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1-5:お食事会

アリスがこの世界にやってきて初めての食事だ。


ベルと受付嬢のパトリシアの三人で食べるということもあってか、三人の雰囲気は明るい。


テーブル席の清掃が行届いており、すぐにウェイターの女性がコップに水を注ぐ。


ここでは食事処と宿泊施設が複合していることもあってか、先ほどのパトリシアよりもウェイターが料理を持って来たり、料理の注文を受け取ったりと大忙しだ。


パトリシアはにこやかな笑顔でアリスに言った。


「好きなものを頼んでください。ここでは一品銀貨1枚で食べれるようにしているんですよ」

「一品銀貨1枚……メニュー表はございますか?」

「ええ、勿論……はい、これです」


パトリシアはアリスにメニュー表を渡す。


メニュー表を開くアリス。


難しい難儀な文字全てが日本語で描かれている。


(明朝体フォントですわね……)


パソコンの文章作成ソフトでは代表的なフォントだ。


そんなフォントで描かれたメニュー表にはスフレでオススメの料理なども記載されている。


このお店では主に5つの料理を提供しているようだ。


〇ロースステーキ

ー当店オススメ、冒険を終えた後にガッツリ食べよう!(大盛り希望の場合は銀貨3枚徴収します)


〇牛肉のトマト煮

ー当店オススメ、タマネギとニンニク、そして旬のトマトでじっくり煮込んだもの。身体を温めて、クエストに備えよう!


〇ペピート

ー当店オススメ、パンにオニオンソテーと牛肉を加えたもの。エール酒の御供にピッタリ!


〇牛肉パイ

ー当店オススメ、牛肉をパイで包んで肉汁をたっぷりと味わおう!


〇シュラスコ

ー当店オススメ、牛肉をふんだんに使った串焼き。岩塩や特性ソースで味付けしているので美味しい!冷えたエール酒との相性抜群!


(ぎゅ、牛肉しかないですわ……!!!)


そう、冒険者をメインターゲットにしているお店だけあってか、牛肉がメインなのだ。


カロリーが高いものの、余すことなく食べられる点では優秀な食材でもある。


その牛肉を使った料理がメイン料理として提供されており、基本的にメインメニューとしてこの5品のみで勝負をしているのだ。


サイドメニューとして、オニオンスープであったりエール酒、ワインなども記載はあるが、それを含めても10品程度。


メニュー表を見ながら、周囲を確認する。


(どれも沢山の量を盛っておりますわね……やはり、ここでは『量』が重要視されているお店なのですね)


ここでは質より量。


隣にいる冒険者たちの食事を横目で見てみると、山盛りに盛られているローストビーフであったり、串焼きにしているシュラスコをこれでもかと頬張り、エール酒で喉の奥に流し込んでいる。


ここでは山盛りの量が「普通」であり沢山食べることを前提に作っているため、アリス一人だけでは食べきれない量が出される。


当然ながらアリスはそこまで多く食べる人間ではない。


メニュー表を見ながら食べられるものを考える。


(うーん、ローストビーフは脂っこいでしょうし……ここは野菜が多めに入っているであろう牛肉のトマト煮を頼みましょうか!)


