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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「異世界クルージング」篇
20/109

張り裂けんばかりの期待

 力強く一歩。


 静かに一歩。


 素早く一歩。


 俺はNYPDのポリスメンも真っ青な、実に慎重な足取りで、プルミエルの部屋に向かっていた。

 長い廊下を通りぬけると、壁に張り付いて、他人の視線が無いか周囲を見回す。


 ……異常なし。


 俺は前進を再開した。

 そう、誰にも見られてはいけない。

 コレは極秘任務なのだ。


(しかし、こんな夜更けに一体、何の用だ……?)


 そんな疑問ばかりが頭に浮かぶが、パーティ会場で見た艶やかなドレス姿と、あの意味深な囁き……

 その二つが、俺に正常な思考を失わせていた。


『誰にも見られないようにね……』

『私の部屋に……』


 ン、のおおおおおおおおおおおおおッ……!!!

 コレって、絶対、そういうことだよね!?

 マジかよ、うわ、ヤベェ!

 うッひょーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぃ!


(……馬鹿な……)


 はっ!

 浮かれる俺の中の、『冷静な俺』がしたり顔で語りかけてきた。


(ここに来て、そんな急展開があると思うか?何かの間違いだゼ……)


 うーむ、お前の言うことにも一理ある。


(だろう?とんでもないリクエストが待ってるに違いないぜ……何せ、あの女はお前をモルモットくらいにしか思ってないんだからな……妙な期待をして落ち込むより、最悪のケースを想定して挑むのが吉だゼ……)


 ここで『引き返せ』と言わないあたりが俺の分身らしいところだが、その意見には賛成だ。

 過度な期待は身を滅ぼすという。

 実際にそういう展開になった時に、浮かれるとしようじゃないか。


(そうだ、平常心だな。何事も……)


 中央甲板を抜け、VIPルーム棟へ。

 エロイことやら真面目なことやらを色々と考えているうちに、俺はプルミエルの『アレシャンドレの間』の前に辿り着いていた。

 仁王立ちしたまま、俺はなかなか動き出せない。

 罪悪感か?背徳感か?

 いいや、これは未知への挑戦に対する恐怖……


(……ごくっ)


 思わず生唾を呑んでしまった。

 またデカいんだ、この音が!

 船全体に響き渡ったんじゃなかろうか。

 額を拭うと、びっしょりと汗をかいていた。

 うう、なんて緊張感だ……!

 この扉の先に、一体、何が!?


(……なぁ、引き返さないか?)


 ここに来て、『弱気な俺』がおどおどしながら頭の中で囁いてきた。

 くそっ、お前に用は無い!消えろ!


(これから起こる出来事がお前の期待通りだったとしても……それは『異性への不純なボディタッチ』になるんじゃないのか?)


 おやっ、ううむ、お前の言うことにも一理あるか……?


(そうだ。死んじまうかもしれないんだぞ……?ここはひとつ、あのお誘いは無かったことにして……)

(オイオイ、とんだボクちゃんだな……!)


 おおっ!

 ここで、『大胆な俺』の登場だ。


(いつ死んじまうか分からないお前にとっては千載一遇の大チャンスだぜ……?しかも、あんな美少女と……)


 そうだ!お前の言うとおりだ!

 今までで一番説得力のある言葉だ!


(でも、『勇者タイム』は……)

(相手に求められたならば、それに応えてやるのも人助けと言えるんじゃないのか……?逆に、勇者タイムがリセットされると思うがね、俺は……)


 おおっ、その案に100万パーセントイエス!

 俺は勇者タイムを確認する。


『21:44』


 よし。

 まぁ、まだゆとりはある。

 「ストレートにGO」という結論で、第一回ケンイチ脳内サミットは閉幕した。

 やれやれ、決議には逆らえないぜ。

 俺は大きく深呼吸をした。


 オーライ、ケンイチ。

 ユーアー・ソー・クール。

 アメイジング・ベイベ!


 思い出してみろ、ケンイチ。

 昔、こんなことを言っていた人間がいた。


『人間はそれをした(、、、、、)という後悔よりも、それをしなかった(、、、、、、、、)という後悔のほうがはるかに大きい』


 どうだ、名言だろう。

 俺はその言葉を励みにして、震える手で豪華な扉を静かにノックした。


「はいー?」


 扉の向こうで、プルミエルの声が聞こえる。

 うおぅ。


「あー……俺、ケンイチ……」

「遅かったじゃん。いいよ、入って」


 言葉と同時に、ガチャリと扉から解錠の音が聞こえた。

 ワオ!

 いよいよだ。

 お楽しみが待っているのか?

 それとも無明の闇か?


「お、お邪魔します……」

「早く入って。誰かに見られちゃう」

「お、おお……」


 俺は素早く室内に侵入し、すぐに扉を閉めた。

 そして、振り返る。


「うおおおおおおっ……」


 何っ、この部屋っ、超広い!

 金銀の刺繍が入った豪華な絨毯、三人は寝れそうな大きなベッド、高い天井には大きなシャンデリア。

 俺の世界ではテレビでしか見たことの無い、スイートルームってヤツか?

 いいや、こいつはロイヤルスイートだぜ!

