だ。


(なぁ、悪くないんじゃないか?)


 と言うブラック・ケンイチと、


(ダメダメ、女にうつつを抜かしている場合か?)


 と言うホワイト・ケンイチと、


(『一晩だけの嫁』って手もあるぜ、フヒヒ……)


 と言うピンク・ケンイチの間で、俺は悶々と葛藤した。


「何をじろじろ見てやがる。どうだ、そろそろ始めようぜ?」


 アガシがもう待ちきれないといった様子で、目を光らせながら言った。

 本当に危ない女だな……やっぱり嫁にするのは考えものだ。


「武器は何を使う?好きな得物を使っていいぞ」

「武器はいりません、サー」

「何?」


 おっと、怖い目だ。


「俺は誰も傷つけたくないんです」

「誰も傷つけないでどうやって勝負になるんだ?」

「うーん、何て言えばいいんでしょうねぇ……あなたは俺を傷つけられない。俺にもあなたを傷つける意志が無い。だから、決着なんてつかないんだ。それなら武器は使う必要が無いってことで……」

「……アタシをバカにしてるのか?」

「いいえ、バカになんてしてないッス。でも、俺を攻撃すれば分かります。不死身なんです」

「意外にムカつく野郎だな、ケンビシ」


 額に青筋立てて、アガシが言う。


「この場面で言うには笑えねぇ冗談だ。場合によっちゃ軽く痛めつけるだけで許してやろうと思ってたが、気が変わったぜ」


 彼女は細剣の切っ先を俺の喉元に突き付けた。


「泣いて許しを乞いな。そうしたら助けてやる」


 おおっ、そうすればいいのかな?

 そうすれば、すぐに解放してもらえるかもしれない。

 できるだけ惨めったらしく泣き喚いて、ごめんなさい、もう許して下さいって言えば、それで終わりにしてくれるんじゃないか?

