最後の旅立ち、その朝
空がうっすらと白み始めた。もうすぐ朝だ。
俺は勇者タイムを稼ぐために、部屋で老師の靴下を繕っていた。
内職に精を出す姿は勤労青年そのもので、二宮金次郎も真っ青だ。
この靴下の持ち主である老師は大きなイビキをかき、時折、キリキリと耳障りな歯ぎしりの音を立てながら爆睡している。
まったく、人の気も知らないでいい気なもんだ。
イグナツィオは布団をかぶって丸まってはいるものの、吐息の音すら聞こえない。
暗殺者は熟睡するということはないんだそうだ。これも暗殺者あるあるなのか?
そして、俺の目の前では、金色に輝くポンコツロボットことR-18が俺を見下ろしている。
その様は受刑者の日勤作業を監視する看守の如し。
こうして俺の『勇者タイム』を管理してくれるのは嬉しいが、ハッキリ言って息が詰まる。
「……」
そういや、俺ってこのロボットのこと、何も知らないな……
その見た目のインパクトと名前の面白さから、とりたてて気にもしてなかったけど。
プルミエルの学術的探究心というやつにそもそも、こいつを発見した遺跡では、明らかに他の人間の為に造られてますっていうメッセージが残されていた。
たしか、そう……
「アリアス……」
その名を、わざと口に出してみる。
だが、R-18は全く反応しない。
「手ガ止マッテマスヨ」
なんていう御親切な忠告まで飛び出した。お前は口うるさい姑か?
「……なぁ、お前ってなんで俺たちについてくるんだ?他に使命があったんじゃないのか?」
「使命?」
「他の人に仕えるとか、世界を救うとか、そういうような……」
「マスターニ仕エルコトガ使命デス」
「俺がそのマスターじゃないとしたらどうするんだ?」
「マスターハマスターデスヨ」
「いや、それは何ていうか、お前がそう思いこんでるだけの可能性も……」
「マスターハマスターデス」
「お、おう、そ、そうか……わかった」
そこまで言うなら、もう勝手にすればいいや。
少しは自らのアイデンティティに目覚めたり、使命を思い出したりするかとも思ったんだが、空振りに終わったようだ。
もうアリアスって人も生きてはいないんだろうし……
「でも、もし俺が自分の世界に帰っちまったらどうするつもりなんだ?」
まさか、ついてくるなんて言わないよな?
俺の部屋にこんなかさばるマシーンを置いておくわけにはいかないし、友達に自慢するにしてもあまりにも見てくれがダサすぎる。
近所の発明好きのおじさんが廃材を利用して組み立てたものと思われるのがオチだ。
せめて洗濯機とか電子レンジのような機能がついていれば我が家でも活躍の機会はあるんだが……
「マスターガイナクナッタラ……」
その目が黄色く点滅する。
何か深く考えているようだった。
すまん、R-18。
マスターである俺のいない世界はお前には考えられないのかもしれない。
だが、俺は帰らなければいけない場所があるんだ……
「割烹デモ開キマス」
「ズコーッ!意外な人生設計!」
まぁ、それでお前が幸せになれるんならそれでいいだろう。
アリアスとかいう人はひょっとしたら板前か何かだったんだろうか?
こいつはその補助マシーンだったとか?
「マスター、オ話ガアリマス」
「何だ?割烹なら一人でやれよ」
「一時間前ニ『アルヴァン・プログラム』ノ作動ヲ確認シマシタ」
「何それ?」
「……」
R-18は再び目をピコピコ点滅させる。
その不審な沈黙は、何かを躊躇っているようにも見える。
「おいおい、急に黙るなよ。気になるじゃん!」
「伝エルベキカ迷ッテイマス……」
「え?あ!まさか!お前に内蔵されている時限爆弾がONになったとかそういう話か!?チクショウ!起爆装置はどこだ!?」
「違イマス」
「違うのか……」
「コノ情報ヲ伝エルコトハ、マスターガ元ノ世界ヘ帰ルコトヘノ障害ニナル危険性ガアリマス」
「え!?マジ!?じゃあ、聞きたくないんだけど!」
「デハ、オ伝エシマセン」
「いや、ちょっと待って……そう言われると、やっぱ気になるじゃん……どういう関係の話?恋バナとかじゃないよな?」
「コノ世界ノ命運ノカカッタ話デス」
「けっこう壮大な話だな……」
でも、そんな壮大な話に俺が関係あるかと言われると全くそんな気がしない。
今さら世界の命運がかかった戦い(例:『神魔戦争』や『聖杯争奪戦』のような類)に巻き込まれても困るしな……
とりあえず保留ということでいいだろう。
「じゃあ、俺が元の世界に帰る!っていう直前に教えてくれよ」
「……ワカリマシタ」
R-18はピコピコと目を点滅させつつ頷いた。
朝になった。
俺たちは朝飯を食い、部屋に戻って荷物をまとめる。
だが、男たちにはもともと持ちこむような荷物は無かった。はは、呑気だねっと。
部屋を出ると、チャルが立っている。
朝飯の給仕をしてくれた時に比べて、ひどく疲れきった顔をしていた。
俺はちょっと心配になる。
「ど、どうした?何かあったか?シ、シーツは畳んでおいたぜっ」
「別になんちゅーこともないんですけど……」
「でも、なんか、疲れてないか?」
「疲れましたよ」
そう言って、チャルは一通の手紙を差し出して来た。
何だ?恋文?
