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1-6:相談

牛肉のトマト煮。


アリスは木で出来たスプーンを持って口元でフーフーと冷ましてから食べる。


煮込んだ牛肉に、染み込むようにニンニクのスパイスとトマトの甘味がやってくる。


とても美味しいスープだ。


これには思わずアリスは舌鼓をうつ。


「うん……美味しいですわ!」

「それはよかった!まだまだありますから味わってください」

「ありがとうございます」


アリスが美味しそうに食べるのを見て、パトリシアは安堵する。


もし、口に合わなかったらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂であったようだ。


ベルもペピートを頬張りながら、アリスにこの店で出される料理は美味しいと伝える。


「ここのスフレでは牛肉をメインにしていますが、その分味は確かですよ」

「ちゃんと味には拘っているつもりよ。ノース高原産の牛を使っているんですもの……味に関しては父がうるさいので、しっかりした肉しか出していないですから!」

「へぇ~、お父さん結構しっかりとやっているんだね……アリスさんは分かります?」

「ええ……このお肉を見れば分かりますよ」


アリスはスプーンで再び肉を掬う。


一件美味しさをアピールするかと思ったが、アリスはゆっくりと答える。


「……この牛肉は切り落としてから切り込みも入れておりますわね……トマト煮の場合はこうした切り込みがあったほうが肉が縮まずに味が染み割って美味しいんですよ」


アリスは牛肉に切れ込みがあるのを見つけて、ベルとパトリシアに伝える。


彼女とて、お嬢様故に食事に関しては少なからず「美」を求める。


最低でも週に一回は、本格的な会員制の寿司屋であったりフランス料理店に赴いて食事をしていたアリス。


こうした食事に関して丁寧に作る人を尊敬していたのだ。


勿論、好き嫌いに関しては口には出さずに出された食べ物はきちんと食べる。


例えコンビニのおにぎりや弁当であっても、美味しいものであれば学友と一緒に食べたり、好きな美少女系戦士のアニメキャラクターが登場するお菓子なども、箱ごと買い取って味わうこともあった。


今回出された牛肉のトマト煮には、しっかりと赤身と脂身の辺りに包丁で切り込みが入れられており、それもきっちり決められた長さで切られていたのである。


よく味に詳しい人でないと一見しただけでは分からない。


ここの店にやってくる冒険者たちに関しては、料理と酒があれば十分であり、酒に酔って味の細かい変化に気が付かない。


だが、アリスは一口食べただけで料理人の腕前が分かったのである。


さらに、アリスはフォローも兼ねてパトリシアにこう告げた。


「赤身と脂身の部分をしっかりと均等に切り込みを入れてから処理をしています……これが筋切りと呼ばれている下処理です。それに、何度も肉を叩いた上で身を引き締めていますね……」

「アリスさん……そこまで分かるんですか……」

「はい……切り込みというのは肉の筋に沿って切らないといけませんが、同時に深く切り過ぎては見栄えが悪くなってしまいます。叩きすぎも味を落としてしまいますので、適度に弾力が付くほどにしておかなければなりません」

「……」

「肉料理においては食べる側に切り込みを強調せず……されど、下準備を徹して行うのがフルコース料理の基本となっています」

「……」

「特に大衆料理店では、こうした処理を行わずに速度重視で作るところが多いですが、ここではしっかりと入れているのがいいですね……料理を作ってらっしゃるパトリシアさんのお父様は、かなり食に関して研究と実践を重ねて作る事に情熱を注いでいる方なのですね……素晴らしいです」


ニッコリと微笑みながらアリスは言った。


パトリシアはアリスの言葉を聞いて、驚いたまま硬直している。


ベルはアリスとはまだあって間もないパトリシアを固まらせるほどに、彼女の父親について言い当てたことに衝撃を覚えたのである。


パトリシアにとって、アリスの実力を測るつもりであったが、想定していた以上に凄腕のようだ。


「あ、アリスさん……どうしてそこまで分かるんですか?」

「分かるも何も……しっかりと味付けに関しても丁寧にやっていますし、肉だけではなく食材に関しても、脂身の多い牛肉ではなく、赤身が多くて歯ごたえのある良い肉を使っているのが分かりますわ。それを銀貨1枚でここまで良いものを作るのは素晴らしいと思っております……きっと、ここで店を開く前に有名な料理店でお勤めをしてらっしゃったのですね」

