第二反抗期
私を産んだこの世界は、今朝になってとうとう私に「お前はいらない」と告げた。
いつも通りの罵声。でも、十七歳になった私は、今日ばかりは怒りで震えていた。
生まれつきまとわりつく、呪いのような吃音。それは今日も、容赦なく私の喉を締めつけていた。
朝、妹がキッチンで生理用品を広げていた。まるで私の支度を拒むかのように。
「どけ」と言うと、妹はゴネた。
普段は起きてこないくせに、今日に限って早く起きて、私の時間を平然と奪ってくる。
せっかく、今朝は8時間も寝られて快眠だったというのに。
怒鳴ろうとしたその時、ほんのわずかな理性と知恵が顔を出して、私は言い直した。
「飯が食えない。どけ。」
妹程度には、このくらいが丁度いい。
でも、案の定反論してきて、私の時間はますます奪われていく。そこへ、“世界”が来た。
“世界”──それは母親だった。
母は開口一番、怒鳴りつけてきた。
「お前があっちに行け!ナプキンやってんだよ!考えろ!」
私は苛立ちを隠せず、妹を睨みつけながら言った。
「そもそも、起きるのが早すぎるんだよ。
だから俺の時間を奪うんだろ?」
母は顔をしかめ、吐き捨てるように言った。
「お前みたいなクソは早くいなくなれ。
ナプキンは大変なんだよ、初めてなんだから!」
その言葉は、私の中の炎に油をドバドバ注いだ。
「知らねえよ。効率悪くされると迷惑なんだよ。」
それが引き金になり、口論は激化した。
妹はしぶしぶナプキンを丸めて捨て、リビングで張り替えることにしたらしい。
10分もかけて悩んだ末の行動に、私は再び怒りが湧いた。
「最初から捨てりゃよかっただろ?」
その言葉は妹には届かず、代わりに母が言い返した。
「お前は生理が分からないからそんなこと言えるんだよ。少しは考えろ!」
私は諦めに似た呆れを覚えた。
「……はぁ。はいはい、分かった分かった。」
でも、それは火種にしかならなかった。
さらに口論が加速し、私はついに呪われた舌に蝕まれた。
「い、いつまで……わ、私のじ、かんを……く、ショク……」
その瞬間、もう耐えられなかった。
母は、鼻で笑いながら言った。
「なに?私の時間がコッゥショク~?って?」
そのとき、残っていた理性のかけらが粉々に砕けた。
⸻
気づいたときには、私は掃除機を持ち、廊下を塞いでいた母の首を両手で掴み、壁に押し込んでいた。
抵抗する母を階段へと押し倒し、何度も何度も踏みつけ、首を絞め続けていた。
「あーあ。やっちゃったね。」
頭の中で声が囀る。まるで悪魔のような声だった。
「でも、君は悪くないよ?邪魔したのは向こうじゃん?」
その声は、さっきまで私を責めていたくせに、今は擁護してくる。
妹が「このヤロー!」と叫んで飛びかかってきたが、私はテコンドーの蹴りを腹に叩き込んだ。
──全部、私の邪魔をするお前らが悪いんだ。
そう自分に言い聞かせることで、どうにか冷静を保とうとした。
⸻
キッチンに戻ると、そこにもう妹の姿はなかった。
冷蔵庫から牛乳を取り出し、シリアルに注ぐ。
飲もうとした瞬間、再び“世界”が現れた。
「お前は猫か?コップで飲めよ。」
無視した。
「見えないの?コップあるだろ?」
私は一言だけ返す。
「牛乳飲むコップがなかった。」
それだけ言って、私は歯ブラシを持ち、自室へ逃げるように戻った。
⸻
部屋は散らかっていた。
普段なら気にならないはずの光景が、今はもう耐えられなかった。
暴れた。机を蹴り、割り、土台ごと破壊した。
──俺は、一体何がしたいんだ?
床に散らばった教科書や硬貨。
それは、これまでの努力の象徴だった。
なのに、私はそれすら破壊してしまった。
椅子に腰を下ろし、歯を磨いていると、母が掃除機を持って部屋に現れた。
明かりを消し、バンッとドアを閉める。
──監獄だ。ここは。
私は怒りに任せて廊下に飛び出し、「なんだよ、今のは!」と詰め寄った。
もう、限界だった。
生まれてから、母親の暴力と言葉に晒されてきた。
父は空気で、頼れる人なんていない。
数日前にも父と言い争い、ついには仲違いした。
私は、孤独だった。
⸻
歯磨きを終えて時計を見る。まだ15分も余っていた。
髪も顔も何も整えていない自分。
なのに、時間だけがぽっかり空いている。
その空白が、私には辛かった。
後悔と苛立ちが交互に胸を抉る。
──もう、死んだ方がマシだ。
母は私に高校をやめさせ、大学にも行かせないという。
「貧乏を馬鹿にするような奴だ」と、私のことを言った。
行きたきゃ自分で行け。確かにそう言った。
その言葉に、妹は同調して笑っていた。
もう、あれは妹ではない。ただの他人だった。
私は最後の抵抗として、玄関にあった段ボールを蹴り倒し、ボロボロにした。
もう帰らない、あんな家には。
⸻
駅へ向かう途中、学校に行くべきか何度も悩んだ。
でも、結局は行くことにした。
ホームの黄色い線のそばに立ったとき、
特急電車が通過した。
「今ここで飛び込めば、楽になれるかも──」
そう思った。
けれど、死神はまだ私を連れて行く気はないらしい。
吃音の呪い。それを植えつけたのは、過去の暴力だった。
──今ここで死んでも、きっと何も残らない。
そう思うことにした。
今日は、家に帰らない。
ポケットに残っていたマルボロのミディアムでも吸って、煙と一緒に、空の彼方へ消えてしまいたい。