勇者の辿る道②
酒宴から一日が経ち、太陽が最も高い位置に昇っていた。
甲板を焼くような強い日差しが降り注ぎ、水着のギャルたちがプールベンチに寝そべって、しどけない姿で肌を焼いている。
俺達三人はその賑わいを遠いところで眺めながら、テーブルを囲んでいた。
「しっかりしたまえ、キミたち」
メイヘレンの言葉に、俺とプルミエルは気だるく唸るだけで精一杯だった。
かたや二日酔い酒乱少女、かたや寝不足貧血野郎。
二人ともがまさに、生ける屍そのものだ。
何度も言うが、お酒は二十歳を過ぎてからだぜ、みんな。
「うー……頭痛い……」
「俺はむしろ頭がマヒしてる感じさ……脳みそが半分ほど血とともに流れ出たかのような……」
「だらしないな、キミたち」
「おいおい、もとはと言えば全部あんたのせいだろ……」
「私?私が何を?」
「はぁー……?あう……!」
白々しい態度のメイヘレンに対して、プルミエルは何か反論したそうにしていたが、頭痛が彼女の言葉を阻んだようだ。
「うー……気持ち悪ー……」
「同情するぜ……俺も昨日は鼻にちり紙を突っ込んだ状態で勇者タイム稼ぎに奔走していたよ……長い夜だった……」
「ま、全てはいい思い出になるさ。話を進めよう。日程の確認をさせてくれ」
メイヘレンは強引に話を断ち切って、テーブルに地図を広げた。
手に持った赤ペンでその上に線を引いていく。
「明日の朝には『パルミネ』の港町に到着する。すぐに町を出れば、夜までには『ウルシュ』という小さな村に辿りつくだろう」
「ウルシュ……何か用でもあるの……」
「野宿をするか?私は嫌だな」
「てか、あんたついてくる気なの……」
「勿論」
プルミエルが大きな溜息をついたが、反論をする元気は無い。
ぐったりと俯いて、テーブルに額をこすりつけて脱力しているだけだった。
昨日の酒宴が、この有様を想定してのことだとしたら、メイヘレン、実に恐ろしい女だ。
「その後、山を越えれば『ベデヴィア貿易都市』だ」
「貿易都市……」
「うむ。商人の都市だ。土産物から女まで、何でも揃うぞ」
「女……」
「おっと、チリ紙を用意させようか?エロスボーイ。気絶せずに聞いてほしいからな。重要なのはここからだ」
「……大丈夫、続けてくれ……あと俺はエロスボーイじゃない」
「実はここから先は『反魔結界』という不思議な結界があってな。魔法は一切使えない」
「へ?」
「理由は分からないが、魔法が使えないようになっているんだ。魔道貴族であろうと、それは変わらない。したがって、術戦車もNGということになるな」
「そ、そうなんだ……」
「未知の遺跡である『ジャパティ寺院跡』の地下を中心とした結界らしいんだが、まぁ、厄介な代物だよ」
では、ベデヴィア貿易都市からは俺達は歩きで進むわけだ。
あの術戦車に宙を超高速で引き摺り回される悲壮感を考えると、俺にとってはあまりショッキングな内容ではない。
むしろ朗報、やったぜ!という感じだ。
「えー……めんどくさー……」
プルミエルは不満そうだ。
「まぁ、そうさな。馬車でも使って、気長に行こう」
「おおっ、いいねぇ。いい旅夢気分……」
そういう案は大賛成。
楽しい旅というのは、誰も恐ろしい目に遭わないことが肝心だ。
「よし、決まりだな。では、諸君、思うさま気だるい午後を過ごすといい」
「ちょい待ち……」
「ん?」
「ベデヴィアで……人を一人探すわ……」
「誰だ?」
「『ヤッフォン・ダフォン』教授……勇者研究の第一人者で……エスティのアカデミー時代の同期らしいわ……」
「聞いたことはないな」
「相当な変わり者だから……ベデヴィアにある都市図書館の研究室から外に出ないんですって……」
「ほぉ」
「でも、『勇者典範』を最初に解読したのも彼で……神聖文字が読めるらしいから……寺院跡に連れてく……」
「断られたら?」
「拉致る」
さらっとおっかないことを言ったな。
ヤッフォン教授にとっては災難そのものだ。
「ヤッフォン・ダフォン……分かった、覚えておこう」
「ぅあ……んじゃ、私、部屋で寝てるし……」
プルミエルがヨレヨレと立ち上がって、フラフラとしたおぼつかない足取りで、自室に向かって歩いていった。
うーむ、こう言うと何だが、孵化したての赤ちゃんペンギンのようだ。
(なんとも、庇護欲をそそるな……)
ああ、その背中、後ろから抱き締めてやりたい。
無論、実行には移せないがな!
