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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「哀・姉妹」篇
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勇者の粘り勝ち

(さて、どうする……?)


 迫ってくる二対の殺人マシーンを睨みながら、俺は必死に頭を動かすことに取り組んでいた。

 もはや目の前の困難に立ち向かうことに対して、微塵の逡巡も躊躇もない。

 だが、精神論だけでは埋まらない壁がある。

 物理の定める法則は、俺の意志や根性では変化しない。

 そんなのは漫画やアニメの世界だけだ。

 魔芯兵器を、生身の俺が倒すことはできない。

 それは悲しい真実ってヤツだ。


 だが、俺は何かを閃きかけている(、、、、、、、、、、)


 あともう少しで……何か……

 何かが閃きそうなんだ!


 う、お、お、じれったいぜ!

 その焦りのせいで手の平がじっとり汗ばんできた。

 この腰に差したリシエルの剣も、抜いてみたところで、何の波瀾も巻き起こさずにへし折られちまうだろう。

 あの分厚い刀身を持つ鉈の一撃を、受け止めることもできないだろう。


(受け止める……?いや、弾く……弾く?)


 おおっ、今のは何だ?

 天啓?

 ああ、チクショウ!

 喉まで出かかってるのに!


 俺の煩悶をよそに、二体がゆっくりと得物を構えた。

 その時。


(お……こいつらの構え……)


 俺の脳裏に、ガイコツ騎士の言葉がよみがえってきた。


『よく観察し……』

『よく考えることだ……』


 俺はその言葉に従って、瞳孔を見開き、前後から迫る二体を交互に観察する。


 バチカルは武器を上段に構えている。

 ホリゾンは武器を水平に構えている。


(おおっ!!わ、わかった……!わかった!)


 さっきまでの展開を思い出してみよう。

 バチカルは俺に振り下ろす攻撃、つまりは『縦』の攻撃しかしてこなかった。

 ホリゾンは逆だ。横薙ぎの、つまりは『横』の攻撃しかしてこなかった。

 つまり、二体とも精巧にできた殺人マシーンではあるが、攻撃のパターンは一つだけだということだ。


(と、いうことはどういうことになるんだ……?)


 縦と横。

 縦。横。縦。横。縦横縦横縦横……

 二つの線のイメージが、交互に頭の中でフラッシュバックし、そして、一つになった。

 つまり、十字マークになったのだ。


(こ、これだ!)


 閃いた!

 閃いちまったぜ!イヤッホゥ!


 俺は相手に気付かれないように、少しずつ間合いを調節して、二体のちょうど中間に自分の身を置いた。

 この作戦はポジショニングが全てだ。

 少しでもズレたら成功しないだろう。


「さぁ、来いよ!ポンコツども。俺をサンドウィッチにしてみろ!」


 奴らに挑発がきくか?

 そうは思わないが、まぁ、これは景気づけだ。


「へっへ、マスタードもたっぷり頼むぜ」


 余裕ぶったアメリカンジョークも飛び出した。

 だが、マシーンどもは小憎らしいことに、じりじりと先ほどよりも明らかに時間をかけて近づいてくる。

 こ、こいつら、俺の考えを見抜いているのだろうか?

 内心でイライラ、ハラハラしながら、俺は勇者タイムを確認した。


『03:21』


 アヒー!……時間的な猶予はほとんど無い。

 これがラストチャンスになるだろう。


 できるか?

 いいや、やるしかないぞ!


 緊張でケツがきゅっと引き締まる。

 額には汗が浮かんだ。


「「侵入者ハ……」」


 二体は完全なハモリで喋っていた。

 そうして、ぐっと力を溜めて……


「「排除スル」」


 ブンッ!と上と横から同時に風を切る音が聞こえた。

 うおぅ!

 二体とも猛烈なフルスイングだ!

 だが、俺はその一瞬を待っていた(、、、、、)


「ここだぁぁぁぁぁっ!!」


 叫んで、俺は素早くひざまずいた。


ドガギィィィィィィィィッ!!…………ィィィィィン…………


 頭のすぐ上で、重量を持った鋼鉄同士がぶつかり合う、自動車の衝突事故のような轟音が響く。

 鉄同士の摩擦がもたらす特大の火花が、カメラのフラッシュのように一瞬だけ回廊を照らした。


 何が起こったのか?


 おいおい、説明するまでもないだろう。

 俺を挟み撃ちにしようとした縦と横の攻撃が、完璧なタイミングで宙で交差したのだ。

 そして、物理の定める法則が起こる。

 同じ力で、同じ質量を持つものが、同じ速度でぶつかるとどうなるか。

つまり、その衝撃は二体のマシーンを大きくのけぞらせ、地面に仰向けに倒れさせたのだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 その瞬間を待っていた俺は、バチカルの身体が地面に触れるのとほぼ同時に走り出していた。

 奴の身体を踏みつけ、台座へ向かって走る。


 走る。走る。


 ひたすら、走る。


 一心不乱に走る。


 背後で、ウィーンとか、ガシィン!とか、マシーンどもが立ち上がる音が聞こえた。

 おおっと、思ってたより立ち直りが早い!

