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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「不穏な影」篇
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出た……謎めいた男

「んん……?」

「あら……?」

「ふうん……」


 きっとムキムキの大男が鼻息荒くして飛び出てくるぞ、という俺たちの予想は裏切られた。

 テントから出てきたのは、どちらかというと長身痩躯といった体格の、落ち着いた雰囲気の男だったのだ。

 上等そうなシャツと紺のスーツを身にまとい、ゆったりとした優雅な足取りで、急ぐでもなく焦らすでもなくこちらへ向かってくる。

 三十代の半ばくらいだろうか?

 綺麗に撫でつけられたグレーの髪は清潔感が漂うし、微笑を湛えた顔つきは相当ハンサムだ。

 このままハリウッドのレッドカーペットの上を歩いていても全く違和感が無いほど、都会的な、洗練された雰囲気を持っている。

 何にしても、この紳士がさっきの下品な連中の親玉、というのはどうにも現実味が無い。


「よッ……と」


 彼は手をついて、ゆっくりと舞台に上がると、警戒している我々の前に堂々と立った。


「やあ」


 そう言ってにこやかに笑いかけてくる様子には、敵意も害意も感じられない。


「あ……ども」


 俺もそれにつられて、思わず頭を下げて挨拶してしまう。

 日本人ならではの習慣だ。

 頭を上げても、男はずっと微笑を浮かべたままだった。


「どうも、あの連中は野蛮でいけないな。まったく――こんな美しいレディ達を相手に乱闘を演じるなんて、正気の沙汰じゃないね」

「はぁ……」


 男の眼は、プルミエルとメイヘレンに向けられる。


「それにしても驚きだ。これほど美しいお嬢さん方が、あの連中を手玉に取るだなんてね」


 ううむ、どうやらこの人の眼には俺は映っていないようだ。


「あなたの部下ならちゃんとしつけておきなさいよ。私は平和的にあの娘達を買い取ると言ったのよ」


 プルミエルがつん、と胸を張って言う。

 この少女の辞書には『物怖じ』という単語は無い。


「ほう……そうなのか?」


 男は、舞台の下で不安そうに成り行きを見守っていた手下どもに声をかける。


「へ……まぁ……」

「おいおい、だったら悪いのはこちらのほうだろう?」

「へ、へぇ……」


 オドオドと、力無く答える手下ども。

 そのやりとりを見て、俺は背筋に妙な悪寒が走った。


(なんだって、あの連中はあんなに怯えてるんだ……?)


 さっきまであんなに目を血走らせていた連中が、どうしてあんな温厚そうな男一人に対して、必要以上にビクついているのか?

 大体、あのハンサム男はなんだか違和感がある。

 どこがどうとは言えないけれど、どこか常人とは違うような……


「君」

「は、はいっ?」


 突然声を掛けられて、俺はハッと我に返る。


「な、何ですか?」

「すまなかったな。どうも、こっちの誤解だったみたいだ」

「いえ、分かってくれればいいんです。平和が一番っス」

「いいことを言う。……俺の名前は『ラーズ』。『ラーズ・ホールデン』だ」

「あ、俺、ジン・ケンイチです」

「ケンイチね……ケンイチ、ケンイチ……」


 呪文のように俺の名前を呟きながら、ラーズさんは親しげに俺の首に手を回し、肩を組んできた。


「お、おおっ?」


 おう、吐息がかかりそうなほど顔が近い。

 まさか、モーホーの気があるのか?

 貞操の危機!

 俺はケツをきゅっと引き締めた。


「ど、どうしたんですか?」

「ケンイチ……実はちょっと相談があるんだが……」


 ヤベェ、来たよ……

 俺はぐっと身構える。

 残念だが、性的な相談には乗ってやれない。


「な、何ですか?」

「売りに出されていた娘たち……あの娘たちを君たちが可哀そうだと思う気持ちは良く分かる。そうだな、俺だって彼女達の親だったらきっと身も張り裂ける思いになるだろう」

「はぁ……」

「でもね、俺たちのことも理解してほしいんだ。君らのように正義感あふれる素晴らしい人々に、俺たちのことを単に人身売買を生業にしている悪党連中だと思われたくない」

「……」

「俺たちは単なる仲介役なんだよ。娘の親に相応の対価を払って、本人も納得の上でこういった競売に出てもらっている。彼女たちも自分の体が良い値段で売れれば、その分、家族に送られる金額も多くなるという寸法でね。これは、実は全員が利益を得る商売なんだ。分かるかな?」


