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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
「決戦の序章」篇
105/109

今こそ、本物の勇者に

 平野に風が吹き荒ぶ。

 南方の土地だというのに、まるで湿気の無い、冷たく乾いた風だ。

 その風を受けながら、俺は自分の仲間たちに向かって振り返った。

 全員が空の色と同じように暗い、思いつめた顔をしている。

 当然だ。

 あんなものを見せられたのだから。

 だが、このままでいいわけがない。


「皆、聞いてくれ。俺は――」

「ちょっと待った」


 俺の言葉をプルミエルが首を振りながら遮った。


「あなた、今は頭に血が上ってるだけよ。まずは深呼吸をして、冷静になりなさい。そして何が大事かをよく考えるの」


 おっと、彼女はまるで俺の言おうとした言葉を知っているというような口ぶりだ。

 だが、こんな状況でも冷静でいろと言うのか?

 大勢の知人、友人を人質にとられて、それでもなお?

 それは無理ってもんだ。


「ああ、冷静じゃないかもしれん……でも、何が大事なのかは分かってるつもりだ」

「分かってないわ」


 彼女は強い口調で詰め寄ってきた。


「いい?あなたがラーズに勝てる見込みは全く無いの。本っ当に、これっぽっちも。あいつがどんな男か知っているでしょ?あなたが勇気を出してあいつに立ち向かったとしても、結局は殺されて、人質も全員殺されるだけ。完全な自殺行為よ。無駄死にしに行くだけってこと」

「でも、やってみなけりゃ――」

「やらなくても分かるわ。本当はあなたが自分で一番分かっているでしょ?体力とか運動神経だけの話じゃないの。あの男は平気で人を殺せる。勝つためにはどんな手でも使う。でも、あなたは違うわ。正々堂々とラーズと戦って勝つことしか考えていない。『倒す』とは言うけど『殺す』とは言えない。そこに決定的な違いがあるのよ。だから、無駄なことを考えるのはやめなさい。これは勇気を試すコンテストじゃないんだから」


 プルミエルは腕を組んで仁王立ちし、俺を論破しにかかってくる。

 その宝石のような、美しい青い瞳の中には、強い意志が光っていた。


「私にはね、あなたをここまで連れてきた責任があるの。ケンイチ、もう十分よ。あなたは何も後悔する必要はないし、誰もあなたを責めたりしない。ここまでよく頑張ってきたって、皆が言うわ。だから、余計なことは考えないで自分の世界に帰るの。家族や友達が待っているんでしょう?」

「プルミエル……」


 正直言って、泣きそうだ。

 そこまで俺のことを考えてくれるなんて。

 でも、俺の決意だって固い。


「いや、でも、ダメだ。帰らないぞ。俺は皆を助けるんだ」

「ケンイチ……」


 今度はメイヘレンが優しく俺の肩を抱く。


「君の気持は嬉しいが、ここはプルミエルの言う通りだ。これから先は私たちで何とかする」

「でも、フェルミナが――」

「妹もブランシュールの血をひく女、いざという時の覚悟は持っているはずだ。なぁに、魔芯兵器の10や20くらい、なんてことはないさ。こっちには魔道貴族が二人もいて、おまけにアリィシャもいる」

「35000デス」


 突然、会話にR-18が割り込んできた。


「『アルヴァンプログラム』ガ作動シタナラバ、魔芯兵ノ数ハ35000デス」

「さ、35000!?」


 俺は慌ててその数を聞き直す。


「それが全部、ラーズの支配下にあるってのか!?」

「一体ヲ起動サセルコトガデキタナラバ、ソウ断定シテモイイデショウ」


 その途方もない数字に、俺たちは全員、言葉を失った。

 二人の魔道貴族がなんとか合体魔法で退けた、おそろしく頑丈なあの機械兵が――35000!?

