トラップ大佐
「遅い!何してたのよ、もぅ」
「うわぁ!」
四階の鉄の扉を開くと、いきなりそこに立っていたプルミエルの怒声を浴びせられた。
「び、びっくりした……」
「どこで道草食ってたのよー」
「港で助けた爺さんから飴ちゃんを貰ってたんだ。これ。いる?」
「いらない」
「私も遠慮しておこう」
「あ、私は頂きます~……ん、あら、とっても美味しいですね~」
シスター・メアリだけが飴玉を素直に受け取ってくれた。
俺も一粒取って口に放り込んでから、辺りを見回した。
先ほど一階で見た豪壮な大廊下と違って、とにかく暗い。
プルミエルが持っている松明が無ければ、一寸先も見えないだろう。
床はひび割れ、天井には蜘蛛の巣が張り、空気はどんよりと重く、埃臭い。
いかにも前人未踏の遺跡ですよ、といった風情だった。
それでも、所々に見える柱や壁には、様々な幾何学模様の凝った装飾が施されていて、往時の繁栄を未練がましく物語っているようだ。
「……うーう、薄気味悪ぃな」
「はい、じゃあ、これが松明。先に行ってケンイチ」
「え、なんで俺が?」
「何よー、文句あるの」
「実はこの塔、いまだに様々なトラップが生きているかもしれないんですよ~」
「アルヴァンの造った魔獣もいるかもな」
「ま、魔獣?」
そういえば、メイベル・ルイーズ号の上でジャンさんにそんなことを聞いた気もする。
「あなたがこの世界に来て一番最初に見た、あれ、あのオークのような獣人と違って、純粋な狩猟本能と闘争本能しか持ち合わせていない超危険な獣のことよ。アルヴァンは禁断魔法で、自分好みの魔獣を造っていたらしいの」
「ワーオ……」
ろくでもない野郎だぜ、アルヴァン。
会ったことは無いが、友達にはなれないだろう。
「そこで、不死身の勇者の出番ってワケ」
「ううっ!お、俺だって怖いものは怖い」
「ほほう。か弱い女性をあえて前に立たせて、まがりなりにも勇者としての良心は痛まないかね?」
「うううっ!」
「意気地なしー」
「男じゃないな、まったく」
「ケンイチさん、タマナシですか~?」
「はーん!」
女達はここぞとばかりに俺を責め立ててくる。
さりげなくシスターもそれに混じっているのはショックだったが、ここまで言われたらしょうがない。
「分かった、分かったよ!俺についてきやがれ!イエァァァァァァァーッ!!」
俺はプルミエルの手から松明をひったくると、ヤケクソ気味に暗闇へ突進した。
すると、五歩も歩かないうちに、カチっと何かを踏んだ感触があった。
「ああっ!何か踏んだ!いきなり嫌な予感がするぅ!」
もちろん、それは当たった。
間髪入れずに、正面の闇からビュン!と風を切って槍が飛んできたのだ。
「ヒィーッ!」
おまけにこいつが太い!
刺さるというより貫かれるパターンのヤツだ!
だが、俺の後ろには自称ではあるが『か弱い』女性達がいる。
逃げるわけにはいかないから、身体で受け止めるしかない。
「う」
槍の鋭い穂先が身体にめりこんだ。
闇の中に、バキバキバキッ!と鈍い音がこだまする。
だが、もちろん、俺の骨が折れた音ではない。
その豪槍が俺の身体にぶち当たって、粉々に砕け散ったのだ。
不・死・身・万・歳!
長年に渡って放置されていたせいで、槍自体も少し風化しているようだった。
「いきなり見事に引っかかったわねー」
「相変わらず見事な不死身っぷりだな」
「すご~い!すごいですよ~!ケンイチさ~ん」
女性からやんやの喝采を浴びるのはやぶさかではないが、こんな超危険なトラップが仕掛けられている塔に、年端のいかない子供たちが閉じ込められていることを考えると、浮かれてもいられない。
「ヤバい、ここはマジでシャレにならないぞ!急いで子供たちを探そう!」
「あ、そうですよ~、行きましょ~!」
「俺がここを一気に駆け抜けるんで、少し離れてついてきてください。いいッスか?」
「はい~。頼りにしてます~」
「おー、勇者っぷりも板についてきたわね」
「あとで握手会を開くぜ。入場無料さ」
俺は三人に向けて親指を立てて見せる。
全員が同じ仕草で返してきた。
よし。もはや躊躇いは無いぜ。
「行くぜ!うおりゃああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
決然たる覚悟とともに一歩踏み出した途端、足元でカチッと鳴る。
またかYO!
