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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「勇者VS魔王」篇
59/109

激突!勇者VS魔王

 俺に遅れること数秒の後。


「こらっ、もう!危ないじゃんか、飛んでる最中に途中で手を離したりして!」


 ふわりと地面に降り立ったアリィシャは口を尖らせて文句を言った。

 それに圧されて、俺は反射的にヘコヘコと頭を下げる。


「す、すまん……つい、俺の中の戦士の血が昂ぶっちまって……」

「もう!」

「ううっ!」

「……ナルホドね。その萌え萌え健康美少女に助けてもらったのね」

「そう、萌え萌え……って、おおっ!そ、その声は!」


 聞き覚えのある声に、俺は一瞬でテンションがMAXボルテージに。

 慌てて振り返ると、薪の山の上で仁王立ちしているプルミエルを見つけた。


「ぶ、無事だったか!あー、よかった!」

「当り前でしょ」


 その愛想の無ささえ愛おしい。


「あっ、ルイーゼさんも無事だったんスね!よかった!」


 プルミエルの背後にルイーゼさんの姿を見つけて、俺はもう一度、声を上げる。


「ケ、ケンイチ……あんたも無事ね……よかった」

「ご覧の通りっスよ」

「でも……バカね、なんで逃げなかったのさ」

「あはは……なんでだろう」


 逃げる?

 そうか、逃げる事もできたわけだ。

 何でそれをしなかったんだ?

 正直なところ、自分にも分からなかった。

 戻ればまたラーズにボコボコにされるのは間違いない――いや、今度こそ殺されるだろう。

 それでもこうして戻ってきてしまった。

 まぁ、正直なところ理由なんてのは無いんだ。

 正義感だの何だのとそんなモノに駆られて行動したわけではなく、ただ、そうするのが当り前だと思った結果がコレだというだけで。

 俺はそこのところのニュアンスをうまく説明できる気がしないので、とりあえずやんわり笑って誤魔化した。


「ま、勇者なんで……」


 自分で言うのはつくづく恥ずかしい。


「ところで……」


 俺は周囲を見回した。


「うーむ……」


 倒壊した建物、弱々しく呻く無数の装甲兵たち。

 所々で、小さな火災も発生している。

 俺は広場の惨状に、思わず暗い気持ちになり、一声唸った。


「ずいぶん派手に……やったな……」

「何言ってんの。これでもかなり手加減したほうよ」

「そ、そうか……」


 これで手加減って……本気を出したら世界規模のカタストロフが起きるってことか?


「って、うぉう!な、何アレ!?で、でかいライオンがいるゥ!?でかっ!超でかっ!」

「今ごろ気づいたの……?」


 プルミエルは呆れた視線を寄こしてくれる。


「どんだけ鈍いんだか……」

「いや、だって、夢中で気付かなかったし……」

「あの子は私が召喚したの。あと、名前は『マギ・ハルカオ』よ。ライオンなんて言っちゃダメよ。ぐっちゃぐちゃにされるわよ」

「ぐっちゃぐちゃって……ゴクリ……あ、あれ?でも、魔法使えなかったんじゃ?」

「その説明するのは面倒だから、後でヒマな時に教えてあげる。それよりも今はすることがあるでしょ」


 おお、そうだ。

 俺は目をラーズに向けた。


「よう」

「お、おおっ!?近っ!」


 俺は慌ててのけぞる。

 くそぅ、相変わらず動きの読めない野郎だ。

 いつの間にか、もう俺の眼の前に立ってやがる。

 緊張でケツがきゅうと引き締まった。


「ケンイチ、俺も聞くぞ。なんで逃げなかったんだ?」

「あんたを倒すためさ」


 内心のビビりは必死で抑え込みつつ、俺はしれっと答えてみせる。

 自信の有る無しは関係無い。

 とりあえず、勇者的には魔王であるこいつを何とかしなくちゃならないし、それができるのは俺だけなんだ。


「俺を倒せると本気で思ってるんだな?」

「日本には『三度目の正直』って言葉があるんだ」

「……くそ、ケンイチ。俺はだんだん腹が立ってきたぞ」

「?」

「俺は君に何回もチャンスを与えてやったつもりだったのに、君はそれを生かそうとしない。あれだけハッキリと力の差を見せつけてやったのに、またしてもこうして俺の前にバカ正直に立っている」


 まるで塾の講師か何かのように、ラーズは大きなジェスチャーで俺に訴える。


「どうして背後から殴りかからないんだ!?力で敵わないなら急所を狙えばいいだろう?目玉をえぐるなり、股間を蹴りあげるなり、死に物狂いでやってみろよ。何の工夫も無しに正攻法で戦って、まだ勝つつもりでいる……その君の楽観に俺は腹が立っているんだ!くそっ!」