 戦力差を考えると、とても五人や六人で太刀打ちできる数ではない。


「ちょい待ち」


 誰よりも早く気を取り直したプルミエルは、詰問口調でR-18に詰め寄る。

 凄く不機嫌そうだった。


「R-18はこの事を知ってたの?」

「ハイ」

「なんで黙ってたの?」

「異世界帰還ノ直前マデ言ウナト、マスターニ口止メサレテイタノデ」

「あなた、そんなこと言ったの!?」


 そういえば、早朝にそんな事を言った気がする……


「あ、ああ……そういや言った……すまん、それは俺のせいだ」

「もう!おたんこなす!」

「ううっ!それは本当にすまん!こんな大事なことだとは思わなかったんだ……」

「しかし、35000か……」


 これにはさすがのメイヘレンも腕組みをして唸った。

 果たして知恵や勇気でなんとかできる数字だろうか?

 再び、重い沈黙が訪れる。

 35000。

 想像もつかない数字だ。

 せめて3500くらいに負けてはくれないだろうか……

 それにしたって絶望的な数字であることに変わりは無いのだが。


「数は関係ないよ!」


 皆の不安を払拭するように、アリィシャが大きな声をあげた。


「ボクたちのやることは決まってる。人質の人たちを助け出すんでしょ?それで、ラーズを倒す」

「ああ、確かにその通りだ」

「相手が35000だろうと50000だろうと、檻は一つだよ。だったら、ボクたちでできることをやろうよ!」


 彼女の前向きな言葉はいつも俺たちに勇気を与えてくれる。

 そう、今、必要なのは悩むことではない。行動することだ。


「そうだな。皆、やろう!俺も――」

「あ、ケンイチは必要ないから」

「は?」


 アリィシャの意外な言葉に、俺は思わず間抜けな声を出してしまう。。


「ど、ど、どういうことだ?今さら俺だけ仲間外れか?やめてくれよ」

「だって、ケンイチは不死身だけど、戦えないでしょ?だから、もう自分の世界に帰っていいよ」

「いやいや、でも――」

「……あ、足手まといなんだよっ!」


 アリィシャは叫び、俺の胸をドンと突き飛ばした。

 その勢いで、俺は地面に尻餅をついてしまう。


「ア、アリィシャ!?どうしたんだよ?」

「ケ、ケンイチがいたって、役に立たないんだもん……だって、全然、ホントに弱っちくてさ……お話にならないレベルだよ……だから……」


 彼女は泣いていた。

 顔をくしゃくしゃにして。


「だから……役立たずのケンイチは自分の世界に帰って……お願いだから……」


 その涙に胸が締め付けられる。

 なぜ、君が泣くんだ?

 なぜ、そんな風に本心を押し殺してまで俺をこの世界から脱出させようとするんだ?

 分かってる。

 それが君の優しさだってことは分かってるよ。

 でも、待ってくれ。それじゃダメなんだ。


「アリィシャ……気持ちは嬉しいが……」

「何をかっこつけておるんじゃ」


 老師はヤレヤレと言った様子で首を振りながら、パイプに火をつけ、それを深々と吸いこんでから悪態をついた。


「ケンイチ、ラーズは今回は本当にお前さんを殺すじゃろう。全世界にそれを見せつけて、人々に恐怖と絶望を植えつけるつもりなんじゃ。ここでノコノコとお前さんが出て行ったら、それこそ奴の思うツボというもの」


 老師までもがそんなことを言う。


「じゃから、とっとと自分の世界に帰れ、このエロスボーイめが。そんで、留守中にベッドの下のエロ本が両親に発見されていないか、それだけ心配しておけばええ」

「老師……」

「ってことで、帰ったらいいんじゃないですか?」

「イグナツィオ……」


 今度はお前までもが……


「僕は勇者と魔王の殺し方を知ってます。こっそり後ろから忍び寄って、ケンイチさんにやったのと同じ手を使えばいいんでしょう?僕はそういうのが得意なんで、出来ると思いますよ」