いきなり不穏なスタート!
前方の暗闇から、今度はグレープフルーツ大の鉄球が飛んできた。
そのスピードたるや、バッティングセンターの「超速」並みだ!
「ぶぷふぅぅぅ!」
ズゴン!という壮絶な音を立ててそれが顔面に直撃するが、もちろん平気さ。
衝撃で大きく首がのけぞったが、大したことは無い。
「くそ、まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
怯むことなく、俺は闇の中をひた走る。
しかし、よほど運が悪いのか、俺はことごとく罠にかかった。
「ひぁ!」
矢の雨が降ってきたり。
「うぉ!」
電撃を浴びせられたり。
「ひでぶ!」
巨大ハンマーに押しつぶされたり。
とにかくありとあらゆる苦難が牙をむいて襲いかかってきたが、俺は何とかそれらを不死身というチート能力で乗り越えた。
「おおおおおおおおっ……!っと、何だ、アレ?」
俺は前方の空間に、ひたひたと動く大きな影を見つけ、足を止めた。
最初は子供たちかと思ったが、違う。
(動物……?)
そいつは四足で静かに、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
松明を向けて正体を確かめようとした俺は、その姿を見て思わず息を呑んだ。
「うっ……」
そこにいたのは虎のように大きい四足歩行の生き物だった。
しかし、気味の悪いことに、そいつは全身の皮を剥いだように赤黒い筋肉組織が露出していて、身体を動かすたびにそれがヒクヒクと波打っていた。
おまけにこいつ、目玉が無い。
その部分は何かで埋めたように完全に塞がっていた。
さながら深海魚だ。
はーん!何?この生き物、超グロいんだけど!
(魔獣よ)
いつの間にか後ろに立っていたプルミエルが、聞こえるか聞こえないかの小声で耳打ちしてきた。
「ま、魔獣?アレが……!」
(しっ!声がデカイっての。あいつは目が退化してるけど、聴覚だけで狩りをする『フォービドゥン』っていう獣よ)
(聴覚だけで……)
(そ。その聴覚もすごく発達してるってわけじゃないから、静かにしてればやり過ごせるわ)
(わ、分かった……)
(気をつけなさいよー、仲間を呼ぶこともあるから)
(そいつはご勘弁だな……)
(抜き足、差し足、忍び足でいくわよ)
おおっと、ずいぶん古風な表現が飛び出したもんだ。
俺達はとりあえずその言葉に従って、獲物を求めてウロウロしているフォービドゥンの横を、細心の注意を払ってすり抜けることにした。
首を振ったり、耳をピクピク動かしたりしている魔獣も、何らかの気配を感じてはいるのだろうが、こちらに襲いかかってくることは無かった。
その低く唸る声は、周囲を警戒しつつも相手の出方を窺っているようにも聞こえる。
頼む、しばらく気付かないでくれよ。
「……」
「……」
「……」
「……」
全員が忍者も真っ青の足取りでそいつの横を通り抜ける。
幸い、魔獣はこちらに気付いていないようだった。
ほっとしたのも束の間。
そこから少しも行かないうちに、俺達はすぐに新たな難問にぶち当たってしまった。
(あー、くそ……なんてこった。分かれ道だ)
目の前の道は、三つに分かれていた。
右の道。
左の道。
真っ直ぐの道。
しかし、思えばこの塔は不思議なことだらけだ。
尖塔の中にいるはずなのに、この廊下はどう見ても真っ直ぐな道に見えるし、おまけにその道が三本に分かれていることなんてあるだろうか?
(どうなってんだ……?)
(この魔法塔はアルヴァンの秘術が満載のデコレーションケーキよ。その中身が亜空間化してても不思議はないでしょ)
(いやいや、不思議だっつーの)
(でも、どうします~?)
