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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「哀・姉妹」篇
38/109

アルヴァンの宝物庫


 空が厚い雲に覆われているせいで、地上には月の光も星の光も届かない。

 ほぼ真っ暗な闇の中を、ランプを掲げたメイヘレンが先頭に立って歩き、俺はその光を頼りに彼女の後を歩いていた。


 夜の山は恐ろしい。

 高地のためか背の高い木は生えていないが、物言わぬ剥き出しの岩の群れは墓地を連想させる。

 おまけにこの暗さだ。

 腿の筋肉にかかる負荷のおかげで、今、自分は山を登っているんだなということが分かる程度で、前後左右に関してはイマイチはっきりしない。

 足元も見えないので、何度も岩に足を引っ掛けて、その都度、盛大に頭を岩に打ちつけたりもした。

 俺はじれったくなって、メイヘレンに声をかける。


「……なぁ、どこまで登るんだ?」

「すぐそこさ」

「術戦車は使わないのか?」

「この暗闇の中を飛べというのかい?」

「もう足がパンパンだ……」

「我慢しろ」


 どうやら俺の弱音に付き合ってくれるつもりは無いようだ。

 彼女も必死なんだろう。

 たった一人の妹の命がかかっているなら、それも当然だ。

 俺はその気持ちを尊重して、黙っておくことにした。

 そうして二人とも押し黙ったまま山を登り続けること、三十分余り。


『12:41』


(ううむ……)


 俺は勇者タイムを確認して心の中で唸る。

 この気まずい空気の中で、「ねぇ、勇者タイム稼がせてくれない?」と言うのもちょっとした勇気のいる作業だ。

 それでも何も言わなければ俺はあと12分で死んでしまうので、意を決して口を開く。


「なぁ……」

「着いたぞ、ケンイチ」


 メイヘレンが振り返った。

 と、ここでまるでタイミングを合わせたかのように空から雲がひいて、月光が山肌を照らした。


「ワーオ……」


 俺は思わず息を呑む。

 その高さ、約3mほど。

 表面に細かい彫刻の施された、豪奢な造りの巨大な石扉が、山肌に直接据え付けられていたのだ。

 その前で、両手を広げてメイヘレンが言う。


「この中が『アルヴァンの宝物庫』だ」


 ということは、山をくりぬいてこの宝物庫を造ったということになる。

 あの尖塔といい、アルヴァンというヤツはかなりスケールのデカい魔術師だったようだ。


「お……?」


 と、ここで俺は、扉の前に座り込んでいる人影を見つけた。

 近寄ってみる。


「おおっ……」


 俺はもう一度呻いた。

 姿勢正しく扉にもたれかかっていたのは、白骨だったからだ。

 だが、自分でも不思議なことに、それを見ても気味悪さや恐怖は全く感じなかった。

 冴え冴えとした青白い月光の下、鎖を編んだ頭巾を被り、死してもなお剣を両手に抱いて屈みこんでいるその姿は、美しくさえ見えた。

 戦いの中で息絶えたのだろうか?

 多分、名のある騎士か何かだったに違いない。

 戦士の魂に安らぎあれ。

 あまりにも綺麗なその死に様に俺は胸打たれて、思わず手を合わせようとした時だった。

 恐るべきことが起こった。

 頭蓋骨がくいっと動いて、こちらを向いたのだ!


「おや……」

「ヒィッ!!」

「また来たのか、女……」

「今回は不死身の男だ。異世界から召喚されし勇者……」

「ほう……?」

「しゃ、しゃべってるゥ!!ガイコツがしゃべってるゥ!!!」


 なんと、そいつはしゃべっただけでなく、ヨッコイセと立ち上がって、剣を握り締めたままこちらに歩いてくる!

 ヒィッ!迷わず成仏するべき!

 失禁寸前の俺の耳元で、メイヘレンが囁く。


「怯えるな、ケンイチ。彼はこの宝物庫の番人だ」

「ば、番人……?」

「フム……随分と変わった格好だ……」


 頭蓋骨が動いて、俺をじろじろと眺める。ような動きをする。

 目の玉の入っていたであろう部分はすでに単なる穴になってしまっているのに、どこで俺を見ているのだろう?

 そういや喉も無い。

 この低いシワ枯れ声はどこから?


「両手を上げろ」


 と、唐突にガイコツが言う。


「はい?」

「両手を上げろ」


 なんだよ急にと思いながらも、俺は恐る恐る、言われた通りにバンザイをした。


「……こう?」

「せっ!」

「うお!」


 なんと!