 だがな……


「アルヴァン!このゲームは俺の勝ちだ!」


 叫んで俺は手を伸ばす。


「んおおおおおおおおおおッ!!」


 さらに伸ばす。

 ……そして、掴んだ。


「よっしゃあ!とったどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 我ながらあまりカッコ良くない勝ち名乗りだったが、今の心境をストレートに表すとこうなるんだ。

 俺は小瓶を高々と天に掲げた。

 そして、次の瞬間。


「うおおっ!?」


 霊薬の入った小瓶が俺の手の中で一層強く輝きだして、そして……


「うわぁぁぁぁっ……!」


 その光は意志を持っているかのように渦巻き、宙にうねる。

 そして最後には大きな奔流となって、回廊を包み、急流のようにどっと駆け抜けていった。

 俺はそのあまりの眩さに目がくらみ、不意に意識を失ってしまった……






「……ンイチ……ケンイチ!」

「……ん……?」

「ケンイチ!しっかりしろ!」

「……おお……」


 身体を揺さぶられている。

 ああ……そうだ。

 俺は意識を失ってたんだ。

 あの、光の波に押し流されて……

 俺は薄く目を開けた。

 すると、顔の前に絶世の美女の顔があった。

 おお……すごく近い。


「う……ん?メイヘレンか……」

「ああ。私だ。大丈夫か?」

「おう……すこぶる元気だ……」


 とはいえ、身体に力が入らない。

 俺はメイヘレンに頭を抱かれたまま、目だけで周囲の状況を確認した。

 二体の魔芯兵器は、まるで糸の切れた操り人形のようにぐったりと地面に倒れていて、再び動き出す気配は全くない。

 回廊自体も、恐ろしいほど静かだった。


「どうなったんだ……?」

「……君が霊薬の瓶を手にした途端、光がこの回廊を駆け抜けていっただろう」

「ああ……」

「あの後、アルヴァンの全ての魔法が消えた。拒絶の輝壁も、魔芯兵器も、何もかもが魔力を失って、見ての通り……」


 メイヘレンは俺の頭を傾けて、周囲がよりよく見えるようにしてくれた。


「おそらくは、このゲームをクリアする者が現れれば全ての魔法が消えるようにしたんだろう」

「おー……」


 俺は小さく息を吐いた。

 さっきまで、遺跡ならではの威厳と秘境めいた神秘性に満ち溢れていたこの回廊自体も、今やただの洞窟のようにひっそりと静まり返っていた。

 祭りの後……というか、本当に魔法が解けた感じだ。


「……おおっと、いけねぇ!勇者タイム!」


 はーん!忘れてたよん!

 何分くらい気を失ってたんだ?

 アルヴァンの魔法は消えても、俺の制限時間は待ったなしだ。

 俺は慌てて身体を起こして、勇者タイムを確認する。


『58:14』


「あ、あれ……?」

「それは私の分(、、、)だ……」


 暗闇から姿を現したのは、ガイコツ騎士だった。


「よくやってくれたな……」

「ど、どういう意味?」

「私の魂は……アルヴァンによって呪いをかけられていたのだ……この宝物庫を守るように……」

「呪い?」

「この試練を乗り越える者が現れるまで……私の肉体は朽ちても魂はこの遺跡に縛られたままだった……もう何百年もの間……」

「そ、そうだったのか……」

「だが……その永きに渡る呪いは今、解けた……これで往くべきところへ……妻と娘のもとへ往ける……」


 話している途中から、低くしわがれた声が優しい声になる。

 頭蓋骨の顔には徐々に輪郭が見え始めて、やがてヒゲをたくわえた凛々しい壮年の男性の顔になる。

 骨の状態では分からなかった、とても優しい、綺麗なグレーの瞳が俺を見つめた。


「異世界の勇者よ……名前を聞かせてくれ……」

「お、俺は……ジン・ケンイチです」

「ジン・ケンイチ……良い名だ。私は『フェリド・ナバレス』」


 そう言って、フェリドさんは俺に手を差し出してきた。

 俺はその手を握る。

 さっきまで骨だったとは思えないほど、その手は力強く、温かかった。


「ケンイチ。見事だった……素晴らしい勇気を見せてくれたな……」

「あ……あなたのアドバイスです。そのおかげで、クリアできたんです……」


 ああ、なんてこった。

 つい二時間ほど前に出会ったばかりの相手だというのに、ずっと前から知っている親戚のおじさんを失うような……そんな寂しさがこみあげてきて、 俺の頬にはなぜか涙が伝っていた。

