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勇者タイム!  作者: 森田ミヤジ
プロローグ
1/109

異世界に来た!

 よう、皆、元気?

 誰だお前、って声が聞こえてきそうだな。

 自己紹介しよう。

 俺は神 健一(じん けんいち)。青春真っ盛りの高校二年生だ。

 学力は中の上くらい。

 スポーツは得意だけど成績表はいっつも「4」がつく程度かな。

 決して優等生ではなく、かといって不良でもない……まぁ、あんまりパッとしない感じだ。ちなみに陸上部。

 顔はそこそこイケてると思うんだが、女の子にそう言われたことは無い。

 だけど俺は決してナルシスではない。はずだ。鏡だって朝しか見ないぜ。

 あとは……あー、友達は結構いるかな、うん。

 そりゃあ、世界一社交的というわけでもないがクラスの全員ともそこそこ仲良くやってるし。

 休みの日なんかは四、五人でよく遊びに行く。

 今ハマってるのは釣り堀だ。シブいだろう?

 この間なんてめちゃくちゃでかいマスを釣ったんだぜ。

 いやぁ~、楽しかったなぁ。

 ん?

 気になる女子?

 ばーか、教えてたまるかっ。





 あ、そうそう。

 ちなみに今、俺、異世界にいる。

 え?聞こえなかった?

 もう一回言おう。

 異 世 界 に い る ん だ よ。





 今日も健やかに登校中ってところで、突然目の前が真っ白になって、気がついたら蒸し暑い森の中に倒れてたってわけ。

 驚いちゃうね。

 で、何でここが異世界とわかるかというと、今までどんなテレビでも見たこと無いような、大きなブタの化け物に、今、まさにとり囲まれているからだ。

 いや、大きいだけのブタなら俺だって驚かないけど、そいつらは華麗に二本足で立っている。

 目が真っ赤にぎらぎら光ってて、いかにもモンスターってな感じのヤツだ。

 おまけにブヒブヒと鼻息を荒くしながら、じりじりとこっちに近づいてきてる。


 つまりは俺、絶体絶命の真っ最中にいるわけ。


 一番前にいる奴の口の端から、大量の涎が糸を引いて垂れた。わーお、汚ぇなぁ。

 どうやらこのままだと、俺は順調にこいつらの胃袋の中に収まっちまいそうだ。


「よ、よせ、話せばわかる……」


 命乞いの常套句として、とりあえずそうは言ってみたけど、奴らはフゴフゴと鼻を鳴らすだけで何の反応もない。

 うーむ、彼らに人間様の言葉は通じないようだ。

 予想通りではあるが、状況としてはかなりマズいぞ。

 冷や汗が額に浮かんできた。

 話すのも無理となると、戦うか?

 いわゆる肉体言語ってやつだ。

 しかし、こいつら、ヒグマみたいに身体がデカい。

 おまけに、俺は人生において一度も殴り合いの喧嘩はしたことが無いときてる。


 異世界のモンスターVS草食系男子


 うむ……一対一でも到底勝てる気がしない。

 頭の中に、あの言葉がよぎる。


 『万事休す』


 うまいこと言うよね、昔の人って。この状況にぴったりだ。

 なんてことを考えているうちに、ブタどもはもう目の前まで接近してきていた。

 生温い鼻息が顔にかかる。

 おお、臭ぇ。

 膝が震えてきた。

 無様に失禁だけはしないように、ケツに力を入れる。

 ああ……せめて、痛みを感じないように頭から食べてくれ。

 俺は、おそらく危機に瀕した全ての生物がそうするように、目を瞑った。


 完全に観念した、その時だった。


「聞け、アグネイ!汝は太陽の子、灼熱の炎を司る者!我は欲す、その力の顕現たる炎の矢!」


 突然、後ろから女の子の喚き声が聞こえたかと思うと、ビュン!と燃え盛る火の玉が飛んできて、それに貫かれた目の前のブタが、一瞬で火だるまになった。

 甲高い悲鳴を上げて、そいつは地面をのたうち回る。


「うお!?」


 俺が驚いているうちに、左右の奴も背後の奴も、それらを取り囲んでいた奴らも、とにかくその場にいたブタ全部が、飛来した文字通りの『炎の矢』によって刺し貫かれて、炎に包まれ、一匹残らず火だるまになっていく。

 その光景はブタの丸焼……なんていう可愛らしいものではなく、凄惨な地獄絵図だった。

 走り回る奴、転げ回る奴、体中をかきむしる奴……。

生きながらにして焼かれる動物を見るのは生理的になかなかくるものがある。

 うっぷ。

 思わず胃液が逆流してきた。

 やがて、モンスター全てが消炭のようになり、香ばしい匂いをさせたまま動かなくなると、炎はその役目を終えたかのようにしゅんと消えた。

俺はというと、呆然とその真ん中に突っ立っていることしかできなかった。

 だって、他に何ができる?