 いきなり剣を抜き、ガイコツが俺の身体を横一文字に薙ぎ払った!

 だが当然、不死身の俺の身体。

 ガキン!と鈍い音が鳴って、俺の腹はその凄絶な一太刀をはね返した。


「な、何すんだよ!あ、あ、あぶねぇなぁ!」

「フーム……」


 ガイコツはぐにゃりと曲がった自分の剣を見て、溜息を洩らした。


「なるほど……汝、相応しき者なり!」


 彼が顎の骨をばかっと開いて天に叫ぶと、目の前の石扉がゴ、ゴ、ゴと音を立ててゆっくりと開いていった。


「ワーオ……」

「さぁ、中へ……道案内をしよう……」

「行くぞ!ケンイチ!」

「ま、待て待て、待ってくれ」


 俺は待ちきれないといった様子で駆けだすメイヘレンの肩を掴んで、引き戻す。

 彼女はうんざりした表情でこちらを睨みつけてきた。


「何だ!?」

「スマン。だが、勇者タイムを稼がせてくれ。残りは五分を切ってるんだ」

「ああ……」


 メイヘレンは無造作に胸のボタンを三つほど開ける。

 豊かな谷間が露わになって、思春期の俺の目は釘付けだ。


「留めてくれ」

「あ、ああ……」


 俺はうっかりそこに触れないように、震える指でボタンを留めていく。

 今、少しでも勇者タイムにペナルティを受ければ即死だ。


「……っと、で、できた」

「ありがとう」


 勇者タイムは……『59:52』。

 よしよし、また生き延びたぞ。


「では、行くぞ」

「ああ」


 準備ができたところで俺とメイヘレンは、ぽっかりと口を開けている闇の中へ進んで行った。





 内部は当然真っ暗だった。

 メイヘレンがもう一度ランプに火を入れ、長い通路を照らす。

 空気がジメジメしていて、足場も少しぬかるんでいる。

 壁にはびっしりとコケが生えていて、この場所が随分長いこと侵入者を許していないことを物語っていた。

 映画なんかに出てくるアレ、まさに秘境の洞窟だ。

 豪奢だったパルミネの尖塔に比べると、いかにも何かがここに隠されていると言わんばかりの雰囲気。


「アルヴァンは道楽好きでな……」


 前を歩くガイコツ騎士が話し始めた。


「何かにつけて他人に試練を与えたがる。結果が気に入らなければ相手を存在ごと消す。奴にとって、他人の命はゲームの駒にすぎん……」

「……ともかく、ひどい野郎だっていうのはわかるな」

「ここにも試練が?」


 メイヘレンが落ち着かない様子で尋ねる。


「無論。お前にもかつて話しただろう……命がけになる……」

「私の命など、どうでもいい。霊薬さえ手に入ればな」

「確かに、そう言う人間から死ぬ……」

「ちっ」


 メイヘレンは舌打ちを洩らす。

 だが、それと同時に踏み出した足が、カチッと音を鳴らしたのを、俺の耳が捉えた。


 こいつは聞いたことがあるぞ……


 うお、超イヤな予感!

 すると、ガタン!と天井から、何かが開くような音がした。


「ふ、伏せろっ!!」


 俺は反射的に動いてメイヘレンを押し倒し、その上に覆いかぶさった。

 次の瞬間。

 ザアッと俺達の上に、雨のように矢が降り注いだ!