 だが、悲しい別れではないはず。

 往くべきところへ往く時が来た、というだけで……


「ううっ……!あ、あの世でもお元気で……」

「ん?ハハハ……面白いことを言うな……おお……そろそろ時間のようだ……」


 そう言うと、次第にフェリドさんの身体がうっすらと透けてきて、再びもとのガイコツの姿へと戻っていってしまう。


「最後にこれだけは覚えておいてくれ、ケンイチ……勇者の強さは『心の強さ』……」

「心の、強さ……」

「そうだ……お前が己を信じ、世界と繋がることができれば……魔王(、、)とて恐れるものではない」

「ま、魔王?」

「ああ……」


 声がか細くなる。

 もう、お別れの時なんだろう。


「フェリドさん……」

「フフ……忌々しい呪いだったが……永い時を待った甲斐はあったな……」

「え?」

「私が最後に出会った男は最高の勇者だった……ありがとう……」


 その言葉を最後に、ふっと力が抜けたように、目の前の骨はバラバラと音を立てて地面に崩れた。

 残骸はすぐに塵になり、やがて洞窟の中に吹き抜けてきた風が、それをさらっていってしまう。

 俺はその様子を見つめながら、気がつくと合掌していた。

 隣に立つメイヘレンも、瞑目しながら胸の前で手を組み、哀悼の意を表している。


「往っちまった……家族のところへ」

「……戦士の躯は風と共に去りぬ、か……彼はさぞ、名のある騎士だったのだろう……」

「ああ……でも、こんな俺が『最高の勇者』だってさ。褒めすぎだよな?」

「いや。私はそうは思わないよ」


 メイヘレンの瞳が、まっすぐ俺を見つめる。

 赤銅色のその美しい切れ長の瞳は、熱っぽく潤んでいるようだった。


「私はそうは思わない……」


 彼女はもう一度言った。


 おいおい、なんだよ、今日は……


 感激やら感動やら、ワケの分からない感情で涙腺が緩みっぱなしになっちまう。

 思わずこみあげてきたものを見られないように、顔をごしごしと袖で拭ってから、俺は照れ隠しに、手にしていた秘薬の瓶をわざとずい、とメイヘレンに押しつける。

 彼女はそれを受け取って、大事そうに胸に抱いた。





 フェルミナのもとへ向かったメイヘレンと別れて、俺は一人で清風荘へ戻った。

 本当は最後まで結果を見届けたほうがいいんだろうが、プルミエルのことも心配だったし、たとえメイヘレンについていったところで、もう俺に出来ることもないだろう。

 実際のところ、かなり疲れてもいる。

 もう足がパンパンで膝が笑っちまっていた。

 よろけながら、なんとか階段を上って清風荘のドアを開ける。


「おかえり」


 そこには、リビングに腕を組んで仁王立ちのプルミエルがいた。


「……」


 俺はそれを見なかったことにして、扉を閉める。


 う、お、お、お、お……!

 こ、怖ぇ……何ださっきの目……


 いや、そりゃあ怒るのも分かるけどさ……

 だが、俺は人助けをしてたわけだし、別に負い目に感じることは無いぞ。

 フェリドさんだって無事に成仏してもらったし、メイヘレンの為に秘薬だって手に入れたんだし、むしろ褒めちぎってもらっても良いくらいじゃないか?

 そうさ。

 俺は何も悪いことはしてないぞ!

 意を決して、再び扉を開けた。


「おかえり」


 さっきの姿勢から微動だにしない彼女がいた。


 ヒィ―ッ!!

 や、やめろッ!

 見ないでくれッ!


 俺はしろと言われたら躊躇なく土下座をしてしまいかねない。

 とりあえず、刺激しないように……


「お、怒ってらっしゃる……?」

「別に」


 嘘だぁ、絶対怒ってるゥ!


「どこ行ってたの」

「ううっ……こ、この山の中腹にあります、アルヴァンの遺跡へ……」

「何しに」

「うううっ……その、万病に効くという霊薬を取りに……」

「霊薬」

「ううううっ……メ、メイヘレンの妹が病気で……その為に……」

「ほぉ」

「プ、プルミエルさん、お加減はいかがでしょうか……?」

「普通」

「あ、あはは……それはよござんした……我々が留守の間は何かございませんでしたか……?」

「……オシリペロロンチーノ……」

「は?」

「何でもない……メイヘレンは?とりあえずグーパンチで許してやるわ」

「あー……待ってくれ、今夜はそっとしておいてやってくれよ」

「ん?」

「大事な夜なんだ。二人にとって……」

「……」


 プルミエルは舌打ちを洩らしはしたが、固く握った拳を緩めてくれた。


「もう!ケンイチ、部屋に来なさい。ことの次第を詳しく教えなさいよ」

「へいへい」


 俺は結局一睡もせずに、詳しい経緯をプルミエルに語って聞かせることになった。



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