勇者の証明
目が眩むほどの閃光!
脳髄が揺すぶられるほどの轟音!
それは俺の脳裏に世界的な核戦争を想起させるほどのインパクトを持っていた。
「……っおお……!」
俺は激しい眩暈を感じて、壁に手をつく。
不死身とはいえ、こいつはキツイ。
だが、意識はすぐに現実世界に引き戻された。
強力な魔法の反動だろう。
美女二人が宙に吹き飛ばされている!
それを見ては、おちおち意識朦朧とはしていられない。
「おあ、ヤバいッ……!」
この吹き抜けは四階分の高さがある。
下まで落ちたら、もちろん無事では済まないだろう。
「うおおおっ……!」
俺は彼女達を追って、慌てて宙へ身を躍らせた。
「プルミエルッ!メイヘレンッ!」
名前を叫ぶと、二人ともこちらに気がついた。
「ケンイチ?」
「手を伸ばせっ!」
俺は宙を泳ぐように、バタバタ手を動かしながら二人に近づいていった。
二人も、こちらに手を伸ばす。
俺は目一杯、手を伸ばして……伸ばして……
……届いた!
「うおおおおっ!!」
固そうな床はもう間近に迫っている。
俺は空中で急いで二人を引き寄せて、身体を入れ替えた。
背中を丸めて、胸に抱いた二人にはできるだけ衝撃が少ないようにする。
そして、着陸。
というか、墜落。
ズドン!という衝突音が、尖塔の吹き抜けに大きく響いた。
「ぐへぇ!」
背骨を圧迫されて、肺の空気が押し出される。
それで思わず情けない声が出てしまった。
だが、両手に花は悪くない気分だ。
あ……いい匂い……っと、それどころじゃねぇ。
「無事か、二人とも」
「っ……無事よ。すっげぇ疲れてるけど」
「右に同じく」
俺はほっとした。
「間に合ってよかった……」
「ああ、助かったよ。で、いつまで私達を抱きしめているつもりかな?」
「さっさと離しなさいよー、エロスボーイ。死ぬわよ」
「ええっ!?」
おおっと!これも不純なボディタッチ?
勇者タイムは……
『45:12,11,10,09……』
うおお……凄まじいスピードで減っていく!
俺は慌てて手を離し、米軍特殊部隊のように素早くゴロゴロと転がって二人と距離をとった。
「ううっ、俺、人命救助したのに!」
「邪念が発生した時点でアウトよ。どーせ『ワォ、両手に花だぜイェーイ』とでも思ってたんでしょ」
「うううっ!」
あながち間違ってないところが悔しい!
っと、何か忘れてるような……
「そうだ!あの鉄人はどうなった?」
「さーね、あれで吹っ飛んでなかったら打つ手無しだわ」
おっ、だがその顔は自信ありと見た!
上からシスター・メアリの声が降ってくる。
「三人とも無事ですか~っ」
「大丈夫っス!」
俺は上に向かって叫ぶ。
「マシーンはどうなりました?」
「木端微塵、粉々ですよ~」
「うむ、初めてにしては上々だったな」
「そうね。もうしばらくはやりたくないけど」
「私だってそうさ」
互いに憎まれ口を叩くが、うっすらと微笑んでいるところを見るとまんざらでもないようだ。
素直じゃないぜ、二人とも。
俺は微笑ましくその様子を見ていたが、周囲では別の問題が発生していた。
つまり、野次馬だ。
「おい、さっきの爆発、何だったんだ?」
「上で何があったの?」
気がつくと俺達は観光客に取り囲まれて、怪訝な、そして好奇心に満ちた視線を送られていた。
「あの子、上から落ちてきて無事だったわよ……」
「うほっ、あの子、可愛い」
「あっちの女のほうがソソるぜ、へへ……」
こらこらっ、変な声も混じってるぞ!
