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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「はぢめての異世界」篇
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覗き見る勇者

 現時点での勇者タイム残り時間


『52:11』



 プルミエルは風呂、じじいもいそいそと自室に戻った。

 薄気味悪い森の中に一人で残された俺は、ぺたぺたと壁に漆喰を塗っている。


(何だ?この状況……)


 何度も言うが、ここは異世界。

 そして俺は勇者。

 勇者は今、『盛ん』に『左官』をしていますよ、はい、面白いですね。


(笑えねぇ……)


 ひときわ大きな溜息が出た。

 こうして一人きりになると、思い出されてくるのは自分のいた世界のことだ。

 父、母、兄、じいちゃん、ばあちゃん、多くの級友達……

 もう、何もかもが懐かしい。


(皆、心配しているだろうなぁ……)


 手を動かしながら、ぼんやりと思い出に浸る。

 現実逃避?いいや、違う。

 せめて頭の中だけは自由でいさせてくれ。

 おお、そうだ、明るい未来の為に、元の世界に戻った時の予定を立てよう。


その一、『彼女を作る』

 連れて歩けば全員がうらやましがるような、とびきり可愛い彼女だ。そうだ、プルミエルみたいな。


その二、『もっと勉強をする』

 元の世界にいたころはイヤでしょうがなかったが、できなくなると恋しくなるもんだ。


その三、『親孝行をする』

 たまには肩の一つでも揉んでやろう。勇者タイムも関係無しに労わってやるぜ。


その四、『兄貴とゲームでもする』

 しばらく一緒に遊んでなかったなぁ。たまには兄弟水入らずで何かするのもいいだろう。


その五、『友達と温泉旅行に行く』

 これはかねてからの野望。皆で少しずつ金を溜めて、三泊四日くらいで楽しむ予定だ。


(その六……)


 真面目に考えてる途中だったが、俺は目の前の窓から見える光景に思わずニヤけた。


その六、『プルミエルの入浴を覗く』

 ……ワーオ、この大きな窓は風呂の窓だったのか!


 この家、外側はボロッちいのに、浴室だけはものすごく豪華だ。

 バロックだかゴシックだか分からんが、立派な装飾の施された柱、染み一つない真っ白い壁と床。

 家主のこだわりだろうか?

 そして、その家主であるプルミエルは、残念ながらまだドレスを着ていたが、綺麗な白磁の大きな浴槽に手を入れてお湯の温度を確かめている。

 フンフンと聞こえてくる呑気な鼻歌も可愛らしい。

 もちろん、こちらには気づいていないだろう。


(これから、入るんだよな……?)


 鼓動が速くなる。

 異世界に来て、おそらく初めてのラッキーサプライズだ。

 やっぱり異世界に来たらこうでなくっちゃ!

 俺はべたべたと同じところに漆喰を塗りたくりながら、その時を待っていた。

 プルミエルが浴槽から手を引き上げて……おおっ!

 ドレスの肩に手をかけた!

 んおおおおおっ!

 俺の興奮度が有頂天に達する、その時だ。

 脳裏にあのじじいの忌々しい声が甦ってきた。


『あらゆる不道徳……』


 ……やめろ……


『殺人、強奪、覗き……』


 今、いいところなのに!


『勇者タイムにペナルティ……より死が早く訪れる……』


 俺はハッとして、慌てて腕時計に目をやった。


『39:48』


 んのおおおっ……!

 10秒も覗いてないのに10分ちかく減ってるゥ!


(ヤバい!)


 こいつはヤバいぞ!

 俺は急いで窓際から離れた。

 断腸の思い、とはこういうことを言うんだろう。

 くそっ、勇者なんて、もう、うんざりだァ!

 くたびれたジジイならまだしも思春期真っただ中の青少年にこの仕打ちは酷すぎる!

 男がスケベじゃないと生物は繁栄しないんだぞ!そうだろう?


(神様の意地悪!イケズ!おたんこなす……!)


 散々に心の奥で神を罵倒したあとで、気を取り直して隣の壁を塗ることにする。

 何せ、こっちも命がけだ。

 生き残るためには、邪な考えを断ち切るしかない。

 壁と一緒に、心も白く埋めるんだ。


(煩悩よ消えろ!)


 俺は機械的に手を動かしながら、浴室の隣にある窓の前に立った。

 何の気なしに、窓から中を覗いてみる。

 さっきの浴室に比べると、随分と薄暗い。


(んん?)


 少し目を凝らしてみると、その部屋には三角フラスコや試験管のようなものが大量に陳列されていた。

 何かの実験室だろうか?

 アルコールランプと人体模型でもあれば理科室そのものだな、これは。


(おおっと……)


 あのジジイがいるぞ。

 俺は反射的に屈みこんで、そっとその様子を覗き見た。

 まぁ、別に隠れる必要なんて無いんだが。

 しかし、ジジイの立ち位置が妙に不自然だ。

 壁際に張り付いて、しっかりと目を閉じている。

 瞑想?

 とにかく、何かに集中しているのだ。

 時折、老人特有の嗚咽まじりの息使いが漏れる。

 あれ?もしかして……


「……ハァッ……ハァッ……」

(……)

「……オゥ……今、脱いだ……」

(……ま、間違いない!このジジイ!)


 隣の浴室の音を聞いてやがるんだ!

 やがてゆっくりと眼を開くと、壁に貼ってある黄ばんだメモ紙を慎重に剥がして、そこへ目を寄せた。

 ぬおおおっ、覗きだぁ!きっと、あそこに覗き穴が!

 チクショウ!何て野郎だ!

 テメェだけに美味しい思いをさせてなるものか!


「……くそ、湯気でよう見えん……」

「老師!」


 俺は大声を出しながら窓を開けて部屋に飛び込んだ。


「ひぃ!」


 老人は情けない悲鳴と一緒に飛び上がった。


「な、何じゃ、お前さんか。さっさと仕事をせい。中途半端な仕事ぶりでは勇者失格じゃぞ」

「……そのことですが、老師」

「あん?」

「僕は完璧主義なので、外壁だけではどうにも我慢なりません。この部屋も修繕させてください」

「何っ!?」


 その忌々しい覗き穴を塞いでやるぜ!

 ジジイの顔色が、さっと変わった。


「ならん!」


 ジジイは大声で叫んだ。


「断じてならん!お前は間違ったことをしようとしておる!」


 芝居じみた物言いで威厳たっぷりにどやしつけてきたが、俺はその魂胆が分かりきっているので全く揺らがなかった。


「いいえ!やらせてください!」

「死ぬぞ!」


 ほー、そうきたか。


「死ぬ?」

「うむ、溶けて死ぬ!」

「……それも本望!」

「なっ、何故じゃ!何故お前がっ……!お前に何の得がっ!?」

「これは勇者の運命さだめ……そう、悲しき運命さだめっ!」

「おのれぇぇぇぇぇっ!」


 俺たちがワケのわからん事を喚きながら取っ組み合いを始めた時だ。


「こらぁ、うるさーい」


 隣の部屋から、プルミエルの呆れたような声が届いた。

 良い感じにエコーがかかって、おう、エロス……

 しかし、少し無防備すぎるんじゃないか?

 あの娘、もしかして結構ガード甘いのかな?


「それ見ぃ、怒られたじゃろうが」

「……おおりゃ、隙あり!」


 俺は素早くじじいを押しのけて、覗き穴にたっぷりと漆喰を塗りこんでやった。

 どうだ!


「アーーーーーアッ!!」


 じじいの凄まじい悲鳴をよそに、俺の勇者タイムは再びリセットされた。

 いいことをすると気持ちが良い。


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