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2-11:心得

店を始める上で必要な準備を整えた。


あとは現物スマートボールが出来上がるのを待つだけだ。


リアファー印刷所を出た後に、パトリシアとベルはアリスを褒めていた。


「すごいわねアリスさん……どんどん契約をしていきましたけど、慣れているんですか?」

「いえ、契約を執り行うのは今回が初めてですわ……」

「初めてなのに、話の主導権を握ってしまうのはすごいですわね……」

「……そう、ですか?」

「何か秘訣でもあるのですか?!」


アリスはあまり自覚はしていなかったが、話の主導権は全てアリスが握っていた。


値段の交渉などはしない。


それを行う時は、相手を見定めて『信頼に値しない』か『言い値で吹っかけてカモにする』時ぐらいだからだ。


アリスにとってお金の交渉は二の次だ。


真っ先にするべき事は『対話』である。


それ故に、アリスは相手と会話をしてスマートボールに関する話をして、ラーマやティオースに対して具体的な内容を提示したのだ。


スマートボールは遊技であり、新しい遊びである。


そして、その遊びを広めるために店を開く。


そのために必要な事を手伝ってほしい。


値段は言い値で構わない。


プロとして……任せる……。


それがアリスのポリシーであった。


それ故に、ベルから何か秘訣があるかと問われたアリスが答えた。


「私の父が言っていました……仕事の内容に幾度も口出しをする者は完璧主義者か、自分が()()()である事を見せびらかしてくることで、優越感に浸って鬱憤を晴らすことを享楽としている者だと……そういった人にはなりたくないのです」


父親は少なくともアリスの前で愚痴をこぼすことはなかった。


だがアリスの前で一度だけ、耳打ちで注意をしたことがある。


それはテレビ局主催のパーティーで金益家が招待された際に、マスメディアがいつも贔屓にしている大手テレビ局の幹部がアリスの父親に語りかけた言葉だ。


「金益さんはいいですなぁ……すぐに人が群がってくる。きっと幸運も入ってくるんでしょうなぁ」

「ははは……そちらこそ、メディアを通じて色んな情報発信を為さっている」

「いやいや、あれはバカな群衆を扇動して視聴率が取れればいいんですよ」

「……視聴率のために、そんなことをしていいのですか?」

「テレビは()()()()()()()()()()()()()()()()()。テレビが悪人といえば無罪でも有罪に、人殺しをした殺人犯でも、相手のせいだと風潮すれば、その通りに殺人犯を人々が賛同してくれる。だから、我々が政治家を含めた国民の殺傷与奪を握れているのですから、笑いが止まりませんよ」


アナウンサーはゲラゲラと下品な笑いをしながらアリスの父親に語った。


自分がマスメディアという地位にあり、その地位を悪用して好き勝手にしてきたことを語る。


これには普段は温厚なアリスの父親ですら眉をひそめた。


「……あまりいい話ではないですな。国民にはあくまでも中立的な立場を持って語るべきです。それがマスメディアの本来のあり方でしょう」

「ええ、理想はそうですよ。でも、我々がYESといえば国民がそれにYESと答える。そうした社会を構築すればいいのですからね」

「……では昨年の政治家襲撃事件で私の盟友であった政治家を暗殺した犯人に対して、犯人の境遇に同情論を添えて政治家が悪いように仕向けた擁護の論調を行ったのも……」

「ええ、政治に不満を持っている人達を扇動して、大怪我をしたあの成金政治家の印象を悪くして憂さ晴らしをするためですから……我々はそうした力を持っている。金益さんも気を付けたほうがいいですね」

「……そうですね。肝に銘じておきましょう」

「話が分かってくれたようで何より!それでは、パーティーを楽しんでくださいな!」


アリスの父親は政界にも交友があり、彼の盟友と呼ばれていた政治家が暗殺された際には、アリスの前で号泣し、母親に介抱されていたほどだ。


その盟友の死を嘲笑うかのように語ったテレビ局の幹部の態度に、かなり立腹していた。


拳を握りしめてグッと堪えていた。


そして、後ろで見ていたアリスに言った。


「アリス、あの人みたいに愉悦を味わうために、人の死まで嘲笑うような人間にはなってはいけないよ」

「はい、お父様……」

「相手とのビジネスであっても、今みたいな人がいる可能性がある。そういった人は他人を利用し、時には傷つけてでも利用しようとする悪い考え方を持っている人だ」

「では、あの下品な事を語っているような相手に近づかないように注意するべきということですね」

「その通りだ。それを忘れずに……相手を見定めてから信頼を勝ち取りなさい。」


その出来事がアリスにとって忘れられない父親との思い出でもあった。


父親が逮捕された件も、きっと何かしらのトラブルに巻きこまれたのだろう。


アリスは父親の潔白をこの世界で信じ、話の続きを口にした。


「……私が仕事に対する志としては、他の人とは対話を通じて人脈を広げる事……そのために、必要な事は相手に対して色々と後になって注文を付けないこと。事前に伝えた上で仕事を執り行う……。信頼を勝ち取ることが重要です」


仕事では注文が決まった後にアレコレ注文を変更しないように心掛けている。


アリスとしては、初めての土地……いや、異世界で行動をする上で必要な事は信頼関係を築く事。


すなわち人脈づくりであった。


お金の心配をする事も大事ではあるが、父親や母親の影響もあって人と接する事を特に重要視していたアリスにとって、何気ない日常の会話だ。


「途中でどうしても仕事で仕様変更が必要になれば、それに応じた追加報酬を支払う……それが大事だと思っております。仕事においては相手との信頼を得られるか……それが重要であると思っています」


アリスの言葉に、パトリシアとベルは感嘆とした表情で話を聞き入っていた。


パトリシアもベルも、それぞれ店のオーナーであり、ユニコーンの辻馬車を営んでいる立場だ。


年齢もそれほど差はなく、むしろ年齢はアリスが一番下だ。


それでも、アリスの仕事に対する価値観というのは、パトリシアやベルがもっていたものよりもしっかりとしており、仕事に対して誇りを持っているやり方でもあった。


「為になる話ですね……」

「勉強になりますわ」

「いえ、私は昔から言われてきたことを実践しただけですよ。特別なことはしておりませんわ」


パトリシアやベルにとってみれば、仕事のオプションの内容や保証期間、それに契約時の話しをするアリスのやり方が斬新だったのだ。


それが一番相手と交渉をする上で必要不可欠な事である。


相手を見下さずに、話を聴き、そして自分の話したいことを話した上で取りまとめる。


そうすれば、相手は嫌な気分にならずに済む。


上流階級の人間としてパーティーやお嬢様学校に通っていたアリスにとって、そうした他人への配慮というのは作法として父親や母親から指導された身だ。


この異世界においては、アリスの対応は『身なりの良い、上流階級者』である事を示すと同時に、相手に対しても一種の牽制的な効果を持つことが出来た。


つまるところ、アリスそのものが一種の【担保】として役に立ったのである。


これはアリスが生まれ育った環境によって得られたスキルでもあった。


スキルそのものは特別ではないが、結果としてアリスを助けたのだ。


アリスは不思議に思いながらも、パトリシアとベルの三人で語り合いながらスフレに戻るのであった。

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