「では、今日一日しっかりな、ケンイチ。港に着いたはいいが、君が死体になっていては笑い話にもならないからね」
「最近は勇者タイムのタイムオーバーよりも過労死のほうが心配だ、俺は……」
「大丈夫さ、負けるな男の子」
「そこまで心のこもってない応援をされるのも初めてだ……」
勇者タイムを確認する。
『12:15』
確かに、ここで悠長に喋ってる暇は無いな……
俺は新たな仕事を求めて、キャビンへと向かった。
夜が来て、朝になった。
見張りに立たされていたマストの上で、眠りから覚めた俺は水平線から昇ってくる朝日を見ていた。
眠ってて大丈夫かって?
最近ではコツを掴んできて、『四十分睡眠』を体得してきた俺だ。
つまり、四十分ほど熟睡して、残りの二十分で勇者タイムをチャージ、再び四十分眠るという超速睡眠、超速起床法ってやつ。
これはもとの世界に戻った時にも非常に有用なスキルだろう。
授業中に使ったりとかね。
通学中の電車の中でも使えそうだ。
「ふあ~ぁ……」
俺は大きく、あくびを一つ。
朝日が目に眩しいぜ。
しかし、その黄金に揺らめく光の彼方に、大きな影がそそり立っているのが見えてきた。
(……何だ?)
それは船が進むにつれ、次第に輪郭をはっきりとさせていく。
あれは……
「塔……?」
それは海原にひょっこり生えているタケノコのようでもあったが、まさに塔だった。
超巨大な尖塔が、天を突かんばかりに立っているのだ。
そのお膝元には、青一色に統一された建物の数々が規律正しく並んでいるのが見える。
あれが昨日の昼間に話題に上がっていた『パルミネ』の港町だということは、俺にもすぐに分かった。
白を基調としていたルジェの港町とは、また違ったイメージだ。
しかし、随分とデカイ塔だな!
スカイツリーだ何だというのは目じゃないぜ。
俺はするするとマストを下りていって、その下で大きく伸びをしているジャンさんに報告をした。
「おはよッス」
「ああ、ご苦労さん」
「ジャンさん、大きい塔がありますよ」
「おっ、じゃあもうパルミネは目の前だな」
「あの塔は何スか?」
「え、知らないの?あれは『アルヴァンの魔法塔』だよ。今は観光名所になってるけど、昔は『スハラム・アルヴァン』っていう大魔道師がこの地方を支配するために建てた、剣呑な遺跡さ」
謎の遺跡、現る!
おおっ、ここに来て久しぶりにファンタジーっぽい展開だ。
「それは……ちょっと行ってみたいっスねー」
「一般には一階から三階までしか公開されてないから、すぐ見終わっちゃうけどね。でも、まぁ、さすがに大魔道師の住処だっただけあってちょいと立派なものだね」
「へー……何階まであるんですか?」
「伝承では120階まであるらしいよ」
「うへぇ、じゃあ我々は1/40しか観光できないってことですか」
「他の階はいまだに魔道トラップがあったり、魔獣が放し飼いになってたりして危険なんだってさ」
「トラップに、魔獣……スゲェ……」
「『スゲェ』だろ。さ、分かったら、着港の準備に取り掛かってくれよ」
俺は停泊用の舫綱を渡されて、追い立てられるようにして船の舳先へ走った。
見上げた先には、黒い塔が、相変わらず不気味にそびえ立っている。
その偉容に、俺はなんだか鳥肌が立った。
言葉にして表現しにくいが、なんというか、イヤな予感がしたんだ。