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アフェクション〜愛情解析機〜

 ある日、好意の大きさを数値化できる装置「アフェクション」が開発された。値段も手頃で相手が本当に自分を好いてくれているのかがわかりやすい、と結婚前のカップルや告白後の2人、倦怠期のパートナーや離婚したい夫婦の間などでたいそう人気だ。装置のアルゴリズムを一旦開始してしまうと真実をありありと突きつけてくるため、プリクラの箱のような形をした装置のブースから出てくる者たちの表情は、三者三様、ホクホクと幸せそうなものもあれば、この世の終わりを見たようなものもある。装置があるショッピングセンターの横が通学路で、毎日のようにそこを通っている高校生の私にはまだこの装置を使うチャンスが現れない。彼氏いない歴=年齢の私はクラスメイトなどの周りの人が結果がよくとも悪くとも装置を使ってみたという報告をしていたのを聞くたび、自分は毎日その横を通っているんだけどな、と焦っていた。おかしいな、JKになったらコイビトができて友達ともたくさん遊んで青春してるはずだったのに。実際はどうだ。あれよあれよという合間に時間は流れ、気づいたらJK3年目も中盤に差し掛かってきていて、自称進学校による怒号の受験勉強でそんなことをしている時間はもうない。カムバーック、私の青春。

自分の青春(仮)を分析して人生思い通りにならんな、とリビングで受験勉強の現実逃避をしていると冷蔵庫を覗き込む2歳下の弟に声をかけられた。


「姉ちゃん今日のご飯何食べたい?」


「なんでもいいよ、簡単なやつ」


「えー。適当すぎて困る」


「じゃあ肉」


「おっけー。肉ね。豚肉あったから豚の生姜焼きにするわ」


 手際よく材料を切る弟を見て母を思い出した。うちに母親はいない。母は私が中学生になったのと同時に亡くなった。小学生の弟と父に心配をかけないようにと、葬式では出来るだけ気丈に振る舞った。本当はもっと泣きたかった。母が居なくなって、私達家族の生活は変わった。父が職場から夜遅めに帰ってくるため、洗濯などの簡単な家事をして、夕飯を自分たちで作るようになった。母は料理が好きだった。私達兄弟によく料理を教えてくれていた。だから夕飯作りはそんなに困らなかった。初めは姉としての責任もあり、私が作っていたが弟の方が料理が上手いのと私が受験期に入ったのもあり、ここ半年は弟が夕飯を作ってくれている。豚の生姜焼きに彩りを加えようと副菜を作りだした弟を見て言った。


「あんた、多分お姉ちゃんより生活能力あるわ」


「そりゃどうも。でも俺だけじゃなくて姉ちゃんも結構自立してる方じゃね?」


「うーん。なんだろ。そういうのじゃなくて。なんか、こう……主婦力みたいな?」


造語を作り出した私に弟は笑いながら副菜を盛り付け、私に配膳するよう頼んだ。

2人で生姜焼きを食べながらたわいもない話をしていると、ふと弟が思い出したように言った。


「そういえば姉ちゃん、ショッピングセンターのそとにあるアフェクションあるじゃん?あれ最近全国でバグってるらしいよ」


「バグってるって?」


「なんか1人でお金も入れずに入ったら急にアルゴリズムが開始されて、数値が出されるんだって」


「何それこわ」


「テレビで原因解明中って言ってた」


「ふーん」


「巷では見えないものからの愛の重さだとか騒がれてるらしいよ」


「んなわけ」


「だよなー」


そんなことあるわけないじゃん、と2人で笑いながら食事をしていると、珍しく父が早めに帰ってきて、お土産に私の大好きなケーキ屋のケーキを買ってきてくれていた。そう。一週間後は私の誕生日なのだ。一週間出張に行ってしまう父が早めに買ってきてくれたのだった。美味しいケーキを食べ、満足した私がアフェクションのバグの話を思い出すことはなかった。そう。誕生日までは。

 

 誕生日は普通の平日だった。いつも通り学校から帰っていた私は誕生日なんだから自分に少しぐらい甘くてもいいだろうと、ショッピングセンターによって軽食を食べようと思ったのだ。日が暮れてきていて、人も少なくなっていた時間だった。アフェクションの前を通った時、不意に取れかかっていた制服のボタンが外れた。ボタンはアスファルトの上を面白いくらいに跳ね、アフェクションのブースの中に入ってしまった。そのままボタンを諦めることはできず、私は人生で初めてアフェクションのぼブースに立ち入った。なるほど。中はプリクラの撮影ブースしかないやつみたいになってるんだな。そんなことを思いながら見つけたボタンを掴み、外に出ようとした時だった。


