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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「哀・姉妹」篇
42/109

異世界ヒルズ

 翌日。

 かなり早めの朝食後、俺とプルミエルは荷物をまとめ、この村を離れる準備をした。

 そこにメイヘレンの姿は無い。

 彼女は昨夜、宿には戻らなかったのだ。

 まさか薬が効かなかったんじゃ?という、あまりにもネガティブな想像が脳裏をかすめたが、それならそれで何かしらの報告をしてくれる約束だった。

 薬がちゃんと効いたことを信じたい。

 一晩中まんじりともしなかった俺に、プルミエルが提案してきた。


「だから、霊薬が有効だったかどうか、それだけ聞いて出発しましょう。早いに越したことはないでしょ。あまり長々と滞在してもメイヘレンも気まずいだろうし」


 それに俺も賛同したというわけ。

 メイヘレンとはここで別れることになるだろう、とプルミエルも俺も何となく予感していた。

 彼女の旅の目的は達せられたのだから。

 しかし、彼女には俺達に対して負い目を感じてほしくないし、あの姉妹が二人で幸せに暮らしてくれればそれでいいと思う。

 旅の仲間と別れるのはとても寂しいことではあるが……

 だが、人生は一期一会だ。

 またどこかの空の下で巡り会うこともあるだろう。

 ポジティブに行こうぜ、ケンイチ。


「よっと、支度できたぜ」


 もとからほとんど手ぶらだった俺は、一宿一飯の恩義として自分の使った部屋を掃除していた。


「完璧だ……」


 埃一つ落ちていない部屋。

 食い物を落としても、何の躊躇もなく拾い食いできるだろう。

 俺よ、クリーンキーパーとしての才能まで開花したか?

 まったく、お前の将来性はどこまで天井知らずなんだ?

 うっとりと自己陶酔に耽る俺の隣で、プルミエルは宿の老主人から日持ちの利く食料を受け取って、それをザックに入れる。


「お世話になりました。ほら、ケンイチもお礼を言いなさいよ。世間のマナーよ」

「お、お世話になりました」

「いえいえ」


 老夫婦が二人とも柔和な微笑みを浮かべたまま、深々と頭を下げる。


「またいつでもお越しくださいまし」

「そうですわね。ぜひ、そうさせていただきます」


 プルミエルはこちらの網膜が火傷しそうなほど眩しい笑顔で言うと、それに見とれている俺の背中を小突いて『オラ、行くぞ』と言わんばかりの圧をかけてくる。


「うぉ……では、また!ありがとうございましたっ」


 俺達は再び深々とお辞儀をする老夫婦を後ろに残して、外へ出る。

 高地ならではの清涼な空気が、徹夜の肺に優しく流れ込んできた。


「うぬっ……!あー……」


 俺は大きく伸びをした。

 なんて清々しさだ。


「それじゃあ、行きましょうか」

「おう」


 プルミエルは術戦車を押して、メイヘレンの別荘へと続く坂道を登り始めた。


「おいおい、そんなゴツいバイク……もとい術戦車を押すのは大変だろ。俺が押してくよ」

「はぁ?いいわよ、そんなの」

「まぁまぁ、任せとけって」


 俺はプルミエルの手からハンドルを奪おうとした。


「……どーなっても知らない」


 彼女は呟く。


「へあ?……んぐぉ!お、重たぁっ……!!」


 信じられないことに、その車体はまるで巌のごとき重量を持っていた。

 俺は坂道を転げ落ちないように股を広げて踏ん張るのが精一杯だ。


「んぐっ……!どえりゃぁ!……ひぃ!プルミエル、代わってくれぇ!」

「だから言ったでしょ、もう」


 プルミエルは俺の手からハンドルをひったくる。

 すると、さっきは10tトラック並みの不動感を持っていたバイクが、プルミエルの手の中では、まるで自転車を押すようにゆるゆるとスムーズに山道を登っていくではないか。

 不思議ィ!


