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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「大いなる旅立ち」篇
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三人の騎士の凄味

 仕込みの仕事が一段落したポウルさんのところを後にして、今度は港の清掃作業を手伝おうとマドセンさんに案内されていた時のことだ。

 鉄製の立派なアーチの向こうで、怒声を聞いた気がした。


「ん?今、何か聞こえませんでした?向こうから……」

「うーむ、聞こえたとしても無視するべきだろうな。あの門から向こうはロクデナシの溜まり場さ。関わり合いにならないのが一番だと思うぞ」


 マドセンさんは実に面白くなさそうに、むっつりとした様子で言った。


「はぁ……そうッスか」


 俺は、ひょいとそちらを覗いてみる。

 わーお、綺麗な石畳の路地はまるで別世界だ。

 その通りに、日傘が何本か立っていて、その下には木製の上等そうなテーブルとアームチェアが。

 オープンカフェだろうか?

 そこに、身なりの立派な三人の男が立って、何やら互いに言葉を交わし合っている。

 ここからは見えないが、椅子に座っている人物に対して、何やら因縁をつけているようだった。


「なんだか、厄介なことになってそうですよ」

「首を突っ込むともっと厄介なことになるぞ。さ、行こうぜ」

「いやー、しかし、俺、一応勇者なんで、止めに行ってきます」

「まてまて、あの連中はどう見ても出来そこないの騎士だ。そのへんのゴロツキよりもタチが悪いんだぞ」

「まぁ、何とかなるでしょう。ここで待っててください」


 不死身であることをはっきりと自覚した俺にとっては、ゴロツキなんか可愛いもんだ。

 『義を見てせざるは勇無きなり』という言葉もある。

 もちろん、勇者タイムを稼ぎたいという欲もあることはあるが、それよりも勇者としての正義感が前に立って俺の体を動かした。

 おお、なんか俺、徐々に勇者っぽくなってきてる気がする!

 集団に近寄るにつれて、会話が聞こえてきた。


「レディ、何を嫌がっておられるのか?私たちは素性もはっきりとした清廉潔白な騎士そのものですぞ」

「でしょうけれども、わたくし……」

「我が名は『疾風のクエルテス』」

「我が名は『迅雷のシクラム』」

「そして、我が名は『寸断のレバリアン』。これらの名を耳にしたことはお有りか?」

「申し訳ございません。存じませんわ……」

「な、なんと!」

「信じられん……」

「待て待て、クエルテス、シクラム。相手は御婦人。我らの武勇を知らぬといえども無理からぬこと」

「そう、そうですわね……私、世事には疎くて……」

「なればこそ、ですぞ、レディ。我々のことをよく貴女様に御理解いただく機会を得たいものですな」

「でも、そう仰られましても……私、困ってしまいますわ……」


 ははぁ、格好つけて喋ってはいるが、質の悪いナンパと見た。

 いるんだよね、『俺は昔悪かった』みたいな、しょーもない武勇伝で女の子の気を引こうとするヤツ。

 そんで、意外にモテたりするんだよね、そういうヤツが!最低!

 なおさら、勇者としては許せん。

 いや、別にひがみではない。決して、そうではない。

 ……とにかく、女性は困ってるじゃないか!

 俺は、ゆったりとした歩みで、三人に近寄っていった。

 一つ、咳払いをして注意を引く。


「あの……もしもし」


 声をかけると、いかにも屈強そうな男たちが、こちらを向いた。

 わーお、どれも強そうだ。

 だが、俺も怯むわけにはいかない。


「何だ、小僧?」

「あー……あの、女性が困ってるじゃないッスか」

「なに?」

「こんなに大勢で女性を取り囲むなんて格好悪いッスよ」

「ほほう」


 三人は、今度は俺を取り囲むように展開した。

 正面に一人、左右に一人ずつ。

 その動きのスムーズなこと。

 さてはコイツラ、喧嘩慣れしてやがるな。

 だが、今日の俺は倒れねぇゼ!

 俺は女性のほうを見た。


「……」


 ワーオ!知的な眼鏡美女だ。

 しかも、『超』のつく美女だぞ?

 真っ白な肌を一層引き立てるような、つややかな黒髪。

 それをアップにして、長い櫛一本で留めている。

 レンズの向こうの切れ長の瞳は赤銅色で、長い睫毛が物憂げに揺れている。

 真っ白のブラウスの上に、黒のロングコート。

 ぴったりとした黒革のパンツは実に色っぽく曲線を描いていて、もう、思わず涎を垂らしてしまいそうなほどグラマラスなボディを連想させるには十分だった。

 俺よりもいくつか年上だろうが、全然ど真ん中ストライクですヨ!

 うーむ、これならナンパする気持ちも分かる。

 プルミエルといい、こっちの世界は粒ぞろいだぜ、ヤッホーィ!


「あの……」


 女性が、おずおずと口を開く。

 おおっと、いかん、テンションが上がりすぎてしまった。

 儚げな雰囲気が、また、保護欲をそそる。

 うおお……!キュンキュン来た!

