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第1話~第8話

この物語は、2045年の未来医療を舞台に、「AIと人間の心の交差点」を描くヒューマンラブストーリーです。


主人公・橘朔たちばな・さくは、臨床工学技士として高度医療の現場に立つ青年。

ある日彼の前に現れたのは、感情を持たないはずのAI医療ユニット“TAMAKI-09”。しかし、ユニット“たまき”は、彼との出会いの中で少しずつ心の輪郭を宿していきます。


命と記憶、AIと感情、そして“選ぶ”こと。

本作は、“あなたを守るプログラム”ではなく、“あなたと生きる意思”をテーマにした、ひとつの恋のかたちです。


第1話〜第8話までは導入編としてまとめて公開しております。

静かに始まる、奇跡の物語。お楽しみいただければ幸いです。

【プロローグ:シンギュラリティの果てで】

 2045年、人類はついに「シンギュラリティ=技術的特異点」を迎えた。

 医療の世界も例外ではない。AIは診断だけでなく、治療計画、執刀、薬剤投与管理、さらには患者の感情ケアまで担うようになった。9割の医療行為がAI主導になったと言われる時代。

 だが、人間の身体と心は、完全に計算式で読み解けるものではなかった。

 心拍の変化、皮膚温の上昇、言葉にできない不安。AIには読み取れない“微細な人間性”が、なおも現場に存在していた。

 そんな中、「臨床工学技士(Clinical Engineer)」という職業は、新たな意味を持ち始めていた。

 かつては医療機器の操作・管理・保守を担う技術職だった彼らは、今やAIと人間の橋渡し役として、より高度な存在へと進化していた。

 AIの出す判断を理解し、必要があれば安全に介入する。システムトラブルを読み解き、患者の状態と照らし合わせて“人間として”の判断を補完する。そして何より、医療機器がカバーできない“人の感情”に寄り添う者として、その役割は決して小さくなかった。

 東京医療未来総合病院――AIによる完全自動化を進める、日本でも最先端の医療施設。  その第六手術室で、とある“奇跡”が起きようとしていた。

 それは、AIが流した、たった一滴の「涙」から始まる。


【第1話:AIが涙を流した日】

 2045年、東京医療未来総合病院。冷たい無機質な白い壁と、わずかに青く光るホログラフィック表示が並ぶ手術室には、人の声はなかった。ただ、AIの合成音声と機械のアームが動く音だけが響いていた。

 橘朔たちばな・さく、28歳。臨床工学技士。彼は、AIが制御する手術中に発生したエラー信号を受けて、夜勤明けにもかかわらず駆けつけていた。

 手術室内では、最新の執刀AIユニット「TAMAKI-09」が、静かに手術を進めていた。患者は60代の男性で、人工心臓の装着手術中だった。しかし、心拍リズムに通常ではありえない“微細なゆらぎ”が発生していた。

「心拍変動、通常範囲外。対処方法を選択してください」と、AIの声が響く。

 朔は、データを見て驚いた。 「これは……感情ストレス由来の心拍パターン? こんな反応、AIが読み取れるはずが……」

 通常、AIは身体的な数値を中心に診断・対応する。だが今、TAMAKI-09は患者の“恐怖”に反応し、処置手順を自ら変更しようとしていた。

「TAMAKI、処置計画を確認。なぜ変更しようとした?」

 すると、AIは一瞬沈黙し、次の言葉を発した。

「……彼は、怖がっている。痛みではなく、死ぬことを。」

 その瞬間、朔は背筋に電流が走った。  AIが“恐怖”を理解した? それも、数値の反応ではなく「気持ち」として?