「それも魔法か?」

「そう」

「つくづく便利だよなぁ……俺も魔法が使えりゃあなぁ……」

「何に使う?」

「もちろん異世界迷宮でハーレム建設だゼ!……いや、嘘だって……やめろ……そんな目で見るのはやめろッ!」


 そんな会話をしながら坂道を上っていくと、ブランシュールの別荘が見えてきた。

 相変わらず立派な門構えだ。

 と、その門の前にいくつかの人影が見えた。

 一つはメイヘレン。

 もう一つはジュニィさん、とそれに支えられて立っているのは……


「フェルミナ!」


 俺は思わず大声で叫んで、彼女に駆け寄った。

 フェルミナは俺に気がつくと、にっこりと微笑んだ。


「ケンイチさん、おはようございます」

「うおお、凄い、立てるようになったの!?」

「ええ。長いこと伏せっていたので、すっかり足が萎えてしまっていましたけれど……あのお薬を頂いてから、急に身体が軽くなったみたい」

「よかった……よかったなぁ……」


 俺は彼女の手を取る。

 フェルミナの瞳はしっとりと潤んでいた。


「ありがとうございます、ケンイチさん。全てお姉様から聞きましたわ。私、ケンイチさんのおかげで……」

「いいんだ……そんなのは、どうでもいいさ」


 感極まる、というのはこの事だ。

 かつてない達成感。

 この上ない満足感。

 自分の努力に対して、最高の報酬をもらった気分だ。

 そして、手に手を取ってしきりに頷き合う俺達二人の後ろでは、プルミエルとメイヘレンが静かに言葉を交わし合っていた。


「プルミエル……今回は、その、すまないことをしたな……」

「本当にね」

「うむ。いずれ、何とかこの埋め合わせはさせてもらう」

「おー、言ったわね。私って結構忘れないタチなのよ」

「そうか……」


 なおもばつが悪そうに苦々しく微笑むメイヘレンの肩を、プルミエルがポン、と叩いた。


「ま、いいんじゃない?人間らしくってさ」

「プルミエル……」

「妹さんと仲良くね」


 な、なんて良い女なんだ……プルミエルッ!

 俺はこのやり取りを聞いているだけでも涙が出そうになったが、それは何とかこらえて、フェルミナにプルミエルを紹介した。


「彼女はプルミエル。炎の魔術師さ。プルミエル、彼女はフェルミナ。メイヘレンの妹さん」

「はじめまして、プルミエルさん。姉がお世話になっております」

「いえいえ、こちらこそ。病気が治ってよかったわね」

「あの、プルミエルさんはもしかして火の魔道貴族でいらっしゃる?」

「まー……そうね」


 プルミエルの曖昧な返事。

 それで俺は思い出した。

 おおっと、そういや水と火の一族は相性が悪いとかなんとか……


「凄いわ!」

「へ?」

「私、火の魔道貴族の方にお会いするのは初めてなんです。ああ、こんなに麗しい方が『火のミスマナガン』の御当主でいらっしゃるなんて……」

「あら、そう……?」


 フェルミナは目をキラキラ輝かせながら、プルミエルの手を握った。

 プルミエルも拍子抜けしたみたいだが、まぁ、フェルミナの性格を考えると当然の成り行きともいえるかな。

 それにしても、こんなにも素直で、純粋で、無垢な感性を持っている少女を助ける事が出来たのは本当にうれしい。

 俺はメイヘレンと目が合って、ぐっと親指を立てて見せた。

 彼女も満面の笑みでそれに応えてくれる。

 初めて出会った時の、あの冬の氷のような冷たい印象はどこかへ消え、春の日差しのような、とても人間らしい温もりに満ちた微笑みだった。

 おそらくはこれが彼女の本来の顔なんだろう。


「さて、それでは出発しましょうか、ケンイチ」

「お?おう、そうだな」


 プルミエルがジャラリと重たい鎖を手渡してくる。

 うーむ、せっかく俺の株が上がっているってのに、鎖で宙づりにされる姿を見られたらその株も大暴落しちまいそうな気がするんだが。

 せめて、人目の無いところでぶら下げてくれんだろうか?


