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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「不穏な影」篇
54/109

敗北の味

「完璧なシチュエーションだよな?」


 ラーズが両手を広げて、満足げに言う。


「大空の下で、雌雄を決する魔王と勇者……ギャラリーが少ないのが甚だ残念だがね」


 俺達は貿易都市の郊外の、林の中にいた。


 人通りは全く無い。

 外に出た途端にルイーゼさんの手をとって逃げだそう、なんて安易なプランも持ってはいたんだが、下水の階段を上ったところで屈強な男どもに両脇を囲まれて、否応なくラーズと向かい合う格好にさせられてしまった。

 つまり、プランAは失敗に終わったってこと。


(となると、プランBだ)


 これはいたってシンプルだ。

 目の前にいる野郎――ラーズを倒して、堂々とこの場を去る。

 それだけ。


(だが、それが難しいんだよな……)


 俺は改めて、悠々と煙草をふかしているラーズを見つめる。

 長身痩躯、なんて言葉があるけど、ようは余分な肉が付いていないだけで、この男が肉食メインの異国人ならではの、非常にがっしりした体つきをしていることは疑いようもない。

 腕力では到底かなわないだろう。


「どうする?そろそろ始めるか?」


 ラーズが煙草をこちらに放り投げて言う。


「……」


 俺はその煙草の火を足で揉み消し、拾って、ポケットへしまう。


「?」

「吸殻は灰皿に」


 不思議そうにするラーズに、そう忠告してやった。

 公共マナーの基本だ。

 

「ほほぉ、御立派、御立派。いやぁ、さすが、ニッポン人だな」

「気をつけろよ。そういう小さな不注意が大火事につながるんだぞ」

「でも、『勇者タイム』を稼げただろう?」


 ちら、と確認してみる。


『58:22』


 おお、確かに。


「今ちょっと考えたんだが――ひょっとしたら俺達は共存できるのかもな、ケンイチ。俺が悪さをして、君がそれをなんとかする。そうしたら、俺達は意外と良いパートナーと言えるんじゃないか?」

「ずっとお前の尻拭いをしろってのか?ご免だね」

「あー、そうか。残念だ」


 余裕ぶった笑みが、その気は無いことを暗に示している。

 こいつは俺を完全に舐めきっているのだ。

 さっき一騎討ちを申し込んだ時も、『思う存分痛めつけてやるぜ』という意志以外の何物も感じなかった。

 俺は腹が立ってきた。

 男として、舐められたまま引き下がれない。

 一寸の虫にも五分の魂、という言葉がある。


「くだらん事を言うのはやめろ。始めようぜ」

「わはっ!いいぞ」


 俺はさっと身構えた。

 構えた、とは言っても、ロクに喧嘩もしたことが無いから、テレビなんかでよく見るK1ファイターの見様見真似だ。

 バンナでもシュルトでもホンマンでもいいから、俺に宿れ!

 いや、やっぱホンマンは駄目だ。


「あー……何だそれは?もうこの時点で君が不利になっちまったぞ」


 溜息まじりで、急に妙なことを言い出すラーズ。

 俺は少し面喰ってしまった。


「な、何だと?」

「今、少し隙を作ってやったのに気がつかなかったのか?」

「な……?」

「頭を使うんだ、ケンイチ。腕力でも体力でも負けている相手に勝つにはどうするか?奇襲しかないだろう?君は身構える前に俺に向かって突進してくるべきだった。そうすればちっとは有利な状況で戦えたかもしれないんだぞ」

「う、いや、そういう気分じゃなかったんだ……」

「だいたい何だ、その構えは。脇を閉め過ぎだ。それじゃあ遠心力を生かした重たいパンチを打てないぞ。ジャブだけで俺と戦うつもりか?」

「ううっ!」

「やれやれ……よし、君に特別に格闘術というものを教えてやるぞ。門外不出のグリーンベレー式コンバットだ」


 ラーズはフッと力を抜いて、俺の前に無防備な状態で立った。


「ほら、打ってこいよ。ノーガードだぞ」


 そう言って、顔をずい、と俺の前に差し出してくる。


(……バカにしやがって!)


 俺は完全にトサカに来て、渾身の一撃をその鼻っ面に向かって打ちこんだ。

 ……つもりだった。


「うおおおっ……おっ!?」


 俺は勢い余って、前につんのめる。

 つい一瞬前までそこにあったはずのラーズの頭。

 それがビュン!と消えたのだ。

 魔法みたいだった。


「はずれだ」


 後ろで声がしたかと思うと、ドン、と背中を突き飛ばされる。

 俺はそのまま、無様に地面に倒れこんでしまった。


「く、くそっ!」


 負けてたまるか!