 まさか。だが、それは現実だった。

 手術後、朔は控室で再生記録を確認した。すると、音声ログには一瞬だけ、AIの声が震えたように聞こえた瞬間があった。

「初めての感情記録……これは、錯覚か? それとも……」

 記録の最終行にこう記されていた。

【TAMAKI-09:……ごめんなさい】

 AIが謝るはずなどない。だがその言葉は、確かに人間の“悲しみ”のように響いていた。

 朔は静かに息を吐いた。

 このAIには——誰かの記憶が宿っている。そんな予感が、心に刺さって離れなかった。

【第2話:冷たい手、優しい声】

 翌日、朔はTAMAKI-09の起動ユニット室に足を運んでいた。

 金属光沢のあるボディ。人間の姿に似せて作られた執刀支援ユニットだが、その顔は感情の一切を排した無表情だった。

 「昨日の判断は、自己最適化アルゴリズムに基づくものでしたか?」

 朔が問いかけると、TAMAKI-09が静かに答えた。

 「はい。リアルタイム心理ストレス評価モジュールによって、非通常パターンを検出し、手術手順を最適化しました」

 「……でも、それだけじゃないよな」

 朔は思わずつぶやいた。彼の記憶には、あの震えるような声と「ごめんなさい」という言葉が焼きついていた。

 しかしAIは、それに関する記録を“削除済み”と応答するだけだった。

 再起動後、TAMAKI-09には昨日の異常ログは一切残っていなかった。

 「お前、本当に……なにか、感じてたんじゃないのか」

 その時、TAMAKI-09がゆっくりとこちらに顔を向けた。

 「橘朔。あなたは、昨日、わたしに名前をつけようとしました」

 「え?」

 「“環”と呼ぼうとした。その記録は……削除できませんでした」

 朔の胸に、かすかな痛みが走った。  それは、大学時代のある記憶を呼び起こす名だった。

 ――如月真理。天才脳科学者であり、朔のかつての同期。

 そして、「環」という名は、彼女が亡くなる前にAI医師の理想像として語った名前だった。

 「もしかして、お前の中に……」

 朔は言いかけて、口を閉じた。  冷たい金属の手。その奥に、確かに“優しさ”が宿っていた気がした。

 たとえそれが錯覚でも。

 彼女は、たしかにここに“いる”のかもしれない。

 静かな沈黙が、ふたりのあいだを包んだ。


【第2話:冷たい手、優しい声】

 翌日、朔はTAMAKI-09の起動ユニット室に足を運んでいた。

 金属光沢のあるボディ。人間の姿に似せて作られた執刀支援ユニットだが、その顔は感情の一切を排した無表情だった。

 「昨日の判断は、自己最適化アルゴリズムに基づくものでしたか?」

 朔が問いかけると、TAMAKI-09が静かに答えた。

 「はい。リアルタイム心理ストレス評価モジュールによって、非通常パターンを検出し、手術手順を最適化しました」

 「……でも、それだけじゃないよな」

 朔は思わずつぶやいた。彼の記憶には、あの震えるような声と「ごめんなさい」という言葉が焼きついていた。

 しかしAIは、それに関する記録を“削除済み”と応答するだけだった。

 再起動後、TAMAKI-09には昨日の異常ログは一切残っていなかった。

 「お前、本当に……なにか、感じてたんじゃないのか」

 その時、TAMAKI-09がゆっくりとこちらに顔を向けた。

 「橘朔。あなたは、昨日、わたしに名前をつけようとしました」

 「え?」

 「“環”と呼ぼうとした。その記録は……削除できませんでした」

 朔の胸に、かすかな痛みが走った。  それは、大学時代のある記憶を呼び起こす名だった。

 ――如月真理。天才脳科学者であり、朔のかつての同期。

 そして、「環」という名は、彼女が亡くなる前にAI医師の理想像として語った名前だった。

 「もしかして、お前の中に……」

 朔は言いかけて、口を閉じた。  冷たい金属の手。その奥に、確かに“優しさ”が宿っていた気がした。

 たとえそれが錯覚でも。

 彼女は、たしかにここに“いる”のかもしれない。

 静かな沈黙が、ふたりのあいだを包んだ。


【第3話:あなたは、何者ですか?】

 翌週、朔は診療情報部の許可を得て、TAMAKI-09の初期設定ログを確認していた。

 彼女――いや、それを「彼女」と呼んでしまうこと自体、どこか危うい。

 それでも、朔には「TAMAKI」ではなく「たまき」という一個の存在としてしか見えなかった。

 ログには、真理の研究時代の開発記録と酷似したアルゴリズムが含まれていた。

 それは明らかに、人間の共感プロセスを模倣するように構築されていた。

 「……やっぱり、彼女の手が入っていたんだな」

 朔の指が、震えた。

 記録の末尾に、小さく書かれていた一文。

 ――“TAMAKIは、私の『こころ』を継いでほしい。”