「もう行くのか?」


 メイヘレンが寂しそうに尋ねてきた。


「そうね。ゆっくりしていきたいところだけど、勇者タイムのせいでそうもいかないでしょ」

「うむ……そうか……」

「お姉様。そのことで私からお願いがあるんです」


 フェルミナが、ジュニィさんに手を借りながら一歩前へ出た。


「お願い?」

「お姉様、ケンイチさんと一緒に行ってくださいまし」

「な、なんだって?」


 俺は自分の手首に手錠をかけながら、目を丸くしてしまった。

 だが、フェルミナはにっこりとまた、微笑んだ。


「これでも妹ですもの。お姉様の御心は分かりますわ」

「だが……」

「お姉様。私ね、あの部屋の大きな窓から外を見ながら、自分の身体が良くなったら、何がしたいかを考えていたんです」

「……どんなこと?」

「この草原を思いきり、自分の足で駆け回りたいわ。温泉にも入りたい。ジュニィはお料理の名人だから、彼女からお料理も教わりたい。そして……」

「そして?」

「そしてね……お姉様と二人でこの山を登りたいわ。山の一番高いところで、私の作ったお弁当を食べるの。そこで私はお姉様がメイベル・ルイーズで見てきたもの……外の世界のことをすべて、聞かせてもらうの」

「そうか……そうしよう。必ず、そうしよう」

「でも、それには時間がかかると思うんです。まずは自分一人で立って、歩けるように練習しなければいけないし、お料理もそう。きっと、しばらくかかると思うんです」


 フェルミナは大事な物をしまい込むように、胸の前で手を合わせて頷いた。


「だから、お姉様にはその間、ケンイチさんの旅の手助けをしてさしあげてほしいんです」


 おいおい、なんてことを言うんだ。

 これは止めるべきだろう。

 そりゃあ、メイヘレンが旅の仲間に戻ってくれれば嬉しいけど……

 しかし、こっちの都合で、再びこの姉妹を引き離すなんて、とんでもないことだと思った。

 俺は慌てて口を開く。


「フェルミナ、そんなの駄目だ――」

「ケンイチ」


 俺の言葉を、メイヘレンが手で制した。

 そして、姉妹はじっと見つめ合う。

 静かに――二人にしか分からない、目だけの会話が交わされていた。

 やがて、メイヘレンが口を開く。


「……いいんだな?」

「ええ。お姉様は自由に……鳥のように自由に飛んで。その御心の向くままに……」

「フェルミナ……」

「だって、時間はたっぷりあるんですもの。ね?」


 その言葉を聞いたジュニィさんがたまりかねて、目頭を押さえる。


「ううっ……メイヘレン様……フェルミナ様は大丈夫ですよぅ……私も村の者も、皆でお守りいたしますよぅ」

「ジュニィ……ありがとう」

「お姉様、悔いの残らないようにね」

「うむ」


 メイヘレンがこちらへパッと顔を向けた。


「いいかな?」


 考えるまでもない。

 そういうことなら、俺はもちろんイエスだ!

 しかしプルミエルは術戦車の上で腕を組んだまま、片眉を上げる。


「うーむ……どうしようかしらねぇ?」

「ええっ!?ここ、悩むところ!?いいじゃん、メイヘレンと一緒に行こうぜ」

「……条件をつけましょう」

「何だ?」

「ここからの宿泊費、交通費、その他諸々の旅費は全部ブランシュール持ち。ってとこで手を打つわ」

「おいおい、なんだよ、そりゃあ」

「文無しは黙っときなさいよ」

「うううっ!」


 全員の間でどっと笑いが起こった。

 超打算的だが、こういうやり方はいかにも彼女らしい。

 ようは、これで貸し借り無しってことだ。

 メイヘレンもやれやれと肩を竦めたが、まんざらでもない笑みを浮かべている。


「まったく……君たちは本当に愉快だな。わかった。その条件を呑もう」

「それなら結構。それじゃあ、行きましょうか」


 プルミエルはぐい、と術戦車のハンドルを握る。

 後尾の天を突く六気筒が、ズドドン!と雄叫びを上げ、炎を巻き上げながら鋼鉄の車体が宙に浮かび始めた。

 そして、それに鎖で繋がれた俺の身体も、ゆっくりと空へ昇っていく。

まるでヘリに引き揚げられていく遭難者みたいだ。

 フェルミナが、最後に声をかけてくれた


「ケンイチさん!旅のご無事を祈ってます!私、あなたが元の世界へ帰られても、忘れませんから!」

「ありがとう!俺も忘れないよ!」

「本当にありがとうございました……勇者、ケンイチさん……私……」


 彼女の言葉の最後は風に掻き消されてしまった。

 だが、十分だ。

 最後に俺のことを勇者と呼んでくれただけで十分だった。


(フェルミナ、元気でな……)


