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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「異世界クルージング」篇
21/109

早朝バズーカ

 七回の昏睡。


 七回の覚醒。


 目を覚ますその度に、俺の枕もとには美しい金髪の少女がいた。


「はい、コレ」


 彼女の手渡してくる物を使って、彼女の要求に応える。

 ペンの穂先の取り換え。

 封筒の糊づけ。

 靴墨の塗りつけ、等々……

 それらはどれも、ベッドの上でほとんど身体を動かさないでもできるもので、なおかつ、二、三分で終わるような簡単なものばかりだった。

 すでに用意されている道具を使って、ほんの少し手を動かすだけでいいのだ。

 そのおかげで、眠気を妨げられる不快さをまるで感じることは無く、むしろ、それらの作業はまるで夢の延長線上にあるかのように現実味が無かった。

 それを終えると、俺はまた深い眠りに落ちる。

 そんなことを繰り返していって、自発的に目が覚めたころには、体育館の緞帳のように立派なカーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいた。


(朝……朝だ……)


 しばらくボンヤリしてから、ベッドの上で上半身を起して、大きく伸びをする。


「……~っ!……あー……よく寝た……」


 ああ、気持ちのいい朝だ!

 いったい、何時間ぶりに寝ただろう?

 この満足感たるや、どんな快楽にも勝ると言ってもいい。

 俺は勇者タイムを確認する。


『20:11』


 どうやら39分49秒ほど前にも起こされて、勇者タイムをチャージしていたようだが、自分が何をしたのか、まるで記憶が無い。

 それも、プルミエルが簡単な仕事ばかり用意してくれていたおかげだ。


(……おお、そうだ、プルミエルは?)


 辺りを見回してみたが、彼女の姿は無い。

 薄暗い部屋の中は、朝ならではの静寂に包まれている。


(あれ?)


 俺が首を傾げると、ちょうどそのタイミングで、音が聞こえてきた。

 これは……シャワーの音だ。

 どうやら、向かいの部屋が浴室になっているようだ。


(……駄目だぜ、ケンイチ。ここまで借りを作っておいて、今更エロイことを考えるんじゃない)


 俺はもう一度、ベッドに上半身を倒した。

 ばふっと、柔らかい感触に包まれる。

 俺は真っ白な天井を見つめながら、再びぼんやりと安眠の余韻に浸った。


(……あー、あと半日は寝られるなぁ)


 だが、そいつは贅沢というものだ。

 今の状態でも、かなり疲れがとれた気がする。


(いつまでも彼女に頼るわけにもいかんなぁ。なんとか、セルフ快眠方法を発見しないと……)


 理想としては、勇者タイマーに目覚まし機能でもついていてくれれば便利なんだが。

 左手首についている、そのシルバ-ボディのイカしたアイテムを、もう一度よく見てみる。

 うーむ、目覚ましどころかボタンの一つすらついてない……

 相変わらず、無情にも俺の命の残り時間を明示してくれているだけだ。


(やれやれ……クールにもほどがあるぜ)


 俺が大きな溜息を吐いたところで、向かいのドアが開いた。


(おおっと……)

「あー、サッパリしたー」


 中から、いつもの黒服に着替えたプルミエルが、髪をタオルで拭きながら出てきた。

 俺は上体を起こした。


「……おはよう、プルミエル」

「あら」


 プルミエルは、少し驚いたように眉を上げた。


「あらあら、おはよう。もういいの?あと二時間くらい寝させてあげてもよかったのに」

「いや、もう大丈夫だ。本当にありがとう」

「よく眠れた?」

「おぅ、朝までグッスリだ」

「あ、そ。じゃあ、朝食でも食べに行く?」

「おっ、いいね!」


 俺は飛び起きた。

 おお、なんと体の軽いことか!


「顔くらい洗ってきたら?ついでに洗面所の掃除もして勇者タイムを稼いでらっしゃい」

「ラジャ」


 俺は足取りも軽く、洗面所へ向かった。




 朝食はビュッフェ形式になっていて、会場は昨夜のダンスホールだった。

 俺とプルミエルは、オーシャンビューが見渡せる窓辺に席をとる。

 昨日は気付かなかったが、うーん、いい眺めだ。

 と、そこで、隣のテーブルに紅茶を運んできたボーイと目が合ってしまった。

 ジャンさんだ。


「おい、ケンイチ……何をしているんだ?」


 うおぅ、超不機嫌そう!


