登場!SYS団
丘の上の孤児院がどんどん小さくなっていく。
(さらばだ、みんな。シスターと仲良くな……)
俺は万感の思いでそれを見つめながら、宙吊りになっていた。
そう、いつものアレだ。宙吊りアクロバット飛行。
今はやや速度を緩めにして、上昇している最中だった。
これから、術戦車『ブオナパルト』は猛スピードで空を疾走することになる。
さながら戦闘機並みのスピードで。
しかし、この緊張感はどうだ?
ジェットコースターの最初にガタンガタンと音を立てながら、頂点までゆっくりと昇っていく時のそれに似ている。
うう、久しぶりだから怖い!
「あはははは、勇者らしからぬ格好だな、ケンイチ」
高笑いとともに、美しい流線形をした、銀色のジェットスキーが浮上してくる。
メイヘレンの術戦車、『テトラクテュス』だ。(何という言い辛さ!)
燃え盛る炎を纏ったプルミエルの術戦車とは対照的に、それは青白い冷気を纏って宙に浮かんでいる。
「お気に召して光栄だ。これからもっとウケることになるぜ」
俺は精一杯の強がりを言う。
「楽しみだな。では、先に行くよ」
メイヘレンがハンドルを捻ると、何も無い空間に突然、水しぶきが上がった。
それはキラキラと太陽の光の中で煌めきながら霧散し、虹を作る。
「すっげぇ……!」
思わず感嘆の声を上げる俺をよそに、テトラクテュスは凄まじいスピードで空を疾走して行った。
その後ろ姿を眺めていると、前方でドン!という爆発音とブルルン!という排気音が上がる。
おっと、来るぞ!
そして、ぐん!と手錠が引っ張られる。
来た……!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
この、肉体と魂を分離させるかのような風圧!
耳にはシュゴオオッ!という風を切る音しか聞こえない。
「うひああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああおおおおおああっ!!」
景色が後ろへすっ飛んでいく。
叩きつける風に為す術も無く、俺は身体をちんと伸ばして、なるだけ風の抵抗を受けないようにしていることしかできなかった。
「ごぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁあぁぁぁおおおおおっ!!」
プルミエル……君も俺の悲鳴を後ろに聞きながら、心の中で涙を流しているんだろう?
(そうだ、そうにちがいない……)
俺が目の前の過酷な現実から、甘い妄想に逃げ込もうとした時だった。
鼓膜に叩きつけられる風の音の中に、ギリギリ……という何かが軋むような音が混じっているのに気づいた。
何だろう?
すごく嫌な予感がする……
次の瞬間。
バツンッ!!
俺は突然、奇妙な解放感と手首の自由を感じた。
な、な、何だ!?
何が起きたんだ!!
顔を上げて見る。
俺の眼は、恐ろしい事実を捉えた。
「ヒィィィィィッ!!鎖が切れたああああああぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
俺は彗星のごとき速度で、眼下の樹海へと墜落して行った。
「どわっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」
葉を散らし、枝をへし折り、細木をなぎ倒す。
慣性の定める法則が、俺を森の破壊者、生ける弾丸へと変化させていた。
「ぶどわぅ!げぶふわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
俺の体はなかなか止まらない。
こうなると、術戦車がどれほどのスピードで空を飛んでいたかが分かろうというものだ。
「ごわっ………ぬおおおおおおっ………ぶふぉあ!!」
ゴムまりのように地面を三回バウンドして、落葉と黒土を巻き上げながら、最後にひときわ大きく跳ね上がったあとで地面に叩きつけられ、ようやくそこで止まった。
「……」
風のせいで目に涙が溜まって、視界がぼやけている。
不死身とはいえ、あまりにも衝撃的な体験だったので、全身が震えている。
俺はしばらくの間、身体を動かす気力も失せ果てて、そのまま仰向けになって空を見ていた。
ああ……なんて青さだ……
やがて体の強張りが薄らいできたので、俺は立ち上がる。
おっと、まだ膝が笑ってらぁ。
周囲は密林のように、鬱蒼と背の高い木々が生い茂っていた。
そういや、初めてこの世界に来た時も密林の中だったな。
よくよく森の中で迷子になる宿命らしい。
「困ったな……」
天に向かって溜息をつく。
だが、こうなった以上はプルミエル達が俺を見つけてくれるのを待つしかない。
あまり動き回るのも得策と思えなかったので、俺はとりあえず近くにあった切り株に腰を下ろした。
そして、視線を前に向けると……そいつらがいた。
「海が見たいのかね、君?」
俺は言葉を失って、呆然とそいつらを見つめる。
一人はムキムキの中年男だった。
黒髪をオールバックにぴったりと撫でつけ、顎の下にはちょび髭。
プラモデルのように引き締まった筋肉質の体。
異常なのは、それをまざまざと見せつけるかのように、黒のブーメランパンツと黒ソックスだけしか身につけていないことだ。
全身がテラテラと光り輝いていて、大変気持ちワルイ。
もう一人は眼鏡をかけたミイラのような、七三分けの痩せ男だった。
ズボンの中にきっちりとシャツの裾をしまいこんでいて、その袖口から覗く腕は哀れなほど細い。
隣のムキムキマンに比べると、到底同じ生物とは思われなかった。
一番おっかないのは、どこを見ているか分からないような、妙に据わった目だ。
もう一人……と言っていいのかどうかは分からないが、そいつらの隣には変な生き物がいた。
目も鼻も口も無いオバQ、とでもいえば早いだろうか?