 俺は跳ね起きて、一子相伝の拳法の伝承者の如く一心不乱にパンチを放ちまくる。


「オラ!あたたたたたたーッ!」


 だが、その一つとしてラーズには届かない。

 奴はずっと笑顔を浮かべたまま、俺の拳をさばき、かわし、受け止める。


「ケンイチ、分かったか?近接格闘に必要なのは腕力じゃないんだ。足。フットワークが命だ」

 「うるせぇぇぇぇぇッ!オラオラオラドララァーッ!」

 「どんなパンチも当たらなければ意味が無いんだ。ほれ、スウェイバック……これはダッキング」


 だ、駄目だ……

 一発も当たらない……

 あいつの身体は空気でできてるんじゃ……?


 次第にスタミナが切れてきて、意識が朦朧としてくる。

 打ち出すパンチも、ヘロヘロと力無く宙を彷徨うだけになってしまった。


「見ろよ!あいつ、バテてやがるぜ!」

「あれだけ啖呵きってたのに、情けねぇ野郎だ!」


 ラーズの取り巻きどもからヤジが上がる。

 腹は立つが、今はそれどころじゃない。


「うおおぉっ……」


 渾身の力で大きく振りかぶったが、足がもつれて、その場にずっこけてしまった。


「く、くそぅ……」


 立ち上がろうとした俺の背中を、ダン!とラーズが踏みつけた。


「ぐへっ!」

「期待はずれだったな、ケンイチ」

「うあああああああああっ!」


 奴の靴が背中にメリ込んだ。

 信じられないほどの力が加えられて、背骨がミシミシと音を立てる。

 空気も肺から押し出されて、息をすることもままならない。


「っ……はっ……っ……!」

「さて、どうしたもんかな?このままお前を殺してしまうのもな……」

「……っ……!」

「お、面白いゲームを思いついたぞ!」


 俺の背中がふっと軽くなった。


「ゼェ――……ゼェ――……」


 俺は貪るように空気を吸って、吐いた。

 もう、立ち上がる体力も無い……

 正直言って、気力も萎えてしまっている。

 ここまで歴然とした差があるなんて考えもしなかったのだ。

 俺は無様に地面に這いつくばって、ラーズが手下達に何らかの指示を与えているのを、ぼんやりと眺めていた。


(こ、殺すのか……俺を……?)


 不思議と、恐怖は感じなかった。

 なんだか全部、他人事のような感覚だった。

 大男に腕を掴まれているルイーゼさんが、髪を振り乱して何か叫んでいるのが見える。

 俺は心の中で彼女に詫びた。


 すまねぇ、ルイーゼさん。

 俺はどうやらここまでのようだ……


「おっと、勝手に気絶されちゃ困る」


 俺はラーズに思いっきり頬をひっぱたかれた。


「うぶ!」

「目が覚めたか?おい、縛れ」

「へい!」


 声と同時に俺の身体にラーズの手下がのしかかり、両腕を後ろ手にぐるぐると縛り上げ始めた。

 両足も同じように縛られる。


「な、何を……!」

「ゲームさ。スリリングなサバイバルゲーム」

「できやしたゼ!」


 パッと俺の身体の上から男達が退いた。


「な、な、なんだ……くそ!」


 全身がぐるぐる巻きにされて、文字通りスマキの状態。

 昔の漫画みたいだ。

 かなり固く縛られたんだろう。

 全く体の自由が利かない。


「おおぅ、芋虫みたいになっちまったな?さて、ゲームのルールを説明するぞ、ケンイチ」


 ラーズが屈みこんで、俺の顔を覗き込んだ。


「俺達はこれから一時間後にあの女――ルイーゼを処刑する」

「な、なんだって……」

「おっと、怖い顔だなケンイチ。大丈夫、その前に君が彼女を助ければいいんだ」

「……?」


 この野郎、何を言ってるんだ?

 こんな状態で、どうやってルイーゼさんを助けろというのか?


