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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「決戦の序章」篇
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Decisive battle near…(ラーズ視点)

 俺は王になった。


 いや、王とは言っても一国一城の主などというチャチなものではない。

 今や世界のすべてが自らの意のままなのだ。

 世界の王。

 絶対なる支配者。

 それがこの俺。ラーズ・ホールデンだ。

 なにも誇大妄想に憑りつかれて虚言大語を口にしているわけではない。

 偉大なる魔導士スハラム・アルヴァンの遺した古代兵器たち。

 それに魔王としての権限で命令を与えれば、今やまさに世界は俺の考え一つでどうとでも形を変えるようになっているのだ。

 屈強な兵士も堅固な城塞も、鋼鉄の魔芯兵器の前では何の役にも立たない。

 奴らには心が無い。

 つまり、恐怖も慈悲もない。

 命令すれば忠実にそれを実行する。

 子供を殺せと言えばその通りに。

 自らが鋼鉄の砲弾になって城塞に突貫せよと命ずれば、いささかの躊躇もなくそれを実行する。

 まったく、頼もしい兵士たちではないか。

 そして、その指揮権を完全に把握しているこの俺。

 面白いことになったものだ。

 さんざん新しい玩具にエキサイトした後、冷静に考えてみることにした。


 王に必要なものは何か?


 王には当然、玉座がふさわしい。

 というわけで、魔芯兵器たちに命じて、まずは魔法塔の頂上部に大幅なリフォームを敢行した。

 主なモニターと操作盤、そして配線だけを残すようにして、石壁を破壊し、鉄板を剥がし、今やすべてが俺の意のままになった世界をぐるりと見渡せるようにして、そこにどこかから持って来させた玉座を据え付けた。

 鉄骨が剥き出しになって、まるで張りかけのテントのような無骨な姿ではあるが、俺はこういった殺伐とした意匠は好きだ。

 そもそも、これから訪れるであろう荒廃する世界には装飾など何の意味もないのだから。

 それよりも、かび臭い密室から解放され、新鮮な空気を目いっぱい吸えるだけでも随分と気分が晴れた。

 王と世界を隔てる壁は不要。

 世界は常に王の一握のものでなければならないのだ。

 曇天のもとで見下ろす世界は格別だった。

 美しい港街だったパルミネのいたるところで火の手が上がり、悲鳴と怒声が塔の頂上まで聞こえるほど大きく響き渡る。

 はは、まったく!

 愉快ったらないぜ。

 俺は満面の笑みを浮かべながら玉座にもたれかかり、ノート大の薄い石板にさらさらと指をはしらせてそこに古代文字を書き込んだ。

 イー・クアウ・ナフス……これは古代語で言うところの、神勅である。


「魔芯ナンバー601から850はムウサ帝国へ。景気よく街を二つ三つ焼き払って来い。いい女がいれば殺さずに俺のもとへ連れてくるように」


 しっかりと研磨された黒曜石のような石板の表面に、俺の指の軌跡が光る線文字となって残り、それを優しくフリックするように撫でると、一瞬だけ強い光を放って文字が消えた。

 すると、玉座の後ろにひれ伏していた魔芯兵器の目が明滅し、反応を示す。

 それは命令が受信されたという合図だ。

 つまり、この石板は魔芯兵器を操作するコントローラーであり、魔法の英知が作り出したタブレット端末そのものなのだ。


「命令ヲ理解シマシタ」

「よろしい」

「デスガ『イイ女』トイウ定義ガ曖昧デス。明確ナ指示ヲ希望シマス」

「ほう?なるほど」


 たしかに機械の脳みそにその判断を委ねるのは難しかろう。

 美醜の判断基準はいつの場合も人間の主観と偏見と独断によるものだ。

 俺が求めるのは股間にグッとくる女、煽情的な女、ホットな女。

 人間の男として誰もが持ち得る率直な観念に根差した単純無比な基準ではあるのだが、それを明確に定義するのは難しいのではないか。

 さて、どう説明したものか。

 俺は腕組みをして考える。


「アー、うむ、そうだな……」


 もう面倒だ。

 一つや二つの国が滅んだとて、女が世界から消失するわけでもあるまい。


「いい。皆殺しでいい」


 さらば、まだ見ぬ美しき女たちよ。

 魔王は未練や執着とは無縁の生き物でなくてはならぬのだ。

 俺は再び石板型のタブレットをタッチ&フリックし、指示を訂正し、再送信した。

 それをしながら考える。

 待てよ、アルヴァン?

 会話が成立するということは魔芯兵器にはこちらの音声とその内容を認識する機能があるということだ。

 そんな便利な性能をつけたならば、なぜ命令を出すのにわざわざこんな面倒なことをさせる?

 いちいちコントローラーを操作して指示を与えるなんてのはまるでビデオゲームだ。

 しかも、その指示は古代語で行わなければならない。

 これは何の試練だ?

 こちらの知力と忍耐を試しているのか?

 あくまで仮定ではあるが、実はどこかでひっそりとアルヴァンは生きていて、このゲームを監視し、嘲笑っているのではないか?

 魔王と勇者と名の付く二人のプレイヤーが、世界という名の盤上で右往左往するのを楽しんでいるとか?

