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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「決戦の序章」篇
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この戦いが終わったら…は死亡フラグか?

 不意に。

 それはまったくの突然に。

 亜空間のぐねぐねとした色彩が消えうせ、一面の青が目の前に現れた。

 それが空の色だと気付いたのと同時に、凄まじい風圧と衝撃が全身を包んだ。


「ぐぇっ!?」


 皮膚をメリメリと引き剝がされるような凶悪な空気摩擦!

 馴染みのある殺人的ソニックブーム!

 そうそう、これだよこれ。

 俺がかつて体験した地獄はよ!


「うぉぉぉぉぉ…っ!」


 絶叫はあっという間に、どこかに飛び去って行く。

 そもそもまともに呼吸すらできない。

 おまけにこのスピードは……!

 以前味わったプルミエルの術戦車『ブオナパルト』のそれよりもえげつない。

 こんな衝撃波の中ではイグナツィオも老師もすでに空気抵抗の摩擦で蒸発してしまっているのでは?

 俺は叩きつけてくるような凄まじい風の流れの中で何とか体をひねり、イグナツィオのほうを見る。

 だ、大丈夫か?

 生きてるか?

 手首だけ残して体はどこかに吹き飛んでやしないか?

 そんな惨状は見たくはない。

 だが、確認せずにはいられない。

 恐る恐る目を開いてみる。

 そこにあったのは意外な光景だった。


「はははははははははは」

 

 わ、笑っているだと……?

 その細っこい体を風の中でくるくると回転させながら、確かに笑っている!

 正気か!?

 その姿には狂気すら感じる。


「はははははははははは」


 おっそろしっ……

 普段が無表情な分、本当に怖い。

 だが、まあ、無事なようで何よりだ。

 問題はこの状態からどうやって着陸するかだが……


「あひっ!?」


 腕がより強い力で引っ張られたかと思うと、機体が大きく旋回し、広い平野に向かって急降下を開始する。

 何度も言うが、このスピード!

 もはや着陸というよりも墜落というか、とにかく地面に向かって突貫するような勢いだ!

 速度を緩めるんだ!プルミエル!

 俺たちがこの世界の希望なんだぞっ!?

 だが、この祈りは届くはずもなく、速度はそのままであっという間に雲を抜け、どんどん地表が近づいてくる。

 もう……駄目だっ……!堕ちっ……


「あはあああああああぁぁぁぁっ!」


 地面!こんなにも近い!

 勇者タイムの恩恵で死ぬことはないと分かってはいても、怖いものは怖い。

 俺はせめて無様に失禁しないよう、キュウと膀胱と括約筋を引き締めた。


「うあああぁぁぁあ……あばっ!」


 頭からの激突!

 凄まじい衝撃!

 俺の体は地面に対して垂直に突き刺さり、久々のスケキヨ状態だ。

 この土中の暗さときたらどうだ?

 いや、それよりも戦闘機はどうなった?

 全員無事か?

 確認しようにも上半身が完全に地中に埋まっているのでまったく身動きが取れない。

 気味の悪い静寂が続いた。

 俺は仲間たちの生存を祈りながら待つことしかできない。

 

(み、みんな無事でいてくれよ……)


 嫌な汗が出てきた、その時——


「よいしょ」


 と、誰かの声が遠いところで聞こえたかと思うと、両足首を掴まれ、一気に体が地上に向かって引き揚げられた。


「あばっ!」


 地面に突き刺さる時と全く同じ悲鳴が出た。

 これ、実は抜かれる時も同じくらい痛いのかもしれない。

 大根やニンジンもこんな気持ちなんだろうか。

 大地の恵みに感謝だ。

 ……などということを考えているうちに、暗闇から解放され、俺は新鮮な空気を味わうことができた。


「ぶふっ!……ハァ、ハァ……」

「大丈夫だった?」

「おう……サンキューだぜ」


 俺を気遣うのは、土中から助け出してくれたアリィシャだけで、あとの女たちは素知らぬ顔で戦闘機の傍でなにやら話をしていた。

 驚きなのはイグナツィオも普段と何ら変わらない様子で平然と立っていることだ。

 ちくしょう、本当に受け身でなんとかなったのか?

 後学のために見ておきたかった。


「ケンイチ。こっからは別行動よ」


 プルミエルが声を掛けてきた。


「え?」

「空を見て」


 言われて顔を上げると、なんと、平野のすぐ向こうにパルミネの街が見えた。

 街には火の手が上がり、天に向かってもうもうと黒煙が立ち上っている。

 それがラーズの手によってもたらされた破壊の爪痕だということはすぐに分かった。

 そして、黒煙の向こうに——魔法塔がそびえたっている。

 炎に照らされ、熱気の中に揺らめくその姿。

 以前見たときよりも、より邪悪で禍々しい姿に見えた。


(いる……)


 あそこに、あいつが。

 魔王が。

 今はその存在をより近く感じる。

 あいつもきっと気付いているだろう。

 そして、俺が来るのを待っているはずだ。

 身震いがした。

 怖い。

 殴られるのは屁でもないが、誰かを殴るのが怖い。

 あまつさえ、殺す——なんて。

 俺にできるのか?