 そうしろ、それがいい、今すぐそうしたほうが良いぞ、ケンイチ。


「イヤだね」


 思いとは裏腹に、俺はアガシに正面切って反発の言葉を口にしていた。

 ああ、まったく、どこまでも俺の邪魔をする男のプライド。


「斬りたきゃ斬れ。突きたきゃ突けよ。でも、俺は倒れないぞ。力ずくで脅されたって、俺は絶対にあんたに頭を下げねーぜ!」


 おおっ、と俺とアガシを取り囲む兵士達からもどよめきが上がる。

 絶対に状況が悪化すると分かってはいても、言わずにいられなかった。

 一寸の虫にも五分の魂。

 公衆の面前でバカにされて黙っていられるほど、俺は大人じゃない。

 権力を傘にきて威張り散らしているような女に下げる頭もない。

 アガシは俺の言葉に一瞬、面喰ったようだったが、すぐに怒りの感情に駆られて、尖った耳の先まで顔を真っ赤にして震えた。

 自分の部下達の前で公然と俺のようなガキに怒鳴られたんだから、まぁ、当然の反応だ。


「もういい、よっくわかった。死にたいってんなら殺してやるぜ、ケンビシ」

「お手柔らかに、サー」

「うるせぇ」


 アガシが素早く手首をひねりこむと、いとも簡単にズン!と俺の胸に剣先が食い込んだ。

 かわそうとか、よけなきゃとかいう考えが整う暇も無い。

 その迅速な動きだけで、この女がかなりの使い手だということが素人の俺にも分かった。

 だが、こっちも普通の人間ではない。


「あふうっ」


 不死身の身体に痛みは感じなかったが、ちょうど乳首の先端が刺激されたので思わず艶っぽい声が口を突いて出てしまった。


「?」


 アガシの顔に怪訝な色が浮かぶ。

 確かに今の一撃なら、一般人は心臓から血を噴き出しながらもんどりうって倒れていただろう。


「……てめぇ、その服の下に何か着込んでやがるな」

「いや、タネも仕掛けも……」


 言いかけたところで、今度は耳に何かが当たる感触があり、一瞬遅れて鋭い刃風が俺の髪を揺らした。


「ぅお」


 どうやら俺の右の耳をそぎ落とすつもりだったらしい。

 だが、どこまでいっても不死身のこの身体。

 アガシの振るった細剣はその目的を果たすことができず、競馬場のおっさんが耳に差している赤ペンのように俺の耳に引っかかっただけだった。


「!?」


 アガシの目が驚きに見開かれる。

 生身の部分を狙っても、なお刃を跳ね返すこの俺の魅惑のボディーに驚愕しているのだろう。


「てめぇ、メタルか!?」


 ぐい、と手首を返すと、アガシはそのまま細剣を横薙ぎに振るった。

 俺の喉笛をかき切ろうというのだ。


 ガキィン!


 鈍い音とともに、折れ曲がった細剣の切っ先が宙を舞った。

 当然、俺の身体がそれをしたのだ。


「どうです?言った通りでしょ?俺、不死身なんです」

「……」


 アガシは信じられないといった様子で折れた剣の断面と俺の顔を交互に眺め、大きく首を振った。


「バカな……」


 オッホホゥ、驚いてる、驚いてる!

 だが、おっと、ヤベェなぁ。

 俺の中で、ちょっとした不安が鎌首をもたげてきた。

 このまま勝っちまったらどうなるんだろう?


『アタシを負かしたのはテメェが初めてだ……す、好き……』


 てなことになって、嫁にするだのしないだので収拾のつかないてんやわんやになるんじゃなかろうか?

 『うる星』かYO!

 それはそれで悪くはないシチュエーションではあるが、ツレのいる異世界冒険中の勇者の身にはちょいと厄介な面倒事になりそうだ。

 おまけに相手は一軍の指揮官。

 あまり執着されれば、人海戦術を駆使して何をしてくるか分かったものじゃないぞ?


(モテるってのも考えもんだな……)


 おっと、ほら見ろ、アガシがこちらを見つめる目が変わってきたぞ。

 紫色の綺麗な瞳が熱を帯びて……


(な、なんだ……?)


 俺の背筋に冷たいものが奔った。

 こちらを見つめるアガシの瞳――

 それが、まるで爬虫類のように瞳孔が縦に収縮し、煌々と恐ろしい殺気を放ちながら光り始めたのだ。

 俺はその目に射すくめられ、身動きができなくなる。


(くぉ……)


 光は次第に強くなり、俺はその中に呑みこまれていった。






 気がつくと


 照りつける強い日差しの中に


 俺はいた


 周囲には何も無い


 眩しすぎて


 何も見えないんだ

 

 ここは


 ここはどこだ……?


「遅かったじゃない、もう」


 なんだって?


「あなたが一緒にお弁当食べたいって言ったのに」


 お弁当……?


「待たせるなんてどうかしてるわ」


 突然


 俺の視界が開けた





「っ……」


 俺は驚いていた。


(ここは……俺の学校の……前庭じゃないか……)


 雲一つ無い青空の下。

 生徒達がせわしなく行き交うその前庭の中心に、俺は立っていた。

 何が起こったのか?

 理解が追い付かなくて、呆然と立ち尽くす。

 間違いなく、ここはあまりにも見慣れた俺の学校のようだけど……ナゼだ!?

 ここは校内でもカップルに人気のスポットだ。

 日当たりの良い場所にベンチが五つも並んでいて、昼休みになれば浮かれきったアベックどもがイチャイチャと寄り添って昼飯を食う。

 俺のようなイケてない男子生徒にとっては忌むべき禁足地だ。

 特に花壇の傍の通称『花園ベンチ』はアベックどもの間でもとりわけ競争率の高い、ゴールデンシートだった。

 その花園ベンチの前に……

 彼女が、つんと胸を張って、立っていた。


「ほら、謝罪の言葉は無いの?」

「プ、プルミエル!?」

「何を驚いてんのよ」


 プルミエルだ!

 なんで!?