 可能性としては無いとは言えまい。

 ここまでの英知を備えた者ならば、不老不死の秘術くらいは編み出していても不思議ではない。

 だとしたら底意地の悪い野郎だ。

 何者かの掌の上で踊らされている……という感覚は俺にとってはあまり愉快なものではない。

 まあ、とはいえ。

 くどくど考えてもしようがない。

 このゲームのホストはヤツなのだ。

 これがアルヴァンの定めたルールならば、プレイヤーは従うしかない。

 魔芯兵器は黒鉄の巨体を軋ませながら姿勢正しく直立し、ヤカンのような頭を天に向けた。

 そして、無機質な言葉を発する。


「ウルギ・リフム・ズィー……」


 古代語で『常に忠実に』というところだ。

 魔芯兵器の足元からロケットの打ち上げにも似た噴煙が轟轟と吹きあがり、あっという間に空へと飛び立っていく。

 そして、その一体を追いかけるように、地上から何百もの魔芯兵器が次々に空へと飛び立っていった。

 あのロボットたちは秀逸とはいいがたい武骨なデザインではあるが、間違いなくテクノロジーの塊だ。

 先ほども俺が『レーダーを追ってケンイチに関わった人間をすべて連れてこい』と命令を出すと、一っ飛びで、しかもごくごく短時間のうちにそれを忠実に遂行して見せた。

 ケンイチの奴が何日もかけて辿った道をだ。

 その飛行速度は音速をはるかに超えるものなのだろう。

 大したもんだ、スハラム・アルヴァン。

 好き嫌いは別として、心からの喝采と敬意を捧げよう。


「せ、せ、世界を……は、は、破壊しようというのか……」


 鉄骨の陰に隠れるようにして俺を見ていたヤッフォン教授が、フガフガと呟く。


「破壊?」


 破壊とは心外だ。


「破壊だなんてとんでもない。作り変えるだけさ」

「つ、つ、作り変える……?」

「俺好みの世界にさ」


 それで全てを悟ってほしかったが、ヤッフォンはまだ「むう」とか「しかし」とか口の中でモゴモゴ呟き続けていた。

 卑屈にうなだれながらも、こちらをチラチラと盗み見るその目には、明らかな恐怖が滲んでいる。

 おいおい、なんてザマだ?

 俺はがっかりしてしまった。

 以前はあんなに俺に対して『学術的好奇心』を持っていてくれたのに?

 良心の呵責を感じているであろうことは前々から分かってはいたが、ここまで露骨になってくるとちょっとばかり癇に障るじゃないか。


(ちぇ、めんどくさくなってきたな。そろそろ始末するか……)


 おっと、俺としたことが『始末する』だなんて、はしたない。

 『ご退場いただく』といった表現のほうが高尚で魔王にはふさわしいのでは?

 まあ、表現はともかくとして思いついたからにはそれを実行に移そうではないか。

 あの細い首を一息にへし折るか、踏み砕くか。

 いやいや、じじいの絶叫なんぞ聞いても面白くないから、いっそのこと塔から突き落としてしまおうか。

 塔の下で虜囚となっている奴らは、突然天から降ってきてトマトのように潰れた死体を見てどれほど恐怖するだろうか?

 俺がいかに恐ろしい人間であるかを知らしめる、いい機会にもなるかもしれない。

 よしよし。

 そいつはいい。

 俺はその案を実行に移すべく、ゆっくりと老人に近づいていく。

 ちなみに『魔王タイム』は先ほどからまったく減っていない。

 どうやら俺の命令を忠実に遂行している魔芯兵器たちのおかげのようだ。

 こうしている一分一秒の間にもどこかで街が破壊され、家が焼かれ、人が死んでいっているのだ。

 なんという世界。

 多くの人間が悲嘆にくれ、俺を恨んでいることだろう。

 だが、それがどうだというのか。

 俺のもといた世界でもそうだったのだから、別にどうということもないだろう?

 そして今、目の前の瘦せこけた老人一人がどれほど悲惨な死に様をしようともそれはまったく取るに足らないことだ。


「なぁ、教授——」


 俺が別れの言葉をかけようとした、その時だった。

 頭上の水晶盤モニターが点滅し、やかましい警告音が鳴った。

 

「?」


 ほう?これは?

 教授はひとまず後回しにして、タブレット石板に目を落とす。

 すると、世界地図の上の光点が、すさまじいスピードで塔に向かって近づいてきているのが分かった。

 光点……つまり、ケンイチが。


「ほほう……」


 これはどういうことだ?

 いったい、何を使ってこんな速さで?

 この調子ならあと一時間もかからずにここにたどり着くだろう。

 正直に言って、奴が俺のもとへたどり着くまでには一週間くらいはかかると思っていた。

 その間に弱っていった人質を一人ずつ塔の壁にはりつけていき、それを見たケンイチに深い深い絶望を与えるつもりではあったのだが……

 あいつめ、どんな魔法を使っているのか?

 だが、これは喜ぶべきことだ。

 そんなに必死こいて俺に会いに来てくれるとは!


「……はははっ」


 気が付くと俺は笑っていた。

 まったく、いつもいつも驚かせてくれる奴だ。

 俺は石板をなぞり、魔芯兵器に指示を与えることにした。

 すべての魔芯兵器に。

 指示はこうだ。


『塔に向かって来る勇者とその仲間を迎撃せよ』


 少し意地悪だろうか?

 いやいや、どんなゲームだってそうすんなりとボスにはたどり着けないもんだ。

 さて、ケンイチよ。

 この難関をどう切り抜ける?

 何百、何千という魔芯兵器が相手だぞ?


「待ってるぜ、ケンイチ」


 俺はまるでクリスマスの次の日の朝を楽しみにする子供のようにウキウキとした気分で玉座にもたれかかった。

 ああ、なんて楽しいんだ。

 こいつはよくよく考えなければ。

 最後の決闘はうんと趣向を凝らしたものにしようではないか。

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