「あー……えーと……」

「朝のテーブルセッティングを放っておいて、なんでそこに座ってるんだ?うん?」

「ひィ!」


 無理はない。

 一生懸命働いてる最中に、この『オーシャンビューの見渡せる窓辺』で金持ち連中に混じって、優雅に朝飯を食ってるサボりを見かけたら、俺だってキレるだろう。


「ス、スイマセン……こ、これには深い理由が……」

「ほー、ぜひ聞きたいねぇ。聞かせてもらおうか?」

「私が誘ったの」


 プルミエルが、助け船を出してくれた。


「ええっ、ミスマナガン様が……!?」

「ごめんなさいネ、人手を奪うようなことをしてしまって」

「と、とんでもございません!し、失礼いたしました……!」

「あ、紅茶のお代わりを持ってきてくださる?」

「はい、ただいま……!」


 ジャンさんは慌てて頭を下げて、引っこんでいった。

 ああ、ジャンさんには気の毒なことしちまったなぁ。

 ミスマナガン家の御威光にすがる形になってしまったのは、何とも後味が悪い。


「俺、後でちゃんと謝っとくよ」

「それがいいわね。私も少し配慮が足りなかったわ」


 プルミエルは山盛りのサラダをぱくつきながら言った。


「……野菜好きなのか?」

「普通」

「そうは見えないけどな」

「あなたもトースト食べてるけど、パン好き?」

「うーん、まぁ、好きっちゃ好きだが、すっげぇ好き!ってわけでもないな……」

「それと同じ」


 なるほど、分かりやすい。

 でも、その山盛り加減は尋常じゃないぞ……

 とは思ったが、レディに対して食い物の量をどうこう言うのは失礼な気がしたので、黙っていることにした。

 話題を変えよう。

 二人っきりでゆっくり話すというのも、初めてのような気がするしな。


「……なぁ、この機会だから色々この世界について質問しても良いかな?」

「どうぞ」

「魔道貴族って何人くらいいるの?」

「さぁねぇ……増えたり減ったりで……。大なり小なり合わせて五十はいるんじゃない?」

「結構いるなぁ」

「でも、有力なのは六つよ。『火のミスマナガン』、『水のブランシュール』、『風のイラヒータ』、『土のビエルサ』、『光のスタレーン』、『闇のエルナンデス』」

「おおっ、ファンタジーっぽい!」

「あ、なんか気に食わない言い方ね。私から見ればあなたの存在のほうがよっぽどファンタジーよ」


 まぁ、確かにそうだな。


「その六つの当主はみんな女性なのか?」

「風と光のところは男の当主ね。まー、言われれば女のほうが多いわね」

「ふむふむ、興味深いな」

「あー、『女当主』でエロイこと考えてるのね。朝から、もう」

「ち、違うッ!」


 俺が思わず叫ぶと、朝食中の紳士淑女の視線がこちらに集まった。

 うお、超恥ずかしい!

 俺は思わず、顔を伏せた。


「もー、大声出さないでよね」

「スマン……次の質問なんだけど」

「どうぞ」

「俺たちが行こうとしてる場所……えーっと、ジャ……」

「『ジャパティ寺院跡』」

「そこだ。何で、そこに行くことになったんだっけ?」

「『勇者典範』が見つかった場所だからよ」

「なんだい、それ?」

「その寺院跡から発掘された石板。詳しく内容は知らないけど、『勇者典範』の中には異世界から召喚されてくる勇者のことが色々と書いてあるそうよ。エスティが言うには、『勇者タイム』のことも書いてあったみたい」

「へぇ、そんな場所に……」

「まぁ、勇者といえばココ!っていう場所よ。あなたがもとの世界に戻るための方法も、ひょっとしたら見つかるかもね」

「おお、それは助かる!俺は死ぬまで君をリスペクト」


 彼女の慈悲深い御厚意に対して手を合わせたときだった。

 背後が騒がしくなったかと思うと、突然、何者かにシャツの襟首を掴まれて、俺は床に引き摺り倒された!


「うへぁ……ッ!」


 俺は車に轢き潰されたカエルのように、無様な格好で地べたに突っ伏した。

 最初は何が起きたのかさっぱりわからなかったが、どうやら不意打ちを食らったようだ。


「だ、だ、誰だ……!?」


 とりあえず上体を起こして、目線を上げる。

 すると、俺の座っていた席にもう誰かが座っていた。

 んん?この金髪ロン毛、どこかで見覚えが……

 ……ああっ!

 昨夜、メイヘレンをダンスに誘った嫌味野郎だ!


「プルミエル……相変わらず、美しいな君は……」

「まぁ、リシエル皇太子様」


 だ、騙されちゃダメだァーッ!

 そいつは昨日も同じことを違う女に言っていたゾ!


「朝食を一緒にどうだい?」


 断われ!断るんだ!


「まぁ、光栄ですわ……でも、申し訳ありません、連れがおりますの」


 イヤッホゥ!それは僕デース。

 俺はゆっくり立ち上がって、埃を払った。


「そこ、俺が座ってたんスけど」


 威厳たっぷりに、挑発的に言ってやる。


「?」


 ロン毛野郎はこちらをジロリと見て、何を言ってるんだコイツわ、というような怪訝な表情を浮かべた。

 しかし、そのあとすぐに、こらえきれないといった様子でププッと吹き出す。

 なんだ?

 何がおかしいんだ、この野郎。


「フハハ、プルミエル……変わった格好の下僕を連れているじゃないか」

「はぁん!?」


 げ、下僕だと!?