 おまけに彼女は俺の学校の制服を着てる!

 なんで!?

 いや、それ以前に、いつの間に俺はこっちの世界に帰って来たんだ?

 そして、なぜ彼女までこっちの世界に?

 完全に頭が混乱して、俺は呻くことしかできなかった。


「な、なんでここに……」

「は!?」

「うっ……」


 お、怒っているのか……?


「『ナンデココニ』って言ったの?」

「う、いや、その」

「もうっ、いいわ。一人でお昼食べれば?」


 ぷう、と頬を膨らませて横を通り過ぎようとする彼女の腕を、俺は反射的に掴んでいた。


「す、すまん。ちょっと気が動転してて……お昼?」

「お昼」

「お……お昼ね。よし、食べよう、お腹ぺこぺこのペコキッシュサンダーさ」

「何それ?」


 言いながらも、何とか機嫌を直してくれたらしく、プルミエルは花園ベンチに腰を下ろした。

 ちょいちょいと手招きされたので、俺は慌ててその隣に座る。


「はい、お弁当」


 プルミエルは、ピンク色の可愛らしい包みを俺に手渡した。


「お、ありがとさん……って、まさか手作り!?」

「失礼ねー、当り前でしょ。あなたが食べたいって言ったんじゃない」

「お、俺が……そうか……」

「早起き大変だったんだからね。もぉ、男の子って女の子が皆こういうの作るのが好きだと思ってるのかしらね?」

「……ど、どうだろう……」


 言いながら、俺は体が震えていた。

 信じられるか?

 花園ベンチに座って、女の子の手作り弁当を広げてる俺……

 おまけにその相手がプルミエル……

 夢なら永遠に覚めてくれるな。


「あら?やーね、なに泣いてるのよ?」

「な、泣いてない、これは、心の汗……」

「キモいわね」

「ううっ、な、何とでも言え!だが、この弁当は返さないぞ!いざ、万感の思いを込めて、オープンッ!」


 クパァァァァッ!


「で、出た……ハートマークのでんぶ……そして、タコさんウインナー……」

「浸ってないでさっさと食べちゃいなさいよ」

「ま、待ってくれ、心に刻みつけてから……」

「もぅ!」


 よっぽどまじまじと見られて恥ずかしかったのだろう。

 プルミエルは耳まで真っ赤にして俯き、それを誤魔化すみたいに自分のお弁当をぱくつき始めた。

 な、なんて可愛い反応なんだ……いかん、このままでは萌え死んじまう……


「い、いただきまーす……」


 こんなに可愛いハートマークに対して掘削作業を断行するのは実に遺憾だが、食べなければ弁当に悪い。

 俺は箸を持ち、とりあえずハートマークは回避して、卵焼きを一つ、口に放り込んだ。


「ど、どう?」


 心配そうにプルミエルが俺の顔を覗きこんでくる。


「ウ……」

「う?」

「ウマーーーーーーーーーッ!!」

「わ」

「うまっ!何コレ!スゲェうまい!」

「そ、そう?本当?」

「本当!ノンフィクション!うむー、なんというウマさだ、ブラボー」

「もう、大げさすぎ……もう」


 いかにも呆れた風な口ぶりだが、俺の『ウマい』の言葉にホッと胸をなでおろしたようだ。

 そんな彼女を見て、俺は天に向かって天将奔烈を放ちそうになる。

 大丈夫、もう刹活孔は突いてあるぜ……


「ね、ねぇ……」

「ん?」

「その、あなたが、食べたいっていうんならさ……」

「?」

「また、明日も……作ってきてあげよっか……?」


 ああ


 なんて


 幸せなんだ……


 暖かい光が……


 俺を包み込んでいった……





「っ……!」


 突然、視界が開けた。

 花園ベンチもプルミエルも跡形も無く消え去り、周囲にはニヤけた面の男達と、木々の生い茂る薄暗い森があるばかりだ。

 こ、ここはどこだ……?

 さっきのシヤワセな空間は……?


