M・A・O・U ~恐るべきその存在~
「さて……何から始めるかな?」
ラーズは部下に命じて椅子を用意させ、部屋の中央にどっかりと座りこんだ。
「おっと、その前に……」
奴が扉の向こうに合図をすると、燃えるような赤毛の、とてもセクシーな女性が部屋に入ってきて、ラーズの胸板にもたれかかるようにして、その膝の上に乗った。
「うふん、ラーズ……」
「おおぅ、ルイーゼ。我儘なピーチちゃんだ」
「今日はどういうお楽しみなの?」
「同郷の友人が遊びに来てくれてね」
散々、俺たちの目の前で淫らにいちゃついて見せながら、ラーズはこちらへ視線を向けた。
「ケンイチ、さっきはすまなかった。なるだけ穏便に済ませようと思ったんだがね」
そんな言葉が嘘だというのは分かりきっていたので、俺は返事をしなかった。
「君は日本人だな?」
その質問を聞いて、俺はハッと確信する。
やっぱりこいつは、俺と同じ異世界の人間だ!
「正解だろう?無知な欧米人は何かとアジアンを一括りにする癖があるが、俺は違う。俺はハッキリ見分けられる。日本人は何というか――上品なんだな。顔つきにどことなくプライドの高さがにじみ出てるんだ」
「ラーズ、ニッポンだのアジアンだの、よく分かんないわ」
ラーズの首に絡みつきながら、女が言う。
「うん?俺たちの地元の話だからな。お前たちが分からないのも無理はない」
そう言うとラーズは立ち上がって、俺の眼の前に立った。
「まずは見せておこうか。……コレがなんだか分かるかな?」
奴が俺に左手を差し出して見せる。
そこには見慣れた形の、あの時計が……
「ゆ、『勇者タイマー』……?」
そう、俺の左手についているものと同じ、あの忌まわしい『死の宣告腕時計』だ。
だが、俺のとは少し違う。
俺のはシルバーメタリックなボディだが、デザインは同じでも、こいつのは金ピカの豪華なボディだった。
「アーーーウ、惜しいな、ケンイチ。こいつは――」
ラーズの顔に、満面の笑みが浮かぶ。
「『魔王タイマー』て言うんだとさ」
「ま、ま、魔王……だと?」
俺は驚きに目を見開いた。
「え?魔王……なのか?あ、あんたが……?」
「おっ!いい顔だな、ケンイチ。正体を明かした甲斐があったよ」
「……あんたが魔王なのね?」
驚きのあまり二の句を告げられなくなっていた俺の代わりに、プルミエルが尋ねた。
「まぁ、そうなるかな。だが、俺もそのことに関してはあまり自信が持てなくてね。空も飛べなきゃ、ビームも出ない。唯一の能力と言えば……」
「不死身……なのか?」
「その通り!察しが良いじゃないか!うん?その点に関して言えば、ケンイチ、俺たちは同じ土俵の上に立ってるよな?」
「ねぇん、ラーズ…」
甘ったるい声で、女が寄ってきて、豊満なその胸を押しつけるようにしてラーズにもたれかかった。
ラーズもニヤニヤと笑みを浮かべながら、彼女の腰を撫でまわす。
しかし、待てよ……
こいつと俺が同じ土俵なら、不純なボディタッチを繰り返したペナルティによって、あと五分もしないうちに天に召されるのでは?
「……そういえば、話には聞いてるよ。ケンイチ」
「え?」
「勇者ってのは、何かしら『他人にとって良いことをしなきゃ生き延びられない』そうだな。おまけに厳しい禁則事項も多いとか……女にも触れないんだって?……まったく、同情するよ」
余裕のその口ぶりに、俺は不安を感じる。
「あ……あんたは……?違うのか?」
「違う違う。俺のは君のと逆だ」
さも愉快そうにそう言って、ラーズは女の頭をぐいと掴んで反らせ、露わになったうなじに卑猥に舌を這わせた。
「あん♪」
女が艶っぽい声をあげる。
そして、ラーズはずい、と再び俺に魔王タイマーを見せつけた。
『60:00』
なんと!
魔王タイマーのカウンターは、そのまま静止してる!?
俺でさえ『60:00』は見たことが無い。
「そ、そんな……」
「何となく分かったか?俺の魔王タイムと君の勇者タイムは……真逆なんだ」
真逆?
