2-9:出費
金貨10枚……。
それは決して少なくない金額だ。
庶民の平均月収5か月分に匹敵する金額である。
しかも、一台につき10枚だ。
試作品と改良した品の2台に取り付けると金貨20枚。
アリスの所持金の半分が消し飛んでしまうだろう。
(今ある金貨が42枚ですから……半分になってしまいますわね……)
アリスの手持ちが半分になるのは痛手になる。
ただ、ティオースはこのスプリタでも魔術師としての技量がある。
それに、魔法の使える世界ではアリスのいた世界とは違う不正行為も出来てしまう。
例を挙げれば、術を掛けて燃やしたり凍らせた理して台そのものを駄目にする行為。
スマートボールの表面を浮遊させたり、ボールの動きを目線に合わせて決められた高得点の穴に誘導する行為。
これらはどれも魔法を使って行おうと思えばできる行為だ。
当然魔法が無いアリスのいた世界では実現不可能な不正行為。
しかし、この世界では魔法がある。
チート行為みたいなで、バランスブレイカーな不正行為が出来てしまう。
故に、そうした不正防止の魔法陣が必要不可欠だ。
アリスとしても、こうした悪意のある魔法や魔術を使ったプレイヤーにスマートボールの事業を台無しにならないためにも、予め対策を打つ必要があった。
そのために、こうしてティオースに依頼をしたのである。
金貨10枚は高いが、既に事業を動かす方針をとっているため、腹に背は変えられない。
アリスはお金を出す前提で、保証などについてティオースに確認を取る。
「金貨10枚で確実にガラスと台で魔法陣を付与してもらえるのですね?」
「勿論です。魔法陣の付与は必ず行います」
「で、あれば問題ないですわね……魔法陣の効力などはどのくらい続きますか?」
「表面の魔法陣が剥げたりすれば効力が弱まりますが……あくまでも外の窓ガラスなどの場合であれば経年劣化によって3年程度……室内での運用であれば20年近くは正常に作動しますよ」
「20年!長いのですね!」
「はい、なのでこの魔法陣であれば20年間の保証付きで金貨10枚となります」
「それだけあれば十分ですわ」
20年保証は現代の家電製品でも見ない長期保証だ。
テレビや冷蔵庫、洗濯機などは家電量販店での契約にもよるが、15万円以上の高級品であれば最長で10年保証ができるプランがある。
だが、それでも10年が限界なのだ。
それに遊技台であるパチンコやパチスロといった機械にも当てはまる。
現代のパチンコやパチスロ台は電子制御で稼働しており、コンピューター部品も故障や寿命がある。
その上、台の入れ替えによって古い台などは撤去される。
特に、平均的な台の設置年数は3年……遊技台の運用認定を貰っても長くて6年だ。
入れ替えの激しい業界でもあるが、店側の負担も大きい。
台の設置費用や購入費用などを合わせると、一台につき最低でも50万円の費用が発生する。
そこから電気料金やメンテナンス代を含めると年間で3万円程掛かる。
これに加えて故障や修理費などが加われば、その分値段も大きく上がる。
特に大量導入している店舗では、それ相応の投資で設置しているために費用も凄まじい。
一方で、スマートボールは上記のパチンコやパチスロと違い、アリスの考案したのは手動方式だ。
これは電力を必要としなくても出来る昔ながらのやり方だ。
電子制御部品などを使わない上に、ボールと釘と穴があれば出来上がる遊技台でもある。
現代でも祭り屋台で出店されているスマートボールは大半がこの手動方式を採用している。
それに老若男女問わず、だれでも遊ぶことができる。
フェアに誰でも出来るという点が受け入れられるだろう。
さらに今回魔法陣を設置するのはガラス面と台の裏側。
表面からは見えない位置である上に、台の表を交換する場合であればガラス板を取ってから作業すればいい。
魔法陣そのものを傷つけることなくメンテナンス作業を実施すれば、理論上は20年以上稼働しても問題なく遊技として遊べるわけだ。
仮に1台につき銀貨10枚の利益があれば、2年11か月後には魔法陣の費用を捻出できる。
利益が好調であれば、さらに短期間で費用分の回収を行うこともできるだろう。
アリスとしてはスフレの一日の利用客の人数を教えてもらっているため、それ相応の人数が遊ぶことができると見込んでいる。
これはどんぶり勘定ではなく、ちゃんとしたデータに基づいている。
何故ならスフレは冒険者向けの店であるために、肉と酒を欲しがる利用者の多くは冒険者たちだ。
冒険者の多くは挑戦する事を好み、勝負事が好きな傾向が強い。
スフレは毎日平均して200人以上の客が来店してくるのだ。
三分の一が利用するだけでも、60人が利用する。
それだけで十分利益が確保できる。
現に、スフレの一角ではトランプによる賭け事に興じている者達を、アリスは目撃している。
商品や遊技としての楽しさに挑戦する冒険者との組み合わせは大いに期待できる。
また彼らを飽きさせないために、景品なども月ごとに変更していくことも考えていた。
(景品も定期的に替える必要がありますが……スフレと提携している形であれば、お店の中で交換できる飲み物や食べ物も変えていく必要がありますわね……)
飲食や、スフレの最上級グレードの部屋を割引価格で泊まれるというのは一定の魅力がある。
それに加えて、スフレ以外の場所に出店する際にはパチンコ店と同じように金銭や高級品と交換できるようにすれば、更に利益を確保することができるだろう。
つまり、初期投資として金貨10枚分の魔法陣を台に付与させて20年維持して稼働すれば、その間に稼いだ金額で再び魔法陣を付与させることも出来る。
であれば、金貨10枚は安い投資だ。
アリスは決意する。
腕の立つ魔術師であれば、不正による損失を防げると。
「試作品を含めて金貨20枚……確かにお支払いしましょう」
「おおっ!契約成立ですね!」
「はい、ティオースさんと取引が出来て嬉しいですわ」
「こちらこそ!ありがとうございます!」
「契約書をお出ししてもよろしいでしょうか?」
「ええ!勿論です!」
アリスはティオースとの契約を結ぶ決意をした。
隣で交渉を眺めていたパトリシアとベルは固唾を飲んで交渉を見守っていた。
無事に契約が済んだことでホッと胸をなでおろす。
これで少なくともスマートボールに必要な準備を行える。
(さて、ここからが勝負どころですわ!)
アリスは気合いを入れて契約書を書き終えて、ティオースとの契約を結んだ。




