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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「大いなる旅立ち」篇
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火事場の勇者タイム

 まだ夜が明けたばかりだっていうのに、ルジェの町はもう活発に動き出していた。

 海のほうに目をやると、帆船がいくつも帆を上げて岸に向かってくるのが見える。

 ああ、港町だから、朝が早いわけだ。

 俺はとりあえず、ふらふらと活気のありそうな港のほうへ歩いて行った。

 漁場ならではの、魚の生臭さと潮の香りが鼻に入ってくる。

 市場の一角で山積みになっているカゴの中を覗いてみると、小魚がたっぷりと入っていた。

 その姿かたちは俺のいた世界のものと全く変わりない。

 やっぱり、世界観が多少違うだけで、どっちの世界でも生態系は大差無いようだ。


「てめぇ、小僧、魚泥棒か?」


 不意に、俺の背後から男が声をかけてきた。

 振り返ると、筋肉ムキムキで真っ黒に日焼けした、いかにも海の男といった大男が立っていて、不機嫌そうにこっちを睨みつけている。

 おおっと、対応を誤ると拳が飛んでくるパターンと見た。


「いい度胸だ」

「ち、ち、違います、えーと……」


 俺は完全にテンパってしまった。

 何と言ったものだろう?

 睡眠不足の頭では、上手い言い訳も思いつかない。

 うーむ……まぁ、いいや。

 出たとこ勝負。正直に事情を話せば分かってくれるはず。


「俺……勇者なんです」

「……」

「えー……で、ですね。困った人の手助けをしなければならないんですよ」

「……」

「なので、何かお困りのことでもあれば、と思いまして……」

「困ったことはあるぜ」

「おおっ!何でも言ってくださいヨ!」

「どっちの拳でテメェを黙らせようか、困ってるぜ」

「ヒィッ!」


 一応、不死身の俺ではあるが、男の体から溢れ出てきた殺気に、思わず短い悲鳴を上げてしまった。


「いや、いやいやいや、本当に勇者なんです!」

「おー、信じてやるぜ」


 そう言いながら、男は拳をバキバキ鳴らして近づいてくる。


「マドセン!」


 突然、後ろから他の男が声をかけてきたので、大男は振り返った。

 ほっ、逃げるチャンス!

 俺が慌てて走り出そうとした時、二人の会話が耳に飛び込んできた。


「大変だ!お前の家、燃えてるぞ!」

「な、何っ!?ハンナは!?」

「分からん!とにかく、すぐに来い!」


 二人は血相を変えて走っていった。


(火事……か?)


 逃げるつもりだったはずなのに。

 俺は、何故か彼らのあとを追って走り出していた。



 男の家は激しく燃えていた。

 窓からはもうもうと黒い煙が立ち昇り、一階部分は完全に炎に包まれていた。

 何人もの男たちがバケツリレーで水をかけているが、全く効果は無いようだ。


「ハンナ!」


 男が叫ぶ。


「ハンナ!ハンナァ!!」

「駄目だ!マドセン!」


 家に飛び込もうとする男を、何人もの仲間が必死で押しとどめた。


「離せ!畜生!ハンナァァァァァッ!!」


 その時、窓からヒョイと女の人が顔を出した。

 煤で顔は黒く汚れているが、はっきりした眉が気の強そうなことをうかがわせる美人だ。

 彼女が『ハンナ』だろうということは俺にも分かった。


「マドセン!」

「ハンナ!無事か!」

「受け取って!」


 そう言って、ハンナさんは窓から頑丈そうな箱を二つ、放り投げた。


「うちのヘソクリと、大事な漁師道具。もう一つのほうは着替えだよ!」

「ハンナ!そんなもんどうでもいい!飛び降りられるか!?」

「あー、ちょいと無理だね。お腹の中の子供のことを考えるとね……足も挫いちゃって……」

「ああ、ハンナ!畜生!ハシゴ、ハシゴはどこだ!?」

「駄目だ!ここにあるハシゴじゃあ届かない!」

「くそったれ!やっぱり俺が行く!」


 一連の会話の流れは、俺に状況をしっかり説明してくれた。

 つまり、燃える家の中に妊婦さんが取り残されているわけだ。

 ってことは……そうだ。

 勇者の出番だな!


(お前は不死身だ、不死身なんだぞ)


 自分にしつこく言い聞かせて、一つだけ深呼吸をする。

 ……よし!


「おおらぁぁぁぁぁぁぁ!」

「小僧!?」


 覚悟を決めた俺は、観衆を押しのけて燃え盛る家の中に飛び込んでいた。

 火の粉が弾け、炎がまるで生き物のようにくねりながら全身を包んだ。

 だが。


(やったぜ!全然熱くない!)


 ちょっとムワッとした熱気を感じたくらいだ。

 これならイケると俺は確信を持つ。

 一階部分は盛大に燃え上がっていた。

 その中で、俺は急いで二階への階段を探す。

 俺は不死身だからいいが、あんまりまごついているとハンナさんが蒸し焼きになっちまう。

 煙を吸いすぎるのも決して身重の体には良くないだろう。

 居間を抜けて、扉を開けると、勢いよく燃えあがる階段があったので、俺は急いでそれを駆け上がる。

 昇りきったのと同時に後ろでバキバキと何かが崩れ落ちる音が聞こえた。

 くそっ、急がないと!