「そ、それはアレか?俺に風呂場で試した方法で窒息死させるってことか?」

「そうです。ま、窒息死させる方法なら他にも色々バリエーションはありますし。今度はしっかり殺すので安心して下さい。魔王を殺せば魔芯兵はゴミみたいなもんですよ」


 白面の美声年はいつも通りの無表情だが、かなり自信があるようだった。

 プルミエルもそれを聞いて満足げに頷く。


「ほらほら、愚直な誰かさんと違ってイグナツィオは頼もしいわね。皆が力を合わせればなんとかなるわ。あなたはもうお払い箱ってわけ」

「大丈夫さ。すべて上手くいくよ」

「安心して帰って、ケンイチ」

「とっとと帰れ」

「最後まで役立たずでしたね。清々しいなぁ」


 全員が泣いたり笑ったりしながら、口々に言いたいことを言う。

 世界の危機に際して、あまりにも不謹慎なほどに和気あいあいと。

 確かにもう俺の出る幕なんて無いのかもしれない。

 この皆がいれば、意外と丸く収まるのかも。

 バカ正直にラーズと対決するよりも、イグナツィオの暗殺スキルに賭けた方が勝率は遥かに高い気がしてきた。

 それなら、俺の旅はここで終わり。

 家に帰って、ぐっすり眠って、それで青春をエンジョイして……

 エンジョイして……


「勇者よ……今こそ選択の時は来たれり……」


 次元の狭間で遊ぶ猫が、声をかけてくる。


「自らの世界へ帰り、本来の生を歩むか?」


 俺の世界。

 家族、友人、学校、平和な日常……俺の今までの全てが元通りになる。


「この世界に留まり、勇者として魔王と対峙するか?」


 異世界。

 恐怖、不安、混沌と苦難、場合によっては死が……どう考えたっていいことなんか一つもない。


「どちらの世界を選ぶ?運命を選ぶがいい」


 これか。

 これがそうか。

 これが、猫の予言していた『命の選択』か。

 これこそが。


「……」


 俺は黙って、仲間たちの顔を見回した。

 目が合うたびに、皆が頷く。

 『もういい、ゴールしろ』とその目が語っている。

 優しい……皆、本当に優しい仲間ばかりだ。

 ありがとう……

 本当に、ありがとう……

 だが、俺の心は決まっている。


「……帰らない」

「何?」

「この世界に残る。ラーズを止める」

「ケンイチ!」


 プルミエルの叱責を、俺は手で制す。


「俺がこの世界を離れたら、ラーズは人質を殺すかもしれないだろ」

「その前にあいつを倒せばいいでしょ!」

「駄目だ。あいつはイカレてるが、バカじゃない。それに、うまく説明できないけど、あいつと俺はどこかでつながっているんだ。ラーズの気配を俺は常に感じている。きっとあいつもそうなんだろう。だから、俺が抜け駆けしたらラーズは気付く。人質は殺される」

「そんな……」

「俺が必要なんだ。あいつの気を引く為に。別にリアルガチであいつと喧嘩するってわけじゃない。俺があいつと揉み合ってる間に皆は人質を助け出してくれ。で、イグナツィオはいいタイミングで後ろから襲いかかってあいつを絞め落とす。ちょっと勇者としては卑怯で姑息な気もするが、それが一番確実な作戦じゃないか?他にいい案があるか?」


 皆が黙る。他にいい案は無さそうだった。


「だが……危険だぞ。どんな罠があるかもわからない」


 と、メイヘレンは言った。


「危険は承知だ。それでも、やってみる価値はあるだろ」

「どうかしらね。私たちの考えなんて読まれてるかも」

「いいや、あいつは俺にだけ拘ってる。そのせいで、見落としてるんだ。俺には頼りになる仲間がいるってことを。その隙を突く」

「ケンイチ、ダメだよ!せっかくここまで来たのに、また戻るの?もう帰れなくなるかもしれないんだよ?お父さんは……お父さんはケンイチに自分の世界に帰ってもらいたかったはずなのに!」


