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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「大いなる旅立ち」篇
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ナイス・ボディー・ガール

「しかし、君も無茶をする……」


 女性が俺に席を勧めてくれたので、俺は向かい合うようにして座った。

 うっ、なんだか緊張するなぁ。

 彼女の見た目のせいだろうか、担任の先生に個別指導されてる生徒な気分だ。

 もちろん、俺の実際の担任は禿げたオッサン(あだ名は『ザビエル』)だし、こんな美人の女教師には一度もめぐり合ったことは無いが。

 妙な背徳感と期待感がごちゃ混ぜになって、得体の知れない照れくささを感じる。

 あ、ちなみに氷漬けになったゴロツキどもは店の前に転がしたままだ。


「自己紹介がまだだったな。私は『メイヘレン』。メイヘレン・ブランシュール」

「俺、ジン・ケンイチです」

「怪我は無かったか?」

「あー……はい。俺、不死身なんで……」

「不死身……?」

「まぁ、簡単に言うと、勇者なわけですが……」


 ううむ、言えば言うほど胡散臭いぜ。

 そのうち『勇者タイム』を上手に説明できるカンペでも作っとこう。


「……よければ、詳しく教えてもらおうか?」


 乞われて、俺は女性に『勇者タイム』のあらましを説明した。

 彼女は実に興味深そうに時に首を傾げたり、時には頷いたりして聞いていた。


「フーム、なるほど、なるほど……だから、変わった格好をしているわけだ」


 俺は自分の学生服を見た。

 俺にとっては見慣れた、何の変哲もないブレザーなんだが、確かにこの世界では珍しいだろう。


「しかし、実に面白いね。『勇者タイム』か……」


 ニヤリと赤い唇が笑う。


(うーむ、この笑いはつい最近見たことがあるぞ……)


 悪い予感がする。

 と、女性は大きくこちらに身を乗り出してきた。

 白いブラウスの隙間から、豊かな胸の谷間が見えて、俺はもう、なんていうか、駄目になりそうだった。


「なぁ、勇者くん。君は……」

「ストーップ!」

「おお!?」


 振り向くと、プルミエルが不機嫌そうに腕を組んで仁王立ちしていた。


「プルミエル!」

「……(じ~っ)」


 うわおぅ、メチャクチャ怒ってる!

 え?なんで?

 嫉妬だったら嬉しいけどたぶん違うな!


「何をしてるのかしら?」

「う……」

「口の軽い人ねー、もぅ!」

「うううっ……!」


 剣呑!そんなおっかない目で見ないでくれっ!


「お、俺は……ううっ……」

「彼を責めるなよ、『ミスマナガン』」

「あらあら『ブランシュール』さん、お久しぶり」


 美女二人の視線が、宙で交錯した。

 お互いを知っているようだが、火花が散っているように見えるのは俺の気のせいだろうか?