真っ白な物体が、こんもりとそこにある、といった感じ。
端的に言うと、自立している抱き枕のような……
「な、何者だ……」
俺の質問を待ってましたとばかりに、中年男の目が鋭く光る。
「問うならば答えよう!ハッ!」
ムキムキとガリガリが、信じられないほど高く跳躍する。
「私は『ロレンス』!愛と美の伝道師!」
シャキーーーーン!(効果音)
「マイ・ネーム・イズ・『ジーザス』!永遠のタフボーイ!」
シャキキーーーーーーン!!(効果音)
「「そしてこいつの名は『ダビドフ』!謎の生命体!!」」
シャッキィーーーーーーーーーーーーン!!!(効果音)
「そして誰が呼んだかこの私!」
突然、頭上から声が響いたかと思うと、木の葉をまき散らしながら、一人の女の子が飛び降りてきた。
「容姿端麗、スポーツ万能、学業優秀!天下御免の最・強・美・少・女!」
身体の回転に合わせて、クルクルとスピンする銀髪のツインテールとチェックのプリーツスカート。
「『シルク・撫子』!!」
スババババーーーーーーーーーーーーーン!!!!(効果音)
全員が、動かないダビドフを中心に据えて、決めポーズを炸裂させた。
「「「我々は『世界を愉快にするシルク撫子、の、団』ッ!!」」」
……
…………
………………
重苦しい沈黙が、場を支配する。
その場にいた全員が、身動き一つしない。
俺はいたたまれなくなって、思わず両手で顔を覆ってしまった。
(な、なんてことだ……イタすぎるっ……)
とんでもないモノに出会ってしまった!
「ふ……あまりの美しさに直視できない、か……」
ロレンスが呟く。
そのポジティブさがなんかムカツク!
「この少年、見どころあり!」
「僕も感じますゾ、そのスメル……」
「多数決を採りましょう!」
「私はイエスだ。彼には可能性を感じる。ぜひ、乳首を見たい」
「僕もイエスですナ。異世界風のコスプレイヤー……」
「……」
「ダビドフもイエスね?おめでとう!満場一致で合格よ!」
「ま、待て待て待てッ!!何の話だ!?」
俺は慌てて叫ぶ。
すると、息がかかりそうなほど近くにシルク・撫子の顔があった。
「どわぁ!」
「良いリアクションね。期待通りよ。+5点」
「あ、あんたらは一体……」
「呑み込みが悪い!-5点よ!」
「……だが、問うならば答えねばなるまい。私は……!」
「待て、それはさっきも聞いた」
俺は慌ててロレンス氏を制止する。
あんなモノを何度も見せられると、間違いなく精神を病む。
「で、君は入団希望者ね?そうなのね?」
「はぁん!?」
「クックック……恥ずかしがりボーイ……興味深いですナ」
「いいから、ちょっと待てィ!」
何だコイツラ?
異次元人?
同じ言葉を喋ってるはずなのに、まるで会話が噛み合っていないぞ!