 その言葉はさすがに重たい。

 そう、この命はシゲハルさんにもらったも同然だ。

 無駄に使ったら、それこそシゲハルさんに怒られるかもしれない。

 だが……


「アリィシャ――」


 俺は彼女の目を真っ直ぐ見つめた。

 彼女の中に、シゲハルさんがいる。


「アリィシャ、俺は今、シゲハルさんが最後に言ってくれた言葉を思い出した」

「お、お父さんの……?」

「そうだ」

「なんて言ってたの……?」

「あの人は……俺に『やりたいことをやれ。なりたいものになれ』って、そう言ってたんだ」

「なりたいもの……」


 俺のなりたいもの。

 昔ならすかさず公務員とかカリスマブロガーとか答えていただろう。

 だが、今は違う。


「俺は――」


 この世界に来た時。

 始まりは不可解で、まったく不条理で、もう破れかぶれの成り行き任せだった。

 どうして俺が?と、何度も自問しつつ、自らの不幸を呪っていた。

 だが、今は違う。


「俺は勇者になりたい」


 そう。

 恥ずかしくって言わなかったけど、本当はずっと憧れていたのだ。


「肩書だけじゃなくって……本物の勇者になりたいんだ!」


 勇者タイマーがあるから勇者じゃない。

 不死身だから勇者ってことでもない。

 勇者っていうのは、きっと、心の強い人間のことだ。

 だって、勇者って『勇ましい者』と書くじゃないか。

 今になって、やっとそれが分かった。

 チートな力も特殊なスキルも持ってないけど、気持ちだけでも、心だけでも、俺は勇者になりたい。


「もう成り行き任せじゃない。誰かに強制されたわけでもない。自分の意志で、俺は勇者らしく生きるんだ。だから、ラーズを倒して世界を救う。大事な人たちを守る。でも、一人じゃ出来ない。皆がいないと駄目なんだ。頼む、皆、俺に力を貸してくれ!」

「……はぁ」


 プルミエルが眉間に皺を寄せ、大きな溜息を吐く。


「バカね、ケンイチ。前からホームラン級のバカだと思ってたけど、まったく、想像以上ね」

「前から思ってたのか……」

「じゃが、バカにはこれ以上言っても、無意味かのぅ」


 皆、もう何も言わなかった。

 困った奴だ、バカな奴だと呆れた顔をしているけど、それでも俺の気持ちを理解してくれたようだ。

 広大な平野にはさらに強く風が吹く。

 暗雲は今もなお重く空を覆う。

 だが、ラーズの支配する世界はもっと陰惨なものになるだろう。

 血も涙も無いロボット兵があいつの命令を忠実に実行に移し、人々を虐げる。

 『魔王タイム』は尽きることなくラーズを生かし続け、それが長く続けば続くほど大勢の人間が犠牲になるだろう。

 しかし、そんなことはさせない。

 俺はこの世界を守る。

 この仲間たちとともに守る。

 絶対にだ。

 俺は次元猫に向き直った。


「そういうわけで、俺はこの世界に残る」

「それがお前の選択か?」

「そうだ」

「もはや己の世界には戻れぬかもしれぬぞ」

「俺の世界……?」


 おかしなことを言う。

 今はもう、ここが俺の世界だ。


「上等だ」

「カ―――――ッ!」


 出た!突然の衝撃波!

 だが、俺は足を踏ん張って、それを正面から受け止めた。

 もう膝を屈したり、無様に尻餅をつくこともしない。

 衝撃波は俺の身体をちょっとばかり後方に押しやっただけで、通り抜けていった。

 

「ほう……」


 猫はニヤリと薄気味悪く笑った。


「もはや揺るぎもせぬか……」


 揺らがない。

 迷いはない。

 後悔もない。

 俺は自分で選択したのだ。


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