 腹が立っているなんて言いながらも、そんな講釈をたれる余裕がある。

 俺にとっちゃその態度のほうがよっぽどイラ立たしいぞ。


「あいにくと、奇襲はガラじゃない」

「何?」

「俺はセコいことはしない。勇者だから。アメリカン魔王には分からんだろうが、日出づる国の勇者にはプライドがあるんだ」

「勇者のプライドだと……?クソみたいな言葉だぜ」


 ラーズは顔をしかめた。


「アー、もう……駄目だ。このままじゃあ、俺は君とのゲームを楽しめそうにない。どうすれば本気で俺を憎んでくれるんだ?君が心の底から俺を殺してやりたいという激情に駆られるようになるには、どういうきっかけが必要だ?」


 言いながら、ラーズは俺に背を向けて去っていく。


「お、おい!」


 いや、去っていくんじゃない……


「ま、待てよ!お前、まさか……」

「俺に考えつくことと言えば、このピーチちゃんを君から永久に奪っちまうことくらいだ」

「プ、プルミエルッ!」


 俺は慌てて駆け出していた。

 だが、それよりも早くラーズは薪の山の上にいるプルミエルの手を強引に掴み、地面に引き摺り降ろした。


「や!ちょっと、痛っ!」


 よろけながらラーズの前に降り立ったプルミエルを盾にするように抱きかかえて、ラーズは彼女の首に手を回す。


「これだけ近かったらあのライオンさんも御自慢の火を吹けんだろう?」

「うっ……この……」

「やめろ!てめぇ、離せ!」

「駄目だ。君には本気になってもらわんと。このピーチはその為の生贄だ」


 あの野郎、本気だ!


「やめろ!」


 俺が蒼ざめた時、横をビュンと何かがとんでもないスピードで通り抜けていった。


「!?」

「こらっ、大の男が女の子にッ!」


 アリィシャだった。

 彼女は信じられないスピードでラーズに飛びかかると、空中で鋭い蹴りを放つ。


「おおっ?今度はなんだ?」


 さしものラーズも不意を突かれたようで、プルミエルを手放し、その蹴りを手の甲で受け止めた。


「りゃあああっ!」


 アリィシャは宙に身体を残したまま、そこから蹴りと拳の乱打を雨のように放つ。

 凄まじいバランス能力だ。

 ラーズは初めのうちはそれをかわし、受け止め、さばいてはいたものの、やがて嵐のように押し寄せる連打についていけなくなり、次第に一発、二発と攻撃をモロに顔面に食らうようになっていった。


「おお……」

「ででででいっ!」


 アリィシャは攻撃の手を緩めなかった。

 容赦無しと言ってもいいほどの乱打を、ラーズに浴びせていく。

 完全にラーズのガードが下がり、全ての攻撃が奴の身体にクリーンヒットするようになっても彼女は手足を振るい続けた。

 これが格闘技のリングの上なら、もうレフェリー(角田)が身体をねじ込んで止めに入ってるだろう。


「てぃ!」

「ぶぉ!」


 ひときわ鋭い拳が、ラーズの顔面を捉えた時だった。


「……っとぉ」


 奴の手が素早く動き、アリィシャの手首ががっしりと掴まれる。


「あっ!?」

「よし、捕まえたぞ。まったく、おてんばなピーチちゃんだ」


 あの野郎、タイミングを待っていたんだ!

 ガードを下げ、相手の良いように一方的にやらせておいて、少しだけ心に油断が生まれたところをすかさず捕獲する。

 不死身であることを鼻にかけたような、あまりにも大雑把な戦い方だ。


「まだ若いわりにはケンイチなんぞよりもずっと戦いを分かってるな、君は」


 そう言うと、ラーズはアリィシャを力任せに地面に引きずり倒し、その身体の上に跨って、完全に彼女を組み敷いた。


「あう!」

「最初の一撃で俺の不死身を見抜いたところは上出来だ。容赦無いラッシュも見事だった。だが、詰めが甘かったな」


 ラーズはニヤリと笑うと、そのまま手を滑らせてアリィシャのお尻をつるりと撫であげた。


「ひゃんっ!お、お尻触るなぁッ!」

「ひょーお、いい声だ。おお……未成熟の瑞々しいピーチ……」


 ばたばたと手足を動かそうとするアリィシャを完全に抑えつけながら、ラーズは恍惚とした表情を浮かべた。


「ハルカオ……!」

「おおっと!」


 ライオン丸に指示を出そうとしたプルミエルを、ラーズは手を伸ばして突き飛ばし、その猶予を与えない。

 地面に倒れ込んだ彼女と、苦悶に顔を歪めているアリィシャを見て、俺は完全にキレた。


(野郎……っ!)