だが、生憎、異世界人の俺には読めない。
「えーと、なんて書いてあるの?」
「読めないんですか?」
「うっ、す、すまん……」
「じゃあ、読みますよ。『昨日のライブは最高に盛り上がったわね。素晴らしいものを見たと思っているんでしょう?でも、あれは本当にチャリティーイベントだったから、お代はいらないわ。でも、それだとあなた達のホスピタリティーがおさまらないでしょうから、宿代をサービスして頂くということで貸し借り無しとしましょう。PS、直筆のサインを置いて行きます。入口に飾っておくと集客アップよ!皆のSYS団より』」
「……」
「朝、この書き置きがロビーに。そして、部屋はもぬけの殻。どう思います?」
「ひどいな……」
SYS団の奴ら……ようは宿代を踏み倒して逃げたってことか?
そりゃ、確かにひどい話だ。
「次に会ったら、もう、ホンマにボッコボコにしたりますよ」
「お、おう……」
怖っ……なんか関西っぽいイントネーションになってるし……
俺は触らぬ神に祟りなしということで、いそいそと馬車に荷物を積みこむ手伝いに向かった。
ロビーを抜けて外に出ると、プルミエルが大きな伸びをしていた。
「お、おはようさん」
昨日の今日で、なんか俺は気恥ずかしい。
平静を装いながら、声をかける。
平静JUMPだ。言うなれば。
「い、良い天気だなっ」
「怪しい……」
「な、何が……?」
「たどたどしい」
「ぜ、全然そんなことないぜ」
「よそよそしい」
「な、何を言う……俺たちのフレンドリーはエターナルだろ?」
「バカバカしい」
「そう、バカバカし……って、ひどくね?もう悪口だよね?」
「バカバカしいくらいで丁度いいでしょ。さ、荷物をさっさと積みなさい。今日は忙しくなるんだから」
うむ……やはり俺の初恋は永久に一方通行だ。
片想いは肩重い、なんちゃって。
それはさておき、俺とプルミエルはこの距離感がベストと言えなくもない。
気を使ったり、使われたりはやはりお互いのキャラに合わないんだと思う。それこそが――
「ちゃっちゃと働けと言っておろーが(膝蹴り)」
「あぐぅっ!」
やっぱりちょっと気を使ってほしい……
「ふぁ~あ……なんじゃ、もう支度できたんか」
「あ、老師」
「今日のお通じはイマイチじゃった」
「別に聞いてないし……」
「んで、宿代は払ったんかのう」
「今、メイヘレンが払ってるはずよ」
「他人が払うのにあんなに値切ったのかよ……」
そうこうしていると、旅館からメイヘレンが出てきた。
渋い顔をしている。
「ど、どうした?」
「ここは異常に高いな……一人当たりの宿泊費が金貨十枚も要求された」
「それって高いのか?」
「一般家庭なら一カ月は暮らせる」
「ぼったくりだぁ!」
あ!さてはSYS団の分まで上乗せして払わされたのかもしれねぇ!チクショウ!意外と商売人だぜ、チャルめ。
だが、それを言うと、魔道貴族の圧力によってこの旅館が営業停止に追い込まれる可能性もあるので、平和主義者の俺は黙っていることにする。
「では、準備が出来次第、出発しよう」
「おう!」
皆がぞろぞろと馬車に乗り込む。
すると、チャルが見送りの為に玄関まで出てきてくれた。
「皆さん、またのお越しを~」
最後に俺は彼女に的確なアドバイスを送ることにする。
「チャル、あの看板から『呪い』の二文字を消すんだ……そうしたら、もう少し人が来やすくなるかもしれない……」
「え?」
「黒字経営になることを祈ってるぜ!アバヨ!」
カッコイイ台詞を置き土産に、馬車が走りだす。
向かうは勇者の聖地、『ジャパティ寺院跡』だ!