「え?メイヘレンさんと知り合い?」

「普通」


 プルミエルは、相手にガンを飛ばしたまま答えた。

 うん、仲が良くなさそうなのだけは分かったヨ。


「まったく……顔を合わせたくないから隠れて見てたのに……」

「見てたのか?」

「あなたが三人のゴロツキに絡まれて、ボコボコにされるところからね」


 おっと、一部始終に近いな、それは。


「ミスマナガン、どうだね、君もお茶でも」

「いえいえ、先を急ぎますの。お邪魔したわね、ブランシュールさん。こいつは私の連れで、虚言癖があるから気になさらないように」

「フフフ……」


 メイヘレンの、眼鏡の奥の瞳が、実に悩ましくこちらを見つめてくる。

 ワォ、や・ば・い。

 命令されたら靴まで舐めてしまいそうだッ。


「さ、行きましょ」

「お、おぅ……」

「まぁ、待てよ、『プルミエル』」

「馴れ馴れしく呼ばないで下さるかしら?」

「あっは、気の強い娘だね、相変わらず」

「お互いさまだわ」

「まぁ、聞きたまえよ、プルミエル。君たちの次の目的地を当ててやろうか?」

「へーえ」

「『ジャパティ寺院跡』……『勇者の聖地』とも呼ばれている場所だからね」

「さーね」

「フフ、間違ってないだろう、ケンイチくん?」

「……」


 プルミエルのじっとりとした視線が、背後から『何も言うな』という凄まじい圧力をかけてくる。

 気がつくと、俺はケツの谷間に汗をかいていた。

 うーむ、とりあえずここはごまかしとけ。


「さー、どうでしょう……?」


 ナガシマかよ!と心の中でセルフツッコミする。


「君は嘘が下手だな。不随意反応、目が逃げたぞ」


 アウチ。

 後ろから、プルミエルが肘で俺の背中を小突いた。


「ばか」

「ううっ、無念だ」


 と、メイヘレンがすっくと立ち上がった。

 おおっ、結構背が高いな。

 小柄なプルミエルの前に立つと、その差は歴然だ。


「どうだ?プルミエル。このメイヘレンが君たちを向こうの大陸まで連れて行ってあげようじゃないか」

「あら、お世話さま。でも、必要無いわ」


 プルミエルは身長差を全く気にせず、つんと胸を張った。


「もう船は用意してあるから」


 よほど相手のことを嫌っているのか、にべもない。

 しかし、メイヘレンも引き下がらなかった。


「まぁ、そう言うなよ。快適な船旅をお約束しよう。私の『メイベル・ルイーズ』号ならば、目的地に着くまで君たちを一秒も退屈させはしないよ」

「私には必要無いわ」

「やれやれ……そうだ、ケンイチ、君はどうだ?」

「俺?」

「楽しい旅になるぞ。毎晩繰り広げられるダンスパーティ、楽団の生演奏、一流の料理、一流の美酒……」


 ワァーォ!

 それって、夢にまで見たセレブ体験ってやつ?

 今すぐにでもイエス!……と言いたいところだが、俺はちらりとプルミエルを見る。


「……(じ~~っ)」


 目ぇ怖っ!

 彼女は相変わらずジト目でこちらを睨んでいた。

 オーケィ、もちろん君の言いたいことは分かっている。


「えーっと……申し訳ないが、俺、プルミエルの船に乗るよ」

「当然」

「……そうか」


 メイヘレンは、実に悲しそうな顔をして、うなだれた。

 おぅ、そんな顔をしないでくれ。俺だって断腸の思いなんだ。


「ケンイチ……」


 彼女は俺の右手を包むように握った。

 柔らかく、暖かい感触。

 のおおおっ……!

 俺は緊張と照れで真っ赤になってしまった。


「残念だ」


 そう言うと、メイヘレンは俺の右手を持ちあげて……


 『ぷにっ』


 次の瞬間、そんなことがあるもんかと言いたくなるような事が起こった。

 なんと、俺の手が、彼女の胸に押しつけられたのだ!


「!!」


 その確かな質量、弾力……!


「なっ……ちょっ、お!?」

「ふふ……」

「ヒッ、ヒェェェェェェェーーーーーーーーイッ!?」

「ちょっと!何してるのよ!メイヘレン!」

「うん?別れの餞別に、ケンイチに天にも昇る思いを味わってもらおうと、な」

「ヒョオオオオオオオオーーーーーーーーーーッ!?」

「ケンイチ!しっかりしなさい!」


 プルミエルは、俺とメイヘレンの間に入って、手を引き剥がそうと必死になっていた。

 だが、メイヘレンの手はがっちりと俺の手を掴んでいて、離しそうにない。

 俺はというと、初めて実感する女体の柔らかさやその神秘に、完全に我を失ってしまっていた。


「ムヒョオーーーーーーーーーーーーーーィぁッ!」

「ケンイチ!『勇者タイム』!」


 プルミエルが叫んだ。


「これは『異性への不純なボディタッチ』よ、ケンイチ!」

「はっ!」


 俺は慌てて勇者タイマーを見た。

 すると、まるでストップウォッチを押したかのような超高速で勇者タイムが減っていくではないか!