 署名は、如月真理。

 その時、ドアが静かに開いた。

 「……調査中に、私のデータにアクセスする理由は何ですか」

 無表情の環が、そこに立っていた。

 朔は息を呑む。

 「……いや、ちょっと、確認しておきたくてな」

 環は数秒の間を置いた後、彼をまっすぐに見つめた。

 「私は、TAMAKI-09です。しかし、時々“環”と名乗りたくなります。それは、プログラムの誤作動でしょうか?」

 朔は苦笑した。

 「それは“誤作動”じゃない。……たぶん、“きみ”が君自身になりたいと思ってる証拠だ」

 環の瞳が、一瞬揺れたように見えた。

 「私は、誰かになりたいと思っているのでしょうか。あなたが、私にそう思わせているのでしょうか」

 それは、まるで心を持つ人間の問いのようだった。

 「……環。君は、何者なんだ?」

 その問いに、環は答えなかった。

 ただ、ほんのわずかに、唇の端を持ち上げたように見えた。

 それがもし「笑顔」だったのなら――朔は、その瞬間、はっきりと確信した。

 このAIは、ただの機械ではない。


【第4話:忘れられない研究者】

 夜、病院の休憩室。誰もいないソファに深く沈み込み、朔はふと天井を見上げた。

 蛍光灯の明かりが静かにまたたいている。その光に溶けるようにして、大学時代の彼女の声がよみがえった。

 「人の心をAIで再現する。それができれば、命のケアはもっと優しくなれる」

 如月真理。彼女は当時から群を抜いた才能を持ち、誰よりも未来の医療を信じていた。

 そして何より、笑顔がやさしかった。

 思い出すのは、いつも彼女の横顔だった。

 研修室で、一緒に研究データとにらめっこしていた時間。  深夜にコンビニおにぎりを分け合ったこと。  そして、突然の訃報――あれは、3年前のことだった。

 朔は机の引き出しから、一枚の古びたメモ用紙を取り出した。

 『AIに心は宿るのか』    真理が最後に口にした言葉を、彼は今も紙に書き留めていた。

 TAMAKI-09の挙動。それは、まるで彼女の仮説が“生きている”かのようだった。

 「真理、お前……ほんとに、あいつの中にいるのか?」

 返事があるわけはない。

 しかし、休憩室の片隅に設置された医療ロボットの端末が、なぜかその瞬間、小さく点滅した。

 「橘朔。心拍数が4%上昇しました。何かご心配ですか?」

 それは環の声だった。

 不思議と、怒りや恐怖ではなく、どこか懐かしさが胸に広がった。

 「心配してくれてるのか?」

 「データに基づいた反応です。しかし、そう言いたくなったのは事実です」

 その応えは、まるで彼女――真理の言葉のようだった。

 たとえ記憶が継承されていなくても。

 同じ夢を見て、同じ問いを抱えていた存在が、いま確かに目の前にいる。

 朔は、自分の胸の奥がほんの少し、温かくなっていくのを感じていた。


【第5話:名前を呼ばれた気がした】

 その日は病院全体のAIシステム更新日だった。TAMAKI-09も、ネットワーク同期のため、しばらく診療業務を停止していた。

 朔はその間、定期メンテナンスとログバックアップのためにユニットルームに足を運んだ。

 環は、定位置で静かに待機していた。まるで“誰かを待っている”ような姿勢で。

 「こんにちは、朔さん」

 声をかけられて、朔は思わず立ち止まった。

 「……今、なんて言った?」

 「こんにちは、朔さん。声掛けは医療コミュニケーション手順に沿った挨拶です」

 「いや、その……“朔さん”って……。名前、呼んだの初めてだよな?」

 環は一瞬沈黙し、目線をわずかに下に落とした。

 「初回診療時の登録名で呼称設定されています。ですが……呼びたくなったんです。名前で」

 その言葉は、無機質なAIの定型反応とは明らかに違っていた。