「あの……アリスさん、そこまで言い当てられるとなんて言葉を返せばいいのか分からなくなりますわ……」

「えっと……パトリシア、アリスさんにお父さんが宮廷料理人をやっていた話を……していないわよね?」

「していないわよ!というか、料理を一口食べただけで父さんの事を分かるなんて初めてだわ!」


パトリシアがようやく口を開いて語る。


彼女の父は元々この国の最高権力者である国王に仕えていた宮廷料理人の経験がある人物なのだ。


最も、その経験は15年程前であり、その当時の国王が崩御した後に国王に就任した元皇太子とは仲が悪かった為に、自ら宮廷料理人という手堅い職を辞してスプリタの町に戻ってきた。


偶に町の支配者であるダンパに呼び出されて料理を振る舞うことはあれど、基本的には娘であるパトリシアの切り盛りする宿の一角で料理を作ることに喜びを感じ、この仕事に満足している。


大衆料理こそ、高級料理を作る上で必要不可欠な技術や腕を磨く上で必要な事だと思っているからだ。


それを、馴染みと一緒に入ってきて今日会ったばかりの異国の令嬢がズバズバと言い当ててしまったことに驚愕している。


パトリシアの背筋からは滝のような冷や汗がにじみ出ていた。


(ホント、見かけは大人しい令嬢って感じだけど、中身は凄まじく眼がいいのね……ここまでの人だったとは……!)


アリスは感じ取った事を伝えただけに過ぎない。


しかし、そのほとんどを言い当ててしまったのは、彼女の観察眼だけでなくこれまで令嬢……お嬢様として教育を受けてきたアリスにとってはコミュニケーション能力を遺憾なく発揮していた。


食事をしながら父の経歴を話し、料理の殆どを食べ終えてからパトリシアは続きを語る。


「父さんは……確かに宮廷料理人でしたし、安く……そして美味しい料理を提供するためにこの宿の一角を料理店で構えているんです。名誉とか、お金のためじゃなくて……ここで皆に美味しい料理を作るためにやっているだけです」

「美味しい料理を作るために……」

「……ただ、そのせいでこのスフレの経営も酒代と宿泊費の収入によって支えられている状況ですけどね……」

「……問題があるのですか?」

「ええ、この料理を提供する食事処が原因で収益が殆ど出ないのです」


食への拘りを追及して安価な値段で食事提供を行う反面、スフレの経営は厳しい状況であった。


安価な素材ではなく、しっかりとした産地のものを使っている影響で料理の利益があまり出ないのだ。


料理の価格が銀貨1枚なのは、店の収益が出るギリギリのラインである。


これを差し引くと、スフレの食事処の手元に残るのは購入した食材を差し引いて銀貨50枚程度……。


そこからスタッフの人件費などを引いてしまうと、店としての収益は銀貨8枚から10枚程度だ。


宿屋としてのメイン収入を得ているとはいえ、パトリシアにとって悩みの種でもある。


その悩みをアリスに打ち明けて、どうすればいいか尋ねた。


「どうすればもっと収益が上がるのか……今は宿としての収益で成り立っていますが、食事をする人が多くても宿泊する人が少なければ赤字なのです……」

「成程……それで問題を解決したい……というわけですね?」

「ええ、何かアイディアがあれば是非とも助力をお願いしたいのです」

「うーん……そうですね……店のメニュー料金を上げる以外の方法ですね?」

「はい、父は料金を上げる気はさらさらないと言っておりますし、私としてはこれ以上打つ手がなくて……」


アリスは考える。


どうすればパトリシアの経営するスフレが大幅に収益が上がるのか……。


料金の値上げ以外の選択肢……。


例えば景品を置いたりするのはどうかとおもったが、景品だけでは人々は寄らないはずだ。


景品を取りたくなる、魅力的な物を設置するべきではないだろうか……。


ふと、アリスの頭の中にとある物が浮かび上がった。


それは、日本では当たり前のように日常に溶け込んでいるものであり、日本人であれば僻地であっても誰もが一度は目にしたことのある代物である。


(これは……パトリシアさんやベルさんの協力が必要不可欠ですわ!)


頭上に電球のアイコンが光輝くような仕草をしてから、アリスは答えた。


「私……閃きましたわ!収益を伸ばす方法を思いつきました!」


アリスはノートを取り出して、シャーペンでイラストを描き始めた。

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