ってことは、この野郎は……
「そう、俺は『悪さをすればするほど長生きできる』んだ!」
「……!」
「なんという……!」
プルミエルも、メイヘレンも驚いていた。
俺も当然、顎が外れそうになる。
「腹が減ればその辺の屋台でタダ食いしても良いし、イライラした時は身近にいた人間を思いっきりぶちのめしてやるのも良い。そうするだけで俺は生き延びる事が出来てしまうわけだ」
ああ……
くそ、なんて野郎だ……
「ケンイチ、がっかりしたようだな?今まで必死になって人の為に尽くしてきたんだろう?そりゃあ、失望も脱力もするだろうな。君にしてみれば、不公平な話だ」
大げさに肩をすくめて見せてから、ラーズは再び椅子に腰かけた。
女も再び、その膝に飛び乗る。
「ケンイチ、中国の思想家で『孟子』と『荀子』の話を知ってるか?」
「?」
聞いたことあるような、無いような……
「人間の生まれ持った性質が善であるとする『性善説』を唱える孟子。いやいや、逆に人間は生まれつき悪であるとする『性悪説』を唱える荀子。俺はこれが全く不毛な水掛け論だと思っていたんだが、魔王になってみて実感したよ。『性悪説』の荀子が正しい。人間は特に意識しなくても、本能の赴くままに生活していれば、悪事を重ねる事は何の苦にもならないんだ」
「あんたに入れ知恵したのは誰?」
プルミエルが、横槍を入れた。
「うん?」
「異世界から来た人間にしてはあんたは知り過ぎてる。誰かがあんたに『勇者タイム』と『魔王タイム』の仕組みを教えたはずよ。それは誰?」
「可愛らしいだけでなく、鋭いお嬢さんだ」
ラーズは両手を広げておどけたポーズをとって見せた。
「紹介しよう。俺の知恵袋、『魔王教団』の教祖、『ゼータ』だ」
ラーズが指をパチンと鳴らすと、扉の影から、真っ白なローブを身に纏った、体格の良い初老の男が現れた。
金髪を綺麗に七三分けに整えていて、その顔には温厚そうな笑みが浮かんでいる。
『魔王教団』なんて恐ろしい名前には相反して、まるで聖職者のようだ。
その聖職者がラーズの前に膝をつき、深々と首を垂れる。
「魔王ラーズ様、この度の勇者捕獲の儀、誠におめでとうございます」
「……とまぁ、こういう面倒くさい野郎なんだが、俺がこっちの世界に飛ばされてきた時に魔王のなんたるかを教えてくれたのがこの男なのさ」
「魔王教団……魔王を信奉する集団、ということか?」
「いかにも」
メイヘレンの問いに、ゼータが答える。
「我々、魔王教団はジャパティ寺院跡より発掘されし『魔王文書』の内容に従って、来るべき魔王降臨の日に備え、人知れず地底深くで活動していたのです」
「『魔王文書』ですって?」
「かの『勇者典範』と対をなす禁忌の書です。これは我が『モラッティ一族』の秘伝中の秘伝である為、当然、あなた方は御存知無いでしょう」
滔々と、淀み無く、丁寧に語る口調は、まるで宣教師のようだ。
「『魔王文書』には何が書かれてるの?」
「その全てを異教徒である貴女にお伝えすることはできません。しかし、この世界が間違いなくラーズ様のものになるということだけは揺るがしがたい事実として述べられております。そして、それこそが魔王教団の悲願でもあります。おお……魔王の世に幸あれ……」
うっとりと目を輝かせながら語るこのオッサンは、あまりにも空想癖が強すぎる。
世界征服なんてのは確かに魔王っぽい野望だが、その魔王を名乗るラーズという男は、広場でいたいけな女の子たちを奴隷として売りさばこうとしていたケチな野郎だ。
「……イカレてる」
「黙れ!忌むべき者め!」
「うわっ!」
俺がぼそっと呟いた言葉に、ゼータが突然キレた。
「呪われよ!この、腐れ者めが!魔王様、この者はいかに力弱く見えても、仮にも『勇者』でございます。即刻、息の根を止めるのがよろしかろうと存じますぞ!」
な、何だ?
この人、怖ッ!
勇者のこととなると、超エキサイトし始めたぞ?