 語りかけてくる声は優しげだが、どこか言い訳めいた感は否めない。

 何よりも、俺の直感が告げている。

 この男は信用できない(、、、、、、、、、、)


「でも、女の子を鞭で叩こうとしてたじゃないですか」

「ああ、はっは!あれは演出さ。あいつ――アンドレアっていうんだがね。あいつは普段からああやって物事を大袈裟に見せて観客を煽るのが得意なのさ。ピシャンとびっくりするほど大きな音は出るが、女の子が痛いと思うこともないほど上手に鞭を使える奴なんだ」

「……」

「おっと、疑ってるな?まぁ、全てを理解してくれとは言わないよ。確かに、やってることは奴隷の斡旋なんだからね」

「……俺に相談ってなんです?」

「それはこういうことだ。つまり、俺達は商売としてあの娘達を売っている。そこを――今回の責任がどちらにあるにせよ――ケチがついてしまうと、これから俺達は商売がしづらくなってしまうというわけだ」

「まぁ、分かります」

「おっ、そうか?君は賢いな、ケンイチ。素晴らしい男だ。そこで、聞いてくれ。お互いに円満に物事を解決するためには、ちょっとした見せしめが必要になってしまうんだ。つまり、君に――痛い目にあってもらわなければならない。観衆の前で。今すぐに」


 なるほどね。

 つまり、奴隷商人としてのメンツを取り戻すために、俺に殴られてくれというわけだ。


「バカなことだと思うだろう?君のプライドにも傷がつくだろうね。だが、そうしてもらわないと俺達はこれから先も商売ができないんだ。寒村の人間は娘が良い値で売れないと首を吊るしかない」

「……いいッスよ」

「おおっ?本当か?」


 俺は、この場をひとまず円満に切り抜けられるなら、それで良いと思った。

 これ以上、ラーズ氏の詭弁を聞くのもうんざりだったというのもある。

 どんな正当な理由があるにせよ、人身売買なんて最低だ。


「ただし、あの二人には絶対に手出しをしないでください」


 俺は顎をしゃくって背後のプルミエルとメイヘレンを示す。

 俺一人を痛めつけて気が済むならそうすればいい。

 どうせ不死身のこのボディーだ。

 百人乗っても大丈夫。


「わかった。約束しよう。これで決まりだな。大丈夫、ゲンコツ一発でいいんだ。手加減するから、なるべく派手に倒れて見せてくれ」

「わかりました」

「ケンイチ、君は大した男だ」


 パッとラーズ氏が身を離す。

 そして、舞台の下で成り行きを見守っていた部下のもとへ歩いて行って、何やらゴニョゴニョと打ち合わせを始めた。


「あいつ、何だって?」


 隣に立ったプルミエルが訊いてくる。


「俺を一発殴らせてくれと。それでチャラにしてくれるみたいだ」

「どうするの?」

「殴らせてやるさ」

「えー?」

「さっきは殴られろって言ってたじゃないか」

「そうだっけ?私は徹底抗戦も辞さない構えだったんだけど」

「ああ、確かに君の暗殺拳法なら可能かもな。でもさ、とりあえずはここを平穏無事に切り抜けたほうが良いだろ?」

「どうだかねぇ……奴隷商人を図に乗らせるだけのような気がするけど……」

「ここは我慢の場面だと思う。あの娘達を助けられるだけでも良しとしようぜ」

「……わかった」

「大丈夫、俺は不死身さ!イェイ!」

「別にあなたを心配してるわけじゃないんだけどね」

「……」


 返せ!俺の『イェイ』!

 せっかくわざと気丈に振舞ったのに……何という寂しさだ。

 するとここで、打ち合わせが終わったのか、ラーズ氏がこちらを向いて、またにっこりと微笑んだ。

 舞台にさきほどプルミエルに昇天させられた道化野郎、アンドレアが這い上がり、最初と同じ調子で、再びがなり声を上げた。


「さぁさぁ、お立会い!さっきの乱闘は小粋な余興!今から我々のボス、その名も『魔王ラーズ』が乱入者にキツイ罰を与えるぞ!さぁ、空前絶後のハードコアが始まるぞ!」


 ここでも『魔王』?

 今、ブームなんだろうか?

 まったく、どんだけ魔王がいるんだ、この世界は。

 人身売買の斡旋してる魔王なんて聞いたこと無いぜ。


「準備はいいかな?」


 指をバキバキと鳴らしながら、ラーズ氏が俺の前に立った。

 その顔には、やはりまだ微笑が浮かんでいる。


「おお、観衆も戻ってきたようだな」


 彼の声に振り返ると、舞台の周辺には野次馬どもが少しずつ集まってきていた。

 怖いもの見たさだろうか?