 だが、怒りに身を任せるのは良くない。

 教訓を生かせ、冷静になれと俺は自分に言い聞かせた。

 精神論ではなく方法論なんだ。

 あいつを確実に仕留める為に大事なことだ。


「おい。その娘を離せ」

「ん?」


 俺はラーズの前に立って奴を見下ろしていた。

 奴は俺を見上げる。


「なんだよ、そんな顔もできるんじゃないか」

「立てよ」

「いいぞ。立とう。しかし、いいか?これが最後のチャンスだぞ。今度こそ俺は君を――」

「うおおおおおおおおおっ!」

「!?」


 御託を並べながらゆっくりと腰を上げかけたラーズに、間髪入れず俺はタックルをかましてやった。

 両足を抱きかかえるような低空タックルだ。


「おおおおおっ!」

「おお」


 俺達はもつれあうようにして薪の山へと突っ込んだ。

 ガラガラと薪が崩れ、二人の上に降り注ぐ。

 その最中に、俺は奴のシャツの襟を掴み、足はしっかりと胴にホールドして、馬乗り――つまりマウントポジションをとることに成功した。


(おお、意外とやってみるもんだな!)


 だが、ここからが肝心だ。

 俺は拳を振り上げ……


「おいおい、隙だらけだぞ」

「な……うお!」


 振り上げた拳を奴の顔面に落とす前に、ラーズの掌底が俺の胸板を突き飛ばした。


「っげっはぁ!」


 な、なんつー衝撃だ……

 俺は強制的に肺の空気を押し出され、一瞬で呼吸困難に陥る。

 その隙に、ラーズは俺の足首を掴みながら腰をひねり、器用に体のポジションを入れ替えてしまった。


(うわ、ま、まずい……)


 俺の両腕はラーズの両膝によって押さえつけられ、身動きもままならない。


「形勢逆転だな」


 こちらを見下ろし、ほくそ笑みながら奴が言う。


「だが、俺の与えた教訓を生かしたのは二重丸だ。よくやったと褒めておくよ」

「……まだ勝負は……くそっ……ついてないぞ」

「そうだな。いいことを言う。君か俺か、どちらかが死ぬまでは――」

「でぇいっ!」


 会話に割って入ったのはアリィシャの蹴りだった。

 ソニックブームが発生しそうなほど鋭いキック!

 だが、その不意打ちさえも、ラーズは紙一重で見切り、少しだけ状態をひねるだけの最小限の動きでかわす。


「うそぉっ!?」


 会心の一撃だったんだろう。

 それをいとも簡単に避けられたことで、アリィシャは驚きに目を見張った。


「おおっとぉ、元気の良いピーチ……」


 ラーズがまた下劣なことを言おうとした時――


「隙アリだぜ、ラーズ!」


 俺は奴がほんの少し腰を浮かしたスキに、ポケットからロープを取り出して、素早くそれをラーズの右手首に引っ掛けることに成功した。


「!?」

「お前が置いてってくれたロープだゼ!」


 そう、つい一時間ほど前に俺を縛り上げ、木に吊るした頑丈なロープ。

 それの端を輪っかにして結び、俺は即席の手錠代わりにしていたのだ。

 その手錠のもう一端は、俺の左手首に引っ掛ける。

 これで俺達は一蓮托生の仲になったわけだ。

 ラーズは怪訝そうな表情を浮かべた。


「……何の真似だ?ロープデスマッチでもするつもりか?」

「すぐに教えてやるよ!アリィシャ!手筈通りに頼む!」

「う、うん」


 俺が伸ばした右手を、アリィシャが掴む。

 そして、彼女は宙を蹴り――


「うおおおおおおっ?」

「おおおおおおおっ」


 数珠つなぎになった俺達三人は、アリイシャの術戦車『ファディ・デサイ』の力によって一瞬にして空高く舞い上がった。

 おお……地面が、プルミエルが、あんなに遠くに……

 ラーズもびっくりしているようだった。

 だが、すぐにこちらへ顔を向け、ニヤリと笑う。


「やるな、ケンイチ。こいつは予想外だった」

「そうかよ!」

「どこへ連れてってくれるんだ?」

「川だよ!」

「川……?」


 俺は殴り合いでラーズを倒そうとは考えてなかった。

 気持ちの上では馬乗りになってボッコボコにしてやりたい気持ちはもちろんあったが、勿論そんなのは上手くいかないだろう。

 だから、作戦が必要だと思ったのだ。

 そして、俺は神懸かり的な天啓を得た。

 先ほどアリィシャに助けてもらった時に、短く千切れたロープの端材を見て思いついたのだ。


「うおおおおおっ!」


 上昇、浮遊から一転、今度は猛スピードの落下感。

 うえーっぷ、内臓が持ち上がるこの感じ、久しぶりだっ!ぜっ!


