純情☆ボーイズ
「まだ、身体が魚臭い……」
自分の身体をスンスンと嗅ぎまわりながら、リシエルが口を尖らせて言った。
「私はもう三回も風呂に入ったというのに!」
「俺に言うなよ……」
俺は目の前でヒステリックにわめき散らしている、このめんどくさいヤツの部屋のベッドメイクをしていた。
おっと、ちぢれ毛発見。
バッチぃなぁ。どこの毛だよ。
ちなみに、俺達がオバダラの腹の中から無事に生還してから、もう十時間ほど経過していた。
窓の外は日が沈んで、すっかり暗くなっている。
朝の喧騒が嘘のように海も穏やかになって、心地よい波の音色を届けてくれていた。
ああ、生きているって素晴らしい。
「……で、貴様は何をしているのだ?」
おっと、今度はこっちに振ってきやがった。
めんどくせぇなぁ。一人でしゃべってりゃいいのに。
「……見ればわかるだろ?」
「何故、私のベッドをいじっているのだ?」
「仕事だからだよ」
「メイヘレンに聞いたが、貴様はこの船の船員ではないそうだな」
「ああ、そうだよ」
「この私に対しても無礼な口をきく……」
「媚を売るのは嫌いなんだ」
「プルミエルとも親密な仲だそうだな」
「あー……向こうは俺を利用してるだけさ。気にしなさんな」
「貴様は一体、何者だ?」
いきなり核心を突いてきたな。
だが、誤魔化すのも面倒だ……
まぁ、こいつなら話しても害は無さそうだし、いいか。
「コレを見てくれ」
俺は左手の勇者タイマーを見せた。
リシエルは頭を傾げる。
「何だ、それは?」
「俺にも何かは良く分からないんだが、ここに数字が出てるだろう?」
「うむ」
「これは時間どおりに減っていって、ゼロになったら、俺は死ぬ」
「な、何っ……」
「笑ってもいいぜ」
「……死ぬのか、貴様……」
「ゼロになったらね」
リシエルは、驚いた後に少し淋しげな顔を見せた。
少しは同情してくれるらしい。
根はいい奴なのかもしれない。
「だが、生き延びる方法もあるんだ。このカウントダウンは、俺が人に対して何かしらイイことをしてやればリセットされるんだ。だから、俺がお前さんをオバダラの腹の中から引っ張り出してやったのも、こうしてベッドメイクをしてやるのも、俺の寿命を伸ばすための大事な仕事なワケ」
「なんと……」
リシエルは、もう一度しげしげと俺の勇者タイマーを見詰めた。
「そうだったのか……」
「そうなんだよ。だから、俺に対して恩義を感じたり、負い目を感じたりする必要は無いぜ」
「下衆め。そのような感情は、初めから持ち合わせておらぬわ」
さっきの取り消し。なんて可愛くない野郎だ。
「まぁ、いいや。じゃ、そういうことだから。俺は他の部屋のベッドメイクもして来なきゃならんから、またな」
「待て」
「何だよ、今度は」
「決闘のことだ」
「え?」
「決着はつかなかったな。そうだな?」
「あー……」
思い返してみると、確かに、こいつが「参った」と言う前にオバダラの襲撃があったので、勝敗はしっかりとついていない。
「まぁ、そうかもな。え、でも、再戦とかはやめろよ、面倒くさいから」
「再戦などせん!」
ムキになって、リシエルが叫んだ。
まー、何度やってもお前に勝ち目は無いぜ。
こっちは不死身だもんね。
「ただ、私がプルミエルに対して注ぐ愛を、放棄する理由は無いということだ」
「……ああ、いいよ。好き嫌いって、そう簡単に割り切れるものじゃないしな」
「うむ。それだけだ。行って良し」
最後の偉そうな態度は少しカチンと来たが、ま、なかなかイジらしいじゃないか。
俺は手をひらひらさせながら奴の部屋を出た。
「ケンイチ」
「おっと、ジャンさん。あとはこの並びの三部屋だけで終わりです」
「ああ、ここから代わるよ。メイヘレン様が君を呼んでるんだ」
「へ?」
「さぁ、行きなよ。う、魚臭っ!」
「しょ、しょうがないじゃないッスか!」
甲板に出ると、空には綺麗な星が瞬いていた。
ダンスホールの中からは紳士淑女の賑やかな話し声と楽団の生演奏が聞こえてくる。
それに合わせて歌うような、波の音。
ああ、平和だ。
「ケンイチ。こっちだ」
振り返ると、甲板の中央にしつらえられたテーブルで、メイヘレンが手を振っている。
プルミエルも一緒だった。
しかし、甲板の上には他に誰もいない。
満天の星空の下。
俺と、プルミエルと、メイヘレン。
コレはかなり贅沢だ。
「座りたまえ、勇者殿」
「お、おお……」
俺は勧められるまま、丸いテーブルをはさんで、三人がトライアングルを形成するように座った。
早速、山のように盛られているフライドポテトに手を伸ばして、口に放り込む。
とてつもなく腹が減っていたので、それはこの上ない美味に感じられた。
「うまっ!」
「好きなだけ食べるといい。ここは私たちだけの貸切さ。こういう夜会も良いだろう?」
「ああ、いいね。文句無しだよ」
「今日はお疲れ様。上出来だったわね、ケンイチ」
「お、おう」
プルミエルが、ちょいとドキドキさせてくれる笑顔で言う。
瞳が、熱を帯びたように潤んで見えるのは気のせいだろうか。
(な、何か、いつもと様子が違うゾ……?)