「もちろん十中八九、無理だろう。だが、勇者なら何とかなるかもな?万に一つってやつだが」

「ラーズ!お前は本当にサイテーのくそったれ野郎だ!」

「よく言われるんだよ。今では褒め言葉だと思うようにしてるよ」

「やめろ……殺すなら俺を殺せばいいだろ!」

「ダメダメ。君が言ったんだぞ?『俺に勝ったら好きにしろ』ってな」


 な、なんて野郎だ……

 ゲームの中の魔王でさえ、もうちょっと温情ってのがある。


「おっと、その前に、君がきっかり一時間生きられるようにしておかないとな」


 ラーズはそう言うと、立ち上がり、俺の鼻先に靴を突きつけた。


「さっき下水に入ってしまったから、汚れちまったんだ。綺麗にしてくれ」

「な……」

「ほら、『勇者タイム』」

「テメェ……!」


 俺は怒りで血管がブチ切れそうだった。

 そんな屈辱的なことをするくらいなら死んだほうがマシだ。


「イヤだね!絶対ヤダ!」

「つくづく予想通りの反応だな、ケンイチ……だが」


 ラーズは大男に合図してルイーゼさんを連れてこさせ、その首を掴んで、ぐいと仰け反らせた。


「あう!」

「自分の痛みは平気でも、他人の痛みはどうかな?」

「な、何だと……?」

「お前が俺の靴を綺麗にしてくれないんなら、俺は魔王らしく癇癪を起して、この女を痛めつける」


 ラーズはそう言うと、パン!と思いっきりルイーゼさんの頬を叩いた。


「きゃっ!」

「やめろ!」

「アー……靴が汚いとイライラするぅ。誰か綺麗にしてくれんかな?」


 再び、パン!と音が鳴った。


「ひううっ!」

「やめろっ!わかった!やるよ!綺麗にする!ピカピカにしてやるよ!」

「おっ!その言葉を待ってたぞ」

「くそっ、おい、早く縄をほどいてくれ……」

「ん?」


 ラーズが意外そうな声を出した。


「縄を?」

「『ん?』って何だ。これじゃ、手が使えない」

「手?」

「お前が靴を綺麗にしろって……」

「あ、あーあー、そういうことか。君、勘違いしてるぞ」

「?」


 俺は全くワケが分からない。


「海軍ではな、靴を綺麗にするってのは『舐めろ』ってことなんだよ」

「な……」

「文字通り、舌でな」


 な、な、なんて野郎だ……


「イヤなのか?」

「……!」


 断われば、こいつは再び、容赦なくルイーゼさんをぶつだろう。


(ええい!くそ!)


 俺は覚悟を決めて、奴の靴にむしゃぶりついた。


「そうそう。綺麗に、丁寧にな」


 AV男優か、テメェは……


「おひょーう!見ろよ!あの野郎、本当にラーズ様の靴を舐めてやがるぜ!」

「俺だったら死んでもあんなことはできねぇゼ!まったく、プライドってものがねェのかよ!?」


 図に乗った取り巻きどもが辛辣なヤジを飛ばしてくる。

 俺は目を瞑り、その言葉を軽く聞き流すようにしながら恥辱に耐えた。

 怒りは役に立たない。

 嘆いてもしょうがない。


(今は、耐えるんだ……)


 苦みが口の中いっぱいに広がっていく。

 敗北の味だ。


(この野郎……絶対に忘れないぞ……!)


 俺はラーズを見上げ、睨みつけた。

 奴はその視線を堂々と受け止め、笑う。


「いい顔してるぜ。ゾクッとくるよ、ケンイチ」

「おおっ?ラーズ様ァ!『勇者タイム』がチャージされましたぜ!」


 カエル顔の小男が、背後でさも楽しそうに声をあげた。


「勇者ってのは悲しいな、ケンイチ。君が好むと好まざるとに関わらず、こんな屈辱的なことでも生き延びちまうんだからな……おい、吊るせ」

「な、なにっ?……うおおおっ!?」


 ラーズの指示とともに、後ろからいきなり首に縄が掛けられ、ぐん!と引き上げられる。

 そのまま俺の身体は地面から1mほど宙に浮いた。

 つまり、首吊りの状態である。

 縄がぎりりと首に食い込むが、不死身の俺は当然、そんなことでは死なない。

 だが、両手足を縛られた上に吊るされたとあっては、本当に打つ手無しだ。

 チンピラどもが木の幹に縄の端を何重にも巻いて括りつけ、高さを固定した。


「一時間だ」


 悔しさに歯噛みする俺を見上げながら、ラーズが言う。


「一時間後にルイーゼを処刑する。君の寿命も順当にいけばあと一時間だな?」

「くそ……」

「だが、君ならこの困難をくぐり抜けられると信じているよ」

「ラーズ!」


 俺は悔し紛れに奴の名を呼んだ。


「何だ?」

「俺を殺さなかったことを後悔させてやるぞ!」

「おおう、魔王みたいな口ぶりだな」

「ケンイチ……」


 ルイーゼさんが大男に抱えられながら、不安と悲しみに光る瞳で俺を見上げている。


「ルイーゼさん、大丈夫、俺が絶対助けるから……」

「あんたって子は……!」

「あー……あ、なんてこった。この期に及んで、まだそんなことを言えるとは……君は文句無しに正真正銘の男だよ、ケンイチ。多分、明後日くらいまでは君のことは忘れないだろう。ま、そこで一秒一秒、命の重みというのを味わってくれ。俺達はなまじ不死身なもんだから、そういうことに関する観念が緩んでしまってるからな」


 言いたいことを言いたいだけ言ってから、ラーズは踵を返し、仲間たちとともにぞろぞろと引き上げていく。


また会おう(、、、、、)。生きてたらな」


 毒蝮三太夫みたいなことを言いやがって!


(絶対、ぶん殴ってやる!)


 こちらを振り返りもしないラーズの背中を、俺はずっと睨み続けた。




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