完全徹夜だ勇者
「いいお知らせよ。聞きたい?」
「……ぜひ……聞きたいね」
「そろそろ森を抜けるわ」
「そうか……」
俺はプルミエルの言葉を、逆さまに木に引っかかった状態で聞いていた。
「次は、どこだっけ?」
「平野を抜ければ『ルジェ』ね」
「いいところ?」
「普通」
「……」
「……」
会話終了。
「えーっと……」
「?」
「どれくらいでそこに着くんだ?」
「二時間くらいかしら」
二時間……結構、いいペースじゃないか?
「よし、じゃあ、さっさと勇者タイムをチャージして行こうぜ」
俺が木から下りようとして体の向きを変えると、プルミエルはぐん!と鎖を引っ張った。
「ヒィッ!」
俺は見事に頭で地面に着地した。
「うごぁ!」
「こっちのほうが手っ取り早いでしょ」
「ううっ……俺、勇者なのに」
「ほれほれ、勇者タイム」
おっ、忘れてたぜ。
『07:21』
くそ、結構少ないな。
「な、何すればいい?」
「これ」
プルミエルは、俺の前に逆さにした麦わら帽子のようなものを差し出した。
何だ、これ?
あ、卵が入ってる!
「鳥の巣?」
「着地の衝撃で落としちゃったみたい。もとの場所に戻してあげて」
そう言って、彼女は木の上を指さした。
登って、降りて、また登る、か。
(勇者も大変だな……つまり俺って大変だな……)
自らを労うことでしかこの心の渇きは癒されない。
俺はプルミエルから巣を受け取って、木を登り始めた。
おっと、卵を落とさないようにしないとな。
慎重に枝を選んで登っていって、ようやく安定感のありそうな場所を見つけたので、そこに巣を置く。
「これでよし、と。ゴメンな。ちゃんと産まれてくれよ」
「ダイジョーブゥ?」
プルミエルが木の下から声をかけてきた。
俺はそれに親指を上げて応えてやる。
「おっけぃ」
すると、再びグン!と鎖が引っ張られて、俺は無様に地面に墜落した。
「ごぶはぁ!」
「いちいち叫ばないでよ、もー。そろそろ慣れなさい」
「もう少し優しくしてくれ!泣くぞ!」
「泣けば」
そう言ってプルミエルは俺の左手首をねじり上げ、勇者タイムを確認する。
「うん、リセットされてる」
彼女はそう言って、何やら小さなノートにペンを走らせた。
「何それ?」
「これ?『勇者研究ノート』」
「ははあ、俺をモルモットにして資料を作っているわけだ」
「そうよ」
プルミエルはいつも俺の皮肉をサラリとかわす。そして返す刀で鋭く刺す!
くぅっ、小悪魔め!
「せいぜい、俺をいたぶるがいいさ!」
「でも、あなたの役にも立つのよ」
プルミエルが俺の前にしゃがみこんで、優しげな笑顔を見せる。
うう、だまされないぞ!
「考え方を変えてみたら?私たちは共同研究者よ。まだまだ研究の進んでいない勇者の生態がこの旅によって明らかになっていくの。勇者タイムの効率良い稼ぎ方も分かるかもしれないし」
「しかし……」
「見て」
そう言って、彼女はノートを開いて見せた。
あー……この世界、言葉は通じるが、文字は読めん。
なんて書いてあるかは、全然分からなかった。
「すまん、読めない」
「今、書いたのはここね。『勇者タイムは人間以外の生き物を対象とする善行でもチャージされる』ってところ」
「おー……そう」
「あら、この発見は凄いことなのよ。『人間でなくてもいい』っていうことはこの世界のどんな辺境に行っても、他に生き物がいれば生き延びることができるっていうことよ」
「ああっ!そうか!さっきの鳥の巣にはそんな意図が!」
「ね。役に立つでしょ?」
「ううっ、すまん、プルミエル……俺、君がそんなに真剣に勇者タイムのことを調べてくれているとは気付かずに……」
「だから、しっかりモルモットなさい」
「おう!本気でモルモッてやるぜ!」
「せいぜい長生きしてね」
最後の一言は言わないでほしかったが、まぁ、いいや。
「じゃあ、ルジェに行こうぜ!」
「あ、ちょっと待って」
血気に逸る俺を、プルミエルが押しとどめた。
「な、何だ?」
「今日はここで休むわ。明日、日の出前に出発、ね」
「ええっ?」
いや、しかし、寝るのはまずいだろう?
「おいおい、勇者タイムはどうすりゃいいんだよ?」
「頑張って」
「ど、ど、どういうこと?」
「『ブオナパルト』を飛ばすのはすごーく魔力を使うの。本ッ当にすごーく、よ。だから、私はここで少し寝て、魔力を回復させなければいけないの。OK?」
「あ、ああ」
「でも、あなたは眠りこけてしまったら、死んじゃうのよね?」
「そうだ!」
「そこで、これです」
プルミエルは俺の前に紙とペンを出した。
「今から言うことをちゃんと書いておいて。忘れないように」
「お、おう」
「いい?私は今からきっかり『3時間』、寝るわ。だから、あなたが勇者タイムを稼ぐためのアドバイスを今のうちに四つ、出しておいてあげる」
「おおっ!ありがたい!」
プルミエルは歌うように語りだした。
一、森の動物に襲われないように、火をおこすこと。
二、ブオナパルトの車体を綺麗に磨き上げておくこと。
三、この先にある川から水を汲んでくること。
四、朝御飯の支度をしておくこと。
「以上。大丈夫?」
「ああ……よし、書いた」
「いい?分かってると思うけど、勇者タイムが切れるギリギリで、一つずつ、実行すること」
「ああ、わかった」
「寝ちゃダメよ」
「頑張る」
「よし」
プルミエルはブオナパルトの脇に括りつけてあった荷物の中から、上等そうな毛布を引き出すと、それにくるまって、すぐに横になった。
「おやすみ、ケンイチ」
「ああ、おやすみ、プルミエル」
彼女はすぐに喋らなくなった。
随分と寝付きが良いなぁ。
ひょっとしてエラく疲れていたのかもしれん。
なんだかんだ言っても、彼女は一日中、俺の為に動いていてくれたのだ。
そう考えると、モルモット扱いも些細なことに感じられる。
(ケンイチ……そろそろ覚悟を決めよう。少しはポジティブになれ)
俺は天を仰いだ。
(自分の為に、彼女の為に……勇者の旅を続けるんだ)
この世界で見つけた唯一の目標。
漠然としてはいるが、何も無いよりは遥かにマシじゃないか?
俺の決意を祝福してくれているかのように、星が綺麗に輝いていた。
アレ……?
何か忘れてるような……
「あ……プルミエルッ!手錠外してくれッ!」