「だがね、プルミエル。従者と同じ席で朝食をとるのは感心しないよ。貴族には然るべき格というものがある。それは下等の者達の上に立ってこそ価値のある物なんだ」


 誰かは知らんが、今の言い回しを聞くだけでコイツが最低だということは分かった。

 と、ここで野郎がこちらを向いた。


「おい、お前」

「は?」

「『は?』じゃない。気の利かない下僕め。さっさと私の分のフォークとナイフを用意したまえ」


 こ、この野郎……!

 一言物申すぜ!


「あのなぁ……」

「リシエル皇太子様」


 俺が文句を言ってやろうとしたとき、プルミエルがいち早く割って入った。


「うん?なんだね?」

「彼は従者ではありません。私の連れを侮辱するのはおよしになって」


 そのスパっとした物言い、毅然とした口調に、俺もリシエル皇太子も目を見開いた。


「プ、プルミエル……」


 俺は彼女の名前を叫びながら、全裸になって、つま先立ちで狂ったように旋回しながら歌を歌ってもいいとさえ思った。

 いや、やらないけどね。

 それくらい、深く感動したってことだ。


「……従者でないなら、彼は一体、何者だね?」


 皇太子が不機嫌そうに言った。

 プルミエルは少しの間、俺のほうを見つめてから、


「彼氏」


 と言った。


「……」

「……」


 再び、俺と皇太子は驚きに目を見張った。

 だがな、ケンイチ。

 コレは作り話だ。

 実際にそうなったというわけではないから気をつけろ!

 ああ、それでもニヤけてしまう、この顔……


「馬鹿な……」


 おっと、あきらめの悪い野郎だ。


「馬鹿な!私という婚約者がいながら!」

「な、何ィッ!?」


 こ、婚約者だとォ!?

 そいつは初耳だぞ!?


「それは親同士が決めたことですわ」


 ホッ、そ、そうか、そうだよね。


「ケンイチ」


 プルミエルがこっちを向く。


「ケンイチ、皇太子様に何か言って差し上げて」


 そう言うと、彼女は軽くウインクを飛ばしてきた。

 ……ははーん、何となく読めてきたぞ。

 俺はその意図を理解して、やや呆然としている皇太子に向かって中指を立ててやった。


「ケツでも洗え、ヘチマ野郎」


 ワオ!痛快!

 相手はしばらくの間、自分が何を言われたのかを理解できない様子だったが、やがて、額に血管が浮かび、顔を真っ赤にして立ちあがった。


「な、なんだと、下郎……」


 俺はプルミエルのほうを見た。

 彼女は人差し指をクルクル動かして、『もっと言え』というジェスチャーを送っている。

 よし、やってやるぜ!


「もう一回聞きてぇの?おたく、耳にサクランボでも詰まってるわけ?オーケイ、分かった、あんたみたいなのでも理解できるように、ゆっくり丁寧に発音してやるよ。いいかい?『ヘチマヤロウ』って言ったんだよ。ヘチマっていうのは瓜みたいな植物で垢すり用のスポンジなどにも……」

「貴様!」


 相手はバン!と机を叩いた。


「決闘だ!!」

「ハイ、のった!!」


 答えたのはプルミエルだった。

 なんで?


「何をお賭けになりますの?」

「我が永遠の愛!」


 皇太子がそう答えたとき、プルミエルは小さくガッツポーズを決めた。

 やっぱり、そういうことか……


「貴様。貴様は何を賭ける」

「え、俺?」

「私からの愛を……」


 プルミエルが、胸に手を当てて、乙女らしい、しおらしいポーズをとって見せた。


「よし!では、行くぞ!ついて来い!」


 そう言うと、皇太子はズンズンと大股で歩いて行った。

 俺は、楽しそうにその後ろ姿を見ているプルミエルに、そっと話しかけた。


「おいおい、急展開だな?」

「んもう、上出来よ。グッジョブよ。こうも都合良く婚約破棄の口実が手に入るとはねー」

「婚約破棄……」

「そ。あのイヤミ男は『マルダン帝国』の皇太子よ。んで、帝国になんとか取り入ろうと必死だったミスマナガンの先代が、勝手に婚約を取り付けちゃったのよ」

「そうなんだ」

「煩わしいったらありゃしないでしょ。でも、決闘に持ち込んだからには、あなたが勝てばコレを円満に処理できるってワケ。これだけ証人もいるしね」


 プルミエルは今まで見たこともないほど楽しそうだった。


「だが、決闘って……俺が負けちまったら、どうするんだ?」

「うーん、あまり考えたくないけど、あいつと結婚するしかないわね」

「そ、そいつはマズイな……」

「そうね」

「な、何でそんなに落ち着いてるんだ?俺、負けるかもしれないだろ?」

「負ける?」


 プルミエルは立ち止まって、キョトンとした顔でこちらを見た。

 あれ?何か変なこと言った?


「あなた、不死身なのに?」

「あー、そうか」


 なるほど、こいつはとんだ出来レースだぜ!

 俺は何も知らない皇太子様が不憫にさえ思えた。

 ま、いいか。

 超イヤな奴だし。


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