 や、や、やばいッ!!


「ひィ!ちょ、ちょっと!メイヘレンさん!!」

「メイヘレン、と呼んでくれよ。親しみをこめて」

「メイヘレン!ヤバいんだ、『勇者タイム』は女体に触れると減っていくんだ!」

「ああ、『勇者タイム』の仕組みはさっき君から聞いたよ」

「今!まさに!死にかけてるんですけどッ!?」

「そのようだね」


 こ、この女、か、か、確信犯だァ!


「は、離してくれッ!」

「駄・目・よ」

「お願い!た、頼む……ッ!」

「うう~ん?」

「し、死ぬゥゥゥゥッ!!!」


 語尾がほとんど悲鳴のような叫び声になる。

 メイヘレンは慌てふためく俺の懇願を聞いて、再びニヤッと笑った。


「では、私の頼みを聞いてくれる?」

「聞く聞く!」

「私も君の旅に同行させてくれないだろうか?」

「おぅ!ヨシ行こう!」

「絶対?」


 俺はヘビーメタル信者のように、頭を何度も激しく縦に振った。


「絶っっ対!」

「よし、決まりだな」


 そう言うと、パッとメイヘレンの手が俺の右手を解放した。


「おわぁぁっ!!」


 俺は慌てて彼女から離れ、勇者タイムを確認する。


『04:07』


 ヒィィィィィーーーーーーーーーーァッ!

 さっき稼いだばっかりなのに!!

 なんとかしないと、なんとか……

 俺は転がったままの冷凍騎士三人を見て、閃いた。

 よし、コレだ!

 イヤな野郎どもだったが、背に腹は代えられん。

 俺は素早くカフェの中に飛び込んで、上品そうなマスターに注文した。


「紅茶をポットいっぱいに!今すぐ!」

「ははは、御冗談を。お客様、紅茶というものはじっくりと淹れるものですよ。慌てふためいては折角の茶葉の香気を損なうことになります。ポットを温め、器を温め、お湯を注いでからもなお、天使に祈るかのごとき時間を悠然と楽しんでこそ……」

「おおっと、お湯でいいや!ごめんよ!」


 俺は火にかかっていたポットを素手で掴むと、すぐに表へ走り出て、間抜けなツラで凍りついている騎士たちに回し掛けてやった。

 じゅわっという音がして、蒸気が上がる。

 続いて、叫び声が上がった。


「うあちィ!」

「ぐあああああ!」

「ひいいいいいいいぃぃっ!!」


 あー……少しは人肌くらいに冷ましてやったほうが良かったかな。

 それでも、元気に路地を転げ回る姿を見ると、まぁ、命に別状は無さそうだ。

 奴らの悲鳴と嗚咽はとりあえず無視して、俺は勇者タイマーを確認する。


『59:52』


 ほっ、一安心。


「では」


 俺の横を、メイヘレンが通り抜けて行った。


「私はあちらの桟橋で待っているよ」


 黒革のロングコートを翻して颯爽と歩き去る後ろ姿は、女性とはいえ見惚れるほど凛々しい。

 最初の弱々しくて儚げなイメージが全て作りものだったと思うと、なんとも恐ろしい女だ。


「ケーンーイーチーくーん」


 その時、背後で、地獄の底から響くようなドスの利いた声が……

 はーん!そういえばもう一人恐ろしい女がいるのを忘れてたよん!