頭が痛くなってきた……
「話を整理させてくれ……君達は……」
「「「S・Y・S・団!!」」」
「オーケィ、SYS団だな。で、俺は……」
「名乗るがいいわっ!」
「……俺はジン・ケンイチ。君達は……」
「「「S・Y・S・団!!」」」
「人の話を聞けッ!!」
「慌てるな、ケンイチ君……」
ロレンスがトラウマになりそうなほど艶めかしい腰の動きで、クネクネとこちらに近づいてきた。
「見たまえ……この、大胸筋から、腹筋にかけてのラインを……」
「……?」
「ハゥッ、たまらなくセクシー」
「……スイマセン、あなたの言っていることがさっぱりワカリマセン……」
「分かったわ、団長である私が話しましょう」
シルク・撫子がずいっと、前に出る。
自分で言うだけあって、確かに美少女だ。
ああ、これで言動がマトモだったら恋に落ちてたかもしれないのに。
「話を整理するとこうよ。今の世界は閉塞感に満ちているわ。悠久の平和がもたらしたのは気怠いまどろみだけ……」
「はぁ」
「そこで、私は一念発起したのよ!愉快なパーティとともにセカイをユカイに!……というわけで団員募集中なのよ」
「へぇ」
「一般人には興味ないわ!ガチホモ、オタク、謎の生命体、異世界人は私の所へ来なさい!」
一個だけ当てはまっているのが悲しい。
「以上よ。質問は?」
山ほどある。
「具体的には何を……」
「面白いことよ」
アバウトすぎる……!
「その生き物は……」
「ダビドフ。謎の生命体。特技は光合成よっ」
「こ、光合成だと……?」
「そして夜は月の光を浴びると、ドジっ子属性を完備した美少女メイドになるの」
「な、何っ!!」
それは聞き捨てならない!
このかまぼこみたいな生き物が?
俺は妙にそわそわした気分になった。
「ケンイチ氏……気持ちは分かりますゾ。僕も太陽が憎いッ!あの輝きッ!ああ、ずっと夜だったらよかったのに!ハァハァ、ダビたん萌えェ~ッ」
鼻息を荒げたジーザスは、舌をレロレロと細かく動かしながら身悶え始める。
こいつも大変気持ちワルイ。
だが、夜のダビドフはマジで見たい!
「全く理解しがたいね。あんな小娘のどこがイイのか……人体の美とは、この生命の躍動感溢れる筋肉にあるッ!ケンイチ君、乳首を見せてみたまえッ!」
「違うッ!つるぺた、ぬくぬくこそが世紀末の覇者ッ!!そう、覇者ッ!」
「とまぁ、こういったメンバーで面白おかしくやるワケよ。さぁッ、ついてらっしゃい!」
「い、イヤだッ!どうしてもと言うならダビドフだけ置いていってくれ!」
「ナヌ!?ダビたんは渡さないゾッ!」
「君っ!乳首を見せたまえ、さぁ!」
「今なら入団者特典で新曲『グッバイ流れ星』の生歌をプレゼントよ!」
『グッバイ流れ星』 作詞・作曲 シルク・撫子
隣のアンジーが言うことには 昨日のディナーは最低だったと
何がいけないって? そんなことをきくつもり?
オマセなボウヤに教えてあげる (アットホーム)
今日の夜には教えてあげる (サンダードーム)
※エライことになってる
本当にトンでもないことになってるわ
まるで素敵なカーニヴァルね
飛び散る汗と涙が流れ星
グッバイ 流れ星
※くりかえし
「だ、誰か助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺が天に向かって叫ぶと、ブルルルン!という聞き慣れた爆音が聞こえてきた!
やった!
助かった!
「やや!妖しき気配!即退散が吉と見ましたゾ!」
「ちっ……!」
「しょうがないわ。ひとまず撤収ね。ケンイチ君、今度は履歴書を書いておくのよ!チャオ!」
俺の鼻をつんと小突いてウインクしたシルク・撫子は、ダビドフを小脇に抱えて、凄まじい速さで森の奥に消えていった。
その後を二人の変態が追っていく。
そして、先程までのカオスが嘘のような静寂が訪れた。
「……」
呆然とする俺の前に、落葉を巻き上げながら、ブオナパルトがゆっくりと着陸した。
「いたいた」
「ううっ……会いたかったぜ、プルミエル!」
「はぁ?頭でも打ったの?」
「いいや……身体は無事だが……」
「?」
「ひどい大怪我をした気分なんだ……」
で、結局なんだったんだ、あいつらは。
大きな謎だけが残った……