先ほどまでの威厳ある落ち着いた様子は見る影も無い。
「まぁ、そういきり立つなよ、ブラザー・ゼータ。あんたは本当に勇者が嫌いなんだな。だが、俺はもう少し彼と遊びたいんだ」
「しかし……!」
「待って、もう一つ質問があるわ」
再び横槍を入れるプルミエル。
この機会に色々と探り出すつもりらしい。
「何だい?ハニー?」
「ヤッフォン教授を拉致ったのもあんた達ね?」
「ヤッフォン?ヤッフォン……ああ!ヤッフォン教授ね!」
ラーズはポン、と手を叩いて、今思い出しましたと言わんばかりのジェスチャーを見せた。
「拉致った、と言うのとは違うね。俺は異世界専門の研究家である彼に、異世界ライフのアドバイザーをお願いしたんだ。二つ返事でOKしてくれたよ。そろそろ来るころじゃないかな?」
ラーズがそう言うと、彼の言葉通りに一人の老人が息を切らせて部屋に飛び込んできた。
なんだよ、今回は新キャラ祭りか?
「ゆ、ゆ、勇者を……つ、つ、捕まえたというのは、ほ、ほ、本当かね……?」
肩で大きく息をしながら、その痩せこけた小柄な老人は言葉を続けた。
こちらに向けた、その後頭部が妙に張り出した頭は、見事に禿げあがっている。
「み、み、見たい……ど、ど、どこだ?」
「このケンイチ君がそうさ、教授。そしてハニー、彼がヤッフォン教授だ」
「お、お、おお、い、い、生きている個体を見るのはじ、じ、実に久しぶりだ」
このヤッフォン教授、びっくりするほど滑舌が悪い。
おまけにこの老人、俺にぴったりとくっつくと、ハァハァ言いながら俺の身体をまさぐり始めやがった。
「や、やめろぉ!」
「ゆ、ゆ、勇者……!そ、そ、そうだ、ゆ、ゆ、勇者ならば……」
ここでヤッフォン教授は突然ナイフを取り出して……
「えりぁ!」
俺の胸にそれを突き立てた!
「うおぅ!」
バキン!と音を立てて、ナイフがへし折れた。
(あ……ああ、よかった。まだ不死身だ……)
俺はほっと溜息をついた。
実を言うと、あの痛烈な一撃をもらって以来、自分の不死身に関して自信を失っていたからだ。
しかし、どうやら、異世界から来た人間同士……つまり、ラーズにしか、俺を傷つけることはできないようだ。
ヤッフォンは折れたナイフの柄をしげしげと眺め、感慨深そうに息を吐いた。
「す、す、素晴らしい……!きょ、きょ、今日は素晴らしい日だ!ま、ま、魔王と、ゆ、ゆ、勇者が一緒にいるとは!」
「オーケイ、研究はまた後でな、教授。ゼータもとりあえず部屋を出てってくれ。こんな狭い部屋に七人もいちゃあ暑苦しい」
「かしこまりました、魔王様……」
「こ、こ、殺してはならないぞ、ラーズ……こ、こ、殺してはいかん」
「わかってるよ。さぁ、出た出た」
ラーズは二人の老人を追い出すと、鉄の扉を閉め、再び女を膝の上に乗せて椅子に座った。
「まったく、せわしないジジイどもだろう?君がうらやましいよ、ケンイチ。俺の取り巻きはあんなのばっかりだが、君にはこんなにも麗しい二人のピーチちゃんがくっついてるんだからな」
「お、俺たちをこれからどうするつもりなんだ?」
「さて、どうしたものかな……?ゼータは殺せと言うし、教授はお前をバラバラにして不死身のメカニズムを解明したがってる。俺としては……そうだな、もう少し君と仲良くしたいと思ってるんだが」
「な、仲良く……?」
「実は告白するよ、ケンイチ」
「こ、告白?な、な、何を?」
や、やっぱりモーホーだったのか……?
おう、やめてくれ、こんなところでそんな話は!
耳を塞ぎたいが、生憎と手は頭上で手錠に繋がれている。
「君を広場で殴った時。あの、指の骨にずんと来る感じ。久しぶりだったんだ」
「?」
「この世界に来てから、人間を思いきりぶっ叩いたことはあるかい?一回やってみるといい。俺たちは不死身になっちまってるせいで、あいつらを殴っても蹴っても、何の手ごたえも感じないんだ。紙粘土を殴ってるようなもんだ。満足感も達成感も、まるで無い」
「……」
「だから、君の顎をスカっと打ち抜いた時、俺はジィンと痺れる自分の手をしげしげと見て、そして思ったね。『ワオ!やっぱり人間を殴るならこうでなくちゃ!』ってね」
うっとりと愉快そうに微笑むラーズの顔。
それを見て、俺は戦慄した。
……な、なんて危ない野郎なんだ!