「くがぁぁぁぁぁっ!」


 途中でアリィシャが俺の手を離す。

 そして、俺とラーズの二人は激しい勢いで水面に叩きつけられた。

 夕日の赤に染まる川に、大きな水柱が上がる。


「うぼぉあ!」


 鼻に、口に、耳に侵入してくる冷たい水。

 俺は急いで水を掻き、水面に顔を出す。

 くそ、片手が繋がれてるから動かしづらい!


「っぷはっ!」

「ふー、ケンイチよ」


 俺が一瞬溺れかけたにもかかわらず、ラーズは悠然と水面に顔を出して、微動だにしない。

 こっちは必死で手足を動かしながら水面に顔を出してるってのに!

 あいつの身体は発泡スチロールでできてんのか?


「どんな素敵な奇策かと思ったが……」

「……」

「うん、俺達は確かに水に弱いな。外からの攻撃には無敵だが、窒息だけは避けられん。しかし、まさか俺を道連れにして入水自殺を図ったわけじゃないだろう?」

「もちろん、あんたと心中なんてごめんだね」

「ほう?では、これから何を見せてくれるんだ?」

「その前にいいこと教えてやるぜ、ラーズ。ここは『ブナジャラ川』」

「?」

「この川の流れはどっかの大国に繋がってて、この都市の交通や貿易の生命線なんだと」


 俺は喋りながら、あくまでもさりげなく手首に引っかかってるロープを外そうとした。

 だが……


(は、外れないっ?か、固ぇっ!)


 俺はかなり焦っていた。

 急がないと作戦はおジャンだ。

 だが、ラーズに気取られてしまっては元も子もない。

 何とか話を繋げながら、急いでこのロープを外さねば……!


「……それはもう、カリスマ的な人気を誇る川なんだ。ちなみに岸の方ではアイスキャンデーも売ってるぞ。お年寄りから子供まで幅広い層にニーズがあってな、フレーバーは季節によって変わるそうだ。お前、何味が好き?俺、チョコミント」


 う、お、お、お……

 本当にロープが外れねぇ!


「……何を待ってるんだ?何か企んでるな?」


 ギクゥ!

 俺が戦慄した、その時だった。


「ケンイチぃ!」


 対岸から、一本のロープが俺の手元に投げ入れられた。

 振り向いて見ると、アリィシャと、そしてあれはガシフさんだ!

 船着き場にいた水着ギャル達も、何事かと駆けつけていた。


「ロープ!早く掴んで!」


 アリィシャが叫ぶ。


「で、でも」


 俺とラーズが繋がったまんまじゃ意味が無い。


「いいから!」


 声に押されて、俺は言われた通りに命綱を掴む。

 すると、アリィシャがそのロープに向かって拳を叩きつけた。

 ぱしぃん!

 という音がして、俺とラーズを繋いでいたロープが弾け飛ぶ。


「!?」


 おおっ、これはアレだ!目標物だけを破壊する『不壊点芯功』!俺の身体を経由してロープを伝って衝撃が走ったってことか?

 原理はよくわからんが、こんな使い方までできるとわっ!


