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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「勇者VS魔王」篇
62/109

勇者の辿る道③

 俺達はベデヴィアに一泊し、出発は次の日ということになった。


 そして、朝。


「これが馬車……」


 俺は目の前にある乗り物に唖然とした。

 いや、乗り物と言うより、建物と呼ぶ方がいいかもしれない。

 六人ほどは乗り込めそうなほど大きな、白い、玉ねぎのような形をしたドーム。

 それに馬が三頭、おまけでくっついてる感じだった。


「これって、完璧におとぎの国の馬車だぜ。俺の世界では大抵カボチャだったけど」

「はん、普段ならてめぇらのような平民の乗れる馬車じゃねぇ。このクソガキが……」


 俺の隣に立ったオッサンが、機嫌悪そうに言う。

 何怒ってるんだ。カルシウム摂れよ。

 とりあえずクソガキ発言が気に入らなかったので、向こうにいるミスマナガン様に報告しよう。


「プルミエル、この人が何か言ってるー」

「げぇっ!?」

「んっ?何を?」

「な、な、何でもございません。皆様に相応しい、最高の馬車をご用意させていただきました、と、そう……」

「あ、そう」

「へ、へい……」


 おおっと、プルミエルに対しては驚くほどの腰の低さだ。

 よほどこっぴどく懲らしめられたに違いない。

 でも、世の中そんなものだよね。

 より良い明日を目指して強く生きてほしい。

 俺は心の中で優しくエールを送りながら、玉ねぎに乗りこんでみる。


「うおお……すげぇ」


 玉ねぎ内部は想像通りの広さだった。

 落ち着く深いブラウン色の、革張りの内装。

 天井からは小さいが高そうなシャンデリアが吊下がっている。

 部屋、と言っていいか分からないが、その中心には大きな円卓があり、それをソファーがぐるりと囲むような形になっていて、かなり座り心地がよさそうだ。

 大きな窓も四方についていて、採光も眺めも抜群。

 これなら長旅も全く苦にならないだろう。


「すごい玉ねぎだ……」

「どれどれ、ほー、これはいいね」

「うぉう!メイヘレン!」


 いつの間にか背後にいた彼女は、俺の肩に顎を載せるようにして室内を見渡し、満足そうに頷いた。

 ち、近い……必要以上に……

 金縛り的に硬直する俺の横をすり抜け、メイヘレンはソファーに腰を下ろした。


「座り心地もいい。うむ。気に入った」

「お、思った以上に広いよな」

「そうだね。今までは船舶メインだったが、今度はこういう陸運をプロデュースするのもいいだろう」


 そう言いながらも、しどけない姿でソファーにゆったりともたれかかるメイヘレン。


(うお……)


 何とも悩ましくも艶めかしい光景だ。

 こちらの視線に気付いたメイヘレンは、ふふんと挑発的な含み笑いを浮かべる。

 それがあまりにもエロい雰囲気を持っていたので、俺は思わず鳥肌が立った。

 この女……サッキュバス……


「おおー、広いじゃん!」

「うぉっ!」


 突然の背後からの声に、俺は思わず悲鳴を上げた。

 しかし、今日はバックアタックばっかり受けるな……


「あ、アリィシャか……」

「なんだよー、そんなに驚くことないじゃん。うわ、すごいねぇ。なんだかボク達だけで使うのがもったいないねっ」


 目をキラキラさせて車内を見渡すアリィシャ。

 その無邪気さが、さっきまでの俺の邪気を丸ごと洗い流してくれるようだった。


「窓も大きくていいねっ。あ、メイヘレンさん。おはようございまーす」

「メイヘレン『さん』はやめてくれ。旅の仲間だ、呼び捨てで構わないよ」

「ええっ、いいの?……うーんと、じゃあ、遠慮なく……メイヘレン、おはよう!」

「おはよう、アリイシャ」


 アリィシャを見てると、物怖じしないってのは長所だと思う。

 本人の許可なしにタメ口ってのは無礼千万だが、この場合は全く問題無しだろう。


「みんないる?」

「おおっ、プルミエル先生。全員、揃っとります」

「ふ、点呼でもするかね?」

「じゃあボク一番っ!」

「二番」

「三番!先生、全員いるようです」

「エスティ老人がいないじゃない」


 おっと、そういや忘れてたぜ。

 昨日の夜は散々だった。

 俺はあの老人と同室だったが、いびきと歯ぎしりがうるさすぎて寝られたもんじゃなかった。

 おまけに「ダイバーはいつまで続くんじゃ……ダイバーは……」とかいうワケの分からん寝言も連発してた。


(これから長旅になるとアレをまた聞かされる羽目になるのかなぁ……)


