もっと勝手に自分を愛したい
俺とアリィシャが広場へ戻った時には、事態はもうだいぶ収束へと向かっていた。
ほぼ一方的な線で。
「……というわけで、以上が基本法案よ。これに違反した場合は然るべき罰則が与えられるからそこんところヨロシク。責任は連座制にするから、あんたら豪商連合はしっかりと目を光らせておくこと。第三者による監視委員なんてのもいいかもね」
プルミエルは広場の真ん中で仁王立ちし、立派な身なりをしたオヤジ達が五人ほど、その前に土下座のような形でひれ伏していた。
ツンデレ系アイドルを神の如く崇めたてまつるカルト集団……のように見えなくもないが、どうやらこの街の有力者たちにプルミエルが何かしらの約束を取り付けているようだ。
「あと、毎月しっかりとした報告書の提出を義務付けるわ。市場の動向、治安強化、エコ活動に対する取り組みをレポートにして、月初めの週に必ずミスマナガンの屋敷へ送付すること。いいわね?」
尊大にも見える美少女の言葉に対して一言の反論も無く、オヤジ連中は静かに了承の意味を込めて頭を深々と下げる。
「よし。では、解散!」
プルミエルの言葉でオヤジたちはのそのそと立ち上がり、しずしずと一列になって引き揚げていく。
な、なんて悲しい背中なんだ……
俺はちょっといたたまれなくなる。
「あ、帰ってきたのね、ケンイチ」
「おう」
「ラーズは?」
「倒したよ」
「そう。お疲れ様」
「……」
「ん?何?」
「いや……」
な、なんて淡白なやりとりなんだッ……!
勇者が魔王を倒したんだぞ!?
普通は『すごいわっ!さすがは勇者様!……好き……』とか『ふん!今回だけは褒めてあげるわ!べ、別にあんたのことを認めたわけじゃないんだからねっ!……でも……好き……』とかあって然るべきだろ?
結構命がけだったんだぜ、俺。
せめてアメイジングとかマーベラスとかジーニアスとかそういう枕詞をつけてもバチは当たらないはず。
「あれ?ところでさっきのメガ級ライオンは?」
「ハルカオ!」
「す、すまん。あうっ!蹴らないでっ!で、そのハルカオは?」
「消えたわ」
「き、消えたぁ?」
あんなでかいモンが?
「魔法で無理やり召喚しただけだからね。時間が来たら帰ってったわ」
「しょ、召喚……ワオ、本当に魔法だな」
「だからそう言ってるでしょ。理解遅いわねー」
「ううっ!」
「ふう」
プルミエルは右手首に引っかかっている錆色の輪を見て、溜息を吐いた。
それは指でチョンと触ると、まるで線香の灰のようにホロホロと崩れ落ち、残骸は地に落ちる前に風に吹かれて消えてしまう。
「マギ・リンカー……有効時間はだいたい三十分ってところか」
「?」
何のことかさっぱり分からないが、まぁ、みんなが無事なら何より。
「って、あれ?メイヘレンとエスティ老師は?」
「メイヘレンはお礼参りに。エスティは屋台村に食い倒れの旅」
「へー……って、君たち自由すぎる!世界の趨勢がここで決まるかのようなギリギリ限界バトルだったんだぜ!?」
「うるさいわねー、イチイチ私に怒鳴らないでよ」
「まぁまぁ、ケンイチ」
アリィシャが優しく俺の背中をポンと叩いてくれる。
「勇者が魔王を倒してハッピーエンド。おまけに皆も無事ってことで二重丸だよね」
「あら!若いのにいいことを言う子ね」