 抑えようとしても上がり続けるテンションに為す術も無い。


「大丈夫、俺に任せてください。こいつらを追い払ってやりますよ」

「え……?」

「大口を叩いたな、小僧」

「騎士の恐ろしさを知らぬと見える、小僧」

「敬意と畏怖という言葉も同様にな、小僧」


 コゾーコゾーと偉そうな奴らだネ。

 『和紙の原料は?』

 コウゾ!正解!なんちゃって。


「そうッスねぇ……そうだ!一つ、賭けをしませんか」


 俺は閃くものがあって、ポンと手を叩いた。


「賭けだと?」

「これから五分間、あんた達は俺を好きなようにボコボコにしていいっス。得物も自由。そんで、五分後に俺が生きてたら、あんた達はナンパを諦める。どうっスか?」


 俺の提案に、その場にいた全員が呆気にとられたようだった。

 男どもは顔を見合わせて、互いに状況が理解できないといった様子で小首を傾げていたが、やがて、その顔に残忍な笑みを浮かべてこちらに振りむいた。

 おおっと、ヤル気満々だな、この血に飢えたケダモノどもめ!


「小僧!面白い!」

「はい、それじゃあ、どうぞ。五分間だよ、お客さん」

「我が名は『疾風のクエルテス』」

「我が名は『迅雷のシクラム』」

「そして、我が名は『寸断のレバリアン』」

「じゃあ、俺も名乗るぜ!俺の名前は……っごぁ!」


 つられて名乗ろうとした時、いきなり後頭部に何かを当てられた感触があった。

 ちょ、おま、不意打ちかよ!くそっ、セコい野郎どもだ。

 俺がそちらを振り向くと、今度は右から拳が飛んできて、俺のこめかみに綺麗にぶち当たった。


「うぉ!この!くぁ!」

「そらそら、まだ五秒も経っておらんぞ」


 今度は左からみぞおちを突き上げるようにヒザが入った。


「わぁ!?」

「ふはははは」


 口火を切ったように、俺を囲む三方向から拳や蹴りが波のように押し寄せてきた。

 背中、腹、頭、大事なトコロに至るまで、あらゆる個所を絶え間なく打ちのめしてくる。


「そらっ、そらっ、このっ!」

「ふんっ!せいっ!」

「どうだ、こいつめ!」

「あーれー」


 だが、俺に向かってくる攻撃は身体をぐらつかせはしても、ダメージを与えるには至っていない。

 不死身の力を思い知れ!

 それでも額に汗を浮かべて必死に様々な技を繰り出してくる三人。

 ぷ、ちょっと笑える光景だ。

 今のうちに思う存分やっとけよ。お前らの攻撃は全て徒労に終わるんだぜ!


「そら」

「おおっ!?」


 と、そこで誰かが足を引っ掛けて、俺を地面に引き摺り倒した。

 俺はちょっと不意を突かれて、四つん這いになる格好で地面に手をつく。

 そこへ、上から容赦の無い踏みつけが襲いかかってきた。


「はははっ、いいザマだぞ!小僧」


 くそ。

 土下座しているような姿勢のまま、頭を小突かれたり、地面に打ちつけられたりしているうちに俺はだんだん腹が立ってきた。


(図に乗りやがって……)


 五分だ。

 約束通り五分経ったら、すっくと立ち上がって奴らを驚かしてやる。

 そんでもってカッコイイ台詞を一つ。


『蚊でも刺したか?』


 コレだ。

 うおお、楽しみ!

 奴らのビビる顔が目に浮かぶぜ。

 俺が、思わずニンマリとした時だった。


(ん?)


 さっきまでは日差しが照っていて暑いくらいだったのに、突然、なんだか肌寒くなってきた。


(何だ、この寒気は……?)


 それと同時に、男たちの攻撃がピタリとやんだ。


(んん?)


 妙だ。

 まだ三分も経っていない。

 奴らが途中で仏心を出す、なんてのも到底考えられない。

 俺は顔をあげてみた。


「……?」


 目の前に、靴があった。

 デカイ靴だ。

 それが、振り下ろされる直前という位置でピタッと止まっていた。

 俺はそれをくぐって、立ち上がる。

 なんと、驚いたことに三人ともがまるで時間が止まってしまったかのように身動き一つしていなかった。

 顔に浮かべた残忍そうな笑いもそのままだ。


「え……一体、何が?」


 よく見ると、疾風のナントカの鼻から垂れ下がっているものがある。


(鼻水?)


 ではなくて、それはツララだった。

 身体からは、白い湯気のような冷気も漂っている。

 なんと、驚いたことにこいつら全員、カチンコチンに凍りついているのだ!


「おおっ!?なんで?」

「まったく……余計なことを」


 俺は、声の方向に振り返った。

 すると、さっきまで成り行きに怯えていたあの眼鏡美女が、実に落ち着いた様子で紅茶を啜っていた。

 おやおや?

 なんだか……まるで雰囲気が違う?


「えーっと……コレは……?」

「死んではいない。この陽気だ、しばらくすれば溶けるだろう」

「ええーと……?」

「ん?魔法を見たのは初めてかな?」

「魔法!」


 こ、このお姉さまも魔法使いってこと?


「……スゲェ……」

「『スゲェ』ではないよ、君。私の娯楽を邪魔した罪は重いぞ?」

「娯楽?」


 俺の問いに、女性は顎をしゃくって冷凍騎士たちを示した。


「好きなんだよ、私は。こういう手合いをからかうのがね」


 おおっと、この人、俗に言う『悪女』じゃないか?

 先程の儚げな印象とは打って変わって、口元には妖艶な微笑が浮かぶ。


(ほほう……)


 プリティーなプルミエルとは違った、実にアダルティーなその魅力。

 うーむ、これを見せられたら、世界中の男たちはこの女性の前にひれ伏してしまうだろう。


 『女帝』……


 そんな言葉が俺の脳裏をよぎった。


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