 だが、場合によってはやらなければならない。


(……)


 いや、そう、あくまでも場合によっては……ってことで。

 俺に出る幕がなければ、それでいい。

 勇者としてはどうなんだって感じだが、俺としてはそれで全然オッケーだ。

 イグナツィオが上手くやることを祈るしかない。

 きっと大丈夫だ。

 なんたって凄腕のアサッシンだし、受け身もできるし。


「ちょっと、ケンイチ。聞いてる?」

「お、おう。すまん。なんだっけ?」

「うつけ者っ!」

「マ、マジですまん……」

「空!」

「は、はい!」


 俺はもう一度空を見上げる。

 世界の有様を暗示しているような暗い曇天。

 異様なのは、その空を埋め尽くすかのように、何百、何千という凄まじい数の鳥が群れを成して、ぐるぐると渦を巻くように飛び交っていることだ。

 夏の誘蛾灯に群がる虫たちみたいで、ちょっと薄気味が悪い……


「?」


 しかし、鳥にしちゃ、随分とデカい。

 遠目だから分かりにくいが、人間より大きいかもしれない。


「見た?」

「おーわ、ありゃなんだ?翼竜か何かかな?デンジャラス……」

「残念でした。空を飛んでるのはもっとデンジャラスな魔芯兵器よ。多分、こっちを警戒してる。これ以上近付いたら迎撃されるでしょうね」

「ま、魔芯兵器……?」


 う、嘘だろ……

 あれ一つ一つが、魔芯兵器だって?

 あの恐ろしく頑丈なデスマシーンが……あんなに?


(マジで世界が滅びるぞ……)


 俺はあらためて、ラーズの保有戦力のすさまじさを思い知る。

 確かに、世界が自分のものだと錯覚してもおかしくはない。

 プルミエルも苛立たしげに舌打ちをする。


「あんなのに全員で特攻を仕掛けてもしょうがないわ。だから、別行動」

「別行動……」


 その響きには不穏なものを感じる。

 映画とか漫画でいうところの死亡フラグというか、なんというか。


「なあ、別行動しなきゃダメか?」

「は?」

「いや……みんなと離れたくないっていうか……」

「きもい」


 まあな!わかってるぜ!


「うむ。すまん。先を続けてくれ……」

「私はこのままR-18で空を飛んで魔芯兵器を攪乱する。エスティは人質救出。アリィシャとメイヘレンはイグナツィオとケンイチを守りつつ、ラーズのところへ」

「それで問題ない」

「ボクも頑張るよ!」

「ワシのことは忘れてくれぇ……」

「やりますよ、ふう」


 約一名を除いて、ほぼ全員がやる気満々だ。

 ちなみに老師はいまだにぐったりと地面に横たわっている。

 そうとうに高速飛行が老体にこたえたようだ。

 もういつお迎えが来てもおかしくない。

 

「ちょっと!しっかりしなさいよ、もー」

「おふぅ……ぁうー……」

「なあ、老師はこんな感じで役に立たなさそうだぜ。老師だけに最も重要なミッションの人質救出を任せてもいいのか?」

「でも、こいつはこんな感じだけど魔法アイテムの権威ではあるし」


 すでに『こいつ』扱いではあるが、信頼はされてるらしい。

 よかったな、老師。


「いざとなったら『バインドゲート』でも使うよーに。いいわね?」

「あ、あれは疲れる……」

「やれよ。このやろう」


 虫の息の老師をゲシゲシと靴でつつきながら、プルミエルが活を入れる。


「あぅっ……あはぁっ……」


 ちょっとしたご褒美感があって羨ましい気もしないでもないが……


「『ばいんどげーと』って?」

「……秘密じゃぁ……」

「あっ……そう……」


 ここまで来て秘密かよ!

 だが、別に頼んでまで知らなくてもいいや。


「そんじゃあ、人質は任せたぜ、老師。本当に頼むぞ?」

「んぁ……」


 寝そべったまま、弱々しく右手を上げて答える老師の姿には不安を抱かざるを得ないが、もう信じるしかない。

 苦い顔をしている俺の肩に、メイヘレンがポンと手を掛けた。


「心配なのは君だ。ひどい顔をしているぞ」

「お、俺?俺は絶好調さ……」

「あまり思いつめるなよ。君はラーズの気を引くだけでいいんだ。あとはイグナツィオが上手くやってくれるだろう」


 いきなり言われたイグナツィオは、相変わらずの無表情で頷く。


「ま、上手く殺りますよ」

「……表現がアレな感じだが、まぁ、うん、頼もしいぜ」

「ケンイチ、気を付けてね」

「ああ。アリィシャもな。塔まで頼むぜ」

「うん!」


 決戦を前にして、もはや語る時間も多くない。

 いつの間にか、俺たちは互いに歩み寄り、円陣を組むような形になっていた。

 世界の命運がかかっている。

 危険もたくさん待ち構えている。

 なのに、全員が笑顔だった。

 不思議だ。

 どうして、こんなに清々しい気持ちでいられるのか。


「次に全員が会うときは世界が救われた後……か」

「そしたらさ、パーッと打ち上げしようよ!おいしいものをたくさん食べて!」

「おー、いいわね。費用はメイヘレン持ちでよろしく」

「ふふ……分かった。盛大にやろう」

「わしゃ、綺麗なお姉ちゃんと遊びたいのぉ……」

「清々しいほどの俗物だな、老師……」

「あ、食べ物を詰め込んで消化不良になったら窒息死しますか?ケンイチさん」

「お、お前……まだ俺の命を狙ってたのか……そして『窒息死しますか?』って殺そうとしてる相手に聞くなよ……」

「喉に詰まるようなものばっかり食べさせればいいんじゃない」

「おーい!殺人幇助発言!」

「楽しみだなぁ」

「何を楽しみにしてるんだよ……」


 また、馬鹿な話ばっかり……

 締まらねぇなぁ、もう。


「さて!」


 プルミエルがパン!と手を叩く。


「そろそろ行くか!各々がた、抜かりなくね」


 全員が頷く。

 俺たちの心は今、完全に一つだ。


「じゃあ、サクッと世界を救っちゃいましょーか」


 プルミエルが、不敵に微笑んだ。


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