『フタリノコウイヲカイセキシマス。シバラク、オマチクダサイ』


機械が喋った。待て待て。私は1人だ。お金も入れてない。これか!これがバグなのか⁉︎いやこわ。まって。いや、あと1人誰。というかこれお金はらってない……


『カイセキカンリョウ』


完了しちゃった……


『カイセキケッカヲウケトッテクダサイ。アリガトウホザイマシタ』


プリンターのようなところからジーっと紙がご丁寧に2枚分印刷された。置いて帰るわけにもいかず、恐る恐る結果を見た。…何かわからないものからめちゃくちゃ愛されてることになっていた。そのよくわからないものは私からの好意も結構受けててもう笑うしかない。結果の一言コメントに互いにマリアナ海溝並みの愛情と書いてあって。なんだその例えは。怖すぎる。

私は解析結果の紙を引っ掴み、急いでブースを飛び出た。それは一目散に。すると、おばあさんがすみません、と話しかけてきたのだ。本当は怖すぎてそれどころではなかったが、人に優しくすることで変な奴も許してくれるかもしれない、と思って焦りを隠して振り向いた。


「はい?どうしましたか?」


おばあさんは不思議そうな顔をして、


「いや、お嬢さんじゃなくてね、私は隣の女の人に聞いたのだけれど。ごめんなさいね」


横を見るがもちろん誰もいない。


「……いるんですか」


「?ええ。とても幸せそうよ」


ゾワっ。

私はなんとかにこやかにおばあさんの元を去ると軽食のことなど忘れ去り、走って家まで帰り、鍵を開け、ドアノブを引っ掴み、キッチンにばたばたと向かった。


「どうした⁉︎」


先に家に帰っていた弟が驚いてキッチンにやってきた。


「塩、塩どこ?あ、でももう家にあがちゃったからだめじゃん。……そうだ!お祓いか!」


「いや、とりあえず説明求む。なんか怪奇現象にでもあったの?」


「そんな生ぬるいものじゃない」


「本当にどうした」


私は半泣きになりながら言った。


「この前、アフェクションのバグの話してくれたじゃん。あれにあった」


「マジで⁉︎すげーっ!」


「そのあとおばあさんに話しかけられて、返事したら隣の女の人に声かけたつもりだったって言われて、見たら誰もいなかった……しかもその女の人幸せそうだったらしい……」


「……ねえ。それさ」


「やっぱりついてんのかな」


「いや、まあついてるっちゃついてるかもだけど、母さんじゃね?見つけられて喜んでたんだよ」


「…は?」


「母さん言ってたでしょ、死んでもいつも一緒だよって」


2人のことずっと見てるし、ずっと一緒だから心配しないで。母は確かに病院で私と弟にそう言った。でも、


「こんな物理的に?」


「母さんそういう人だったじゃん。俺は母さんだと思うなぁ。今日姉ちゃん誕生日だし、張り切ってるんじゃない?ちなみにアフェクションの解析結果はどうだった?」


「めっちゃ愛されてた。私も愛してることになってた」


「もうそれ母さんだろ。いいな、俺のとこにも来てくんないかな」


母さんに会いたいな。そう言って、弟は笑った。その横顔は珍しく年相応に見えた。

事件から2週間程経った日のことだった。アフェクションを開発した会社のホームページのお知らせが更新されていた。


『最近報告されているアフェクションの不具合はセンサーの誤作動によるものとわかりました。不具合の修正は終わりました。ご迷惑をおかけし申し訳ございませんでした。』


 結局はただのバグだったらしい。でも私は母だったと思うことにした。おばあさんはきっと私の母を見たのだろう。きっと弟がいうように私の誕生日を祝いに来てくれていたに違いない。イタズラ好きな面があった。あの時も私を脅かそうとしたのだろう。会社のお知らせを見た後、もう一度1人でアフェクションのブースに入ってみたが何も起こらなかった。本当に修正されてしまったらしい。私は母との解析結果を大切に大切にとっておくことにした。母娘の愛情は世界一深い海溝並に深い、という証拠として。


 それにしても、母を見たおばあさんは何者だったのだろう…。


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