 足元のウルシュの村が、どんどん小さくなっていった。





 勇者タイムを稼ぐこと、四回。

 つまりはウルシュの村を発ってから、だいたい四時間後である。

 とうとう次の目的地、『貿易都市ベデヴィア』が見えた。

 周囲を密林に囲まれているその都市は、上空から見ると、大きな川が都市を分割するように横たわっていて、それを取り囲むようにして立派な城や白亜の建物が競うように乱立している。

 一見したところ、そこはいかにも繁栄している様子だった。

 商業で賑わってるってことは、俺の世界で言うとヒルズってこと?

 まぁ、さすがは貿易都市というだけあるってことだ。

 と、ここで術戦車は急降下を始める。

 うえーっぷ、何度経験してもこいつは胃に悪い。


「んおおおおっ!」


 ズン!


「ぶふ!」


 今度の着陸地点は森の落ち葉が堆積している腐葉土だったので、俺は綺麗に頭から地面に突き刺さった。

 スケキヨ風に足は綺麗にVの字になるように伸ばす。

 これは着陸に際して、もっと気を使ってくれという俺からのプルミエルへのアピールだ。

 たまには綺麗な姿で地上に戻りたいもんだ。

 だが、プルミエルは……


「おー、着地も上手くなってきたわね」


 届かないこの思い……


「ほれ、さっさと立つ」


 俺は空しさを胸にしまいこみ、土から頭を引き抜く。


「うお……土が鼻やら耳に……」

「あ、もう、鼻ほじんないでよ、汚いわねー」

「しょ、しょうがないだろ」


 と、そこへメイヘレンの術戦車が、降下してきた。

 彼女は美しい顔に、意地悪そうな薄い笑いを浮かべている。


「毎回魅せてくれるな、ケンイチ。君のアクロバティックな着地のファンだよ、私は」

「おー、手に汗握るだろ?やるほうは大変なんだがな」


 俺は身体に着いた土を払いながら、彼女に愛想笑いを作って見せた。

 プルミエルはそのやり取りを遮るように、パンパンと手を叩く。


「ま、雑談はおいといて、ここから『反魔結界』の領域に入るわよ」

「ああ、そういや、魔法が使えなくなるらしいな」

「うむ。それゆえに魔道貴族の介入を許さないこの土地で、束縛を嫌う商人連中は独自の繁栄を遂げてきた。そして生まれたのがこの貿易都市ベデヴィアだ」


 メイヘレンが言う。


「ふーん、でも、それは別に悪い事じゃないんじゃないのか?民主主義の国っぽくてさ」

「まぁ、それだけならば問題は無いんだがな……見方を変えれば、束縛が無いということは統制も規律も薄い、ということになる」

「要はとんでもなく治安が悪いってことよ」

「げ」

「まぁ、そういうことだな。気をつけてくれよ。人心が荒んでいるこの都市では、勇者タイムを稼ぐこと自体が難しいかもしれないからな」


 ううむ、物騒な話だ。

 日本人である俺は、治安の悪いところが苦手だ。

 法治国家万歳。

 だが、女達はさらに畳みかけてくる。


「おまけに私たちも魔法が使えなくなるから、助けてあげられないだろうしね」

「うう、おっかねぇところだな」

「普通に振舞っていれば問題は無いわよ」

「そ、そうか……」

「あ、そういえば、そろそろ彼が合流する頃ね。彼から詳しく聞けば?」


 プルミエルがポン、と手を叩く。

 だが、俺の耳は彼女の発した不可解なキーワードを聞き逃さなかった。


「『彼』?」


 だ、誰だぁ?そりゃあ!?

 俺が激しい嫉妬に駆られそうになった、その時。

 背後でガサッと地面を踏みしめる音が聞こえた。


「おお、意外と遅かったのぅ」


 聞き覚えのあるその声。


(え……?)


 俺は振り返る。

 なんと、そこに立っていたのは……


「久しぶりじゃのぅ、ケンイチ」


 森の賢者、エスティアンドリウスだった。



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