1-1:はじまり
「まるで田舎道……ウェストバージニアかしら?」
異世界に転移してアリスが真っ先に思い浮かべたのは、英語の授業で習った曲だ。
草木が生い茂る草原。
その草原の間を通る一本道。
道路の向こう側には山々が、そして町も見えている。
日本の北海道より、アメリカのウェストバージニアを連想するような光景であった。
「とりあえず……草原の向こう側にある、あの町を目指そうかな……」
アリスは町を目指すことにした。
出来れば町の手前で転移して欲しかったが、きっと手前だと誰かに見られてしまう。
その事を憂慮して、少し離れた場所に転移したのだろうとアリスは悟った。
「でも、ここが異世界ならどんなお話になるんでしょうか……?」
アリスにとって異世界転生系小説はアニメで見た程度だ。
ファンタジーな世界が特徴的で、魔法と剣が主役である。
今のアリスには魔法も無ければ、剣も無い。
それに、文明水準がどれほどの基準なのかも定かではないのだ。
「こればっかりは、この目で確かめてみるしかないですわね」
リュックサックを背負い、街に向かって歩き出した。
先ほどの有名な曲の鼻歌を歌いながら歩く。
リュックサックには荷物が沢山入っているはずなのに、重たくない。
不思議と気分が穏やかであった。
(どうしてだろう……気分がいつもよりもウキウキしているような……)
母親が事故死した現実から逃避したがっているのか……。
はたまた異世界転移という現象に理解が追いついていないのか……。
アリスの場合は両方だった。
先ほどまで首都高速を走っていたのが、アメリカの片田舎のような場所に一瞬で転移した事。
それに加えて、あの老人に与えられたリュックサックを背負っている事。
これらを考慮しても、現実離れした現象に遭遇した事に間違いはない。
道の左端を歩いて進んでいると、後ろから馬が走る音が聞こえる。
振り向くと、馬ではなく……立派な一本の角が生えた馬がアリスに向かって走ってきているのだ。
「わぁ~ッ!!ユニコーン?!」
アリスのいた世界において、角の生えた馬はいない。
トナカイや鹿といった生き物が角を生やしている事はある。
だが、目の前に現れた馬車を引いているのはユニコーンだ。
そして、そのユニコーンを御者しているのは、アリスよりも小さな身長をしている小人のハーフリングであった。
あまりにも不釣り合いな姿ではあったが、その光景はまさに異世界であった。
その光景をまじまじと見ていると、ハーフリングは少し首を傾げてアリスに尋ねた。
「珍しい……こんな場所を御嬢さん一人で歩いているなんて……どこから来たんです?」
「えっと……日本、私……日本から来ました」
アリスは正直に日本からやってきたと応える。
下手に嘘をつくよりはずっといい。
だが、当然ながら異世界に日本という国家は存在しない。
日本という所から来たと返されたハーフリングは困惑した表情を見せる。
「に、にほん……???どこです日本って……?」
「えっと……遥か東にある国です」
「東ねぇ……生憎知らないですね……」
隣町かと思ったら知らない国。
誰しもが困惑するだろう。
だが、ハーフリングからしたら貴族のように整った服装で、年季の入ったリュックサックを背負っている少女のほうが数倍気掛かりであった。
ハーフリングは考える。
(もしかしたら、何か事情があるかもしれねぇな……それに、いい所の出の金持ちかもしれん……)
ハーフリングの直感は当たっていた。
アリスの身に着けている服は、学生服であった。
お嬢様学校だけに、学生服も一流のデザイナーによって作られたものだ。
それに、ハーフリングの仕事は馬車を使って客を乗せて目的地まで運ぶ事……。
つまりタクシーの運転手に近い役割を任されている辻馬車業を営んでいる。
かれこれ10年以上、この仕事を営んでいるハーフリングにとって、金持ちか否か見分けるのは服装を見て判断する。
アリスの服装は間違いなくお金持ちの服装であった。
で、あればこのままアリスを放置するより、馬車に乗せてやったほうがいいのではないかと考える。
(もう仕事を終えたんだが……せっかくだ。町まで乗せてやるか……ちょうど帰りだし)
少しだけ運賃を請求すればいいだろうと考えたハーフリングは、アリスを馬車に乗せる事を提案する。
「とにかく、この辺の人じゃないですね……御嬢さん、この辺りは時折盗賊が現れることもある、危険だから町まで乗せてあげますよ」
「えっ、よろしいのですか?」
「ああ、少しばかり運賃は掛かりますが……銀貨3枚ってとこですね」
「銀貨ですか……」
アリスの手元にあるのは金貨だけだ。
枚数までは数えていないが、推定で50枚以上は入っている。
アリスは老人から金貨を受け取ってはいたが、金貨の価値が分からない。
故に巾着袋から金貨を一枚取り出して、ハーフリングに渡した。
「あいにく銀貨が無くて……これで街まで足りますか?」
金貨を受け取ったハーフリングは満面の笑みで答えた。
「勿論、足りますよ……さっ、乗ってください」