ゼータもヤッフォン教授もイカレてるが、こいつはそれらを遥かに上回ってる。
モーホーだったほうがまだマシだ!
「よっ……と」
「あん」
ここで膝の上の女をどけて、ラーズが立ち上がった。
そして、俺ではなく、プルミエルの前に立つ。
プルミエルはじろっとその美しい青い瞳でラーズを睨みつけた。
「……」
「ふうん、いいねぇ、凄くイイよ」
さっとラーズの手が動き、なんと、プルミエルのお尻を撫でさすり始めやがった!
「ああ……なんて形の良いピーチなんだ……」
恍惚とした表情で、ラーズが言う。
「や、やめろ!この野郎!」
「おおっとぉ!すまん、すまん……」
手錠を揺らしながら俺が叫ぶと、予想外にパッと素早くラーズは身を引いた。
「君の彼女かい?そうか、それは随分と気の利かないことをしてしまったね」
彼女、ではないがここで否定してもどうなるか分かったものじゃない。
俺は黙って奴を睨みつけた。
「そう怖い顔するなよ、ケンイチ。こっちが駄目なら……」
ラーズはメイヘレンの前に立った。
「こっちにしよう」
言うや、メイヘレンの胸をぐっと鷲掴みに!
彼女もプルミエルのように、悲鳴一つ上げずに、赤銅色の瞳でラーズを冷たく観察していた。
「おお……たわわに実った食べごろピーチ……」
再び恍惚とした表情でラーズが言う。
「そ、そっちもダメだッ!離れろ!彼女たちから離れろッ!」
「なんだ、こっちもダメかい?わがままな奴だなぁ……」
ラーズは俺の言いなりにパッと身を離し、今度は俺の前に立ちはだかった。
相変わらず、その顔には余裕の微笑が浮かんでいる。
「さて、ケンイチ君。君のリクエストに応えていたら両手が暇になっちまった。俺はどうしたらいいだろう?」
その薄笑いを見て、俺はこいつが何を期待しているか、すぐに分かった。
「お、俺を殴ればいいだろッ!他のヤツより殴り甲斐があるんだろ?」
「わはっ!」
我が意を得たり、という様子でラーズが嬌声をあげた。
「正解だぜ!ケンイチ!」
次の瞬間、脇腹に悶絶するほどの痛みが突き刺さった。
「ぐふぅ!?」
それが右フックだと気付いたのは、奴が次の左ジャブを俺のみぞおちに叩きこんだ後だった。
「げはっ!」
痛い!
痛い!!
あまりの痛みに、意識が遠のきそうになる。
かつてこんなにも重たいパンチを食らったことは無い。
「もう一発行こうか?」
「ぐはぁ!」
さっきと同じ個所に、再び右フックが突き刺さった。
あばらの骨がミシミシと軋む音が聞こえ、内臓がはみ出しちまいそうなほどの衝撃と、失禁しちまいそうなほどの痛みが全身を駆けまわる。
胃液がこみあげてきて、気分も悪くなった。
「うあぁぁ……」
「おいおい、これでも手加減してやってるんだぞ?」
う、嘘つけ……この野郎……
「どれどれ……おおっと、ケンイチ、ほら、君が女の子たちの代わりに殴られたから『勇者タイム』がまた貯まったじゃないか?へぇ、なるほどねぇ」
くそ……白々しい奴め……
「痛いかい?目に涙が溜まってるぞ?そうだ、君が『もう降参だ、やめてください』と言えば、今日はこれきりにしよう。ちゃんと寝床も用意して、飯も食わせてやるよ。ただ、その場合は君の連れは二人とも俺がもらう。どうだ?我慢比べ大会だ」
「ちょっと、ラーズ……」
部屋の隅で見ていた、例のセクシーな女がおずおずとラーズに話しかける。
「うん?なんだい?ルイーゼ?」
「もう……もう許してあげたら?よく見たら、まだ子供じゃない……」
「おおう、ルイーゼ、どうしたんだ?まさか、ここに来て女としての母性本能が目覚めたかい?それとも、思わず庇っちまいたくなるほどこの少年は魅力的なのかな?」
「ち、違う、違うわラーズ……そうじゃないんだけど……」
「いいから黙って見てな」
吐き捨てるように言うと、ラーズの拳が再び俺の腹にめり込んだ。