アリスはメニューの中から牛肉のトマト煮を食べることにした。


トマト以外にもタマネギなどが入っており、栄養が高そうな事。


あと、量に関しては少なめでお願いする事にした。


食べきれない量を頼んで破棄するのは食ロスであり、食べ物が勿体ないという考え方があったからだ。


「では、牛肉のトマト煮をおねがいします。それと紅茶を……あと、料理は少し量を減らしてもらってもいいでしょうか?」

「ええ、構いませんよ……ベルは何にする?」

「そうだね……私はペピートにするよ。オニオンソテー多めで、あと冷えたエール酒をお願い」

「私はシュラスコね。それから赤ワイン……それじゃあ注文するわよ……ウェイター!注文おねがい!」


パトリシアは手を叩いてウェイターを呼ぶ。


ウェイターは直ぐに飛んできて、それぞれのメニュー注文を聞くと「すぐに御作りいたします」と答えて去っていく。


宿を切り盛りする女主人の友人と客人が注文をすれば、他のオーダーは後回し。


真っ先に最優先で作られるだろう。


料理ができるまでの間、パトリシアがアリスに彼女の事について問いかけてきた。


「それじゃあ……料理ができるまでの間、アリスさんの事についてもっと知りたいわね」

「私の事ですか……?」

「ええ、見た感じこの辺の人ではなさそうですし……どこか別の場所から来たんじゃないかと思いましてね」

「そうですね……確かに私はここ出身の人間ではないですよ」

「何処から来たのです?」

「日本という国です」

「日本……?ベル、聞いたことあるかしら?」

「いや、少なくとも私が知っている限りでは日本という国は知らないし、アリスさんから聞いたけど極東の国らしいというところまでしか知らないよ」

「極東ねぇ……随分遠い国からやってきたって事ですね?」

「そういう……事になりますね」


色々と訳ありな上に、異世界からやってきたと話しても信じてもらえるかどうか分からない。


そのため、アリスは遠い極東の国からやってきたと述べたのである。


無論、日本はヨーロッパ基準で見た際には極東地域に分類されるため、この表現は正しい。


それに、嘘は言っていない。


異世界に転移したものの、極東の国で生まれ育ったことに間違いはないのだから。


さらにパトリシアはアリスについて個人に関わる事について尋ねる。


「それで……随分と羽振りが良かったけど、商人をしてらっしゃるのですか?」

「いえ、商人として働いたことはありませんわ……父はそうした事に関わっておりましたけど、私はそういった生業には深くは関わっておりません」

「でも、身なりもきちんとしているし、何処かの令嬢かと思ったけど……もしかして貴族だったりします?」

「そうですね……戦前まではそうでした」

「戦前まで……?では、今はそうではないのですか?」

「私の家は祖父の代まで貴族としての地位や爵位を持っておりました。でも、もう80年近く昔の事ですよ。その時の戦争で敗れた為に、今では貴族としての地位も爵位もありませんわ」

「戦前が80年前ねぇ……では、おじい様もだいぶ苦労なさったのでしょうね……」

「ええ、進駐軍(GHQ)によって資産なども差し押さえられたと聞いております」


商人の娘かと思ったが、どうやら違う。


試しに貴族の話題を振ったら、期待に沿う話題を引きだす事に成功した。


それを見たパトリシアは観察眼でアリスを分析する。


(元貴族とはいえ、立ち振る舞いからしてワガママな性格であったり自慢話を延々とするタイプではないわね……大抵のボンボンな貴族であれば自分の怒りすらコントロールできない者が多いのに……)


実際に貴族としての地位が無くなっても令嬢と呼ぶに相応しい振る舞いをしている。


戦争によって地位を失った貴族……。


この世界では割と良く聞く話でもある。


冒険者や傭兵の中にも、元貴族出身の者は存在する。


だが、そうした貴族の多くが貴族階級の中でも下のほうの男爵や子爵であり、食い扶持がない次男や三男坊が家を飛び出している傾向が多いのも特徴的である。


それに、アリスが話したのは80年前近く前に太平洋戦争終結後に華族制度が無くなった事を示す。


大日本帝国時代に金益家は侯爵の位を授けられていたため、この世界では辺境の国であったり国家の重要拠点を統治するにふさわしい地位としての扱いを受ける階級でもある。


このスプリタの町を統治しているダンパですら伯爵であり、侯爵よりも下の位である。


元貴族の家柄も含めれば、この町ではアリスが一番位が高いことになる。


「お待たせいたしました!ご注文の料理になります」


ウェイターが料理を運んでくる。


出来立てほやほやの料理がアリスの前に現れる。


熱々の器に、ぐつぐつとまだ煮えているほどの牛肉のトマト煮。


そして、マグカップにはホットティーが注がれている。


砂糖はお好みで。


「おっ、きたきた……」

「ささっ、アリスさん。頂いてください」

「分かりました。では……いただきます」


アリスはナプキンを膝の上に置く。


日本で習ったマナーで食事をする。


少なくとも令嬢として育ったため、食事のマナーは心得ていた。


それを横目で見ていたパトリシアは、作法から上流階級出身であると見抜いたのだ。


(てっきり金貨を見せてハッタリかましているんじゃないかと思ったけど、そうではなさそうだわね……ナプキンを膝の上においてから食事をするのは上流階級の作法通り……この人、本当に元貴族の家柄で間違いなさそうね……)

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