「わ、若いって……ボクはキミと大して変らないよっ」
「ケンイチ、紹介してよ」
「お、おう。彼女はアリィシャ。えーっと、武者修行の旅をしている子で俺の命の恩人だ。そんでもってアリィシャ、こちらはプルミエル。火の魔道貴族で……」
「命の恩人」
「そう、命の恩人。しかし、自分で言うか……」
「じゃあ、ボク達はケンイチの『命の恩人』仲間だねっ」
「そうなるわね」
「ううっ!何か俺の肩身が狭いっ!」
というようなやりとりをしていると、広場の入口に長身の美女が現れた。
「おおっ、メイヘレン!」
俺の呼びかけに、右手をすっと上げて応えたメイヘレンはどこか疲れた様子だった。
「揃ってるね。無事だったか、ケンイチ」
「ああ。あんたは大丈夫だったか?」
「ご覧の通り」
両手を広げて健在ぶりをアピールする。
と、ここで彼女は俺の隣に立っているアリィシャの存在に気付いて、首を傾げた。
「おや?可愛い娘がいるね。誰だい?」
「か、か、かわいい?ボ、ボ、ボクがっ?」
や、や、やだな、もうっ!とか言いながら動揺し、赤面するアリィシャに俺は……思う存分、萌えた。
「ボ、ボクはアリィシャ。アリィシャ・アルナーチャラム。お姉さんは?」
「私はメイヘレン。メイヘレン・ブランシュール。しかし……『お姉さん』とは……ふふふ、新鮮だね」
……お、俺のことは……『お兄ちゃん』とは呼ばないのか……?
「ラーズの館はどうなったの?」
プルミエルが訊いた。
「ああ。綺麗に掃除してきたよ」
「掃除?」
「『汚物は下水へ』。大事なことだな、うん。というわけで、全部流してきたよ」
汚物?流す?
危険な香りのする言葉だ……
「流すって……」
「ん?文字どおりさ。ロクデナシの男達を無力化した後、水の聖霊の力で下水に押し流した」
「下水……?下水には『アンビルカッター』が……まさか……」
眉をしかめて呟くルイーゼさんの言葉で、俺は思い出す。
そうだ、下水の先には高速で回転する刃の水車『アンビルカッター』があって、脱走者はあそこで切り刻まれるはずだ。
(ぅお……)
俺は下水に流れていった男達の末路をまざまざと想像し、気分が悪くなった。
くわばらくわばら……
これについては深く考えないようにしよう。
「館にいた女の子達はどうしたの?」
プルミエルの質問に、メイヘレンの顔色が少し曇った。
「ううん、まぁ、どうしようもないしな。故郷に帰るなり、この都市で商売を始めるなり、思うがまま、好きに生きてみなさいとだけ言ってきたよ。まぁ、男の庇護の下でしか生きられない女がいるのも事実だ……」
「ふうん」
「大丈夫、女ってのは意外と強い生き物なのよ」
ルイーゼさんが言う。
「あんた達に礼を言うよ。あたし達はようやく、自分で道を選んで、自分の足で歩いていけるようになったんだ」
「ルイーゼさん……」
「ケンイチ、あんたもありがとう。あたし、あたしも自分の足で歩いていくよ。自分の足で歩いて、ニナシスに会いに行く。そしてさ、あの娘が許してくれたらさ……もう一度……一緒に……」
言いながらルイーゼさんの瞳からぽろぽろ涙がこぼれ、最後はもう言葉になっていなかった。
だが、何を言いたいかは皆まで聞かずとも分かる。
「それがいい。ニナシスも喜ぶよ」
「うん、うん」
文句無し。これ以上何を望むっていうんだ。素晴らしい大団円じゃないか?
