寿司屋志願者
「勇者ケンイチに乾杯!」
「乾杯!」
一斉に杯が上がった。
当然、俺は未成年なので水。
「うーい、うめぇ!」
「さぁさぁ、心おきなく飲んで食ってくれ」
さきほどの救出劇で一躍人気者になった俺は、町の衆に誘われて大きな食堂に連れてこられた。
そして、目の前には豪華な海の幸が。
ワオ!この世界に来て、初めての御馳走だ。
「おおっ、いただきます!」
ちょうど空腹だったので、俺は遠慮なしに焼き魚やら煮魚やらを口に次々と放り込んでいった。
マドセンさんは酒をぐいぐいと飲みながら、それを面白そうに見ている。
「うまっ!」
「これも食えよ」
「…うまっ!」
「これも美味いぜ」
「……うまーっ!」
「わはははー、いい食べっぷりだ!気に入ったぜ、ケンイチ!」
「ちょいと、あんた」
ハンナさんが呆れた顔で水差しを運んできて、俺の空いた杯に水を注いでくれた。
「まったく、仕事も放り出して朝っぱらから飲んだくれるなんて!」
「いいじゃねぇか。家は焼けちまったが、お前も無事、子供も無事、ついでにヘソクリも漁師道具もパンツも無事ときたもんだ。こいつは祝わずにはいられんぜ、なぁ?」
マドセンさんは仲間たちに同意を求める。
男たちは一斉に頷いた。
「そうだぜ、ハンナさん。こいつはめでてぇ席だ」
「そうそう。それに真の勇者を祝福しねぇことにはこのルジェの港町の、末代までの恥だぜ」
「もう!あんたたちときたら。この調子じゃあ、これから毎日どこかで火の手が上がりそうだよ」
「それも悪くねぇな!わはははー」
全員がどっと笑い転げた。
いやぁ、平和だなぁ。
それだけでも、意を決して炎の中に飛び込んだ価値は十分にあるだろう。
『情けは人の為ならず』なんて言葉があるけど、こういう光景を見ていると本当にその通りだと思う。
昔の人は本当に上手いこと言うね。
「おう、そういえばケンイチ」
マドセンさんがこっちを振り返った。
「俺はちょいと信じかけてるぜ。お前が最初に言っていた、あの……」
「?」
「お前さんが、勇者だって話さ」
「あー、いや、自分で言うのもアレでしたよね……」
「いやいや、もう笑ったりはしないぜ。よかったら詳しく聞かせてくれ」
「話すと少し長くなるんですけども……」
俺は自分の置かれている状況と勇者タイムについてを、なるだけ分かりやすいように全員に語って聞かせた。
「……ふーん、そいつは厄介なことに巻き込まれちまったな」
「ううっ、この世界に来て初めてそんな同情的な言葉を頂いた気がしますよ」
「で、今は『勇者タイム』は大丈夫なのかい?」
「おおっと」
ハンナさんの言葉で、俺は慌てて『勇者タイマー』を見た。
『12:17』
おっと、危なかったな。
「あと12分くらいですね」
「よし!」
マドセンさんが立ち上がった。
「ケンイチ、ここは協力させてもらうぜ。ようは誰かの手伝いをしてりゃあ、お前は死なずに済むんだな?」
「まぁ、そうですね」
「おい、ベント。たしかポウルのところの若いのが一人、風邪で寝込んじまってたよな?」
「あー、そうだな。一家総出で休みなしだと嘆いてたぜ」
「よし、酒盛りは一時中断だ。ケンイチ、ついてきな」
そう言って、マドセンさんは俺の手を引いて席を立った。
連れてこられたのは港のほど近く、こじんまりとした出店の前で、男たちがせっせと包丁をふるって魚をさばいている。
開きになった魚が大量に吊るしてあるところを見ると、どうやら干物を作っているようだ。
「ポウル!」
「あん?やー、マドセン」
顔を上げたのは、真っ黒に日焼けした老人だった。
「マドセン、お前の家、燃えちまったんだってな。気の毒に」
「なぁに、女房も子供も無事だったんだ。なんてことはねぇよ」
「そいつは何よりだ」
マドセンさんはその老人ポウルさんにここまでの経緯について話してくれた。
「ほう、こんな若造がねぇ。見上げたもんだ」
「で、こいつの『勇者タイム』のチャージに協力してやってくれないか?」
「それはこっちにとっちゃありがたいが……」
老人の目がこっちを見る。
「いえいえ、何でもやりますよ。言ってください」
「お前さん、包丁を握ったことはあるのかい?」
「えーと、あんまり、無いですね」
「やれやれ、こっちに来な」
俺がまな板の前に立つと、ポウルさんは包丁を渡してきた。
「エラの下に包丁を差し込んで、腹側に向かって引くんだ。そうそう……」
俺は指示に従って包丁を動かして、5分ほどかかってようやく魚を半分にした。
「うーむ、ちょっと遅いな。もう少しスピーディにやってくれ」
「分かりました」
そこから、俺は作業に没頭した。
最初の10分は完全に要領が悪くて、ヨレヨレと魚がまな板の上で踊った。
次の10分はポウルさんのアドバイスのおかげで少しだけ早く魚をさばくことができた。
次の10分で、俺は完全にコツをつかんだ。
何よりも、手を怪我する心配がない分、包丁を扱うことに関してかなり大胆になれるからだ。
「ほう!筋が良いぞ、ケンイチ!」
「あざっす」
包丁を入れて、引いて、開いて、骨を切り離して……
今の俺は職人そのものだ。
やってるうちに楽しくもなってきた。
もとの世界に帰ったら寿司屋になるのもいいかも。
食通は卵焼きの味で寿司屋の腕が分かるっていうから、気をつけようぜ。
そんで、世界一美味いアナゴを出すんだ……
「……ンイチ、ケンイチ!」
「ぇあ?」
熱中していた俺はポウルさんの声で我に返った。
「ほれ、時間は?」
「あ、ああ」
『15:51』
「まだ、少し余裕があるッス」
「そんじゃあ、もう少ししたら、次の仕事に行こう。漁網の繕いを頼むよ」
「ウス」
結構、人の為になることってその辺に転がってるもんだな。
この調子だと、ここで暮らしてるだけでも生きていけそうな気もする。
俺にとっては異世界で初めての町。
だが、勇者としてのやりがいを確かに掴んだ気分だった。