 おまけに、何かの香だろうか?

 花の咲いたような、甘い、とてもいい匂いがする。


「どしたの?」

「いやぁ、広いなぁ……さっきまで俺の押し込まれてたタコ部屋とは大違いだよ」

「広くたってあんまり落ち着かないわよ」

「いいや、これこそが……あー……」

「何?」

「……」


 思考停止。

 プルミエルのほうに目を移した俺は、会話の途中で言葉を失った。

 なぜなら……彼女は白のバスローブ一枚だったんだぜ!?

 っきゃーーーーーーーーーっ!

 おまけに、あの金色の巻き毛をわしわしとタオルで拭いている。

 あー、お風呂上がりなんだね。


(こ、これは……やはり、そういうことなのかッ!?)


 女人は男に身体を許す際、必ず行水を行うと聞く……

 これがそれだということは疑いようもないのではないか?


「をぅ……」

「ちょっと、何よ」

「……」

「もしもーし?」

「……はっ!」

「もー、しっかりしなさいよー」

「おう、スマンスマン」

「ま、いいわ。ねぇ、そこの時計止まってるわ。ネジを巻いてくれない?」


 プルミエルが、テーブルの上の小ぶりな置時計を指さして言った。

 おっと、こりゃあ、上等そうな年代物だ。


「ウィ、マダム」


 俺は早速その準備に取り掛かろうとする。


「あれ?」


 だが、すでに本体にはゼンマイが指してあった。

 あとはこいつを回すだけ、という状態のようだ。


(……?)


 とりあえず、俺はそれを回して、壁にかかっているほうの金時計を見ながら、時間も合わせる。

 すると、カチカチと軽快な音を立てて、その時計は再び時を刻みだした。


「ほい」

「ありがと」

「しかし、あそこまでやったんだったら、自分でやればいいのに……」

「悲しいわね、ケンイチ。『勇者タイム』を稼がせてあげようという、この海よりも深ーい慈悲が伝わらないとはネ」

「お?おおっ!」


『59:36』


 なっ、なんていい女なんだ、プルミエル!好きだ!


「スマン、君の慈悲に気付かないとは、俺はダメダメ野郎だった」

「ダメダメ野郎ね。ダメダメ野郎以外の何者でもないわね」

「ううっ!」

「さて、ダメダメ太郎の勇者タイムがチャージされたところで、じゃあ、こっち来て」


 いつの間にか太郎になってるが、事態はそれどころではない。

 プルミエルはちょいちょいと指を動かしながら、俺をベッドの前まで導いていった。

 べ、ベッド、だと……?


「……」


 時は来た。それだけだ。

 ああ……

 もう……

 父さん、母さん。

 俺……大人になります……


「はい、じゃあ、寝て」

「ね、寝る、のか。お、おう。寝る。寝るよ、ほら、寝たよ」


 俺は靴を脱いで、ベッドの上に仰向けに寝転んだ。

 シーツは上等なシルクのように滑らかで、身体を包み込むような心地よさだった。

 うお、心臓が胸を突き破って飛び出しそうなほど、動悸が早い。


「あ、ふ、服はどうしよう……?」

「脱ぎたければ、脱げば?」

「ふ、普通はどうなのかな……」

「さーね、人それぞれじゃない?」

「わ、わかった。必要に応じて、脱ごう」

「変なの」

「スマン。お、俺……は、初めてなんだ……優しくしてくれ、頼む……」

「はいはい」


 恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った俺に、プルミエルがばさっと上から何かをかぶせた。

 ん?

 なんだ、これ?

 目を開けてみると、それは手触りのいい、毛布だった。


「……じゃ、おやすみ」


 プルミエルは、つれない態度で俺からさっさと離れると、傍にあったソファにもたれこんで、分厚い本を開いた。

 え?

 ここで読書モード?

 なんで?

 放置?

 これなんて言うプレイ?


「プ、プルミエル?」

「んー?何?早く寝なさいよ」

「こ、コレはどういうことでせう?」

「あなた、昨日からずっと寝てないでしょ。朝まで寝てていいわよ」

「え……」

「五十分おきに起こしてあげる。そのたびに簡単な仕事を用意しとくから。まー、熟睡とまではいかないにしても、ある程度は疲れがとれるでしょ」

「でも、それじゃあ君が寝不足に……」

「私はさっき、夜になるまで寝てたから大丈夫」

「プルミエル……」

「ほらほら、寝る時間が無くなるわよ。あ、それとも明るいと寝られないデリケート・ボーイ?」

「いや、大丈夫……」


 俺は、途端に胸が一杯になった。

 何だかんだで、彼女はちゃんと俺のことを考えていてくれたんだ。

 期待とは全く違う展開にはなったが、すごく嬉しかった。

 いや、むしろ、さっきまでエロイことばかり考えていた自分が恥ずかしい。


「プルミエル……」

「んー?」

「俺……いや、ありがとう……」

「タダじゃないわよ。これから身体で返してもらうんだからね」

「……おやすみ」

「おやすみ」


 こんなに気持ちが高ぶったまま寝られるもんか、と思ったが、俺は安心感と満足感に包まれて、あっという間に眠りに落ちていった。



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