 自分を蚊帳の外に置いたままの、めまぐるしい状況の変化。

 順応しろといっても無理がある。


「呆れた。オークの巣に丸腰で来るなんて」


 後ろから女の声がした。

 さっき、呪文を叫んでいたのと同じ声だ。

 恐る恐る振り返ってみると、ワオ!そこには異世界で出会うのが何とも惜しまれるほどの美少女が腕を組んで立っていた。

 ひときわ目立つのは大きな、黒い帽子だ。ハロウィン・パーティでよく子供たちがかぶるような、アレ。

 そこから覗く、綺麗な金色の髪はくるくるの縦ロールにしていて、色とりどりのリボンがいくつもそれに巻きついている。

 古い西洋人形のような、ごちゃごちゃとフリルのたくさんついた黒いドレスは、本やゲームなんかでよく見る格好だ。

 つまりはそのまんま、ファンタジー風ってこと。


「怪我は無かった?」


 おおっ、心配しているぞ。

 やったぜ、こいつはロマンスの予感!

 おまけに俺の知っている言葉で話してくれるのはポイント高し。

 『意思の疎通』という異世界におけるところの大きな問題の一つが解消されたわけだ。

 さすが美少女、さっきのモンスターどもとはワケが違う。

 俺はほっと一安心したが、相手はどうやら少し機嫌が悪いらしい。

 帽子の下の、こぼれそうなほど大きな青い瞳がこっちを訝しげに睨みつけている。


「あなた、何者かしら?見ない顔だわ」


 おおっと、いきなり核心を突いてきたな。

 聞きたいことはこっちのほうが多いんだけどね。

 俺は何から話すべきか当惑した。

 うーむ、とりあえず無難に名乗っておこう。


「あー、えーと、俺はジン・ケンイチ」

「どっちが名前?」

「ケンイチのほう」

「ケンイチ……変な名前」


 失礼な!とは思ったが、ここが異世界であれば已む無しといった感想だ。


「君は?」

「私はプルミエル」


 そっちだって変な名前だろ!とは思ったが口には出さない。

 俺の細やかな気遣いときたら英国紳士も真っ青だ。

 プルミエルは怪訝な表情で、頭からつま先まで俺を見た。


「あなた、もしかして異世界から召喚された人?」


 正解!

 俺は何度も頷いた。

 なかなか物分かりのいい女の子だ。

 それは今の俺にとっては凄く有難い。


「はぁ……また『勇者』が召喚されてしまったわけね」


 プルミエルが、困ったように額を抑えた。

 ん?

 今、なんて言った?


「勇者?」

「そ」

「俺?」

「他に誰がいるのよ」

「ふーん……」


 俺は女の子の手前、クールぶって大して興味が無いフリをしたが、心の中では力強いガッツポーズを決めていた。

 だって、ほら、勇者って……アレだろ?

 チートで無双でモテモテでハーレムで……


『イヤッホーーーーーゥ!!テンション上がってきたぜぇぇぇぇッ!!!』


 と叫びそうになるのをぐっとこらえる。

 勇者は軽薄じゃあいけないからな。

 しかし、ヤバい、顔が思わずニヤけてしまう。

 俺は顔に力を入れて、そうとは悟られないようにつとめた。

 勇者としてモテる秘訣は何事にもクールに徹する性情にあると聞く……

 過酷な現実を受け入れがたいというような沈痛な面持ちになっているだろうか?


「どうしたの?面白い顔して」


 ……面白い顔?


「いや、何でもない」

「変なの」


 おやおや、勇者様に対してずいぶんと風当たりの強い娘だ。

 照れ隠しかな?