しかし、ともかく長居は無用っぽいな。
目的は果たしたんだし、これ以上の厄介事はご免だ。
「プルミエル、どうしよう?」
「早く出ましょ。メイヘレン、適当な言い訳考えて」
「おいおい、面倒事を押し付けるなよ」
言いながらも、メイヘレンは両手をあげて注目を集めた。
「皆様方、今の爆発は老朽化するこの塔の修繕作業の一環です。火薬を使って、古い大理石を剥がしていたんです。したがって、何の心配もありませんよ。引き続き観光をお楽しみください」
「しかし、何で落ちてきたんだ?」
「足を踏み外したんですよ。三人そろって」
な、なんて言い訳だッ!
超強引!
しかし、全員がフンフンと頷いて聞いている。
おいおい、この世界の人々、超素直じゃん!
「それなら合点がいくな……」
「よかったわ。私、てっきり魔法戦争でも始まったのかと……」
「ははははは、そんなバカな」
そこかしこで安堵のため息が漏れる。
メイヘレンは自慢げにこっちにウインクをして、親指を立てた。
だが、言っとくけど、あまり上手い言い訳じゃなかったぞ。
俺達はそそくさと魔法塔を後にした。
もうあんな物騒な建物はまっぴらだ。
不死身でなかったら、と思うだけでぞっとする。
「本当にありがとうございました~。ほらほら、ロビンもニナシスもお姉さんとお兄さんにありがとうを言わないと駄目ですよ~」
「あ、ありがとう」
「ありがとー」
シスターが深々と頭を下げる。
続いて二人の子供が照れくさそうに、そしてどこかばつが悪そうにもじもじしながら俺達に礼を言った。
「どういたしまして。もうシスターを困らせちゃダメよ」
プルミエルが二人の頭をワシワシと撫でながら念を押す。
うーむ、その優しさの半分ほどを俺にも分けてくれないだろうか。
ふわぁふわぁふわぁふわぁ~ん(妄想の音)
『ケンイチ、女の子の体に触れられないなんて可哀想……』
『しかたないさ。これも勇者として召喚された者の悲しい運命……』
『ああっ、何という残酷な勇気なの!そして美しすぎる決意……せめて私から熱いキスを……』
『オーゥ、モン・シェリ……ジュテーム』
ふふ……『夢のまた夢』とはこのことだ。
考えるだけ空しくなるから、この辺でやめとこう。
と、ここで俺はクイクイとブレザーの裾を引っ張られるのを感じた。
「?」
振り返ると、あの女の子、ニナシスだった。
少女は純真無垢な光を放つ、そのあどけない瞳で俺をじっと見上げている。
ううっ、やめろぉ、その光は俺には強すぎる……!
つい今しがたの不純な妄想を見透かされてるようで、俺は狼狽した。
「二、ニナシスちゃん……だよね?な、な、何だい?」
「おにーちゃん、ゆうしゃなの?」
「おっと、いきなり核心をついてきたな」
「かくしん?」
「いや、なんでもない。うん、そうだよ、お兄ちゃんは勇者なんだ」
うう、相変わらず自分で言うと痛々しいこと、この上ない。
だが、事実だ。
「別の世界から来た勇者なんだ。すごいだろ」
「すごい!」
「ううっ……泣けてくるほど素直でイイ子だね。飴ちゃんをあげよう」
「わーい!」
「ニナシス、簡単に信じるなよなー」
振り向くと、少年がむくれっ面でこっちを睨んでいた。
「ロビンにいちゃん……」
「勇者なんているわけないだろっ」
「うう……でも……」
ニナシスが何かを訴える目でこちらを見つめてくる。
勿論、何を言わんとしているかは分かっている。
俺は意地でもサンタの存在を子供に信じさせる父親の気持ちになった。
「ロビン。信じられないのも無理はないだろう。だが、勇者はいるんだ」
「お前がそうだっていうのかっ」
「そうだよ」
「証拠を見せろっ」
「うーん、困っちゃったな……」
ロビンは難しい年頃の子供にありがちな、大人への不信感をむき出しにしてくる。
ニナシスのほうを見ると、彼女はまだ懇願するような眼差しをこちらに向けていた。
その一切の疑念の無い、無垢な瞳の輝きといったらどうだ。
さながら殉教者のようだ。
ありがとうニナシス、その期待には応えたいぜ。
俺は周囲を見回す。
何か使えるものはないか?