(時間をかけるのは危険だ)
メイヘレンが言った。
(三手に別れて行こう。私とプルミエルには自衛の手段がある。シスターはケンイチを盾にして行くといいでしょう)
(そーね。そうしましょう)
(ケンイチさん、それでいいですか~?)
(俺は問題なしっス。あ、でも、松明は……)
答える前に、プルミエルは手ごろな木の棒を手にしていた。
(どうしたんだ、それ?)
(これ?いきなりあなたが引っ掛かったトラップの槍の柄)
ああ、あの砕け散った槍の……準備が良いな。
彼女が手をかざすと、すぐに二本の棒に火がつき、盛大に燃えだした。
そういえば彼女、炎の魔法使いだったね。
(じゃ、行こう。シスター、俺についてきてください。二人とも気をつけろよ)
プルミエルは右へ。
メイヘレンは左へ。
俺とシスターは、一番子供たちのいる可能性の高そうな真っ直ぐの道へ。
それぞれが別々の道へ進んで行った。
(……それにしても、二人は随分と奥深くまで潜入したもんですね……)
俺は子供たちがあの薄気味悪い魔獣に襲われていないことを願いつつ、溜息をついた。
(ロビンもニナシスもかくれんぼが得意なんですよ~。あ、そういえば、プリミィちゃんもそうでしたね~)
(シスターは、プルミエルと過去にどんな……?)
(プリミィちゃんは私のところの孤児院にいたんですよ~、って、あらあら、これは秘密でした~)
「え!?孤児院に?」
俺が思わず大声を出してしまうと、前方の闇の中でバタン!と何かが力いっぱい開いたような大きな物音がして、続いてウ~という、低い唸り声がひたひたと近づいてきた。
おおっと、やべぇ!
俺とシスターは息を殺して、立ち止まった。
恐る恐る、前方へ炎をかざしてみる。
すると……
「うう~……」
「ロビン、ニナシス!」
なんと、二人の少年少女が、しっかりと手をつないだままそこに立っていたのだ!
ああ、よかった!無事だったんだ!
二人はシスター・メアリの姿を見て、一瞬呆然としてから、すぐに目に涙をためて駆け寄ってきた。
「シスター!」
「あーん!怖かったよぅ!!」
「よしよし~、もぅ、なんでこんなところに来ちゃったんですか~」
「ロビンが、宝探ししようって……あーん!」
「ごめんなさいぃぃ……うわーん!」
「よしよし~、よく無事でしたね~」
「そこの大きな絵の影に隠れてた……でも、声がしたから……」
「ああ、さっきの物音はそれだったんですね~。よしよし、偉い偉い~」
「うわーん!」
シスターが泣きじゃくる二人をしっかりと胸に抱いて、優しく頭をなでてやる。
それを見て、俺は胸をなでおろした。
「良かったっスね」
「ご迷惑をおかけしました~」
「あーん!」
「うわーん!」
……うーむ。
「あーん!」
「うわーん!」
……イヤな予感がする。
「あーん!」
「そ、そろそろ、泣きやんでくれないかな、キミたち……」
「ケ、ケンイチさん、後ろ~……」
ああっ!
やっぱりぃ!
振り向くと、そこにはあの魔獣フォービドゥンがハッハッと息を荒くしながら立ちはだかっていた。
だが、それだけではなかった。
プルミエルの解説通り、仲間を呼んだのだろう。
なんと、その後ろには五頭、六頭と同じ獣が群れをなしていた。
くそっ!
「あーん!」
「シスター、ここは俺が囮になります。合図したら、二人を抱いて走って逃げてください」
「ええ~っ、だ、駄目です、置いていけません」
「大丈夫、見てたでしょ?俺、不死身なんですよ」
「でも……」
「うわーん!」
「ハーイ、泣き虫のキミたちにはコレをあげるよ。超甘いし、美味い。ほれ、口を開けなよ」
俺は袋から飴玉を取り出して、泣いたままの子供達の口に入れてやった。
するとどうだ、二人はすぐに泣くのをやめて、それを口の中でコロコロと転がし始めた。
やっぱり子供には飴だな!(?)
「……おいしい」
「甘い」
「だろ?ここから先はそれをしっかり舐めてるんだぞ。シスターが君たちを安全な場所まで連れて行ってくれるよ」
「ケンイチさん……」
「それじゃ、いいですね?」
俺は魔獣達の前に進み出た。