「どういうことだ?」


 さすがに奴もびっくりしているようだ。

 そろそろ種明かしをしてやるぜ。


「ラーズ、実はこういうことさ。この川には主がいてな。そいつは――」


 足元。

 話している最中に、黒い大きな影が水面にゆっくりと浮き上がってくるのが見えた。


「オスが嫌いなんだとさ」

「?」


 不思議そうな顔をするラーズ。


「アリィシャ!ガシフさん!頼むっ!」

「よっしゃっ!いい?みんないくよっ!せーーーーーのぉっ!」


 アリィシャの掛け声に合わせて、対岸にいる人間達が全員で俺の掴んでいる命綱を引く。


「よいっ!せぇ!!」


 すっぽーーーーん!と、俺の身体はロケットのように水面から飛び出す。

 水中に一人残されたラーズは、ここでようやく足元の気配に気付いたようだった。

 そして、こっちを見て一言つぶやく。


「やるな」


 と、その瞬間だった。

 川の主――ケミィ・パシャの、ブラックホールのように大きな口が水面を割って現れ、ラーズはそれに一呑みにされた。


「す、すげえっ!」


 俺は空中で声を上げてしまう。

 それはまるでモンスター映画みたいな、本当に一瞬の出来事で、魔王の最期というにはあまりにも呆気なく感じられた。

 だが、そんなことに気を取られている場合ではない。


「うお!」


まるでモノレールのような大蛇はラーズを呑みこんだ勢いをそのままに、俺を追いかけて水面を飛び出し、宙に踊り上がったのだ。

大迫力でこちらへ迫る大蛇の大口。


「うひぃぃぃぃぃぃっ!」


 ばくん!とその大口が閉じる。

 だが、済んでのところで大蛇の跳躍は俺に届かなかった。


「うひょおおおおおっ!」


 ア、危・な・か・っ・た!

 ケミィ・パシャは未練がましく宙で巨体をうねうねとくねらせながら、重力の法則にしたがって落下していき、大きな水柱を立てて水中へと姿を消した。

 俺は大きく放物線を描きながら飛び、岸へ。

 ああ、嬉しい!

 大地に帰還だ!


「おぶぉぉっ!」


 えげつない角度からの頭での着地となったが、もう慣れたもんだ。

 俺はすぐに起き上がり、川面をじっと見た。


「……」


 駆け寄ってきたアリィシャも、川面をじっと見つめる。

 ガシフさんも水着ギャル達も、全員が同じように川面を見つめた。


「……」

「……?」


 何も上がってこない。


「か、勝った……?」

「……うん、上がってこないね」

「勝ったのか……?」

「多分……」

「……ッ!」


 俺は天に向かって会心のガッツポーズを決めたが、緊張感が切れたのと同時に膝がかくんと折れて、その場にお尻からへたりこんでしまった。


「うぉうっ……」

「大丈夫?」

「だ、大丈夫。ちょっと、疲れただけで……」


 心配そうに覗きこむアリィシャに、俺は親指を立てて見せる。


「また助けてもらったな、アリィシャ。それにガシフさん達も、ありがとうございます」

「なに、いいってことよ。だが、ケミィ・パシャに食われちまった奴は……」


 ガシフさんは気の毒そうに川を見つめた。


「気に病むことは無いっス。あいつは……悪い奴だったんです。この都市の『毒』と言ってもいいような」

「そ、そう、なのか……」

「そうだったんですよ。倒さなくちゃいけなかったんです、多分……」


 ガシフさんにはそう言いながらも、冷静になった俺の心に影が差してくる。

 ちくしょう、ゲームの世界とはやっぱり違うな。

 今の俺には『魔王を倒したゼ!』なんていう満足感も達成感も無い。

 むしろ、人一人を殺めちまったという罪悪感のほうが遥かに大きかった。

 だが、間違ったことをしたとは思わない。

 あいつが生きているだけで、これから先も多くの人間が涙を流すことになるはずだったんだ。

 俺は正しい選択をしたはずだ。

 なのに、この後味の悪さは……


「ケンイチは間違ってないよ」

「え?」

「ボクは拳を交えたらその人の事が大体分かるよ。もちろん全部じゃないけど、どんな気持ちで戦う人なのかが分かるんだ。素直な人なのか、ずるい人なのか、真面目な人なのか、不真面目な人なのか。でも、ラーズのことは全然分からなかった。何にも無かったんだ」

「何にも、無い?」

「そう。何も。悪意も敵意も殺意も、何にも感情が無い。ボクはそんな人初めて。すごく怖かったよ。だって、そういう人は何も考えないで人を傷つけたり殺したりできるんだから」


 多分、アリィシャの見立ては正しいだろう。

 俺は格闘家じゃないけど、ラーズに対して彼女と同じ感覚を持っていた。

 あいつからは確かに、何も感じられない。

 何をするにしてもゲーム感覚といった様子だった。


「だから、ケンイチは後悔も反省もしなくていいよ。正しいことをしたんだ」


 俺の心を見透かしたように、アリィシャがそう言ってくれた。

 優しい言葉に思わず泣きそうになるが、それは格好悪いから、俺は夕焼け空を見上げて目を閉じた。


(安らかに眠れ、ラーズ……)


 俺は後悔はしないぞ。

 だが、この罪悪感は忘れない。

 それが俺からお前への――勇者から魔王への、追悼の念だ。


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