テーブルを見ると、すでに空になったいくつものグラスが……
ま、まさか、コレ、全部酒じゃないだろうな?
「本当に上出来だったわ。グッジョブ」
「……もしかして、酔っぱらってる?」
「はぁ!?私が?」
プルミエルは途端に立ち上がって、芝居がかった仕草で両手を大きく広げた。
「なんで酔っぱらうの?私が?この、ミスマナガンのプルミエルが!?」
おおっと、すごい剣幕だ!
だが、これで確信した。お前さん、酔っぱらってるヨ!
俺は助けを求めるようにメイヘレンを見た。
「酔っぱらってるよね……?」
「まさか!酔っぱらうわけがないさ。ミスマナガンの当主が」
「そうよ!私、お酒なんか頼んでないし!」
「そうさ。少しばかり刺激の強いジュースを呑んで、感情的になっているだけだものね?」
オーケイ、分かった、あんたが犯人だな。
ジュースと偽って酒を飲ませたか?
どこぞの悪辣な合コンサークルみたいな手口だ。
「そーよ、ケンイチ。私、少しだけハイになってるんだわ。それだけよ」
どエラく据わった目が、俺を睨みつけてくる。
ひィ、触らぬ神に祟りなしだ。
「そうでしょ?」
「ああ、そうだろうとも。すまなかった、変なこと言っちまって」
「ん、分かればヨロシィ」
そう言って、プルミエルは可愛らしい手で俺の頭をナデナデした。
ん、おおおおおおッ!
むしろ、コレはコレでアリ!
俺は激しく萌え上がった。
ああ、いつもこうなら良いのに!
「さぁ、あなたも呑みなさいよ、この刺激的ジュース……」
「あー……お酒は二十歳になってから……」
「だから酒じゃねっつの!」(眉間に肘打ち!)
「ごぁ!」
「はい、乾杯しましょ。カンパーイ」
「カンパーイ……」
「元気が足らーん!」(脇腹に蹴り!)
「げぶふぅ!」
「もぅ、不死身のくせにリアクション大きすぎだし!」
「……条件反射だ」
「えらそーに……てーい!」(こめかみにグーパンチ!)
「うへぁ!」
「きゃはははははははー!」
な、なんてこった……
この娘、とんだ酒乱だぜ!
おまけにタチの悪い『絡み酒』ってヤツ。
不死身だからいいけど、これが普通の男だったら、ミルコと3Rフルで戦ったくらいにアザだらけになってるだろう。
まぁ、美少女にカラまれて悪い気のしないM気質の俺がいることも事実なんだけどね。
むしろ、しっかり者のプルミエルの、意外な一面を見れたような気もして、俺は少し嬉しくなった。
「あー、何笑ってるのよ」
「いや、何でもない……」
「エロイこと考えてたんでしょ?」
「考えてない!」
「ちょっと、メイヘレン。気をつけなさいよー、このケンイチという男、かなりのエロスボーイ……」
「ほう……」
「ち、ち、違ぇヨ!」
「ケンイチ、慌てることはないぞ。年頃の男なら誰でもそうさ」
メイヘレンがテーブルの上に肘をついて、ぐっと胸を寄せて谷間を強調する。
わーお、ヤベェ。
こちらをしっとりと見つめてくる眼差しも、実に挑発的な光を放っている。
「ううっ……!」
俺は狼狽した。
『女豹』とか『サッキュバス』とか、そんな単語が頭の中を乱舞する。
おーぅ、マジ、ヤベェ。
「むしろ健全だよ、君は」
「そ、そうか、な……」
「もちろん、そうさ。ココや……」
艶めかしい動きで、メイヘレンの指先が自分の胸を撫でまわす。
「ココも……」
その指先が、今度はヒップから太腿にかけての曲線をなぞる。
タイトなスカートから覗く脚線美は、夜の闇の中でぞくっとするほど白く輝いていた。
「んふふっ……触りたい……滅茶苦茶にしたいって……そう、思うことは健全なんだよ」
「(ごくっ……)あ、あ~……あ、そう……そうか……そうだよね……」
「きゃはっ!」
突然、プルミエルがもう我慢できないといった様子で吹き出した。
な、な、何だ?
「ケンイチ、凄い鼻血の量よ!」
「へぁ?」
俺は自分の鼻を触ってみる。
生温かい液体が、べっとりと指先を汚した。
プルミエルの指摘通り、鼻血だ。
おまけにすごい量だ。
俺は、テーブルの上を覆い尽くすほどに滴り落ちる自分の血を、まるで他人事のように上の空で眺めていた。
「うへぇ……血ぃ……すげぇ出てる……」
「あははははー、両方の鼻の穴から鼻血を出すのもなかなかできることではないぞ、ケンイチ」
「きゃははははははー」
「へ、へへへー……」
俺は二人の美女につられるようにして笑ったが、シャレにならんほど頭がぼーっとしてきた。
コレってヤバいんじゃね?
「血ぃ、止まらないんだけど……うはぁ……」
辛うじてそう言ったところで、俺は目の前が真っ白になって、仰向けに倒れた。
薄れていく意識の中で、最後に聞いた言葉はコレだ。
「なるほど。エロスボーイの素質充分だな……」
俺は……
俺はエロスボーイ……
なんだろうか……?