「良い夢見れたか?」


 背後で声がしたかと思うと、振り向く間もなく、アガシの腕が俺の首に巻きついた。

 そして、そのままスリーパーホールドの体勢に。


「ぐへっ……!」

「見えたか?感じたか?今のが『虚影の邪眼』だ」


 ギリギリと俺の首を力強く締めあげながら、アガシが耳元で囁いた。


「こ、こえいのじゃがん……?」

「てめぇの心の中の欲望や願望が一瞬だけリアルに見えるっつー実に穏やか、かつ慈悲深い瞳術だ。甘やかな幻の中で死んでいくなんてのは贅沢すぎると思わねぇか?ケンビシ」

「ま、幻……あんなにリアルだったのに……」


 お、おっかねぇ技だ、『虚影の邪眼』。

 俺は自分の心象世界に囚われちまっていたらしい。

 それにしても幸せだった……


「さぁ、どうする?もう待った無しだぞ」


 グイッとさらに強く俺の首を締めあげ、アガシが勝ち誇ったように言った。


「こ・ろ・せ!こ・ろ・せ!」


 俺達を取り囲んでいる兵士達も、自分の大将を応援するために実に物騒なチャントを始めた。

 ここは暗黒武術会かっつーの。


(やれやれ……分からない人達だネ……)


 俺は周囲にそれと悟られないように溜息をついた。

 不死身の体にチョークスリーパーなんぞ聞くはずもないだろうに……

 さて、どうやってこの茶番に決着をつけたものか――

 俺がぼんやり思案を巡らせ始めた、その時だった。


「う、うおおおおっ!な、なにィ!?」


 俺は思わず大声を上げてしまった。

 それを聞いて、周囲からどっと歓声があがる。


「ははっ、もう終わりだな!」

「アガシ様のスリーパーは虎でも仕留めるんだ!観念しろ!」


 と、虎を……?ゴクリ……

 って、いや、ちがう!そうじゃない!

 俺が悲鳴を上げたのは、別の理由からだ。


(む、胸っ……!!)


 そう、背後から密着してスリーパーホールドをかけているアガシの胸が、俺の背中にモロに押しつけられているのだ!

 背中に感じる、二つの豊かな膨らみの感触……

 男なら誰もが登頂を夢見る双丘の喜望峰。

 普通ならラッキー!と思ってしばらくこの感触を味わうのもアリだが、俺の場合はそうもいかない。


(い、異性のボディータッチ……)


 俺は慌てて勇者タイムを確認する。


『35:12、11、10……』


 カタタタタタタッ!と凄まじいスピードで俺の勇者タイム、すなわち寿命が失われていく!


「うわぁぁぁぁぁぁっ!!し、死ぬっ!!このままじゃ死んじまうっ!!」

「ほぉ~、どうやらメタルの体でもこいつはキクらしいな?」


 アガシが耳元で楽しそうに囁いた。

 そういう意味と違ぇヨ!

 どっちかと言うとその逆で、俺のメタルな体のさらにレアメタルな部分が超合金化しそうなんだよ!

 恐るべき、淫獄の罠……罠!


「負けを認めろ。そして泣いて許しを乞いな」


 それはしたくない!


「こ・ろ・せ!こ・ろ・せ!」


 殺されたくもない!

 だが、このままではそうなるだろう。


(くそっ……)


 俺は選択を迫られていた。

 プライドと命。

 男にとっちゃ、どっちも大事だ……


『12:03、02、01……』


 無情にもカウントは高速で進んでいく。


 ひ、あ、あ、あ……もう一巻の終わりか?


 俺が悲痛な叫びを天に向かって届けようとした、その時。


「あ、こんなとこにいた」


 森の中からひょっこりと姿を現した一つの人影が、緊張感の欠片も無い声を上げた。

 全員の注意が、一斉にそちらの方向へ向けられる。

 俺もそいつを見て思わず声を上げてしまった。


「い、イグナツィオ!」


 そう、あの白面の美青年、イグナツィオだった。


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