「うおおおおおっ……」


 背中に次々と矢が当たり、折れていく。

 普通ならば全身を刺し貫かれて、ヤマアラシのような姿になって即死だろうが、背中にはシャワーを浴びている程度の感触しかない。

 ああ、不死身でよかったと思いつつ、不死身ではないメイヘレンに一本もそれが刺さらないように、俺は力強く彼女の身体を抱き締め続けた。

 やがて、ひとしきり矢が地面を覆い尽くした頃、最後の一本がカランと落ちた音が聞こえて、俺はゆっくりと顔を上げる。

 ほっ、どうやら終わったようだ。


「君は……」


 胸の中から声が聞こえて、俺はハッとして身体を離した。

 よかった。メイヘレンには一本も矢は刺さっていない。

 だが、彼女は仰向けになったままで、俺を見つめて悲しげに微笑んだ。


「君は……こんな時でも人の命を救うんだな……」

「……そこが勇者のツラいところなんだ」

「ふ……馬鹿なことをしたな。私が死ねば、この懐から解毒剤を抜き取るだけでよかったのに」

「いらないよ」


 俺は立ち上がってズボンの汚れを払ってから、メイヘレンも立たせた。


「プルミエルに盛ったのは毒じゃないんだろ」

「……!」

「睡眠薬か?」

「……気付いて……いたのか……」

「最初は驚いたけどな」


 俺達は知り合ってから一年どころか、一週間も一緒にいない。

 互いを完全に知り尽くすことなんか、勿論できるはずもない。

 いいや、多分、知らないことのほうがまだ多いだろう。

 それでも――

 それでも俺には、メイヘレンが毒を盛って他人を陥れるような、そんなことをする女性だとは思えなかった。

 プルミエルもきっとそうだったんだと思う。

 彼女は倒れる前に、『おぼえてなさいよ』と言ったから。

 毒を盛られたなんてことは考えもしなかったんだろう。


「あんた、実は優しい人さ」

「何を……馬鹿な」

「フェルミナが言ってたよ。『お姉さまは優しくて、強い鳥だ』ってさ……」

「……あの子はいつもそう言ってくれる……」


 メイヘレンは瞳を伏せた。

 そして、胸の奥から絞り出すような声で語り始める。


「……あの子の為にメイベル・ルイーズで世界中を回り、治療方法を探した。医学書も山ほど読んだよ。様々な文献を漁り、様々な人間に尋ねて回った。その中に、アルヴァンの秘薬の噂があった」


「そこからは死に物狂いだった。必死にその手掛かりを探して、ようやくこの場所を突き止めたんだ。すぐに治療に取り掛かれるように、フェルミナもここへ移した。ここは予想以上に良い土地だったよ。大気には精霊の力が満ちているし、空気も澄んでいる。そうして、準備万端整えた私は、この遺跡の発掘にとりかかろうとした」


「しかし、あの門番は『相応しき者がいなければ扉は開かれない』の一点張りだ。確かに彼の言うとおりだった。魔法で吹き飛ばそうとしても、力尽くでこじ開けようとしても、扉はびくともしなかった」


「落胆する私に、門番はヒントを与えてくれた。つまり……」


 メイヘレンが俺を見る。


「不死身の身体……」

「そうだ。だから君が私の前に現れたときは……運命を感じた」

「……」


 この女性は……

 その余裕ぶった態度と美しい仮面の下になんて多くのものを抱えていたんだろう。

 深い悲しみと重い葛藤、そして激しい情熱とすがるような期待。

 それらを隠しながら、俺達に接していたわけだ。

 その思いは到底、他人に理解できるものではないだろう。

 俺は彼女にかけるべき言葉が思いつかず、立ち尽くすだけだった。

 メイヘレンはそんな俺の前に立って、顔を上げる。

 その瞳からは涙が溢れていた。


「……今日、医者に言われたんだ。妹はもう……長くない。あと、三ヶ月ももつかどうか……」

「そんな……!?」

「もう時間が無かった……だから……」

「そう……だったのか……」

「それなのにあの子は……私に心配させまいと、顔色を誤魔化すために薄く化粧までして……」


 ここまで語って、メイヘレンは両手で顔を覆ってしまった。

 細い肩が震え、手の隙間からは嗚咽が漏れだす。


「あんなに良い子がどうしてっ……!」


 俺は……何も言わなかった。

 この期に及んで、励ましや気休めの言葉が何の役に立つだろう?

 今の俺に出来ることは……やるべきことは一つだけだ。


 霊薬を手に入れる。

 フェルミナの命を救う。

 メイヘレンの心を救う。


 俺は静かに決意を固めた。


「やれやれ、泣ける話だ……」


 と、ガイコツ騎士がぬっと影から姿を現す。

 おっと、そういや忘れてた。

 彼は身体に引っかかっている矢を細い指(当り前だが)で取り除きながら、俺達の前に立った。


「だが、美談には悲しい結末がつきものだ……昔からな……」

「いや、そうはならない」

「……」

「いいから早く先に案内してくれよ」

「無論だ……」


 そう言って歩き出しかけたガイコツ騎士が、こちらを振り向いた。


「フーム……」

「ん?何だ?」

「こんなことを言うのは尚早だが……」


 彼の頭蓋骨が何かに感心したように縦に揺れる。


「何か大事を為す男というのは……得てして皆、今のお前のような顔をしている」



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