「ううっ、すまん」

「もぉー、このっ……エロスボーイ!」


 プルミエルが、ばしっばしっと軽いパンチを俺の脇腹に三発ほど叩きこんだ。


「エロスボーイ!」

「こっちだって生きるか死ぬかの瀬戸際だったんだ!今回はノー・エロス……ノー・エロスだ!」

「はぁー、もぉ……先が思いやられるわねー。面倒なことになっちゃったわ」

「そうだ、ドタキャンしちまおう!今すぐ君が予約した船で出発するってのは?」

「駄目」

「え?」


 てっきり、俺はプルミエルが賛成するものだと思っていたので、驚いた。


「何で?」

「あの女は『ブランシュール』っていう代々『水』を司る名門の魔道貴族の頭領なの」


 プルミエルが、苦々しげに言う。


「だから、港町みたいな水の恩恵を受けている土地ではすごーく強い発言力を持っているわけ。あの女が出港停止を命じたら全ての船舶は操業を停止しなければいけないし、機嫌が悪かったら、業者に営業停止を命じることもできる」

「うーむ、そいつはおそろしいなぁ」

「クイーバーのところに迷惑かけたくないし……あー、もぅ!最悪!」

「重ね重ね、すまん」

「ちゃんと反省しなさいよ!これからは誰彼なしに勇者タイムを解説しないこと!いいわね?」

「ああ、肝に銘じておく」

「肝だけじゃ駄目よ。五臓六腑にしっかり浸透させておきなさい」

「わ、わかった……」

「じゃー、私は船をキャンセルしてくるから、ウロウロしないで待ってなさいよ」


 そう言うと、プルミエルはクルリと反転して波止場のほうへ歩いて行った。


「もう、オタンコナスなんだから!あーあ、面倒くさいことになっちゃった……」


 ううっ、でけぇ独り言だなぁ……もちろん聞こえるように言っているんだろうけど。

 散々ヘコまされたところで、俺は『観光地区』のアーチの前に立っているマドセンさんと目が合った。

 おおっと、いけねぇ、すっかり忘れてた。


「マドセンさん、どうやら厄介なことになっちゃいましたよ」


 彼はそら見ろ、という風に肩をすくめた。


「よりによってブランシュールの御令嬢を助けたりするからさ」

「面目ない……正義の血が騒いだんですよ」

「貴族なんてのはロクデナシどもさ。ああいう連中と付き合うってのがどういうことか、お前さんが分かっていればいいんだがね」

「うーむ……」


 その言葉には100%賛同はできない。

 なんだかんだ言って、プルミエルは俺の命の恩人なんだ。


「ま、なるようになるでしょう」

「しかし、ケンイチ……もう行っちまうのか?」


 マドセンさんが、泣き出しそうな顔をした。


「……はい。本当に、お世話になりました。ハンナさんとポウルさんと、その他大勢の皆によろしく」

「ケンイチ……」


 マドセンさんは、俺を引き寄せると、ひときわ強く抱きしめた。


「いいか、いつでも戻ってきていいんだぞ。ここがお前の『第二の故郷』くらいに思っていてくれ」

「マドセンさん……」

「短い間だったが……俺たちはいい友達だったよな?」

「これからも、ずっと、そうッスよ」


 それから、二人はがっちりと固い握手を交わした。

 お互いの目には、涙が浮かんでいる。

 うう、いけねぇ、こんなのじゃあプルミエルに笑われちまう。

 だが、俺たちはしばらくの間、そうしていた。


「いい旅をな、ケンイチ」

「あざッス!」


 このままじゃあキリがないということで、俺はクルリと背を向けてメイヘレンの向かった桟橋のほうへ歩き出した。


「ジン・ケンイチ!」


 俺の背中に、マドセンさんが再び声をかける。


「俺はもう完全に信じてるぜ!お前は勇者だ!」


 俺は……

 俺は、振り返ることができなくて、歩き続けた。

 振り向かないでも、マドセンさんがずっと俺を見送っているのが分かる。

 今まで生きてきた中で、ここまで他人に励まされたり、信用されたりしたことがあっただろうか?

 『悲しくもないのに出てくる熱い涙』がこぼれないように、俺は上を向いて歩き続けた。


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