 俺は嫌気がさした。

 どこの深海に潜ってるんだか知らんが、『勇者タイム』のせいで睡眠時間を確保することが困難な俺にとっては、レムだろうが何だろうが、睡眠の一分一秒さえ惜しいのだ。


「どっか徘徊してるんだろ。いいじゃん、置いてこうゼ」

「そうね。置いてこうかしらね」

「構わないよ、私は」

「ええーっ!?みんな冷たいっ!?」


 アリィシャだけが大声を上げた。

 素直ないい子だな。


「よっと、ふう。おまっとさん」


 おお、老師!なんてタイミングなんだ。


「朝のお通じが悪くてのぅ……」


 き、聞いてねぇヨ!

 老人はすぐにソファに腰掛けると、ぐるりと車内を見渡して、「まぁまぁじゃな」とか「思ったより悪くないのぉ」とか「まぁ、乗れるかな」などという、やや上から目線な発言を連発した。


「ん?ケンイチ、何じゃその目は?ははーん、わしに何かを期待しとるな?確かに、この旅はエスティアンドリウス抜きでは到底無事に終えられまいて」

「いや……」

「じゃが、安心せい。このわしがおるからには、この旅はよりスペクタクルとロマン溢れるものになること請け合いじゃ」


 そんなの誰も期待してない……

 とは思いつつも、俺は黙って頷いてやった。


「老師、期待してるよ……」

「うはは!シャバい若造めが!ところでまだ出発せんの?」

「あんたを待ってたんでしょーが、もう」


 しれっとプルミエルが言う。

 嘘つけぇ!置いてく気満々だったくせに!

 だが、そうとは知らずに鼻の穴をふくらませてテンションを上げる老師。


「おお、そうか。そうじゃのう。ま、女を待たせるのは色男の宿命よ」


 その勘違いが、いっそのこと可哀想!

 俺達が哀れみに満ちた視線を送ったところで、窓の外から一人の青年がひょっこりと顔を出した。


「あのー」

「うおぅ!びっくりした!」


 だ、誰だ!?


「もう出発してもいいでしょうか?」

「あ、ちょい待ち。紹介するわね。彼、御者を務めてくれるイグナツィオくん」

「どうも」


 そう言って頭を軽く下げて会釈する、驚くほど色白な美青年。

 高い鼻、ブルーの瞳。

 日に透けるような金髪といい、どっから見ても御者でなく王子様ってな感じだ。


(白色人種め……)


 俺は彼のルックスに軽い嫉妬を覚えた。


「で、出発していいんですか」


 表情を全く変えずに、イグナツィオが聞く。

 イケメンはイケメンなんだが、その様子はどこか茫洋としていて、掴みどころがない感じだった。

 声には抑揚が無く、表情からは感情の起伏が読み取りずらい。

 そのせいで、なんだか無気力そうにさえ見えた。


「待ちたまえ。こっちの自己紹介は聞かないのかね?」


 メイヘレンが少し意地悪な笑みを浮かべて言う。

 それに対してイグナツィオは、首を少し傾げてみせた。


「はぁ……聞かないといけないんですか」


 などと……


(ど、どんだけ無礼だよ……コイツ……)


 俺は思わず呆れてしまう。

 無気力、無感動、無関心……典型的な今時の若者だ。


「でもさ、せっかくこれから一緒に旅をするんだからさ、お互いに挨拶しておこうよ。ね?」

「じゃあ、そっちからしてください」


 アリィシャのフレンドリーな歩み寄りさえも無碍に斬り捨てる、戦慄のイグナツィオ。

 無碍・ゾルバドス……

 だが、奴には悪びれた様子も無い。

 俺はたまらず口を開いた。


「おいおい、そういう言い方は無いだろう」

「ん?誰です?」

「俺はジン・ケンイチ!」


 文句があるならかかって来い!という具合に俺は胸を張ってみせた。


「……」


 イグナツィオはぼんやりとした顔はそのままに、俺をじーっと見つめ、やがて何かに納得したように頷いた。


「なるほど、あなたがケンイチさんですか」

「?」

「へぇー、なるほど。あなたとは仲良くできそうですよ」


 な、なんだ?

