プールサイド勇者
巨大客船『メイベル・ルイーズ』号の船内は実に豪華だった。
まず、船室の並ぶ廊下の広いこと。
床はお決まりの赤絨毯。
メインラウンジには超巨大なシャンデリアが吊り下がっていて、とんでもない圧迫感だ。
おまけに、至る所に飾られた彫刻の数々……
文字通り、『豪華』客船だ。
『タイタニック』とか、そういう映画で見たことはあるが、実際にお目にかかるのは当然初めて。
俺は馬鹿みたいに口を開けっぱなしだった。
「すっげぇ……」
「気に入ったかな?」
俺の前を歩くメイヘレンが得意げに言う。
俺の横を歩くプルミエルはというと、大して興味も無さそうに、仏頂面のままで廊下を歩いていた。
「基本的には貴族や豪商、財力のある騎士といった富裕層だけが利用できる船でね。身元のしっかりしている人間ばかりだから安心して乗船できるという強みもある。まぁ、彼らにとってはバカンスでもあり、社交場でもあるわけだな」
「はー、金持ちの道楽そのものね」
「それが彼らにとっては必要不可欠なものなのさ」
そのまま長い船室棟を抜けて、ひときわ大きな扉を開けると、甲板に出た。
「ワーーーーオ、こっちもすっげぇ……」
俺はまたしても唸る。
とてつもなく広い甲板の上には真っ青な水がなみなみと張られたプールが。
そして、そのプールサイドでは、ピッチリとした水着に身を包んだ老若男女が、日光浴をしたり、フルーツのトッピングされたドリンクを啜っていたりと、それぞれが実に悠々自適にくつろいでいた。
蝶ネクタイのウェイター達だけが、グラスを銀の盆の上に載せてせわしなく動きまわっている。
そのうちの一人で、金髪を綺麗に後ろに撫でつけたハンサムな青年が、こちらの視線に気付いてにっこりと愛想笑いを向けてきた。
「……」
俺は完全に呆気にとられていた。
知れば知るほどこの世界、奥が深い。
俺の想像していたファンタジー世界とはまるでイメージが違う。
もっと、こう、異世界っていえば、剣と魔法の世界で、村ありーの、城ありーの、質素な中世風の生活というような路線かと思いきや……誰が異世界に来て、こんな現代的な豪華クルージングを想像できるだろう?
俺は再び唸った。
「うーむ……」
「何をさっきからウンウン唸ってるのよ」
プルミエルが訝しげに覗き込んでくる。
「いや、色々と思うところが……」
「あー、水着ギャルを見てヤらしーことを考えてたわけね」
「ち、違うっ!邪な気持など微塵も無いっ!」
「おい、こっちだ」
メイヘレンに促されて、甲板を通り過ぎて、再びキャビンへ。
こっちはさらに豪華だ。
再び巨大なシャンデリアと、彫刻群。
さっきとは違って、広いスペースに三つしかない客室の扉には、金細工の東洋的な意匠が施されている。
「うおお……」
「ここはこの船に三部屋しかない、VIPルームだ。私以外にはここへは誰も宿泊していないよ」
「びっぷるーむ……」
ああ、その甘美な響き!
まさか俺が……俺がVIPルームに泊まる日が来るとわッ……!
「プルミエル、君はどちらの部屋を使う?」
「どっちでもいーわよ。大して変りないんでしょ?」
「そうだな……こっちの『ロクサーヌの部屋』はオーシャンビューが自慢だ。こっちの『アレシャンドレの部屋』は広い浴室が……」
「お風呂。お風呂が綺麗なほう」
即答だ。
そういえばエスティ老人の小屋でも風呂に入ってたっけ。
よっぽどの風呂好きだな、さては!
「では、『アレシャンドレの部屋』だな」
「うっひょう、じゃあ、俺はオーシャンビューの楽しめる部屋ということに!」
「は?」
浮足立つ俺に、二人の美女が冷めた目線を寄こす。
へ?
「……(じ~っ)」
「……(じ~っ)」
うお……超イヤな予感がする……
やめろぉ、俺をそんな目で見るなッ!
「……残念ながら、君は別だ」
「は?」
「こっちへ」
俺はメイヘレンに手招きされるまま、扉を抜け、甲板に戻った。
何だよ!俺だけ普通の客室かYO!
とは思ったが、金持ちばかりが乗る船だ、まぁ、一般の船室でも悪いことはないだろう。
そういえば、二人とも年頃(?)の女性だしね。
俺のようなナイスガイが隣の部屋にいるというだけで不眠症になってしまうかもしれないしな。
罪な男だぜ、健一よ!
「おいおい、そっちじゃない、こっちだ」
「……って、アレ?」
メイヘレンはプールサイドの脇にある小さな階段を下りていった。
(……ううむ)
イヤな予感、パート2……
こんなにも早く第二弾が出るとは思いもよらなかったぜ。
先ほどの大廊下とは打って変わって、まるで蛇の巣穴のように細い廊下を進むと、その先には「関係者以外立ち入り禁止」と書かれた扉が。
(これは……まさか……)
メイヘレンが扉をノックすると、中から、先程見かけたハンサムなプールボーイが姿を現した。
彼はメイヘレンを見るなり顔を真っ赤にして、慌てて身なりを正し、びしっと敬礼をする。
「ブ、ブランシュール様!」
「ジャン、敬礼はやめてくれ。海軍ではあるまいし」
「も、申し訳ありません!……こ、このようなところへどういった御用でしょうか?」
「うむ。彼……」
メイヘレンが俺を親指で指す。
俺はこの次の展開が読めてしまった。
頼む、外れてくれ、この予想!
「新入りだ」
はーん!やっぱり!
「人の為に働くのが趣味、という今時珍しいナイスガイでな。思うさま、コキ使ってやってくれ」
「はぁ……まぁ、自分は構いませんが……」
「ただ、彼はかなり飽きっぽくてな。必ず一時間おきに新しい仕事をやらせるようにしてくれ」
「ちょ、ちょっと待った!」
俺は慌てて割って入った。
「どういうことだよ!?」
「次の目的地『パルミネ』の港町まで、この航海は三泊四日を予定している。その間にいかにして効率よく『勇者タイム』を稼ぐか?ということさ」
メイヘレンはしれっと言う。
「プ、プルミエル!何とか言ってくれ!」
「悲しいけど、これが現実というものよ、ケンイチ」
プルミエルが、シブい顔で相槌を打った。
き、君も敵なのかっ……!
「まー、給仕室に放り込んでおけば矢継ぎ早に仕事があるものね」
「待て待て待てっ!そんな話、聞いてないぞ!」
「当然だ。さっき、私たち二人だけで決めたんだからな」
「いつの間にそんなガールズトークをッ!?」
「うるさいわねー、諦めてプールボーイになりなさい」
「豪華クルージングは……」
「また次回、ということで」
「……」
俺、勇者なのに……
こんな……
こんなのは……
「全然、ファンタジーっぽくないッ!」
俺の悲痛な魂の叫びは、出港を知らせるブオオォーーーン、という大きな汽笛の音に掻き消された。