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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「大いなる旅立ち」篇
15/109

langage de clapotis  (プルミエル視点)

 長距離の船旅では毎度のことだけれど、航路の確認はなかなか時間のかかるものだ。

 物資の積み込み手順、中継点の指定、日程の調整、風向きの確認。

 陸の上だけでもすることは山のようにある。

 それでもいくつかの提案と意見を交わしあって、ようやく全ての段取りがまとまったところで、船長がコンパスをたたみながら笑顔を見せた。


「では、今回は片道三日の日程で調整させていただきます」

「うん、お願いね」

「へい」


 船長は金貨を受け取ると、数えもせずに番頭に渡した。


「あら、確かめなくていいの?」

「何を仰います。『ミスマナガン』の金貨が不渡りをおこしますかね?」

「まー、分からないわよ」

「その時は請求書を別に送りますよ」

「ふふ……」


 この『クイーバー客船』は小さいながらも誠実で安全な船旅がモットー。

 『ミスマナガン』の名前を出しても、値段をつり上げたりしないし、奇異の目で見たりもしない。

 船長をはじめとして、船員達の対応も丁寧なので、好感を持って普段から贔屓にしているところだ。


「じゃあ、術戦車の積み込みはお願いね。私はもう一つの荷物を拾ってくるわ」

「分かりました。出港は南中の時刻でよろしいですかね?」

「ええ。よろしく」

「では、お待ちしております」


 ピシッと敬礼を送る船長に、私も軽く敬礼を返して、背中を向けた。

 潮風が、すうっと私の髪を揺らして抜けていく。

 長くそれを身体に浴びすぎると、べっとりと気持ち悪くなるけれど、こうしてたまに吹かれるくらいは気持ち好いものだわ。

 普段はあまりやらないけれど、大きく伸びをしてみる。


「んーっ……」


 背骨がバキバキと音を立てる。

 あらあら、意外と疲れてたのかしら?

 今度は肩を大きく振りまわしてみる。

 同じように、ペキペキと骨が鳴った。


(やーね。昔は三日三晩もブオナパルトを走らせても疲れなかったのに……)


 何らかの衰えを実感してガッカリしかけた、その時。

 沖合のほうでカモメがひときわ高く鳴きだした。


「ん?」


 振り返って、見る。


「……あちゃー」


 水平線を遮るその巨体がこちらの否応なしに目に入ってきて、私は思わず大きな溜息を洩らしてしまった。


(『メイベル・ルイーズ』……)


 富豪貴族の持ち物ならではの、悪趣味な装飾を散々に散りばめた超巨大な豪華客船だ。

 黒塗りの重厚な船体と、帆先の黄金色に輝く女神像がトレードマーク。

 オールや風の力を使わない最新設計で、十人からなる水の法術師が魔道の力を注いで動かしているらしい。

 言うなれば、特大の術戦車といったところかしら。

 しかし、どうして人間というものは少し財を持つと、とかくああいう大きな物を作りたがるのだろう?

 醜い自己顕示欲、薄っぺらい見栄、厚塗りの虚飾。

 そんなモノが、この大海を我が物顔で走る様は到底美しいとは言えないわ。

 風を受けて、自然のままに走る帆船のほうが私は好きだ。

 『メイベル・ルイーズ号』はまるで凱旋でもするかのようにゆっくりと『ルジェ観光地区』のほうへ着岸した。

 それも海のリゾートを楽しむ貴族向けに再開発された、悪趣味な美観地区だ。


(……ま、いーか。別にあっちには用は無いし)


 私はとりあえずケンイチを探すために、朝市のほうへ足を向けた。


(彼が馬鹿でなければ、人混みの多い所へ行くはずだけど……)


 いや、彼が馬鹿でないとも言い切れない。


(……死体置き場から探したほうがいいかしら?)


 でも、その考えはするりと頭の片隅に引っこんでいった。

 別段、特別な感情を持っているわけではないけれど、あの、ジン・ケンイチという青年にはどことなく普通の人間とは違うものがあると思う。

 知力でも体力でもなく、何よりも運の強さ。

 ここまで生き延びているだけでも、それは実証済みと言えるだろう。


(思い切りの良さもあるわね……)


 それは、勇者が不死身であるということと合わせて考えると、大きな強みになる。

 あれこれと思い悩んでいるうちにタイムアップ、という勇者も今までに星の数ほどいただろう。

 引っ込み思案や臆病者には、勇者は務まらないということかしら?

 誰が考えたシステムかは分からないけれど、『勇者タイム』は実に巧緻に富んだ『勇者の選別方法』だ。


(じゃあ、その旅の先には何があるのかしら?)


 このままの状況が続けば、ケンイチはただの『国民的な便利屋(パシリ)』というポジションに定着するしかない。

 このゲームにはゴールがあるのだろうか?

 彼が本物の勇者だとして、それが世界に及ぼす影響は何か?

