3-8:アムールの誇り
「ちょっと……それ本気で言っているの?」
「アリスさん、流石にそれはバレたらタダではすみませんよ?」
「ええ、分かっています。反乱防止用の生体魔術でも、特例を除けば施すことを免除できるのですよ。法に触れることはありません」
「「えっ?!」」
「ダンパ氏は亜人種を全て平伏できると考えておられるかもしれませんが、弱点はあるのです」
アリスは空いた時間で文献などを調べ上げた。
その中で、生体魔術に関してとある方法を行えば「反乱防止用の生体魔術」を無効化できることを突き止めたのだ。
「私がアムールさんに事前指示を出しますので、その指示に従って下さればいけます」
「事前指示……就労する前に雇い主の指示で執り行う行為ですか」
「その通りです。その指示書を書いてアムールさんに渡します」
これは就労契約において、雇用主である人間側から亜人種へ就労前に事前指示を行うことができる。
例えば、鉱山で働くドワーフやコボルトに関しては、ツルハシや衣服などを購入する事前資金を渡し、予め調達するように指示を出せる。
所謂、会社側が経費などを負担して労働者に各々自分で用意させるというわけだ。
これは国で認められている行為である。
アムールとラーマはそこまでは知っていた。
だが、その事前指示において生体魔術の無効化を行う特殊な魔法を掛けることができるのだ。
「事前に魔術師の所に行って左腕の摘出した手術痕を治療すると同時に『蒼茫の安らぎ』と呼ばれる魔法を掛けてもらいます」
「蒼茫の安らぎ……?それって、ダンジョンで怪我を負った冒険者が怪我などを緩和する際に使う魔法だろう?」
「昔からある魔法ですね……主に上級クラスの魔法使いが施すことができる技ですね……」
「そんなに昔からある魔法を使うって……でも、上級魔法使いならいくらでも使えるんじゃないのか?」
「蒼茫の安らぎは精神力を必要とする魔法です。一日に何回もできる魔法じゃないですよ」
「その通りです。その魔法は基本的にダメージを軽減するために存在しています。ダンジョンに挑んでいる冒険者などは、この魔法を予めかけてから挑みます。そして、この蒼茫の安らぎの効果は『物理攻撃や魔法・魔術によるダメージを一定期間の間無効化して治癒する』とあります……」
「治癒……まさかッ?!」
「ええ、そのまさかですよ。生体魔術も無効化できるのです」
アリスは気が付いてしまった。
蒼茫の安らぎと呼ばれる魔法を予め身体に付与することで、反乱防止用の生体魔術を無効化できてしまうのだと。
生体魔術を身体に刻んだとしても、一定時間で魔術の跡は消えてなくなる。
そして、誓いの儀や反乱防止用の生体魔術を執り行う際に【事前に回復魔法や防術魔法を掛けてはならない】という制約がないのだ。
あるとすれば【亜人種は必ず誓いの儀を受けなければならない】という文言である。
これを解釈すれば『誓いの儀を受けてさえいれば、その後に実施される反乱防止用の生体魔術に関しては雇用主が無効化しても問題ない』という事だ。
おまけに、誓いの儀を行っているので契約そのものは成立している状態とみなされるため、アムールが周囲に自慢して問題を発覚させない限り、このやり方が有用なのだ。
まさに、悪魔的な発想だ。
「生体魔術ですら無効化できる……素晴らしいじゃないですか。あるのであれば、その魔法を掛けてからでも遅くはないのです……」
「でも……それって発覚したら……マズいのではないでしょうか?」
「そうですね……でも、対処法はあります」
「えっ、対処法があるのかい?」
「アムールさんの治療の名目で、顔の治療や生体魔術の剥ぎ取った皮膚の治療が済んだ直後に行えばいいのですよ。蒼茫の安らぎは持続時間は6時間とされておりますので、術後6時間以内に契約を行えば問題ないのですから……」
「そっ、そこまで考えていたなんて……」
「アリスさん……やはり、頭がかなり回るのですね……」
アリスの説明に、アムールもラーマもただただ圧倒されていた。
常人であれば考え付かない事を考え付き、それを分かりやすく説明しているのだ。
アムールの治療目的のために事前に手術を受けていたと説明すれば……。
万が一発覚したとしても、故意に生体魔術を妨害したわけではないと説明できる。
そう、故意ではなく偶然治療後に生体魔術を行ったら、生体魔術の痕跡が消えてしまったということになる。
でも既に生体魔術は施されたため、問題ない。
つまるところ、この魔法さえ付与された状態であれば、生体魔術を掛けられたとしても痛みなどを伴わずに魔術そのものを無効化し、かつ契約上や領法上では罪に問われない。
これによって合法的なやり方で、審査をパスできる。
アリスの自信に満ちた回答であり、長年生きてきたラーマですらアリスの説明に頷いてしまうほどだ。
生体魔術を無効化するやり方を使用することが出来るというわけだ。
「アリスさんのやり方でいけば、ほぼほぼ間違いなく成功できるでしょうね……」
「ええ、とはいえ……問題はいつ受けるかにもよりますが……」
「契約を結ぶには5日前には役場に申請を出さなければならないため、今からだと早くて6日後ですね……」
「6日後かぁ……それまでは俺はどこかで休んでいたほうがいいか?」
アムールの場所……。
住所不定無職の状態では、住める場所もない。
亜人種相手に安宿であったり、アパートを貸し出している貧民街もある。
ただ、治安の問題を考慮すれば彼女をそれまでの間、アムール一人で過ごすことになる。
他の風紀保安隊に見つかったら処罰される恐れがあるし、アムールに金だけ渡してドンズラされる可能性もある。
絶対にないとは言い切れないが、アムールとしてはアリスの言う事は聞くと言った。
「生体魔術はともかく……アリスの言う事なら聞くよ。約束していい」
「約束……盗みなどは駄目ですよ?」
「分かっているよ……このレモンの一件で凄く後悔したよ、契約魔法を使って構わない」
「……そこまで仰るのであれば、契約書にサインをして頂きましょうか。ラーマさん、立会人になってもらってもよろしいでしょうか?」
「そうですね、彼女の態度からして猛省しているようですし、立会人を務めましょう」
下敷きを敷いてから、アリスは契約書を書き上げる。
就労規則などを記載した紙であり、アムールを『スマートボール事業関連、及びアリスの警備担当者』として採用する旨を記載したものだ。
アムールは自分の名前は書けたため、サインを行うと契約書の紙が光りだす。
契約が完了したのだ。
そして、アムールの住む場所についてだが……。
ここで頼れるのは頼れるのはスフレだけだ。
アムールの服を着替えさせた上で、パトリシアに泊めてもらうことができないか直談判をしよう。
ティーガーに対してあまり良い印象はないかもしれないが、事情を説明してアムールにも問題を起こさないように徹底して忠告は加えたほうがいいだろう。
無論、彼女の分の宿泊費と食費はしっかりと支払う。
「私の友人が経営している宿泊施設があります。そこで6日後まで過ごすのはどうですか?」
アリスの問いに、アムールは首を縦に振ったのであった。




