ネバーギブアップだ勇者
「もー、ついてこないでよ」
プルミエルがこっちを振り返って不機嫌な声を上げた。
「目の前で死なれたら寝覚めが悪くなるでしょ」
「そう言われても、俺は他に行くところが無いんだ」
「じっくり待ってれば、イイところに逝けるわ」
おう、痛烈な……。
今時流行りのツンデレラってやつか?
「一人で死にたくない……」
おまけに異世界で。
「せめて最期を看取ってくれると、ありがたい」
「やだ」
「冷たい子だ!」
俺は少々、というよりかなり捨て鉢になっていた。
端的に言うならば、死への恐怖を通り越して『諦めモード』だ。
腕時計を見る。
『15:23』
ぐは。あと十五分しかない。
だが、死ぬならせめてこのファンタジック美少女と一秒でも話していたいというのが本音だ。
もしかしたら最後の一分でキスぐらいしてくれるかも?
なんてことを考えていると、プルミエルが何かを思いついたようにポン、と手を叩いた。
おおっ、このタイミングでの名案は大歓迎だぞっ!
「穴掘って時間がくるまで横になってたら?」
「……?」
「覚えてたら今度ここを通った時に土くらいかけてあげる」
……駄目だ。
ロマンスの気配まるで無し。
しかし、俺……本当に死ぬのかな?
五体ともしっかり動くし、今のところ眩暈も動悸も息切れも無い。
健康な青年男子そのもの。
全然、あと十五分で死ぬ気がしないんだが……
「どうにも信じられん……」
「あと少しで分かるわよ」
気がつくと、プルミエルはずんずんと先へ進んでいた。
ま、人の死に目になんか居合わせたくないよな。
俺だってそうだ。
赤の他人から「今から死ぬから傍にいて」なんて言われても断固拒否の姿勢を貫くだろう。
(しょうがないか……)
彼女を追うのを諦めようとした時だった。
(何だ、あれ?)
森の奥に、大きな影が見えた。
あれは……さっきのブタだ!
息を潜めて、デカイ図体を茂みに隠している。
一、二、三……なんと、三匹もいる!
「お、おい!」
俺がプルミエルに注意を促そうと声を上げようとした瞬間だった。
そいつらが茂みからものすごい勢いで飛び出してきたのだ。
そのまま、少女の背中に向かって目を血走らせながら殺到する。
(まずいぞ!)
プルミエルはここでやっと、背後に気付いた。
「あら?」
おーい、もっと慌てろよ!
さっきの魔法は大した威力だったが、あの長ったらしい呪文を唱えるのには結構時間が必要なはずだ。
だが、あのブタどもの勢い。
くそ、絶対に間に合わないぞ!
俺は反射神経と運動神経を総動員して、必死に身体を動かした。
陸上部の脚力の見せ所だ。
しかしここで、俺の頭の中にいる『冷静』という名の俺がしたり顔で話しかけてきた。
(追いついてからどうするんだ?)
相手は三匹。
タイムアップを待たずして俺は挽肉にされちまうだろう。
だが……
(そんなこと知るか!)
俺の中の『熱血』が言う。
女の子を守って死ぬなら格好いいじゃないか。
どうせ死ぬならそっちにしよう。
大丈夫、なんとかなるぜ!なんなくてもどうでもいゼ!もはや!
俺は覚悟を決めて、一番後ろを走っていたブタに突っ込んでいった。
「おおおおらぁぁぁぁぁぁっ!!」
姿勢を低くして、その背中に猛烈なタックルをかましてやった。
「プギィ!」
そいつは情けない悲鳴を上げながら、前を走っていた二匹を巻き込んでぶっ倒れた。
三匹と一人が、将棋倒しになった形だ。
おおっ、グッジョブ、俺!
ブタどもの注意さえ引ければいいと思ったんだが、光速タックルは予想以上の効果を上げたようだった。
俺は急いで立ち上がり、プルミエルのほうへアイコンタクトを送る。
今の雄姿、見てたかい?さ、俺のことは気にせず……
しかし、彼女は冷淡な表情で顎をしゃくって見せた。
それの意味するところは明白だ。
『退け』
え、俺、邪魔者……?
とりあえず、素早く脇へよける。
すると、ようやく立ち上がったブタどもめがけて、炎の矢が降り注いだ。
あー、呪文無しでも出せるのね、コレ……。
目の前に、つい先ほどと同じ地獄絵図が展開された。
生きながらに焼かれる三匹のブタ。
……うっぷ。
やっぱりこの図は何度見ても胃にクるぜ。
プスプスと煙を上げているブタの死骸を、プルミエルは何の感慨も無いようにまたいで、俺のほうに歩いてきた。
わお、怖ぇ女の子だ。
「余計なことするわね」
しかもメチャクチャ不機嫌そう!
「す、すいません……」
俺はその圧に押されて、反射的に謝ってしまった。
助けたつもりだったんだけどね……。
「どうせあと五分くらいで死ぬんだから、他人の心配なんかしなくていいでしょ」
「そう言われてもな……」
あと何分だ?
俺は腕時計を見た。
『58:24』
「……?」
おや?
「時間、増えてる……」
「はぁ?」
プルミエルが、時計を覗きこむ。
「ホント……増えてるわね……」
「何で?」
「……」
プルミエルは腕組みして、考え込んでしまった。
どうやら彼女にも分からないことらしい。
しかし、どうやら俺はまた一時間くらい、生き延びることができたようだ。
それだけでもラッキー……なのか?
しかし、プルミエルは納得がいってないようだった。
「どこかいじったの?」
「いや、全然」
「ひょっとすると何かの条件を満たすと死のカウントダウンがリセットされるとか?」
「かも」
「はっきりしないわね、もう!」
「おいおい、むしろ条件があったらこっちが教えてほしいくらいだぞ!」
「しかし……これは」
プルミエルが腕組みを解いて、ニヤリと笑った。
うーむ、少し悪意を感じる笑顔だ。
「面白いわね」
「面白い?」
「そ」
プルミエルが俺の腕をつかんだ。
「ちょうどよかったわ。この森の奥に『エスティアンドリウス』っていう物知り魔道師がいるから、そこへ行きましょう」
「えすてぃ……?」
「さ、行くわよ」
暗黒の異世界ライフにおける、一筋の光明だと思っていいんだろうか?
まぁ、ジタバタしてもしょうがない。
なるようになる、と思うことにしよう。
それよりも、俺にとってはプルミエルに腕を掴まれている今の状況のほうが重要だ。
おぉぉ、すごくドキドキする……。
おまけに、近くに寄るとすごく良い匂いがした。
考えてみると、女の子にここまで接近を許したのは人生初かもしれない。