俺がひたすら感無量に浸っている横で、メイヘレンがプルミエルに二冊のノートを手渡した。
「『勇者研究ノート』とヤッフォン教授の『勇者典範解析書』だ。教授の部屋と思われるところで見つけたよ。ヤッフォン教授本人は見つからなかったがね」
「おおー、グッジョブだわ、メイヘレン」
プルミエルはメイヘレンの手からその二冊をひったくり、パラパラとめくっていく。
「ふむふむ、ほー、これは……」
彼女は感嘆の声を洩らし、なおも読み進める。
メイヘレンは苦笑しながら、低く押し殺した小さな声で囁いた。
「ただ、魔王教団のあの男……ゼータ、だったか?私がラーズの部屋に踏み込んだときには、彼はすでに死んでいたよ。誰がそれをやったのかは分からないが……」
「ラーズでしょ。あの男が自分に指図する人間を生かしておくはずがないわ」
プルミエルにはさして驚いた様子も無い。
「うむ。まぁ、そうだろうが……ゼータの言っていた『魔王文書』はどこへいったんだろう?全ての部屋を探してみたが、どこにも無かったんだ。ヤッフォン教授が消えたことと併せて考えると、嫌な予感がするな」
「大丈夫さ!」
釈然としない様子のメイヘレンに、俺は胸を張ってみせた。
「なぜなら魔王は俺が倒したからナ!」
「そうか。頑張ったな」
「……」
な、何だ、その淡白さはっ!
『ガンバッタナ』って……ゾンビハンターかヨ!
チクショウ、もういいよ!
俺はふてくされた。
「んで、これからどうするんだ?」
「そうねー、とりあえず豪商連合の連中に特上の豪華馬車を用意させる段取りをつけたから、ゆるゆるジャパティ寺院跡への旅を続けるわよ」
「ジャパティ寺院……」
「ん?」
おや?気のせいかな。急にアリィシャの顔色が変わったような気がした。
「アリィシャ?」
「……」
「おーい?どうしたんだ?」
「へ?あ、う、ううん、何でもないよっ」
「大丈夫か?」
「……ねぇ、ケンイチはジャパティ寺院を目指してるの?」
「お、おお、まぁ、一応」
「……」
アリィシャは何か言いかけて止め、ぐっと俺の肩を掴んだ。
「おお!?」
俺は思わず声を上げた。
だって、息がかかりそうなほどアリィシャの顔が近くにあるんだぜ!
こちらを真っ直ぐ見つめてくるエメラルド色の美しい瞳が、じんわりと熱を帯びている。
(な、な、なんだ……?)
うお、何コレ!?すっごい照れるんだけど!
俺のように、恋人とか彼女とかいう言葉とは二万光年(?)ほど縁遠い人間にとって、この状況はあまりにも刺激が強すぎるのだ。
「う……な、なんだ……どうしたんだ?」
「ケンイチ、ボクもジャパティまで連れてってくれない?」
「え……?」
「お願いっ!力仕事でも雑用でも、何でもするからっ」
その必死とも受け取れる懇願にどんな意味が隠されていようとも……『お願い』されて断われるワケがない!
よし、わかったぁ!
……と言ってやりたいところだが、悲しいかなこのパーティの順列では、俺は最下位。
与えられた権限は非常に少ない。
よって、俺の一存では決められない……
「プルミエル、メイヘレン、話がある……」
俺は二人にお伺いを立てることにした。
「えーっと、アリィシャが一緒にジャパティ寺院まで行きたいって言ってるんだけど、良いかな?」
「良いわよ」
「私も構わないよ」
早っ!
「アリィシャ、いいってさ」
「ホントっ!?」
「おう!」
「やった!ばんざーいっ」
「ばんざーいっ」
妙にテンションの上がった俺とアリィシャは、ランラランラとその場でぐるぐると円を描くように回った。
旅の仲間(しかも美少女)が一人増えたのは喜ぶべきことだし、何と言っても彼女の活人拳は俺達にとってかなり心強い。
魔王も退治したし、言うこと無しだ。
よーし、この調子で『異世界勇者の冒険』にスパートかけるぜ!
「スパーキンッ!(Sparking!)」
「?……何それ」
「あー、アリィシャ、気にしないでいいわよ。彼、たまにそういう感じになるの」
……冷たい視線もなんのそのだ。もう慣れちまったぜ!(涙)