「ハンナさん!」


 俺が二階の部屋の扉を蹴り開けると、お腹の大きな女性がびっくりした顔でこっちを向いた。


「あら!って、あんた誰?」

「助けに来ました!」

「ええ?どうやって……」

「それは後で。とにかく、今は早くここを出ましょう」

「どうやって?」


 どうやって?

 どうしよう?

 考えろ!

 階段はもう使えないだろう。

 俺は部屋中に目を走らせる。

 何か無いか?何か……

 窓のカーテンを見たとき、ふと、頭に閃くものがあった。


「よし、カーテンを使いましょう」


 そう言って俺は窓からカーテンを二枚引っぺがすと、それをさらに二枚に裂いて、端を結んだ。

 もちろん固い玉結びだ!

 それはつなぎ合わせると5mくらいになった。

 ここは二階だから、大体これくらいの長さがあれば大丈夫だろう。

 ハンナさんは俺のしていることをじっと見ていた。


「ロープ?」

「そうです。これであなたを降ろします」


 俺は出来上がった即席のロープをぴんと引っ張って強度を確かめる。

 よし、大丈夫そうだ。

 俺は窓から顔を出して、窓の真下は火の手が弱いことを確認する。

 そうして、外の観衆に向かって叫んだ。


「今からハンナさんを降ろします!」

「何っ!」

「下で水の準備を!」

「わ、わかった!」


 今度はハンナさんを見る。


「これをしっかり掴んでいてください。なるべくゆっくり降ろします。一階はかなり燃えてますから、気をつけてください」


 そう言って、近くにあった花瓶から花を抜いて、中の水を頭からハンナさんにかける。

 文字通りの焼け石に水、だが、何も無いよりはマシなはずだ。

 そうこうしているうちに、後ろで扉が焼け落ちて、炎が室内にも燃え広がってきた。


「うおっつぁ!急ぎましょう!」

「でも、あんたは?」

「俺は平気です」

「そんな!」

「本当です。えーと、つまり燃えない体質なんですよ。さぁ、急いで!ここから出るんです!」

「……ええ、そうね。わかった」


 ハンナさんはしっかりとロープを手首に巻きつけるようにして掴んだ。


「いいわ」

「よし、行きます」


 俺は窓に足をかけ、しっかりと腰に体重を据えて、ハンナさんを少しずつ降ろしていった。

 うおぉ、さすがに妊婦なだけあって重たい!

 俺はバランスを崩して、前のめりになってしまった。

 すると、ぶら下がっているハンナさんの体も左右に大きく振られてしまって、観衆から悲鳴が上がる。


(くそ、落ち着け!)


俺は窓の桟に足をかけて踏ん張り、上半身を後ろに倒して、バランスをとった。

 炎は、今や完全に部屋の中を支配している。

 室内が赤一色に染まっていた。

 窓の外で観衆の声が聞こえる。


「いいぞ!」

「もう少しだ!」

「気をつけろ!」

「あと少し!」

「いいぞ!……よし、やった!」


 ふっと、ロープが軽くなると、窓の外から歓声が上がった。

 よし!成功したようだ!

 俺は確認しようと窓から顔を出した。


「大丈夫ですか!?」

「大丈夫、大丈夫だ!お前も早く飛び降りろ!受け止めてやる!」


 全員がこちらに向かって一斉に手を伸ばす。

 俺は、窓から身を投げ出して、宙にダイブした。


「おおおっ……!」


 落下している最中に、建物の中が見えた。

 自分がさっきまで立っていた場所が、完全に業火に包まれている。

 よくもまぁ、無事だったもんだ。

 やっぱり不死身ってのは便利な能力だ。

 なんて思っていると、何本もの手が、落下する俺の体を優しく受け止めた。

 地面に降ろされると、頭から何度も水をかけられる。


「おぼっ、だ、大丈夫っス、燃えてないから……」

「お前……お前ってやつは!スゲェ奴だぜ!」


 一斉に歓声が上がった。


「おお、よくやったぜ、ボウズ!」

「まったく、大した奴め!」


 あちこちから丸太のような腕が伸びてきて俺をもみくちゃにした。

 ケツを叩かれたり、背中を小突かれたり、頭をワシワシ撫でられたり。

 ひとしきり祝福を受けた後、大騒ぎしている観衆をかき分けて、さきほどの大男が俺の前に立った。


「……小僧、名前を聞かせてくれ」

「えーっと、神 健一です」

「ジン・ケンイチ……俺はマドセンだ」


 マドセンさんが、大きな手を俺に差し出してきた。

 俺はそれを握った。

 相手が、力強く握り返してきた。


「ありがとう、ケンイチ……ありがとう……」


 マドセンさんは、両目から流れる涙を隠そうともしないで、ひたすら強く俺の手を握っていた。

 遠くから、ハンナさんが何人かの奥さんたちに介抱されながら、満足そうにこちらに微笑みを送ってくる。

 俺はどうしていいか分からなくって、少しうろたえてしまった。

 照れくさいような、恥ずかしいような……

 だが、その一方でこうも感じていた。


(勇者になった甲斐があった……)


 そう。初めて人命を救ったのだ。

 それだけでもこの世界に来た意味があったような気がした。




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