「ぐふっ!!」
「妬けるぜ、ケンイチ。あっという間にあの女の心を落としてしまうとはね。もしかして彼女たちも君の不思議な魅力にクラクラ来てるのかな?」
そこから二人は完全に、『ボクサー』と『サンドバック』と化した。
ボクサーは容赦ないパンチを俺に何度も叩きこんでくる。
左フックが、頬に。
「ぶっ!!」
右ストレートが鼻っ面に。
「がはっ!!」
猛烈な連打はみぞおちに。
「ごぶふぅっ!!」
最後は痛烈な頭突きだった。
「うはぁっ!!」
(も、もうやめてくれ……)
激しく脳みそが揺すぶられたせいで、膝に力が入らない。
今、俺を支えているのは天井の鎖だけだった。
(もうイヤだ……こんな痛いのはイヤだ……)
圧倒的な暴力の嵐の前に、心が折れる。
お願いします、もうやめてください、ごめんなさい、俺は勇者なんかじゃないんです、俺は普通の高校生なんです、生意気なことを言ってすいませんでした、もう痛めつけないでください、女達は好きにしてくださって結構です、命だけは助けて下さい、もうあなたの前に現れません、本当にすいませんでした。
言葉の波が喉までせり上がってきて、でも、飛び出さなかったのは、二人の声が聞こえたからだ。
「やめなさい!もう、やめて!いいわよ、私達を好きにすればいいでしょ!」
「彼はただの少年だ!もういいだろう!?ケンイチ、いいから降参するんだ!」
……ふっ。
俺は思わず笑っちまった。
笑わずにいられようか?
だって、彼女達が闘ってるってのに、勇者の俺がギブアップするか?
あり得ないぜ、ケンイチ!
「ケンイチ、彼女たちはああ言ってる。お前はどうだ?」
ラーズの問いに、俺は何とか笑顔を作って答える。
「……うも……ろう……」
「うん?何だって?よく聞こえないな」
「……お気遣いどうも……もう一発頼むぜ、この野郎」
「……」
ラーズは驚いたような表情を作る。
おいおい、魔王がそんな間抜けな顔をするもんじゃないぜ。
俺はやんわりほくそ笑んだ。
「こいつは……たまげたな……」
「……どうした?……早く殴ってくれよ……待ちきれないぜ……」
「お前は……いや、そうか……ううむ」
ラーズは一人でしきりに頷いた。
「あるいは――俺が思ってるよりもずっと優秀な男なのか?お前のようなのは海兵隊にもいなかったな」
ここで奴は何を思ったか、身を翻し、扉を開けた。
「想像していたよりもずっと楽しめそうだぜ、ケンイチ。俺はお前のような奴から一つずつ希望を奪っていくのが大好きなんだ。今度来た時は、お前の目の前でその二人の女のうちどっちかを可愛がってやる」
「こ、この野郎……!!」
「そうそう、いい顔だぜ!……そうだな、三十分後にまた来るよ。お楽しみに備えて、風呂に入って、小ざっぱりしなくちゃな。おひょーーう!今夜は忙しくなるぞ……」
歓喜の雄叫びをあげながら、ラーズはセクシーレディーをぐいと力任せに引きよせて、部屋を出ていった。
後には、カツカツと、意気揚々と引き揚げる奴の足音だけが響く。
「ケンイチ……大丈夫?」
「大丈夫……」
「嘘をつけ。まったく……いいか、今度同じ目にあったらすぐに降参するんだ」
「それは……しない……」
「ケンイチ!」
「俺は絶対に降参しない……へへ……全然効いてなかったぜ、野郎のパンチ……」
「君という男は……」
自力で立つこともままならず、鎖にぶら下がってるだけ、という俺の状態を見て、女二人は暗い表情を浮かべる。
だが、俺の頭は早くも次の問題を解決するために動き始めていた。
もちろんそれは、どうすればここから全員無事に脱出できるか、ということだ。
それも三十分以内に!
(おお……)
こんな時でも希望は捨てない。
なんとなく、これは勇者っぽいんじゃないか?と思った。