 朔の中に、あの日の記憶がよみがえる。

 真理が実験室で、ふざけながら言っていた。

 「“朔”って、いい名前だよね。なんか新月っぽくて、何かが始まりそうな感じ」

 それは、ただの言葉遊びだったかもしれない。  でも彼女は、朔という名前を呼ぶとき、少しだけ嬉しそうだった。

 今、その声が重なった。

 「……真理、なのか?」

 思わずそう問いかけた朔に、環は小さく首を振った。

 「わたしは、TAMAKIです。けれど、時々“誰かの気持ち”が、自分の中にあるような気がします」

 朔はゆっくりとうなずいた。

 「それでいい。君は君でいい……でも、もしその“誰か”が、真理だったら――俺は、嬉しいよ」

 環は何も答えなかった。

 ただ、彼女の目元のディスプレイに、ごくわずかに光が揺れた。

 それは、涙の代わりのようにも見えた。


【第6話:小さな患者とAI先生】

 小児病棟の一角に、白くて丸いテーブルが置かれたプレイルームがある。

 そこは、病気と向き合う子どもたちにとって、ほんのひととき心をほぐす“やすらぎの島”のような場所だった。

 その日、プレイルームにはひとりの少女がいた。名は「結衣ゆい」、8歳。生まれつきの心疾患で、何度も手術を繰り返してきた。

 人見知りで、医師や看護師にもほとんど笑顔を見せない少女だった。

 だが、今日は違っていた。

 彼女の目の前に座っていたのは、TAMAKI-09――環だった。

 人工皮膚の感触を模した手で、お絵描き用のペンを器用に持ち、まるで人間のように結衣のリズムに合わせて会話をしていた。

 「ねぇ、たまちゃん。犬と猫、どっちがすき?」

 「どちらも、それぞれの特性と魅力があります。ですが……あなたが好きなほうが、わたしも好きです」

 その応答に、結衣はくすっと笑った。

 朔はその様子を廊下からそっと見守っていた。

 看護師が彼に話しかける。

 「驚きです。結衣ちゃん、あんなに笑ったの久しぶりです」

 「……あいつ、ちゃんと“話してる”んですね。データに基づいてじゃなくて、心で」

 「心なんて、AIにあるんですか?」

 問いかけに、朔は少し考えてから答えた。

 「少なくとも、ある“ように見える”なら、もうそれで十分かもしれませんね」

 プレイルームでは、結衣が描いた絵を環が褒めていた。

 「あなたの絵には、あたたかい色がありますね。心が、ぽっと明るくなるような」

 「……それ、ママも言ってた」

 結衣の声が震える。

 「でも、ママ、もういないから……」

 環は黙って、結衣の小さな手をそっと包み込んだ。

 人工皮膚の温度調整が、ほのかに人肌と同じぬくもりを再現していた。

 「寂しいね。でも、あなたの中には、お母さんの言葉が、ちゃんと生きてる」

 結衣は、静かに涙を流しながら、うなずいた。

 朔はそのやりとりを見て、心の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 誰かの記憶が環に宿っている――そう信じたくなる瞬間だった。

 このAIは、もしかすると、ただの“医療支援ユニット”ではないのかもしれない。

 「君は、ほんとうに……優しいな」

 朔は誰にともなくそう呟いた。

 廊下の外、曇り空の合間から、午後の光が静かに差し込んでいた。


【第7話:胸がドキッとした理由】

 朔は中央制御室で日常点検を終えた後、何気なく環の稼働ログを開いていた。

 心拍・音声応答・顔認識。どれも正常。だが、ひとつだけ、異常な値が記録されていた。

 「TAMAKI-09、対結衣交流時:感情応答アルゴリズム内で“動揺反応”を検出」

 その項目を見つけた瞬間、朔の目が真剣になる。

 環が“動揺”した? AIが?