 いずれにしても人間が殴られる様子を見に集まるなんぞ、マトモな神経じゃない。


「いいぞ!やっちまえ!」

「殺せ!」


 図に乗った観衆からはそんな物騒なヤジも飛んできた。

 くそ、血に飢えたケダモノどもめ!


「おおっとぉ、『殺せ』ときたもんだ。やっぱりそういう観衆がいないと盛り上がらんわな」

「……俺は、いつでもいいスよ。ただし、俺を殴ったら約束を守ってください。あの娘たちは俺たちが買い取る。俺たちも全員見逃す。いいですね?」

「もちろんさ。さっ、始めるよ」


 言いながらラーズ氏が俺の前に立ち……そして――


「ふっ!」


 それはまさに電光石火の一撃だった。

 手加減する気など微塵も感じられない。


「ごぁっ!」


 そのパンチのあまりの速さと鋭さに、最初は自分がどこからパンチを食らったのかもわからなかった。

 目の前にパッと真っ白な火花が飛ぶ。

 意識が体からハミ出し、それがするりとまた戻ってきた時には、自分の体が仰向けに倒れ込んでいる最中だった。


「っは……」


 全てがスローモーションになった。


 空が……

 空が見える……

 なんて青さだ……


 倒れている最中にはそんなことをぼんやりと考える余裕はあったが、背中が地上に触れた瞬間には恐るべき事実に直面することになった。


 ……痛い!


 この世界に来て、初めての感覚。


 痛み……?

 俺が痛みを感じている……!


 打ち抜かれた顎に、そいつが猛然と襲いかかってきたのだ。

 おまけに口の端の、ぬるりとした生温い感触。

 手の甲で拭うと、それは紛れもなく血だった。


(ど、どういう……ことだ……?)


 脳みそが強烈に揺さぶられたせいで、まともに物を考える事が出来ない。

 だが、一つだけ確信した。


(ふ、不死身……が……きかない……?)


 変な表現だが、他に思いつかない。


 そんな……バカな……!

 刺されても噛まれても押し潰されても火の中に飛び込んでも大丈夫だったのに……?


(そんな……そんなわけ、ないだろ……)


 慌てて立ち上がろうと上体を起こすが、膝に力が入らなくて、無様に前のめりに倒れこんでしまう。


(う、嘘だ……嘘だろ……そんな……嘘だ……)


 地面に頬をこすりつけ、焦点がうまく定まらないままで、それでも驚き、呆然とする。

 そんな俺を嘲笑うように、観衆から大歓声が上がった。


「いいぞ!足にきてやがる!」

「小僧!出直してきな!」

「ラーズ!ラーズ!」


 まだ芋虫みたいに倒れ込んだままの俺のもとへ、ラーズが歩み寄り、そして、こちらを覗きこむ。

 その顔には、先ほどまでの余裕ぶった笑みは無い。

 奴はまるで意外な物を見るように自分の拳をしげしげと見つめ、眉を上げ、口笛を吹いた。


「驚いたな……」


 ぐい、と俺の髪を掴んで、無造作に頭を持ち上げる。


「ぅあ……」

「まさかお前も(、、、)……異世界から来たのか?」

「あ……あんた……どうして……」

「『どうして』か。俺も知りたいぜ。どうして――」

「親分、女どもはどうします?」


 奴の子分が話しかけてくる。


「あん?ああ、『館』に連れてけ。全員だ。そして今日の商売はやめだ。面白いオモチャが手に入ったからな」

「へい!」

「や……約束が……違う……」

「ん?約束?おお、約束ね。あれはまぁ――心構えみたいなもんだ」

「て……てめぇ……」

「おおっと、そう怖い顔しなさんな。お前も連れていってやるから。少し寝てな」


 ラーズがそう言うと、視界の端で何かがヒュッと動き、同時に首筋に痛烈な痛みが走った。


「がっ……」


 延髄に手刀を打ちこまれたのだ、と気付いたのは、さっきと同じように地面に頭がついてからだ。

 消えゆく意識の中で、声が聞こえた。


「……ンイチッ!ケンイチ!」


 ああ……

 あれは……プルミエルの声だ……

 今度こそ……俺のこと……

 心配……してくれたか……?


 俺の意識はそのまま闇の中に沈んでいった。




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