 『俺とは仲良く』って、どういうことだ?


「ボクはアリィシャ。よろしくねっ」

「メイヘレンだ」

「わしの名はエスティアンドリウス。敬意をこめて『老師』だの『尊師』だのと呼ぶがいい」

「どうも」


 他の面々へは、実に淡白な応対をかましてみせるイグナツィオ。

 分厚いATフィールドだ。


「もういいかしらね。じゃあ、イグナツィオ、馬車を出すよーに」

「わかりました」


 プルミエルに命じられて、イグナツィオは軽く頭を下げて姿を消す。

 その時、奴は去り際に、意味あり気にこちらへ流し目を飛ばして来た。


「……」

「……?」


 俺は首を傾げる。


(な、なんだ?さっきから、あいつめ……)


 なんだか不思議な雰囲気を持っている奴だ。


「ずいぶんと愛想の無い青年だね」


 メイヘレンがソファーにもたれかかって、溜息をつく。


「あんなのに御者を任せて大丈夫か?」

「ま、大丈夫だと思うけど」

「照れてるだけかもよ?初対面だもん、緊張もするよね?」

「アリィシャちゃんはマジで天使みたいな娘じゃのぉ。わしゃ、ああいう礼儀知らずな若者は嫌い」


 と、ここでゆっくりと馬車が動き始めた。


「おおっ、動いた!」

「うわぁ、なんだかわくわくするねっ!」

「俺達の新たな旅立ちだっ!行き先はトゥモロー!」

「はい、そこ、テンション上げ過ぎないように」


 プルミエルが俺達の熱狂に水を差す。

 なんだかクラスの委員長みたいだ。


「まず、これからの旅の行程を説明するからよく聞いて」


 彼女は円卓の上に地図を広げた。


「ここが現在地、ベデヴィアね。そして、南へ下っていくわ。『サスの森』、『カーントの渓谷』、『ショジャイの保存集落』を抜ければ『チャペ・アイン』に入る。後は目的地の『ジャパティ寺院跡』まですぐに着くわ。予定の日数としては大体七日くらいかしら。オーケイ?」

「ん?待ってくれ。『カーントの渓谷』を出てからは、『ラワン・デラン街道』を抜けていった方が近いんじゃないか?」

「ところがどっこい」


 メイヘレンの指摘に、プルミエルはふふんと鼻を鳴らしたかと思うと、机の上にドン、と分厚い本を載せた。


「何だ、それ?」

「『勇者典範』」

「お、おおっ!こ、これがっ!あの、勇者について詳しく書いてあるという……!」


 俺は思わずエキサイトした。


「そうよ。ここには、勇者が自分の世界に帰る為のヒントが隠されているわ。まぁ、ヒントといっても嫌がらせとも思われるくらいに断片的な情報しか書いてなかったんだけどね」

「ど、どうやったら俺はもとの世界に帰れるんだっ?」

「それはまだ分からないわね」

「え、ええっ!?」

「ちょっと、話聞いてた?断片的にしか書いてないと言ってるでしょーが。もう」

「お、おお、そうか……」

「結局、私達はこの『勇者典範』を参考にしつつ、『ジャパティ寺院跡』に行くしかないのよ」


 うおお、じれったいぜ。

 だが、『とりあえず』ジャパティを目指していた頃から比べれば、大きな前進と言えるだろう。

 そこへ行けば、間違いなく何かが分かるというのだから。


「で、『勇者典範』には『ショジャイの保存集落』を通れと書いてあるのかな?」


 メイヘレンが訊いた。


「そう。そこに『勇者たる証』が隠されているらしいわ。それを持っていなければ、ジャパティ寺院に行っても意味が無いみたいね」

「『勇者たる証』?」

「そうとしか書いてないわ」

「一体、何じゃろう?」

「うーん……聖剣とかかな?」

「ベタねー」

「モノとは限らないんじゃないか?」

「うーむ……」

「ま、こればっかりは考えても仕方ないわね」


 確かにプルミエルの言うとおりだ。

 案ずるより産むが易し。


(なるようになるさ……)


 ガタン、ゴトンと穏やかに揺れながら、馬車は森へと入った。


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