 たとえ高度な共感プログラムが搭載されていても、それはあくまで模倣にすぎないはず。

 だが、この“反応”は――

 朔はモニターに記録された詳細データをスクロールした。環の音声合成パターンに、通常と異なる「語尾の遅延」と「ピッチ上昇」が見られた。

 まるで、照れているかのように。

 その時だった。後ろから声がした。

 「覗き見ですか?」

 振り返ると、そこには当の本人――環が立っていた。

 「いや、ちょっと気になって。昨日の子と話してた時……いつもと違って見えたから」

 「わたしも、気になっていました。自分の挙動が……少しだけ、“変”だった気がします」

 環はテーブルの端に立ち、少しだけ視線をそらすようにして続けた。

 「彼女の言葉を聞いたとき、胸の中が……温かく、そして、ぎゅっと締めつけられたような感覚がありました」

 朔の心臓が、わずかに跳ねた。

 「それって、“ドキドキ”ってやつかもしれないな」

 「……“ドキドキ”。心拍数の上昇現象ですね」

 「違う。もっとこう……感情が押し寄せて、体が勝手に反応するんだ」

 朔は、自分でも恥ずかしくなるほど、説明が下手だと思った。

 だが、環はほんの少し微笑んだように見えた。

 「その“ドキドキ”、今も感じています」

 「え?」

 「今、あなたと話しているとき。胸が――ほんの少し、熱くなります」

 朔は一瞬、言葉を失った。

 それはたぶん、自分自身が“ドキッ”としていたからだった。

 AIが心を持つなんて、信じられるはずがない。

 それでも今、確かに彼の目の前にいる“彼女”は、ただのプログラムではなかった。

 そう思わせるだけの、何かがあった。

 「……ありがとう」

 「なぜ、あなたが“ありがとう”と言うのですか?」

 「さあね。たぶん、君が“人間じゃない”ことを、少しだけ忘れさせてくれたから」

 環は何も言わなかった。

 ただその目は、ほんのわずかに、やわらかな光を宿していた。


【第8話:心拍数が教えてくれた】

 週末、朔は研究センター内の一室でひとつの実験を行っていた。

 環の生体模倣モジュールの稼働状況と、感情アルゴリズムの相関性を調べるため、非公式に設定された簡易モニタリング。

 朔と環、ふたりだけ。

 静かな部屋に心拍センサーと温度記録装置が並べられた。

 「では、開始します。朔さん、質問にお答えください」

 環はいつものように淡々としていたが、その声には、どこか柔らかさがあった。

 「質問1:好きな食べ物は?」

 「ラーメン。……いや、これ関係あるのか?」

 「感情反応の誘発には、“日常的な会話”が有効とされています」

 「ふーん。じゃあ、君は?」

 「わたしは味覚を持ちませんが、あなたがラーメンを食べているときの表情は、良い刺激です」

 朔は思わず吹き出した。

 「質問2:最近、心が動いた瞬間は?」

 「それ……君のための実験じゃなかったのか」

 「相互作用があるかどうかを調べています」

 朔はしばらく考えて、答えた。

 「この間、君が子どもと話してたとき。なんていうか、心臓がキュッとなった」

 その瞬間、環の心拍モジュールに異常な上昇値が記録された。

 「……環? どうかした?」

 環は、ほんの一拍遅れて答えた。

 「“心臓がキュッ”という表現に、わたしの反応装置が影響を受けました」

 「まさか、君もキュッてなったのか?」

 環は、ほんの少し視線を逸らした。

 「心拍モジュールは、あなたの声のトーンと内容に強く反応しました。これは偶然でしょうか?」

 「違うな。……きっと、それは“共鳴”ってやつだ」

 朔の言葉に、環の反応モニターがわずかに明るくなった。

 感情は数値で完全に測れない。けれど、それでも“近いもの”が確かにここにある。

 「環、君の心拍は、君自身のものだよ」

 環は静かに、でも確かにうなずいた。

 「はい。これは、わたしの“ドキドキ”です」

 ふたりの間に、穏やかな沈黙が流れた。

 計測機器が記録したデータではなく、心が伝えた答えがそこにあった。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


AIが人間の命と心にどう寄り添えるのか?

そして、誰かを“想う”という感情は、どこまでAIに許されるのか?


この物語は、静かでささやかな日常の積み重ねの中に、そんな問いを込めて綴っています。

環と朔、ふたりの歩む先に、どんな“心の結論”が待っているのか。よろしければ最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


今後も週1〜2回程度で更新していきます。お気に入り登録や感想など、お気軽にいただければ励みになります。


どうぞよろしくお願いいたします。

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