その時、話しこんでいるプルミエル達の向こうの広場で、大道芸人がナイフのジャグリングをしているのが見えた。
おお、そうだ。あれで俺が不死身だということを見せてやろう。
「ちょっと待ってろよ」
そう言って、通りへ出た途端――
「うおおっ!危ねぇっ!」
「へ?」
叫び声に、振り返る。
馬車だった。
勢いよく飛び出してきたそれに、俺は為す術も無く轢かれた。
ドン!と吹っ飛ばされ……
馬どもに踏みつけられ……
車輪に引っかかったまま少しの距離を引きずられた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!人よッ!人が轢かれたわッ!!」
広場に響き渡る悲鳴。
「大丈夫かッ!?」
「おい、早く医者を呼んでこいッ!」
「お、お、俺は悪くねぇ!こ、こ、こいつがいきなり飛び出してきたんでさぁ!チクショウ、何でこんなことに……」
平和だった広場が、阿鼻叫喚、混乱の坩堝と化す。
ううっ、そんなつもりじゃなかったのに!
俺は慌てて起き上った。
「皆さん、大丈夫です。慌てないように。俺は無事です。まさに健康な男子そのもの」
「ひっ」
両手を広げて健在ぶりをアピールする俺に、軽く悲鳴が上がった。
「ほ、本当に大丈夫なのか……」
「ピンピンしてますよ。すこぶる快調です」
心配して、というよりも気味悪そうに尋ねてくる御者に、俺は笑顔を見せる。
「ほら、どこも怪我してないでしょ」
「そ、そうか……」
「はい。ご迷惑をおかけしました。では!」
「お、おう……」
呆気にとられている御者と観衆を置き去りにして、俺は小走りで子供たちのところへ戻る。
「見てた?俺の不死身っぷり」
「う、うん……」
「す、すげー……」
二人はちょっと引き気味だが、目の前で人が馬車にはねられたという事がトラウマにならないのを祈るばかりだ。
「本当に勇者だったんだ……」
「そうだよ。だが、よい子は真似しちゃダメだ」
「なーにが、『よい子は真似しちゃダメだ』よっ」
不意に後ろからゲンコツで後頭部を殴られる。
プルミエルだった。
「また目立つことしてっ、このとんちんかんっ。じっとしてられないの?」
「ううっ、最初はもっと穏便に済ませるつもりだったんだ。信じてくれ」
「もう」
「まぁ、責めるなよプルミエル。勇者というのは目立ってしまう運命にあるものさ」
珍しくメイヘレンが助け船を出してくれる。
「まったく……ま、いーわ。ああ、あと、今日はシスターの孤児院で一泊することになったから」
「え、そうなの?別に俺はいいけど……」
「さっき二人してでかい魔法を使ったから術戦車を運転するのが面倒なの」
「ああ、なるほどね」
「プリミィちゃんと久しぶりに一緒にお風呂入っちゃいますよ~」
「ふ、風呂……」
俺の脳ミソはシスターの放ったその単語に素早く反応して、再び甘い妄想に取り掛かろうとする。
しかし、ブレザーの裾を掴んだままのニナシスがその作業を喰いとめた。
「うちのおふろ、おっきいよ」
「あ、そうなの?」
「おにーちゃん、ロビンにいちゃんといっしょにはいればいいよ」
何という、あどけない瞳!
「そうだ一緒に入ろう、にいちゃん」
ロビンも乗り気だ。
まぁ、たまにはこういうのも良いかな。
将来の選択肢に『保父』も増えそうだ。