「それじゃあ、私は行くから。せいぜい長生きしてね」

「え?」


 プルミエルは手をひらひらさせて立ち去ろうとした。


「え?ちょっ……!」


 おいおい、そりゃないぜ。

 もうちょっと勇者にかまってくれてもいいんでない?


「ま、待ってくれよ」

「何よ。私も暇じゃないんだけど」

「……勇者は分かったけど……何すればいいんだ?」


 そう、そいつが大事なところだ。

 何事にも目的意識が重要なのだ。


「さぁ?知らない」

「へ?」


 おっとぉ……予想外の展開だ。


「ま、魔王を倒すとか、伝説の剣とか……」

「この世界に魔王なんていないわよ。伝説の剣は探せばあるかもね」

「あるかもって……」

「知らないんだもん」

「戦乱の絶えない世界に平和をもたらすような……」

「今のところ、世界は平和よ。さっきみたいなモンスターはいるけど」

「異世界迷宮でハーレムを作るとか……」

「作れば?」

「魔法学校に入学して皆にチヤホヤされるとか……」

「まずは入学したら?」

「そ、それじゃあ、俺、何のために召喚されたんだ?」

「さぁね」


 こ、こんなことってあるのか?

 勇者が、いきなりアイデンティティに悩む急展開。新機軸!

 落ち込む俺に、プルミエルが淡々と語る。


「異世界から召喚されてしまう人間は年に二、三人いるの」


 結構いるな……。


「何でかは分からないけど、私たちの世界ではそういう人たちを『勇者』と呼んでるの。それだけ」


 何だ、それ。


「あ、あと、一個だけ教えてあげる」


 彼女がこっちに寄ってきた。

 ああ、やっぱり可愛いなぁ。

 おまけに口は少し悪いが親切な女の子だ。命の恩人でもある。抱きしめたい。


「それ」


 そう言って、彼女は俺の左手首を指した。

 おや?

 そこには腕時計が巻かれていた。

 シルバーフレームのちょっと高級そうなやつで、デジタル使用だ。

 外見は超クールだが、妙なのは、そこに出てる『42:12』という時間。

12、11、10……と、何かのカウントダウンのように数字が減っていく。

 どうやら時計としての機能を持っているわけではないらしい。

 しかし、これ、俺のじゃないぞ?


「いつの間に……」

「それはこっちの世界に来た人が全員つけてるわ」

「へぇ」

「で、その数字がゼロになったら死ぬから」

「あー、そうなんだ……」


 ん?

 今、さらっと衝撃的なことを言わなかったか?


「ええっ!?死ぬの!?」

「ちょっと、いきなり大きな声出さないでよ」

「し、死ぬって?」

「命が無くなること。土に還ることよ」

「俺、死ぬの!?」

「そうよ」

「何で!?」

「知らないわよ。もー、うるさいわね」


 俺は慌てて腕時計を外そうとした。

 しかし、これ、腕にぴったりとはまってやがる。

 留め金も無ければ、指を入れる隙間も無かった。

 思い切り引っ張ったり、地面に叩きつけたりしたが、自分の手首が痛くなるだけだった。


「無駄よ。たぶん取れないようになってるの」

「な、何で?」

「知らないってば」

「い、いやすぎる……なんとかならないか……」

「そう言われてもねぇ」


 俺はひどくパニクっていた。

 普通、そうだろう?

 異世界に召喚された途端に死の宣告をされて、平気でいられる奴がいるわけがない。


「ど、どんなふうに……」

「え?」

「どんなふうに死ぬ……?」

「時間がきたら、糸が切れたみたいにばったりと」

「マジか……」

「その前に頭がおかしくなっちゃうような人もいるけどね」


 その気持ち、分からんでもない。


「そんなに動揺する?さっきだって、あなた、死にそうになってたでしょ」

「あの時はあまりにも現実感が無かったから……」

「同じよ。痛い思いをしなくて済んだだけ良かったじゃない」


 残酷なことを言う娘だ!

 俺はもう一度、時計に目をやった。


『39:41』


「おわぁ、減ってる……!」

「当り前でしょ。じゃ、頑張ってね」

「ま、待った!」

「何よ、もー。ジタバタせずに穏やかな死を迎えなさい」

「も、元の世界に還る方法とかは無いのか?」

「知らない」


 彼女はどこまでも冷淡そのものだ。

 再び、あの言葉が頭に甦る。


『万事休す』



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