 『勇者タイム』の存在そのものが理屈でない以上、全く予想がつかない。

 巻き込まれたケンイチには申し訳ないけれど、非常に興味深いテーマだ。


(ふふ、面白いわね……)


 そんなことを考えて笑った時、前の通りに、真っ黒に全焼した家を見つけた。

 それだけならば、大して気にも留めなかっただろうけれども、通りに立っていた若い男女の会話が、私の注意を引いた。


「マドセンさんも災難だったなぁ。火元は分からないのかな?」

「ハンナさんは台所仕事もしていないのに急に燃え広がったっていってたわね」

「げ、放火?」

「まさか!」

「でも、みんな無事でよかったよなぁ」

「そうね。あのケンイチって子が飛び込んでいかなかったら大惨事だったわ」

「あの子もよく無事だったな。火傷一つしてなかったらしいぜ」


 私は聞き慣れた固有名詞を耳にしたので、二人に歩み寄っていった。


「失礼、お二人さん」

「?」

「火事がありましたの?」

「ええ、朝一番でね。でも、死傷者が出なかったのは不幸中の幸いですよ」

「それは……幸運でしたこと」

「一人の青年が危険を顧みずに飛び込んでいって、中で逃げ遅れていた妊婦さんを助け出したんですよ」

「まぁ!」


 とりあえず、大げさに驚いて見せる。

 ほー、随分と派手な活躍をなさったようね。


「ぜひ、その青年にお会いしたいわ。どちらにいらっしゃるのかしら?」

「えー、マドセンさんと漁師仲間がこの先の『メド・ブルウ』っていう食堂に連れていきましたよ」

「そうそう、今頃は大騒ぎでしょうね」

「御親切に、ありがとう」


 私は二人に頭を下げて、その食堂へ向かうことにした。

 ふーん、なかなかうまくやっているじゃない?

 若干の満足感を覚えながら、朝市で賑わう通りを抜けると、難なく『メド・ブルウ』の看板を見つけた。

 お世辞にも小奇麗とは言えないけれど、いかにも大衆食堂、といった趣の店構え。

 扉をくぐると、ムッとした熱気とお酒の匂いが身体を包んだ。

 大勢の男たちが、テーブルの上で肩を抱き合ったり、言い争ったりと盛り上がっている。


「わはははー、お前は本当にいい奴だぜ」

「俺もそう思ってたよ」


 また別のテーブルでは。


「おい、てめぇ、今、なんて言った?」

「タマナシって言ったんだよ」

「てめぇ!」

「おおっ、いいぞ!もっとやれ!」


 うーん、平和だわねぇ。

 しかし、店内を見回してみても喧騒の中にケンイチの姿は無い。

 この一団の中にいれば、目立つはずだけど……

 とりあえず手近なテーブルで酔いつぶれている男の肩を揺すって、起こした。


「ちょっと、ケンイチは?」

「おぅん?……誰だって?」

「火事場で活躍した人はどこですかー?」

「ああー……マドセンが連れてったよ」

「どこに?」

「ポウルのところだ」

「どっちのほう?」

「右……」

「ここを出て、右?」

「右だ……」

「右ね」

「あんた……綺麗な人だ……なぁ、俺がもう少し若かったら結婚してくれるかね……?」

「考えとく。じゃあね」


 私は『メド・ブルウ』を後にして、右の通りを歩いて『ポウル』のところを探す。

 しばらく歩くと、『シーフード・ポウル』の看板が見えた。

 店の前では威勢のいい男たちが、声を張り上げて呼び込みをしている。


「へい、らっしゃい!らっしゃいよー!」

「お尋ねしますが」

「へい、お嬢さん、毎度!」

「ここに、ケンイチっていう男の子が来ませんでしたか?」

「ヘイ、ケンイチ一丁!……って、あー、あの男の子ね。彼ならここを手伝ってくれたあとに、マドセンさんに連れて行かれたよ」

「どちらへ?」

「『観光地区』のほうだったかな?この通りをまっすぐ進んだところだ」

「はぁー……」


 よりによって、面倒なところに……

 思わずため息が出た。


「何?お嬢さん、もしかしてあいつの彼女なの?」

「かもね」

「ぬぐぐっ……あの野郎、こんなに可愛い子とッ!」

「ごきげんよう」


 ぐぎぎ、と歯噛みしている男に別れを告げて、私は観光地区へ向かう。

 まったく、とんだタライ回しだわねぇ。

 あらかじめ待ち合わせの場所を指定しておくべきだったかしら?

 でも、それだと行動に制限が生まれてしまう。

 『勇者タイム』が思うように稼げなくなってしまっては困ると思ったのだけれど……


(うーん、気を回しすぎたかも)


 ちょっとだけ反省。

 もう少し、彼を信用してもいいのかもしれない。

 そういえば、ニワトリも放し飼いにするより狭い鳥かごに入れておいたほうが効率よく卵を産むそうだ。

 何事も放任は良くないということね。


(『生かさず殺さず』が丁度いいのかも……)


 そんなことを考えているうちに、観光地区の目の前だ。

 『ルジェ歴史美観地区』と書かれた大仰な鉄製のアーチから先は、綺麗に石畳が舗装されていて、白塗りの真新しい建築物は、日の光を反射して目を焼かんばかりに眩く輝いている。

 先ほどまでの港町とはまるで別の国のようだ。


(わざわざ、こんなところにね……)


 これも、富豪連中の道楽。

 最近は海沿いの別荘というものが流行っているらしい。

 そして、『メイベル・ルイーズ』で悠々自適な遊覧旅行。

 まったく、あの連中にはお金を使うこと以外の趣味は無いのかしら?


「小僧!面白い!」

(んー……?)


 突然聞こえてきた怒声。

 私はそちらへ目を向けた。

 オープンカフェの店先で、屈強そうな騎士風の男が、一、二、三人……と、それに囲まれてるケンイチ。


(意外とすぐ見つかったわね……)


 いきり立つ男たちに対して、ケンイチは両手を広げて、まぁまぁとなだめすかしているようだった。

 よく見ると、その後ろには女の姿が。

 ははぁ、あれを庇っているワケね。


「……げ」


 しばらく眺めていようと思ったけれど、あることに気付いて、私は思わず頭を抱えてしまった。

 もぉ、あのバカ!

 よほど、トラブルに巻き込まれる体質なのね。


(よりによって、あんな厄介なのにつかまるなんて……)


 航海の前に、早くも波風が立った。


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